2-侵食された生命の樹
神秘とは、自然そのものである。
山と同義であり、海と同義であり、空と同義である。
元が生物であれば、食事や睡眠などはポテンシャルを十全に発揮するために取るべきではあるが、ただ生き続けるだけならば寿命がない神秘にそれらは必要ない。
いよいよセフィロト達が迫ってきたという日の晩。
眷属たちと作戦会議をしていたクリフォトは、特に寝る必要もないので徹夜で神樹城塞を建築していた。
といっても、建造に使用する樹木は彼自身だ。
材料を手に入れる必要がなければ、運ぶ必要もない。
建築のための加工や組み立てすらも、完全に彼の意思だけで行われていく。
もちろん、時間をかければかけるだけ細かな構造にできるし、規模も大きくできることに変わりはないのだが……
少なくとも彼は、いつものように視線に気がつくくらいには余裕を残して作業をしていた。
『こんばんは、タルトさん』
『……!?』
気配などはない。確かな視線などない。
あくまでも視線の主は遠くにいるのだから。
それでも、クリフォトはタルトの千里眼に気がついた。
声が聞こえない以上わからないが、おそらくはまだ遠くにいるタルトも、大いに驚いていることだろう。
本体である大樹の前に座る彼は、やはり気にすることはなく首を傾げる。
『いや、この時間だともうおはようございますの方が適切になるのでしょうか。早起きですね』
アオイの風とは違って、タルトはただ視線を飛ばすだけだ。
風には聴覚も視覚もないが、千里眼は視覚そのものなので、そう簡単に拡大解釈で聞いたりはできないだろう。
彼女の能力を理解しているのかいないのか、彼はそんな相手に向かって涼し気な態度で語りかけていく。
読唇術によって言葉を読み取るタルトは、寝起きながら聞こえないはずの息を潜めて監視していた。
『偵察は風が行うと思っていたのですが、視覚情報であれば千里眼の方が有用……来ない方がおかしかったですね』
『……』
『見ての通り、私は城塞を造っています。報告をしてもいいですが、構造はその都度変えられるので、あまり意味はありませんよ。この城で、確実に分断してあげます』
『……らん戦の方が、そっちに有利だと思ったけど』
千里眼は視力であり、声を届ける力はない。
だが、彼女の意識はここにあるのだから。
同じようなつながりを持つ神秘である彼女は、テレパシーで思わず言葉を投げかけていた。
城塞内に声は響かないが、クリフォトの脳内には果たして幼い少女の声が響いている。
『眷属はほぼ同数である以上、全員で待ち構えれば簡単には攻められない。こちらはシャイターンさえいれば事足りる。
ドルチェを無理やりに引き剥がし、全滅させられるかもしれない。ですが、私にとっても彼らは家族でしてね。
できることなら、犠牲なくこの戦いを終えたいのです。
分断すれば、逆に数で彼がやられる可能性や、ドルチェが隔離できずにやられる可能性はありますが、1人もやられることなく勝つ可能性だってある訳ですから。
私という城塞の中で、知恵比べと行きましょう』
『……あたしは、教えるだけ』
『えぇ、教えたいのならどうぞ。この程度、そちらも考えているでしょうから。どうせ城塞の内部は変えられますしね』
タルトの千里眼は、敵の姿をしっかりと目に焼き付ける。
言葉を読み取るために必要だったこともあり、彼からは十分すぎるほどの冷静さと本気度が伺えた。
敵は、本気でこの城塞を造っている。
この中で起こることは把握できるため、確実に盤面を支配してこちらを分断し、一方的に滅ぼすつもりでいる。
"危険を察知する目"――タルトは、そのことを確信して視界をこの場から離した。
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『さて、最終決戦の時間です』
日が昇ったかどうかもわからない、入るすべてを惑わすようなクリフォト城塞の内部で、人工の光は輝く。
それに照らされる人物は11人。主であるクリフォトは、優雅に椅子に腰掛けて威厳を持って眷属を見つめていた。
これより行われるのは、どちらかが滅ぶまでは終わらない、正真正銘の殺し合いだ。しかし、多くの強大な神秘を従えている彼は、まったく臆することはない。
シャイターンやベルゼビュートなど、いつも通り騒ぎ始めた問題児達を雰囲気だけで制すると、淡々と連絡事項を告げていく。
『昨晩のうちに城塞は完璧に造り上げました。セフィロトを迎え入れる準備万端です。直に、彼女達もやってくることでしょう。みなさん、配置は覚えていますね?
大体は私の方で決定しますが、フェイクに引っかからない場合、防がれる可能性もあります。油断はせずに、殲滅を』
クリフォトの言葉を聞いた眷属達は、余計な口は挟まない。
ただ、口々に『了解です』だの『了解いたしましたわ』などと同意を示して頭を下げていた。
やはり同じ眷属でも、和気あいあいとした対等な家族関係のようなセフィロトと違って、ある程度は上下関係のはっきりした関係のようだ。
普段は適当に接していることも多いが、ここぞという場面ではちゃんとしている。
『では、特に問題がなければ、所定の位置に向かい待機していてください。1人ずつ送ると思いますのでお願いしますね』
最終決戦前、最後の会議は速やかに終わった。
セフィロトとクリフォトは、共に昨晩のうちに会議を終えており、変化を生んだのがクリフォト側なのだ。
特に追加で話し合うこともないので、妥当である。
主の号令を受けると、彼らは既に決められていた通りに城塞の所定位置へと向かっていく。
シャイターンやペオルなどは、興奮気味に意気揚々と。
ディアボロスやフュイールなどは、興味なさげに淡々と作業しているかのように。
ほとんどのクリファ達が去った後。
唯一残ったのは、セファールとベルゼビュートの2人だった。
『何か用ですか? セファールさん、ベルゼビュートさん』
彼が落ち着いた声で声をかけると、最初期からいるメンバーでもある彼らは慣れた調子で歩み寄っていく。
先程までの重い空気も、ほとんど感じられない。
千年以上も関係を持ってきた彼らは、血の繋がりはないながらも家族として気安く話しかけていた。
「戦う相手ば選ばしぇてもらいたかねて思いんしゃい」
「……おそらく、私も同じですわ」
『なるほど……誰をお望みでしょう?』
セフィロトは今にも城塞にやってくるだろう。
だが、無駄に入り組んで造り上げた城塞はフェイクなので、わざわざ全員が配置につく必要もなかった。
クリフォトは足を組み替えながら、焦ることなく問いかけ、眼前にいるピエロと美女ものんびりと話を続ける。
「ディアボロスをアオイとぶつけてほしいがよ。
ワタシ自身は別さ誰どでもいいがらさ」
「私はガーベラと戦いたいですわ。
ドルチェと競いたくもありますが、彼女は譲りますので」
『わかりました。では、そのように。もう敵は侵入してくるので、お二人はこのままここにいてください』
「はい」
彼らの要求を受け入れたクリフォトは、続いて意識を城塞にわざと空けた入口に向けた。ここは境界。
半分自分の中である城塞の前から、完全に自分の中に入れてしまう場所である。
外から見える景色を残酷に塗り替え、できれば全員を警戒させることなく城塞内に入れてしまいたい。
まず、一組目。アオイとユウリは、無事に入った。
時空は歪み、彼女達は別々にクリフォトの創り出した世界へと招待されていく。邪悪の樹である彼が乗っ取った、生命の樹を構成する十個ある世界へと。
『……アオイを取り込むことに成功しました。
幸先が良いですね。あとはドルチェですが……
ふむ。一体どういう感覚をしているのか、どれほどこちらを読んでいるのか。フェイクであることがバレたようです』
「やはり彼女は手強いですわね。絶対的な強さです。
……とても、美しい」
『仕方がないので、無理やり全員を取り込みます』
厄介なアオイを自分の世界に閉じ込めても、特に喜ばず淡々としている彼は、ドルチェにバレても取り乱すことはない。
セファールと会話をしながら、城塞外の地面に埋めていた樹木を操って擬似的な城塞内にしてしまった。
セフィロトである蜜柑を含めたその眷属セフィラ達は、全員がまとめて彼の手中に収まってしまう。
『では、それぞれの世界に転送を。む……セフィロトが抗っている。彼女には単独で私の前に来てもらう予定だったのですが……これは無理そうですね。世界を1つ、乗っ取られました』
転送直前であるベルゼビュート達が薄っすらと消え始めている中、クリフォトは淡々ととんでもない事実を口にする。
しかし、それを聞いた眷属たちも特に慌てることない。
落ち着いた様子で確認を取っていく。
『場所はどこですの?』
『生命の樹、最下層。マルクト・王国です』
『そらよろしゅうあらへんなぁ。
各個撃破後、速やかに向かって合流を防がな』
『……えぇ、私も手が空いたので下におりますよ。
お二人も、よろしくお願いします』
消えていく眷属に頼んでから、クリフォトはゆっくりと席を立つ。もう既に、ここは城塞などではない。
彼らが眷属として強き心に席を与え、それぞれが還元しているように、10の世界を持つ生命の樹だ。




