1-神樹城塞
夜が明ければ、セフィロトはクリフォトの本体である大樹を目指して進軍する。疫病の治療によって体調を整える期間は十分。起きて軽く準備をすれば、すぐに出発だ。
とはいえ、アオイやドルチェがいるのだから、もちろん無策で突っ込んでいくことはない。
作戦会議をしていた翌朝。異常に短い睡眠を終えたセフィラは、目覚めてすぐに敵地を偵察する。
捉えるのは、クリフォトの力によって一晩で完成された巨大で入り組んだ城塞。
そして、なぜかその目の前に立っている……
『やぁ、多分聞いているね?』
「……」
声が、静かに問いかける。姿は見えない。
しかし、その声が、鼓動が、揺れる服が。
それの正体を偵察しているセフィラに伝えていた。
返事はしない。セフィラにとって、クリフォトの眷属であるクリファが敵であることは、明白なのだから。
当然、クリファもちゃんとそのことを理解している。
無言を貫く相手に対して、いるかもわからない相手に対して、涼やかに言葉を投げかけていく。
『返事はいらないよ。俺にとって最優先はディアボロスだ。
君には、それだけをわかっていてほしい』
「……何の意味が?」
不可解なつぶやきに、思わず問いかける。
声は出ない。風がただ、何もない荒れ地に吹いていた。
『さぁね。俺達は結局、主に従って戦うだけだ。
だけど……君の取る選択肢には、新たな枝が生まれる。
君はただ、勝つために最善を尽くせば良い』
「なるほど、理解しました」
偵察者は、今度こそ自分の意思でつぶやき、ちゃんと敵の姿を目に焼き付けるべくまぶたを開く。
直後、目の前に広がったのは、感覚だけでも感じ取ることができていた監獄のような入り組んだ城塞だった。
~~~~~~~~~~
「さて、最終決戦の時間です」
日が昇り、まだ遠くに見えているクリフォトは、決して何者にも遮られることのない朝日に照らされる。
それを見つめる人物は11人。指揮官であるアオイは、パタンと扇子を開きながら彼女達に開戦の合図を出していた。
これより行われるのは、どちらかが滅ぶまでは終わらない、正真正銘の殺し合いだ。しかし、蜜柑の代わりのように先頭に立つ彼女は、まったく臆することはない。
ジエンやエンなど、いつものように騒ぎ出す問題児達を目線だけで制すると、淡々と連絡事項を告げていく。
「朝、既に風による情報収集を終えました。敵は巨大な城塞を建造済みです。あれはクリフォトの樹、中では一瞬たりとも気を抜けないでしょう。もちろん、私達は飛べますので、わざわざ入る必要もないのですが……」
「どうせ、大樹も覆っているよね♪ さらに言っておくと、上から向かうと城塞が襲いかかってくる☆」
自分の言葉を引き継ぐように話すドルチェに、全員の視線が集まる。彼女はアオイと共に、セフィロト側の頭脳と呼べる程の人物だ。
細かなことなど興味のないエン達を除く、すべての仲間の目に晒されており、アオイも特に咎めることなく話を続けた。
「はい、その可能性は高いです。なので、私達は攻城戦の後さらに迷宮攻略までする必要があります」
「城への侵入を阻むことはないと思うよ♪ けれど、相手は確実に私を潰しに来る。狙いは防衛ではなく分断。
ここで言う攻城戦とは、入る場所と人数を選ぶための主導権を握ること。敵の手中で盤面を支配すること」
「より理想的な盤面を作るため、私達は配置を決めます」
「幸いにも、こちらはサポート要員が多い。構造はその都度変わるはずだけど、現時点では風で把握済みだろうね☆」
「明らかに誘い込んでいるポイントが1つ。
中は取引に応じていないため構造止まりですが、おそらくはフュイールがいるでしょう。彼を倒せる可能性があるのは、ドルチェさんだけ。確実に1人足止めするか、ドルチェさんの行動を止めている間にシャイターンが暴れます」
「誰を使い捨てるか、誰を先に進ませるか。
多分、バラけさせるために入口はすぐ閉じちゃうね♪」
クリフォトの大樹を背に、全員の前に立っているアオイと。
クリフォトの大樹を前に、全員と並んでいるはずのドルチェは、あまりにも相性良く相乗的に話を加速させていく。
指揮をとっているのは前に立つアオイのはずなのに、対等に言葉を紡ぐドルチェはなぜ前に立たないのか不思議なくらいだ。
これには、不服そうだったエン達も面白そうに目を見開き、大人しく話を聞いていた蜜柑達は目を丸くしていた。
『あはは……仲良いね、2人共』
「大丈夫だよ、蜜柑☆ 私はあなたとも心を通わせ‥」
『そういうのいいから、話を進めようね』
思わず苦笑しつぶやいた蜜柑に、ドルチェは全身から美少女を迸らせながら抱きつこうとする。
渋々隣に立って頭を撫でられていたタルトは、その勢いに巻き込まれていて不憫だった。
だが、確かに呆気に取られてしまったものの、一応は蜜柑も真面目に聞いていたのだ。迷惑そうに押し退けると、続きを促す。
ドルチェはすんなりと元の位置に戻り、彼女の最後の言葉を引き継いだアオイは話を進めていく。
「まず第一に、最も戦闘に向かないのは情報収集関係で役に立つグプトさん、タルトさんや補助のカルラさんです。
ただ、相手が正直にフュイールを配置するとも限りません。
その場合は使い捨てになりますが、流石にそれは惜しい。
……大切な家族を、失いたくもない」
「次点で、能力的には攻撃に直結しないユスティー、ジエンの2人だね☆ 君達なら、使い捨てには‥」
「おい、ユスティー様は大将だろうが!! 最前線には‥」
「うるさい!」
再びアオイとドルチェの話が始まったが、ユスティーの名前が使い捨ての段階で出たことで、彼女の信者であるジエンは荒ぶる。
瞬時にそのユスティー本人に頭を叩かれていたが、この場にはどこか緩い空気が流れていた。
「続けるね☆ 2人なら使い捨てにはならないと思うよ♪
けど、すぐ閉じられた場合、状況判断が怖い」
「使い捨てにならず、かつ単独でも最善を選べる者……
該当者は私かドルチェさんの2人のみでしょう。しかし、彼女はシャイターンへの唯一の対抗策ですから、投入するのは中の安全を確認してからが望ましい。とすれば、結論は1つ。
必然的に、役割として戦闘に重きを置かない私が先陣です」
蜜柑やガーベラ、ウィステリアが信じられないといった表情で驚く中、アオイは澄まし顔で宣言する。
幼馴染み達の動揺など、歯牙にもかけない。
現時点でも様々な被害をもたらし、いずれは世界を滅ぼすというクリフォトを打ち倒すために。
アオイは全体の動きを事細かに決め始めた。
~~~~~~~~~~
可能な限り手短に、だが濃密な最後の作戦会議が終わった後。純白の翼を広げた蜜柑達は、クリフォトの本体である大樹を目指して空を飛ぶ。
遠目にも見えていたそれは、既に普通の大樹ではない。
やがてはっきりその全貌が見えてきた頃、彼女達の目の前に広がっていたのは、あまりにも強固な城塞に囲まれた大樹の姿だった。
「ほほ〜、思った以上にしっかり作ったもんだね♪
これは本気で分断するつもりだ☆」
真っ先にその威容を目にしたドルチェは、日傘をくるくると回しながら愉快そうにつぶやく。
材質はこの世には存在しないような異質な樹木。蜜柑が加護を与える果実を生む時と同じで、鉱石のような硬さに加えて木としての柔軟性もあるだろう。
おまけに、ある程度の炎などにも耐えそうなものだ。
数キロメートルに渡って建造され、外装の精緻さはそのまま内部が入り組んでいることをありありと想像させる。
要塞ではなく城塞と言うだけあって、きっちりと本体の大樹を囲んでいる部分はまさに城だった。
細かな模様や塔のような突起部分など、あまりにも精緻な外装をしている城塞を見たユスティーも、やはり難しい表情をしている。
「これは確かに、僕では判断に困りそうだよ」
「ユスティー様ならば、誰よりも正しい道を選べます!」
「盲目はよくないな〜♪」
「あぁん!?」
先頭に立つ者達が城塞について話しているのに対して、少し後ろを歩くウィステリア達は、あまり敵地を見ていない。
蜜柑を含めたフラーのマンダリン組は、アオイが先陣を切るということに対して、不安そうに話していた。
「本当に君が先陣を切るの、アオ?」
「はい。あの中は未知数ですからね」
「オレも同行しマス。心配ハいリマせん」
「それはもちろん、1人じゃないのはありがたいけれど……」
『……心配は、するよ。最悪、手が出せないんだから』
彼女に同行するユウリも混じり、安心させるように話しかけているが、それでも少女達の気持ちが晴れることはない。
グプトやカルラも、見守ることしかできずに心配そうである。
だが、ドルチェを筆頭にしてエンなどはズンズン城壁の元へと進んでいくため、考える時間ももはやなかった。
彼女達はクリフォト達の邪魔を受けることなく、あっという間に城塞の足元へと辿り着く。
ウィステリアやガーベラが心配そうに見つめる中、アオイはユウリを伴って広めの格子窓の前に立っていた。
「では、行きましょうか。私の次に、あなたです」
「ワカっていマス。間断ナく」
アオイ達は格子を破壊し、一気に中に入っていく。
分断するように動くことはない。
2人は無事に中に入っており、格子窓は次の侵入者を待ち構えるように口を開けたままである。
『分断なく、安全……? じゃあ、次はウィル達だよね?』
「待って、蜜柑」
城塞内でキョロキョロと辺りを見回している2人の姿を確認すると、蜜柑は次に入るチームに目を向ける。しかし、さっきまで日傘を差していたはずのドルチェは、いつの間にか真剣な表情で隣に立ち、みんなを静止していた。
『え、何?』
「……」
中に入ったアオイ達以外、この場の全員を静止させた彼女は、蜜柑の問いかけに答えることなく銃を向ける。
銃口が向いているのは、格子窓の中。アオイ達の足元だ。
それを見た蜜柑は表情を変えるも、引き金は引かれる。
止める間もなく放たれた弾丸は、城塞と外との境界を簡単に超えて中の床を撃ち抜く。
グプトやユスティーは眉をひそめるだけだったが、ガーベラなどは驚いて声を荒げていた。
「ちょっと、危ないじゃない!! どうして撃ったの!?」
『そ、そうだよ!! アオの足に当た、る……』
「ガーベラ、よく見て。彼女、気づいてないよ」
「あ……」
ドルチェが注意を促すと、混乱していたガーベラもすぐに異変に気がつく。銃弾は、絶対的な価値を以て床を穿った。
それなのに、アオイ達は驚きもせずに周囲を見回っていたのだ。
今蜜柑達が見ている光景は、現実ではない。
たとえアオイ達が中にいたとしても、少なくとも見えている彼女達は偽物だ。
誰よりも速くその事に気がついたドルチェは、いつになく真面目な表情で言葉を紡いでいく。
「偽の景色……閉じない入口……これは、誘い込まれてるね。
精緻すぎる城塞はフェイク。中身はまるで別物。
これの目的は分断ではなく、安心して侵入させ‥」
「おいおい、地面が揺れてんぞ!?」
『……!?』
冷静に状況を分析していたドルチェだったが、彼女が結論を出す前に外にも異変が現れる。
格子窓から見える景色は変わっていないものの、外に残った蜜柑達がいる地面はなぜか激しく揺れ始めていた。
「っ……!? これは、もう始まっている。蜜柑、急いで城塞に干渉して!! ここはもう、クリフォトのせか‥」
蜜柑達が立っている地面はめくれ上がり、下からは隠されていた樹木の板のようなものが現れる。
それは、間違いなくクリフォトの樹。
外にいながら、城塞の内部にいると定義づけるもの。
無理やり城塞の中と同じ環境に入れられた蜜柑達は、対策を立てる間もなく彼の世界に飲み込まれていった。




