朝、服装を考えるだけで脳は疲れる!!
ベルが転校して来てからの最初の日曜日、水無月はいつも通りモーニングルーティーンをこなし、午前一〇時から図書館に行く予定だった。水無月は図書館が好きである。たくさんの本に囲まれ、静かに集中して読書ができるからだ。水無月にとって図書館は宝庫である。
今日は久しぶりの図書館であったため、少しウキウキしながら玄関を出ると、目の前にはベルが立っていた。
「やっと出てきまシタか、水無月サン。待ちくたびれまシタよー」
「いや、どうして俺の家の前にいるんですか?」
(なんでベルさんがここにいるんだ!?)と水無月は内心とても驚いていたが、冷静さを装って質問した。
「ドウシテって、水無月サンを待ってたんデスよ!」
「いや、だからどうして俺を待ってるんですか?」
「それは……水無月サンと出掛けたいからデス!」
「それは断ったはずだけど…」
「ハイ。断られまシタ! だから、水無月サンが出掛けるときについていこうカナと思いまシテ」
(なんだその発想は!)と水無月は内心ツッコミを入れ、冷静な態度で「断られたのについて来るってどういうことですか?」と言った。
「街の案内は断られたので、ワタシが水無月サンについて行けばいいカナと」とベルは大胆なストーカー宣言をした。
「なんでそうなるんですか? てか、街案内は霜月や如月さんと行くんじゃなかったのですか?」
「ハイ。昨日行きまシタ! 楽しかったデス!」
(いや、行ったのかよ!)と心の中でついツッコミを入れ、「じゃあなんで今、俺の家の前にいるんですか?」と言った。
「それはさっき答えまシタよ。水無月サンについて行くためデス!」
「それって、俺をストーカーするってことでいいのか?」
水無月がそう言うと、ベルは俯いて少し肩を落とし「ソウジャナクテ…」と言った。「せっかく日本まで来たから、どうしても一緒に出かけたくて…」と少し悲しそうな顔をして言った。
そんな顔でそんな発言を聞くと、さすがの水無月も断ることが難しい。断ったあとの罪悪感にとらわれてしまうデメリットの方が大きいと判断し、水無月は承諾することにした。
「……今日一日だけなら」
「いいんデスか?」
「そのつもりで来たんだろ?」
ベルが笑顔になり、その顔を見た水無月はホッとした。
「ちなみに、今からどこに行くんデスか?」
「Library。図書館だ」
「Oh! Library! いいデスね。ワタシも好きです!」
それから水無月とベルは図書館に向かった。
向かっている途中、水無月はベルに気になっていたことを尋ねてみた。
「そういえば、どうして俺の家を知ってたんだ?」
「それは、秘密デス! ワタシの大切な情報網デス!」
おそらく霜月に聞いたんだと思うが、なぜかベルが誇らしげにしていたので、それ以上は追及しないようにした。
図書館で水無月ベルは約二時間過ごした。水無月は淡々と本を読み、ベルは自分で選んだ本を黙々と読んだり、それに飽きたら一人で図書館内を散策したりしていた。
水無月の当初の予定では、このまま夕方までずっと本を読むつもりだったが、ベルの方からお腹の音が聞こえた気がした。ベルを見ると、お腹を押さえて恥ずかしそうにしていたので、聴き間違いではなさそうだった。腕時計で時間を確認すると、昼一二時を過ぎていたので、ベルにある提案した。
「もう昼か! なんか食べにでも行くか?」
「え、本当デスか! あ、い、いいデス。ワタシに合わせなくても。……水無月サンが行きたいときに行きまショウ!」
「それだと夜まで食べないことになるけど…」
「えっ、水無月サン、お昼食べないんデスか!?」
「食べる日と食べない日があるな。今日は食べない日…かも…」
水無月は少し意地悪に言った。それを聞いたベルは少し焦っているようだった。
「えっ、じゃ、じゃあワタシも今日は食べない日デス」
ベルは張り合ってきたが、表情を見ると明らかに我慢しているように見えた。
「ごめん、冗談。俺も何か食べたいと思っていたから」
「冗談デスか! ビックリしまシタ!」
「お詫びにベルさんが行きたいところに行こう!」
「えっ、いいんデスか!?」
「あぁ」
「ヤッター! アリガトウゴザイマス!」
水無月は人間関係や恋愛関係に関する本やデートの仕方などの本を読んで知識は持っている。だが、こんな性格のため実践する機会がまったくなく、このまま今世では巡ってこないだろうと諦めていた。しかし、まさか一六歳という若さで、実践形式で学ぶチャンスが巡って来るとは、夢にも思わなかった。しかも相手はベルという金髪碧眼の美少女。もしかしたら、これが最初で最後のチャンスになるかもしれない、いや、最後のチャンスだろう。
この機会を逃すわけにはいかないと判断した水無月は、当初の予定を変更して、ベルとどう遊ぶかを考え始めた。水無月の楽しみの一つは、知っている知識を活かして実験することである。成功しようが、失敗しようが、どっちにしてもいい経験になり、学ぶことができるからだ。せっかくなら今回のデートもいろんなことを試してみようと考えていた。
水無月とベルは図書館を出て、街に向かい始めた。ベルは周りを見回して歩いていた。昼食をどこで食べようか探しているようである。
(ベルさんはおそらく和食の店を選ぶだろう)
水無月はそう予想した。なぜなら、ベルはわざわざ引っ越して来るまで日本のことが好きだからだ。イギリス人にとって、日本の和食は珍しいだろう。和食は世界的に見ても美味しいという評判があるし、日本に来て間もないベルにとって、和食は魅力的なはずだ。それに好きな食べ物も羊羹と言っていた。なので、和食も好きなはずである。
「あっ、ここはどうデスか?」
ベルは立ち止まり、ある店を指差した。水無月がその方向へ視線を送ると、そこには黄色と赤色が特徴的で大きなMのロゴが見えた。水無月は(まさか!)と思って目を一度閉じて開いたが景色は変わらなかった。さらに目を擦ったが同じ景色だった。そう、ベルはファストフードのマクドナルドを指差していた。たしかマックはイギリスにもあったはずだが、なぜベルはマックを選んだのだろうか、水無月は早速、ベルの天真爛漫な思考に翻弄され始めたのである。
「え!? ベルさん、ここでいいのか!?」
「ハイ! ここがいいデス!」
「えっ、……でも、マックってイギリスにもあったよな?」
「ハイ。ありマスよ! イギリスと日本のどっちが美味しいか、食べ比べデス!」
「あ、そういうこと!」
どうやらベルは、イギリスのハンバーガーと日本のハンバーガーのどっちが美味しいかを食べ比べようとしているらしい。
(たしかに、国が違えばそんな発想になることもあるか)と水無月は納得した。
まあそれでも、水無月ならマックは最初から選択肢に入っていないのだが。
「水無月サンは、ここでいいデスか?」
「ああ、いいよ。ベルさんが行きたいところに行くって言ったし」
二人は入店し、レジ前の列に並んだ。昼時ということもあり、店の中は結構混んでいた。
ベルはメニューを見ながら何にしようか考えていたが、水無月はここに決まった瞬間に何を選ぶかすでに決めていた。
「ワタシ、テリヤキバーガーセットにしマス!」
ベルが決めたタイミングで、順番が回ってきた。先のベルがテリヤキバーガーセット、ドリンクはレモンティーを頼み、会計を済ませてから、水無月はアイスコーヒーを頼んだ。
「できたら俺が持っていくから、ベルさんは席の確保をお願いしていい?」
「ハイ。わかりまシタ!」
ベルは空いている席を探しに行った。二分程待っていると番号が呼ばれたので、二人分受け取り、ベルを探した。ベルは窓際のカウンターに二人分確保して待ってくれていた。そしてベルにテリヤキバーガーセットを渡し、水無月はアイスコーヒーを手に取った。
「えっ、水無月サン。コーヒーだけデスか!?」
「あぁ。俺、ファストフードはあまり食べないようにしているから」
「そうだったんデスか! スミマセン。ワタシ知らなくて…。それならここじゃない方が…」
「いや、俺がただ自分に課しているルールみたいなものだから気にしなくていい」
「デスガ…」
「それに、俺もイギリスのハンバーガーと日本のハンバーガーのどっちが美味しいか気になってたところだ」
「そうなんデスか!」
「あぁ。今までそんな風に考えたことなかったから、ちょっと楽しみだ!」
「そうデスか!」
ベルから笑顔が見えたので、水無月はホッとした。
水無月はファストフードをほぼ食べない。なぜなら、健康的でないからだ。小さいときに何度か食べたことがあるので、たしかに美味しいということは認めている。しかし、人は食べ物によって心身ともに影響を受けるので、あまりファストフードを食べないようにしているのである。
ベルがテリヤキバーガーを食べ終えたのを見て、水無月は感想を聞いた。
「どうだった? 日本のテリヤキバーガーは」
「美味しかったデス!」
「イギリスのと、どっちが美味しかった?」
「あ、それなんデスが、テリヤキバーガーはイギリスで売ってなかったデス!」
ベルはてへっとして言った。
「え……」
水無月は内心くだらないことだと思いつつも、少し興味はあったので感想を楽しみにしていたが、答えは謎のままになってしまった。
「この後どうするんデスか?」
「そうだなぁ。ベルさんはまだ俺についてくるのか?」
「ハイ! 特に予定もないので!」
「そっか…。ベルさんは、どこか行きたいところあるか?」
「ワタシデスか? そうデスねぇ……ワタシは、昨日行けなかったお店があるので、来週の休日にそこに行こうと思ってマス!」
「それって来週じゃないとダメなのか?」
「いえ、そういうわけじゃないデスが」
「じゃあ今からその店に行かないか?」
「えっ、いいんデスか!?」
「あぁ」
「でも、今日はワタシが水無月サンについて行くのであって、ワタシの行きたいところに行くのは…」
「じゃあ、俺がそこに行きたいって言ったら?」
「……ワカリマシタ」
ベルはあまり納得していないようだったが、受け入れてくれた。少し強引過ぎたかと思い、心配してベルの顔を見ると微笑んでおり、嬉しそうだった。
マックを出たあと、水無月はベルが行きたいと言っていた店に行くため、街へ向かい始めた。その途中で水無月は背後から誰かに見られている気配を感じた。振り返ったが通行人がいるだけで、周りも見渡したが、顔見知りはいなかった。今日はなんとなく家を出たあたりからずっと誰かに見られている気配を感じているが、おそらく勘違いだろうと自分に言い聞かせていた。
水無月は、幽霊などの霊的なことは自分の目で確認しない限り信じないタイプだ。そういう非科学的なものは基本信じない。たとえ家族や仲の良い友達が見たと証言したとしても水無月は信じない。なので、この気配も勘違いだろうと思うことにした。
「あ、ここデス!」
ベルはそう言ってある店の前で立ち止まった。ベルが行きたいと思っていた店は、日本茶の専門店だった。
「お茶屋さんか。そういえば、緑茶が好きって言ってたな」
「ハイ。日本のお茶、とても美味しいデス!」
(じゃあ、何でさっきはマックを選んだんだよ!)と水無月は心の中でツッコミを入れた。
水無月とベルは商品を見たり、試飲したりした。さらに、抹茶ロールケーキが売られており、ベルはそのケーキを食べたそうに見つめていた。店内には飲食スペースがあった。
「それ、食べたいのか?」と水無月は尋ねた。
「エッ、あ、いえ、大丈夫デス。さっき食べたばかりなので」
ベルはそう言って抹茶ロールケーキから視線を逸らし誘惑に抗おうとしていたが、なかなか注意を逸らせずに、何度も食べたそうな顔をしてチラ見していた。
その光景を見た水無月は、抹茶ロールケーキと緑茶のセット、単品の緑茶を買い、抹茶ロールケーキセットをベルにあげた。ベルは驚いていたが、とても喜んでくれた。二人は飲食スペースに行った。そこでベルは、抹茶ロールケーキを一口ひとくち味わいながら、とても美味しそうに食べた。その幸せそうなベルの姿を見て、水無月は買ってよかったと思ったのだった。
お茶専門店を出たとき、ベルはテンションが高くなっていた。水無月が何も言わなくても、次は雑貨屋に行きたいとベルが言ったので、行くことになった。ベルは水無月に気を遣うことなく、楽しんでいるようだった。
雑貨屋では、いろんな商品を見て回ったが、結局何も買わなかった。品数が多すぎて見ているだけでも十分楽しかったのである。
そのあと、ベルは少し言いにくそうにしながら、アパレルショップに行きたいと言い、向かうことになった。目的の場所に着いたが、そこがレディース専門のアパレルショップだったので、水無月は外で待っているつもりだったが、ベルに腕を掴まれて、強引に連れて行かれた。
ベルはいろんな服を見たり、体に当て姿見で確認したりしながら服を選んでいた。その横顔を見て、水無月は一瞬胸がドキっとしたのだった。
「アノ、水無月サン、どうデスか? 似合いマスか?」
ベルは試着室で着た服を水無月に見せてきた。ベルが着ていた服は、青を基調とした花柄のワンピースだった。水無月は一瞬ベルの姿に見惚れてから感想を言った。
「あぁ、似合ってると思う」
「本当デスか!」
「でも、あくまで俺個人の感想だからあまり参考にしない方がいいかもしれない。俺はファッションセンスがないからな」
「そうなんデスか」と言うベルの顔は少し赤くなっていた。
水無月はファッションについては結構諦めている。というより、そもそもあまり興味がない。中学生のとき、ちょっとカッコつけたくて、雑誌やネットで調べたが、どこがカッコいいのか理解ができなかった。それ以来、水無月は着心地の良さや汎用性の高さなどで服を選ぶようになった。その結果、同じ服を何着も持っているのである。
毎日何を着るか迷うだけで脳は疲労してしまい、勉強や仕事の効率が下がってしまうという研究がある。あのスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ、それに世界の名だたるCEOたちは服装で悩んで無駄に脳のリソースを使わないために、いつも同じ服を着ているという。
スティーブ・ジョブズを想像してみてほしい。黒のタートルネック、デニム、スニーカー姿が浮かぶはずだ。彼はいつもこの服装だったらしい。これには仕事の生産性を下げないためという理由があったので。
水無月もそれに倣い、ほぼ毎日同じ服装で過ごしている。そう、服はユニクロで十分である。最近は、ユニクロもオシャレになったと聞く。安くてオシャレならこれで十分ではないか。ユニクロ万歳! ユニクロ最高!
「水無月サン、ファッションセンスなくはないと思うんデスが」
「いや、気を遣わなくていい。自覚はしてるから」
「気を遣っているわけじゃないんデスけど…。今日の服装も似合っていると思いマス!」
「いや、そんなことはないだろ」
水無月は普段の服装を褒められたことがなかったので、少し嬉しく思いつつも信じられなかった。今日の水無月の服装は、白のTシャツに黒のジャケットと黒のスラックスという凡庸な格好だった。というより、休みの日に外出する時は毎回この格好をしているのである。
「いつもどこで服を買っているんデスか?」
「ユニクロ」
「Oh! UNIQLOデスか! イギリスにもありマスよ! いいデスよね!」
「えっ、そうなのか! 知らなかった」
まさかイギリスにも天下のユニクロ様があるとは驚きだった。いつの間にそこまで進出していたんだな、と感心した。
「チョット待っててくだサイ!」
ベルはそう言って試着室に行き、着替えてから、先程まで着ていたワンピースを持ったままレジに向かい買ったのだった。どうやら気に入っていたらしい。
そして水無月のいる場所に戻ってきた。
「デハ、次は水無月サンの服を選びに行きまショウ!」
「えっ、いや、俺はいいから…」
「いえ、行きまショウ! せっかく水無月サンがワタシの服を選んでくれたので、今度はワタシが水無月サンの服を一緒に選びマス!」
どうやら先程の服選びはベルの中で、水無月が選んだことになっているらしい。水無月はただ感想を言っただけなのだが…。ベルはやる気に満ちているようで、水無月の服を選ぶ気満々のようだった。
そのとき、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「み…水無月くん! と……ベルさん!」
二人が声のした方に視線を送ると、店の出入り口に如月が立っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
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