第6話 労災も退職金も何もないけれど、私は一足先に退職します
あの交渉から一週間、私は王国兵の為に魔法を使って宿営地の設備を整えたり、温泉を掘り当てたり、ケガを治してあげたりと忙しかった。
そして、交渉に乗ってくれたお礼に、獣人の為にも獣人の領地の方に温泉を掘り当てたり、獣人のケガを治してあげたりもした。
二つの勢力を行き来する私は、きっと変人扱いされていただろう。三日目位からは何か諦められたような反応が両陣営から返ってきて、四日目からは比較的好意的な反応が出始めてきた。
「本当にいいのか?……その、君は……」
私がこの戦地に来て六日目の夜、私は司令本部のテントでゼスさんと食事をしながら会話をする。
「未練が無いって言ったらウソですよ。ベルンさんや王妃様にはとても良くしていただきましたし、あの二人とは別れたくありません……でも……」
私はスープを一口飲み、言葉を濁す。
「王と第三王子か。……まぁ第三王子は一番王に似ていて、それでいて幼少期は病弱だったせいもあって一番王に甘やかされていた。それが今も尾を引いているのだろう」
私の意としたところを汲み取って、ゼスさんはあの二人の関係性を教えてくれた。
「でも、多分これで王都に戻ったら、また違う嫌がらせが起きると思いますし、それならいっそ、一回死んだことにしてしまった方が早いかと。ルヴィンさんも許可して下さいましたし」
「まさか、本当に獣人と交渉できるとは思ってはいなかったが……。凄いな、君は。私は任務ということを優先して、話し合うことすら考えなかった。あれから六日、君が交渉をした後で戦闘も一度終わり、設備を整え、回復し、兵達がここまでイキイキとしているのを私は久しぶりに見た」
「王からの命令だから私も、皆さんも逃げ出すことなんてできない。でも、王もこっちの戦況は気にしても戦地全体は把握していない。だったら、やりようはいくらでもありますよ。まずは一時的ではありますがしっかりと休息をとって、そのあと、戦争ごっこをやればいいんですよ。どうせバレませんし。監査でも来たら、適当にここしばらく睨み合いが続いているんですとか何とか言えばそれでいいじゃないですか」
自分のことを切り捨てようとした人間に義理立てする必要はないけれど、ここの兵達はなんだかんだで私を見守って尊重してくれて、感謝してくれた。だから、ゼスさんにも兵達にも穏やかな日常を少しでも感じてほしいのだ。
「それに本気でやるなら、とっくの昔に総力戦を仕掛けているはずです。それをしないってことは、ここがどうなろうがいいのかもしれないですよ?人間の王も、獣人の王も」
当てずっぽうだけど、意外とその通りかもしれないよ?とか思ったりしている。
「私はフォートナム様やここのみんなのことを忘れません。ありがとうございました」
私は微笑んで挨拶をすると、自分の為に用意されているテントへ向かおうとした。
「ユワ・シノゴゼ。君はきっと、女神プラナージュ様が遣わしてくれたのだろう。何かあったらいつでも我々を頼ってくれ。そのときは、力になることを約束する。―――私の代わりに兵達に笑顔を与えてくれて、ありがとう」
私は顔中が熱くなっていくのを感じる。多分今のこの顔は見せることができない。恥ずかしい。
「獣人達の進軍を確認!」
「全軍出陣!防衛ラインを死守するぞ!!」
七日目、その時がやってきた。
櫓から宿営地全体に響く声が緊急事態を告げる。
第一防衛ラインはすでに獣人達の手によって陥落させられそうになっていた。
動ける内に第二防衛ラインまで後退させていたのが幸いし、兵に多少けがを負う者は出たが、重傷者や死者は出ていない。
宿営地からの応援が合流し、ここにコリジアータ平原の総力戦が始まった。
魔法使いや弓使いが射撃や魔法による中遠距離攻撃で牽制を行いながら、接近してきた獣人達には剣や槍を持った兵達が対応し、負傷した者達はすぐに後退させて回復をさせる。
戦闘開始から五時間、第一防衛ラインまで獣人達を押し返し、そのまま戦況は膠着していった。
まだ死者は出ていない。重傷者も。
まるで、模擬戦でもやっているかのように互いの陣営に決定的なダメージを与えられていないのだ。
戦場全体を見渡せる場所で待機している私とゼスさんは、その様子を見ながら安心する。
しかし、獣人軍の後方から戦場に加速して接近する部隊が現れる。
ついに来たのだ。彼が。
敵将、ルヴィン・ティグが。
「騎士団長」
静かに一声かけ、私は彼の返事を待たないまま、彼の鎧に手を当て、魔法を発動させる。
光の粒子が二人を包み込み、戦場のど真ん中、第一防衛ラインへと一気に跳んだ。
「騎士団長、一般の獣人達は私に任せて下さい」
私は戦場に降り立つと同時に風の魔法を発動させる。索敵魔法と組み合わせて獣人として認識された者達全てに進軍方向とは真逆の方向へ吹き飛ばす突風を浴びせる。
突然の不可視の攻撃に獣人達は成す術無く飛ばされ、第一防衛ラインより更に手前に戻されてしまう。
獣人の皆、なんかごめんなさい!
私はできるだけしっかりと魔法をコントロールしたつもりだけど、もしかしたらちょっとはケガさせてしまったかもしれないことを心の中で謝った。
「人間の中にも結構な使い手がいるみたいじゃないか。女。まずはお前からだ!」
敵将はそう叫び、私に向かって駆けだしてくる。が、繰り出された爪はゼスさんが鞘から抜き放った剣で受け止められた。
「彼女はやらせないぞ、獣人!」
ヒュッと呼吸音が聞こえた瞬間に、獣人は力を込められた剣に弾き返され、両者の間合いが開く。
「獣人軍コリジアータ平原戦線の将、ルヴィン・ティグ」
「ヒュームゼス王国第五騎士団団長、ゼス・フォートナム」
力を認め合って、互いに名を言い合い、静かに構える。
人間も獣人も決闘の作法自体は同じらしく、二人は気が合う戦友のように笑い、そして動き出す。
一般の兵士も獣人も誰も手出しができない。
無論、私も。
とはいえ、これは茶番だ。
両陣営とも事情をよく知っているから、今回のこの決闘は言うなれば、演武のようなものでしかない。
人間も獣人も、実際どっちの将が強いかに関心を持っていたのだ。だからこの茶番も笑いながら見ているし、少しだけお祭り騒ぎのようなドンパチでしかないのだ。
それでも、二人とも手を抜かずにしっかりとやり合っている。獣人の圧倒的な身体能力に追いついて戦えているゼスさんが意外とちゃんと強いことに安心した。
「あの魔法の使い手の人間の娘、俺様が勝ったら獣人軍に貰おう!」
「そんなことさせるか!彼女は王国の大事な民だ!!」
「その娘の力を無駄にしていることに気付かない愚かな人間共には過ぎたる者だ!」
「彼女は兵器ではない!」
あぁっ、私の為に争うのはやめて!
みたいなことを言っちゃいそうなシチュエーション。できるだけ大きな声で演技して下さいとお願いしておいたセリフは、私の風魔法でちゃっかりと音量が増幅されて、戦場全体にこのやり取りが響く。
実際、まぁルヴィンさんからは獣人の国に来ないかと打診もされたのだが、自分が生きてそっちに行ったとわかれば、きっと王達はそれを口実に戦火を拡大させる可能性だってあったことから断った。それではルヴィンさん達にも迷惑を掛けてしまうから。
必要なのは、獣人にも人間にも関わらず、私が消えてしまうこと。
あとはタイミング。
タイミングさえ合えば―――。
そう考えた瞬間、宿営地に魔力反応を感じ取り、それがベルンさんの転移魔法だということがわかった。
だとすれば。
「そろそろ時間です。お別れです。……ちょっと寂しいですね……」
私の小さな呟きを聞き逃さなかった二人が互いに手を止め、そして、私の方に視線を重ねてくる。
「人間との手合わせ、楽しかったぞ。もしお前にその気があるのなら、獣人の国でお前を保護してやってもいいぞ」
「……君の選択に今更野暮なことは言わない。だが……」
『ユワちゃん!行くなんて言うなよ!』
『人間のユワ!お前みたいな人間なら我らも歓迎だ』
『みんなで王様ぶん殴りに行ってやるから!』
『ユワ!』
兵達や獣人達が口々に私の名前を呼んで、好きなことばっかり言ってくる。
私はちょっと肩入れしすぎたかもしれない。この戦場全体に。
「私はちゃんと、元気でやっていきますから。またなにか、会えることがあれば、そのときはまた頑張って温泉掘ったり、労働環境改善しますね!両方ともに!」
私は泣かないように笑って、そして、皆から離れていき、魔力を練る。
「獣人は、受けた恩は忘れない。お前が必要なら、我々コリジアータ平原の獣人はお前の力になってやる。お前との約束も、しっかり守ろう」
「ユワ、何度も言うが、私達はお前の味方だ。それだけは忘れるな」
ゼスさんとルヴィンさんは仲良さそうに並んで、そして私の背中に言ってくれる。
それを後押しするように両陣営から激励の声が聴こえる。
「シノゴゼ、迎えに来た!どこだ、シノゴゼ!」
「ユワちゃん!迎えに来たわよ!あのバカに魔法ぶっ放しても私が許してあげるから!!夫はしばいといたから!!」
宿営地に居ない兵達や私に気付いたベルンさんと、まさかの王妃様が一緒に走りながら前線まで来る。
というか王妃様、私が城に不在だった一週間の間に何をしたんだ、何を。
いろいろ訊きたいしツッコミを入れたいところだけど、もう時間切れだ。
「私が争いの種になるなら、私はここで、自ら命を絶ちます!」
ベルンさんたちにも聞こえるように音量を大きくして叫び、そして、魔力を暴走させて私を中心に爆発が発生する。
その爆心地には小さなクレーターができていて、私が羽織っていた王国の紋章入りの外套がボロボロになってそこに落ちていった。
その様子を私は、戦場から離れた場所から見ていた。
戦場ではベルンさんと王妃様が呆然と立ち尽くし、嘆いているようにも見えた。
獣人達はその爆発を機に撤退していき、兵達は二人を守る様に囲み、そして二人を宿営地へと誘導していった。
これで宮廷魔導士としてのユワ・シノゴゼという私は死んだ。
死んだ理由はゼスさんがうまいこと説明してくれるはずだ。
魔法の力を認められ獣人の捕虜になりそうになったことから、それでは獣人達が人間からの恨みを買ったり侵攻される口実を作るだけだと考えて獣人を説得して解放され、そして、騎士団長の説得も聞かずに自ら命を絶ったと。
社会人デビュー二か月で、私は…………無職の放浪者となってしまった。
その事実がなんとなくのしかかるけど、あの王と第三王子の為に生きるのは御免だ。
私は戦場で悲しむ二人に申し訳なさを覚えながら、行く当ての無い旅に出たのだった。
ついに優羽が無職に!
若さ故の即決能力。そして、獣人達にもちゃんと分け隔てなく接する優羽。
優羽はこっそり、ルヴィンの胸元でモフモフしたい気持ちを抱いていたことは秘密である!
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