第5話 交渉は楽しく明るく積極的に自分の希望を伝えるのがモットーです
初めての戦場。
異世界に転生したとはいえ、比較的平和な王都でなんやかんや生活していた私は緊張していた。
その場のノリで言ってしまったことに、私は今更後悔する。
そして何より、すっごく思うのが……。
「フォートナム様、なんでこんなに戦場が広いんですか?」
戦闘音は聞こえても、戦闘現場にはまだ着かない。一時間は歩いているはずなのに。
確かに音は近づいているハズなのに。
「馬を使えばもう少し早く着くが、軍馬は貴重でな。転移魔法でも使えれば違うのかもしれないが、あの魔法は一度行ったところにしか使えないし、私は使えない。君は使えたとしても、この戦場自体が初めての場所だから敵の拠点に今すぐ飛ぶなんてことはできない。……結局、歩くのが一番確実で早い」
「ですよねー。なんかすみません」
とのことだ。楽して敵の真ん中になんてことは、基本許されないらしい。
平原にはところどころ人間側が作った防護柵が設置されていている。
戦闘音に近づくにつれて防護柵の内側で傷を癒すものや装備を整える者達が増えてくる。
中には腕や足を失っている者がいたりもした。回復魔法で止血はされているけど、再生までできる力を持つ者がいないんだろう。たしか、戦争で腕を失ったりした者は、王都や主要都市の教会に行けば再生してもらえると聞いたことがある。多分こういう人達が帰郷するんだろうと、私は少しだけ引きながら考えた。
「もう少しで戦闘領域だ。可能な限り守るが、気を引き締めていけ」
ゼスさんが私に忠告してくる。私は静かに頷き、ゼスさんの後をついていく。
初めに目に入った獣は、黄金と漆黒の縞模様が目を惹く虎だった。虎と言っても四足歩行ではなく、マッチョな二足歩行の兄ちゃんみたいな感じ。
黄金と漆黒。なんか中学生とかが好きそうな組み合わせの言葉とかも思ったりしたが、ただ、本当にそう思えた。
ゼスさんに聞かれたら嫌な顔をされるかもしれないけれど、その見事な毛並みは綺麗だった。
人間の兵が放つ矢や魔法を華麗に避け、剣を持った兵士と近接戦闘を行い、打ち倒していく。
彼だけじゃない。彼以外の他の狼や犬の獣人達も同じだった。
魔力が外に出せない分、身体能力が魔力によって極限まで高められていることがよくわかる。
「君は自分自身の防御に徹してくれ。アレは、君を守りながら戦うには分が悪すぎる」
ゼスさんは真剣な声で私に告げると旗を大地に突き刺し、剣を鞘から抜き取って呼吸を整える。
「そんなヤバい敵なんですか?」
「ヤバいも何も、私達は彼が司令官だと思っている。獣人は完全な力社会。強い者が率先して前線で戦い、その背中を部下達が追いこそうと追っていく。戦いの邪魔はしない。が、弱い者は強い者を追い抜こうと戦果を求める」
「だから、戦場で一番強い者が司令官……という風に考えられるんですね?」
「あぁ、そうだ」
「じゃあ―――」
緊張が走る。
あっちがこっちに気付いたら、それが戦闘開始の合図だ。
剣を抜いたゼスさんからは強者の貫禄というものが感じられる。力が全ての獣人がそれを見逃すわけがない。
私は静かに魔力を練り始めた。
「人間のみなさーん!獣人のみなさーん!戦いは一回休憩でーす!!」
風の魔法で音量を大きくした私の声が戦場に響き渡る。
「なっ!?君はこのタイミングで―――っ!?」
「あー、フォートナム様今回の目的忘れてませんか?私達は交渉に来たんですよ?交渉に。ここでフォートナム様まで戦っちゃったら、この旗の意味ないじゃないですかぁ」
私は地面に突き刺さっていた旗を引き抜き、空高く掲げてみた。
「獣人の皆さん、私とフォートナム様に敵意はありません!……ほら、早く剣をしまって下さいよ、フォートナム様」
「あ、あぁ、悪かった」
ゼスさんは私に謝りながら慌てて剣を鞘に戻す。
ちなみにこのやり取りは私の声のほかに、しっかりとゼスさんの声も大きく聞こえるようにしてくれていたりする。
「お前ら、正気か?」
少し距離が離れていたはずの金の虎獣人が一瞬で間合いを詰め、私の目の前に立ち塞がる。
「当然です。こっちにもいろいろ事情があるんです。なので、この戦場で一番偉い方とお話しがしたいのです。―――申し遅れました。私はヒュームゼス王国宮廷魔導士、ユワ・シノゴゼです」
自分よりもゼスさんよりも身長が高い彼は、威圧するように私を睨むが、私だって貞操の危機がほんの少しかかっているのだ。気圧されないように気持ちを引き締め、穏やかな大人な笑顔で挨拶を返す。
「信用するとでも思うか?人間の小娘」
「信用していただくしかないですね。私は戦闘の意思が無いことを、女神プラナージュ様に誓います」
視線を旗に向けながら私は告げる。
それでも少し怪訝そうな顔をして、金の虎獣人はジッと私の目を見てくる。
「人間の王の指示か?」
「いいえ?正直私はあまり王に対して良い印象を持っていませんので。ついでに言うとその息子の第三王子にも。なので、これは私の判断でしかないですし、私個人は獣人と争う理由なんてありません。私に与えられた王からの命令は、今前線で戦っている兵士達の支援、というかストレス発散要員になれという話でしたし」
少し恨み節を交えながら、私は彼に言う。
「それは、お前に兵達の慰み者になれという命令ではないのか?」
「いえいえ、そういった解釈もできますけど、命令文にはここにいる騎士団長のフォートレス様が好きなようにしていいとも書いてあったので―――」
「……私が配慮しながら支援に徹してもらおうと思ったら、なぜか嬢ちゃんが好きにやることになってしまった……」
どこか遠いところを見るような、何かを諦めているような言い方で、ゼスさんは私の言葉の後に続けた。
その様子を見た金の虎獣人は少し憐れむような空気を纏っているようにも見えた。
「……他の人間共とは違うようだな、お前は。いいだろう。このルヴィン・ティグ、獣人軍コリジアータ平原戦線責任者として、お前達と交渉してやろう」
ゼスさんの読みは正しかったらしく、目の前の金の虎獣人は名乗って胸を張るように姿勢を正し、少し高いところから私とゼスさんを見下ろしてきた。
「ありがとうございます。では、今回こちらがお願いしたいことをお伝えしますね」
私はニコッと笑ってルヴィンさんを見ると、軽く息を吸って心を落ち着かせて、そして伝えた。
「これからしばらく、少なくとも一か月以上、できればずっと、戦っているふりをしていて欲しいんです」
私の言葉をはてなマークを浮かべながら聞くルヴィンさんの頭の上の方にある虎の耳がぴくぴくと動く。
「ん?つまりはどういうことだ?」
「えっとですね、うちの兵士達のストレスがヤバいんです。割と本気で。で、原因と言ったらこの戦争という状況しかないじゃないですか。故郷に帰ることもここ数年許されていないみたいですし。王命だからみんなこの現場から離れることもできない。だから、まともな戦闘さえ無ければ、それなりに安心して過ごせると思うんですよ。だから、戦闘も互いの戦闘訓練のようなものにして頂きたいのです。怪我はしても治るレベルで、死にもしないっていう条件は必要ですけど」
「それを聞いたとして、我々のメリットというものが感じられない」
私の説明を受けたうえで、ルヴィンさんが素直な疑問を私にぶつけてくる。
「いやぁ、メリットはちゃんと用意してますよ?」
私の言葉に次に驚いたのはゼスさんだ。
この提案、ぶっちゃけて言ってしまうと獣人側には何のメリットもない。だからそのメリットというものを私が提示できるということ自体がおかしいと、ゼスさんはわかっていた。
「私が宮廷魔導士を辞めます。王国にも戻りません。今後、人間側の戦力として人間と獣人の争いに参加しないことも約束しましょう」
絶句。
その二文字が今のゼスさんに最適であった。それとは逆にルヴィンさんは何か感心したように口の端を釣り上げて笑う。
「嬢ちゃん!君は自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
「慌てないでくださいよ、フォートナム様。大体理由もわかりますよね?フォートナム様なら」
思い当たる節があるのか、ゼスさんは口元を押さえながら思考する。
「宮廷魔導士は、まぁ私は戦闘経験が無いとはいえ、皆がそれなりにすごい魔法を使えます。獣人の中にたまに現れる固有の能力持ちみたいに。それこそ、この戦場まで近づかなくてもこの戦場の地形を簡単に変えちゃったり、皆さんを攻撃するくらいは余裕です」
これはハッタリではない。
私は使っていないだけなのだ。そういった魔法を。
平和慣れして戦うことになんて無縁だった現代の日本に住んでいた私には、急に目覚めた力でなんでも滅ぼせみたいなことはできない。本当は全ての魔法が使えるのに。新しい魔法だって創れるのに。それでもそれらを使わないのは、私自身が平和ボケしているから。
「私はよくわからないですが、王とその息子に嫌われています。あの命令がその証拠です。そうでなければ、魔法の才能を認められた貴重な宮廷魔導士に娼婦のようなことをさせようなんて思いません。なので、目障りな宮廷魔導士は消えることにしました。ちょっとお二人にはお芝居をして頂きたいのですが、どうですか?」
ルヴィンさんとゼスさんを見据えて、私は作り笑いを浮かべながら取引をしている。
あれ?私ってこんなに性格悪かったっけ?
あー、でも。―――昔、友達が私のこと怖いとか言ってたっけなぁ。怒らせたら面倒だって。
初登場の獣人は、美しい金色と漆黒の虎模様を持つ獣人側の司令官で虎獣人のルヴィン・ティグさん。酒を飲むと絡み酒をしてきて逞しい腕で肩を組んでくるタイプのおっちゃんです。
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