第4話 はじめての戦場はストレスハンパない環境で、ちょっとみんな可哀想
だだっ広い平原の端の方にある高台の宿営地の中を歩く兵士達は疲れきっていて、ただ一人この場で異質な格好をしている私を見ても、無気力な視線を投げ掛けてくるだけで、誰も声を出さない。
コリジアータ平原。獣人領と人間領の境目にあって、ひたすら広くて、周囲に村や町も無い辺境。一番近い人間の町でも馬で三日はかかる。王都からだと一週間以上かかるだろう。
宿営地の中でも一番大きく豪華なテントの前に着くと、立て札に『司令本部』と書かれていた。
私は遠慮がちな声のトーンで「すみませーん」と呼びかけながら、入り口に垂れる布を腕で退かして中へ入って行く。
「誰だ?ここは一般人が入っていい所ではないぞ。出て行け」
こちらに背を向けたまま、軍議用の大きな机の向こうに居た偉そうな騎士が私に向かって不愛想に言ってくる。
不愛想……というよりかは、この人も例に漏れず、疲れている感じだ。
「ヒュームゼス国王の命により応援に参りました、宮廷魔導士のユワ・シノゴゼです。こちらの責任者は貴方でよろしかったでしょうか?」
「あぁ……宮廷魔導士の方だったか。すまない。私がコリジアータ平原戦線の指揮官で、ヒュームゼス王国第五騎士団団長、ゼス・フォートナムだ」
重鎧をカチャカチャと鳴らしながら私の方を振り向き、ちょっとくたびれた感じがするけれども屈強そうなゼスさんが丁寧に礼をしてくれる。年齢的には中年くらい―――王様くらいだろう。
「それではフォートナム様、こちらが陛下と、王妃様からの手紙となります」
「ありがとう」
私がポーチから取り出した二つの手紙を彼はスッと受け取ると、机に置いてあったペーパーナイフで開封し、中の便箋を取り出して読み始めた。
気のせいだろうか、王様の手紙を読んでいるときにちょっとだけ眉間に皺が寄り、王妃様からの手紙を読んで納得したような顔をしていた。
あの人達、何を書いたんだろう。
「…………とりあえず、この戦線の状況の説明と、君への任務を伝えよう。こっちへ」
そう言ってゼスさんは歩き出し、私もそれに付いていくようにしてテントの外へと出た。
「コリジアータ平原は知っての通り、獣人達の領域と人間の領域の境目で、もう何十年もずっと睨み合いが続いている」
本部テントは高台にあり、ゼスさんはそこから一望できる平原を見ながら私に説明する。
「最近は前線が押され、獣人側が勢いを増している。…………君はどう思う?」
「私はずっと街の方で生活していたこともあって、実は本物の獣人を見たことが無いんです。なので、単純な戦力比較とかはできないですし、宮廷魔導士とは言え、私一人の力でこの戦況をどうこうすることはできません」
私はゼスさんの様子を窺いながら思っていることを伝えていく。
「…………ただ、皆さんの疲労の方が気になります。…………正直に答えて下さい、フォートナム様。皆さんが最後に帰郷できたのはいつですか?」
私の発言に彼は少し意外そうな顔をしたが、すぐに表情を戻し、私の髪の毛をクシャクシャに撫で回しながら教えてくれた。
「長い奴で三年。最近帰れた奴も一年だ。……もっとも、重傷を負って戦えなくなった奴らや死んだ奴らはその都度郷に帰してるがな……」
最後のそれは、帰っていると言っていいのかどうか。
しかしなるほど、ブラックだ。ブラック企業だ。
確かに、現代日本の環境とこの世界の環境を単純に比較してはいけないということはわかっている。
「だから皆さん、疲れ切っているのですね…………」
「恥ずかしい話だがな。悪いな。成人したばかりのお嬢さんに心配させてしまって」
「いえ、……で、私の任務は?どうすればよろしいでしょうか?」
「陛下からの手紙にはこう書いてあった。送った宮廷魔導士を好きに使って兵士達のストレスを発散させろ、と」
「それはまた……」
要は私に、娼婦のようなことをしろと言っているのだ、あの王は。
「陛下は第三王子を一番気に入っているからな。王妃様からの手紙に書いてあったぞ。君がケネス王子に目を付けられていると」
「あー……やっぱりアレが関わってたかぁ……」
私は溜め息をつきながら、ついつい王族のことをアレ扱いする。
「命令違反したら、多分フォートナム様にもご迷惑お掛けしますよねー」
「まぁな。ただ、物は考えようだと思うぞ?」
私は軽くやる気が失せていくが、ゼスさんはそれをカバーするように私に助言してくれる。
「兵士達のストレスを発散させる。私には君を好きに使う権利が王命で与えられた。ここまでの前提はわかるな?」
「はい。それって、性的に接待しろってことですよね」
「陛下的にはそうだろうな。だが、そんなこと君はしたくないだろうし、私も娘と同じ世代の君にそんなことをさせたくない」
ベルンさんが言っていた配慮をしてくれるとはそういうことなのだろうと思いながら続きを聞く。
「訊くが、ストレスとは何が原因だと思う?」
現代日本においてもストレスは社会問題だった。大学とかでもストレスについて学んだこともあるし、省庁主導で企業のメンタルヘルス対策に力を入れていたくらいだ。
「私はあまりストレスを感じたことないからよくはわかんないですけど、基本的に疲労と極限状態、環境あたりが原因ですか?ここだと、戦場っていう特殊な環境ですし、人の生き死にがかかっていれば極限状態にもなります。そして、度重なる戦闘での疲労。メンタル真っ黒けになる自信しかない状況ですよね」
「そうだ。できるだけ兵たちには休息をと思ってはいるが、今の人員ではそれがあまりにも難しい。国へ陳情しようにも、他の戦地を引き合いに出されて許可されない。獣人達は体力があるからこの程度の戦闘の繰り返しなんて何とも思っていないだろうがな」
「獣人のことについてはよくわかんないですけど、とりあえず、割とクソですね、うちの国」
「…………若いというのは凄いな。普通にそんなことが言えてしまう」
「じゃあ私は一週間、労働環境改善頑張ります!」
私はゼスさんに向かって宣言した。
「具体的にどうする?できる限りの協力はさせてもらうが……」
私はニッと歯を見せながら笑った。
「とりあえず、獣人の人達の責任者に会いましょう。連れて行って下さい」
「君は……自分が何を言っているのかわかっているのか?」
流石のゼスさんもギョッとした表情で私を見てきた。そりゃそうだ。獣人なんて見たことも無い対応したことも無い小娘が、あっちの責任者と交渉しようとしているのだから。
「疲労の大元の原因って、獣人達との戦闘ですよね?」
「それはそうだが……」
「じゃあ獣人の人達とも話しておかないと、労働環境改善しても私が帰ってしまえば元に戻っちゃう可能性が高いじゃないですか」
それについて何も言ってこないところ見ると、ゼスさんも同じことを考えていたのだろう。
「だが、獣人との交渉なんて聞いたことが無いぞ?」
「聞いたことが無いだけかもしれませんよ?意外と話せばわかる人達かもしれませんし。あ、そうだ。一応確認ですけど、世界共通でこれを掲げておけば戦闘の意思が無い使者だっていうような旗とか目印ってありますか?」
私は草原の向こうに見える獣人達の領域を凝視し、神パッドでマップ確認して相手の拠点を検索する。
一秒に満たない速度で検索結果が表示され、私の目に映る平原にマーカーがセットされる。
「あることはある。が、それが獣人にも通じるかどうかはわからないぞ?」
「やらないよりかはマシですよ。私とフォートナム様だけで向かいます。変に多くの兵を連れて行くと警戒されて門前払いされるかもしれませんし」
こうして、私の戦場デビューが幕を開けた。
フォートナム様が用意したのは美しい女性の、エドレシスにも似ているけれども、それよりも大人びたお姉さんのような人の横顔が金糸で刺繍されている白い旗であった。
女神プラナージュ。
かつてこの世界において、人間と獣人の前に降臨して仲良くしろと叱りつけたけど、一年くらいしたらスルーされちゃった神様。
それでもこの女神は特別で、平和を望む象徴として、少なくとも人間の国では信仰されている。
「それじゃあ、さっそく行きましょうか。フォートナム様!」
「…………おー…………」
記念するべき私の初出陣。意気揚々と声を上げる私に、しかしゼスさんはどこか投げやりに返事をし、宿営地の兵士達はどこか彼を憐れむような瞳で見つめながら敬礼をして「ご武運を!」と見送ってくれた。
第五騎士団長ゼス・フォートナムさんは娘さんがいるけど会えない内に成人を迎えそうで焦っている、単身赴任で頑張る系お父さん騎士。
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