第26話 何者でもいいから
獣人達の宿営地に戻ってから、ルヴィンさんとティグさんは事後処理でバタバタと動き回っていた。
私は一度集落に戻ろうかとも思ったけど、ティガと待っていろと言われて残ることになり、宿営地からすぐの、コリジアータ平原に突如現れた大地の裂け目が一望できる丘にふらっと足を伸ばし、椅子にちょうど良さげな岩に腰をかけながら自分がした結果を見ていた。
「…………地形変えるくらい簡単…………か。やってみて思ったけど、やっぱこんなの元一般人に持たせる力じゃないわぁ…………」
結論から言えば酷すぎる。
これ、王都を壊滅させることだって簡単すぎるでしょ。
私の周りにいる人達が優しい人達だからこそなんとかなってるけど、悪意ある人が私をそそのかしちゃったら、それこそ人類、というかこの世界の生命体の危機になるんじゃない?
所謂悪の魔王エンドだってできちゃうだろう。
いや、したくはないし、する気も無いけど。
「ここにいたのか、ユワ」
一人でボーっと考え事をしていると、背後からティガが話しかけてきた。
「ティガ……」
私は危ないことに巻き込んでしまった彼の名前を自信無さげに呼び、両手を岩肌に付けて体を支えながら背中を逸らして逆さに彼の姿を見る。
「少しは用心しろ」
「ごめん。ちょっと一人で考えたいことがあったから」
「一緒だな、俺と。…………横、いいか?」
「うん……」
隣にゆっくりと腰を下ろし、視線は真っすぐと平原の先に向けられる。
そんな彼を横目で少しだけ見て、私も彼の視線の先に私の視線も伸ばす。
「凄かったな、あの戦いも、お前の魔法も」
「うん。私も初めてだった。あれだけの戦いも、あれだけの魔法を使ったのも」
怖がられたかな?
まぁ怖いか。一人で銃とかミサイルみたいな破壊力持ってるんだもん。生身で。
私なら怖い。
それまで使ってた魔法なんて、転送魔法とか回復魔法とか強化魔法とか、ちょっとした攻撃系の魔法だと目くらまし用の爆発魔法と軽く人を吹き飛ばす程度の風を起こす魔法。あとは、温泉掘るのと木材加工するやつ。他にも一応細々したのは使っていたけど。
魔法万能すぎる。
「怖かった……よね?ごめん、巻き込んで」
彼と同じところを見ることはできず、視線を地面へと落とす。
「いや、ドラゴンは初めてだったが、魔物と戦うことには慣れている。魔法もそうだ。女神様も言っていたが、それがユワの力なら、怖くはない」
彼は声色も視線も何も変えずに淡々と答える。それがまるで当たり前であるかのように。
「そっか。…………強いね、ティガは。私は今更、怖くなった…………。……変だよね。あのときは全然怖くなかったのに」
それは本心で、弱みで、自分を少し怖く感じている。
自分で自分が怖いのに、自分が好きな人は自分を怖くないと言っている。
でも、鋭い刃が通らないドラゴンを簡単に貫通してみせたり、大地を引き裂いたりしてみたり。
やっておいてなんだけど、やっぱりこれはあまり使っちゃいけない魔法だと思った。
「ドラゴンも魔物も今更だけど怖かった。自分も、あれだけのことができちゃった自分も……。………………私って、何者なんだろうね?」
ユワ・シノゴゼ。
四御神優羽。
人間。
準女神。
異世界人。
日本人
私を表す言葉は色々あるのに、今の自分がよくわからない。
考えれば考える程にわからなくなる。
自分にはエドレシスから貰った力があるから、できることはやっておこうと思った。
それは少し自惚れだったのかもしれない。自分なら、彼女から貰った魔法の力があれば、誰かの役に立てるんじゃないかって。
最初は王妃様やベルンさん、城の同僚のみんなの為に。
次はゼスさん達の為。
その次は、ティガや集落のみんなの為。
そして、コリジアータ平原のみんなの為。
自分の為に使うこともあったけど、魔法を使う時は皆の為の方が多かった。
日本に居たときには無かった力を使うのに、なかなか自分を理由にできなかったから。
「何者か―――か」
ティガはそう呟いて、岩に触れる私の手に、大きなその手を重ねてきた。
「ユワ。俺の話になるが、聴いてくれるか?」
静かに落ち着いた声で、どこかに強い力のような意志を含ませながら彼が言ってくる。
「うん」
それに当たり前のように頷いて、ティガが重ねている手に籠る力を静かに受け止める。
「バル。―――バル・ノートゥン。俺の父の名前だ。父は虎の獣人で、村を守る戦士で、村の獣人のまとめ役だった。強く、勇敢で、だが、皆には優しく穏やかな人だった」
ティガの言葉はどこか寂し気で、でも、その父親のことを誇っているかのようにも聞こえた。
「ただの虎獣人だと思っていた。だが…………、父は、今の虎族の族長の兄で、族長候補だった……らしい。ルヴィンさんから聞いた。…………俺の戦い方は、全て父から教わり、父を模倣したものだ。だから、手合わせをしたときに気付いたと。二人は親友だったみたいだからな。昔はよく手合わせをしたと言っていた」
族長といえば、その種族においては王のようなものだ。
獣人の国は各種族の族長達による議会によって運営されている。代表首長のような存在もいて、今は確か獅子族の族長が代表首長となっている。
「そっか、じゃあティガは王子様みたいなものかぁ……」
「俺は王子なんてガラじゃない。目の前の者を守るだけで精一杯な、ただの半獣人の族長だ」
「そうかな?」
「あぁ」
重なった彼の手の熱は私の手を温める。
少し力を入れて、私の手を軽く握り締める。
「なぁユワ。…………俺は、俺の父のことを知った。俺の系譜の一部も。だが、それで自分の何かが変わったとも思えない。今の俺は集落のあいつらや、ユワがいてくれるから俺でいられる。だから、お前も、お前が何者だっていいと……思う…………」
その言葉と同時に手が離され、ティガが立ち上がって私の目の前に移動すると、私の正面に、平原の景色を遮る様に片膝を立ててしゃがみ、視線の高さを私の顔に合わせる。
「ユワ。女神様と親しくしたり、強大な魔法を使えたりしても、お前はお前だ。甘くて、チビ達に優しくて、誰かの為に無茶をして、無理をして、一人で突っ走って、危なげで、でもなんか抜けていて―――」
多少ティガの呆れと諦めが混ざっているようにも聞こえるけど、彼は真剣に言葉を続ける。
「だが…………こういう言葉は、今まで誰かに言ったことがないから正しいかどうかはわからないが…………」
丘にそよ風が吹き、彼の金色の髪と、私の桜色の髪をそっと撫でていく。
ティガは私の目を真っすぐと見つめ、私も釣られるように彼の目をしっかりと見つめる。
「ユワが何者でもいい。俺は、ユワが好きだ」
思っていた以上にどストレートな言葉に、私は一気に顔が耳まで真っ赤になるのを感じる。熱が顔中に広がって、全身に変に力が入ってしまう。
「…………俺が好きな人…………ではダメか?」
「……………………ダメじゃ………………ない…………です……」
―――告白したい。告白されたい―――。
そうは思っていても自分もそういった経験はなくて。
今、思っていた以上に恥ずかしくて嬉しくて、目を閉じて敬語で消極的過ぎる返事になってしまった。
うまく言葉を返せずに彼の反応が気になって薄っすらと瞼を持ち上げていけば、そこには顔を赤くしながら、普段の逞しく凛々しく不愛想なのが嘘のように、心配というか不安というか、壊れ物に恐る恐る触るような少年の顔で私の顔を見ている彼がいる。
「私も、好き、です。…………えっと…………えぇ…………っと…………」
いつものように軽い言葉で返せない。どこかぎこちない言葉を出すのがやっとで、頭の中が混乱しそうなほど色々考えようとするけれども、正直何も考えられない。
目が回りそうになって、でも彼になんとか自分の気持ちを伝えたくなって―――。
――――――言葉を出せずに、気が付けば私は岩から立ち上がって彼を正面から抱きしめて、勢い余って押し倒していた――――――。
緊張してる。
ドキドキしてる。
それは私なのかティガなのか。
鼓動が重なって、顔を直視できない。
彼の首筋に顔を埋めると彼の呼吸が私の髪を揺らす。
彼の獣のような耳の毛皮が頬をくすぐり、なんだか更に恥ずかしくなって、彼を抱きしめる力を強くする。
「……ユワ……」
呼ぶ声と一緒にゴツゴツした手で頭を撫でられるのが分かる。
「…………嘘とか、夢……じゃない……よね…………?」
なんでかわからないけど、彼の手の感触に涙が溢れ出して、ポロポロとグッと抑えていた感情が言葉になる。
「あぁ。俺は、お前が好きだ」
子どもをあやすようにティガは私を優しく撫でながら、私の耳にささやくように言ってくれる。
「……もっとはやく……言ってほしかった…………っ……!」
「す、すまない」
八つ当たりみたいな言葉で彼を困らせて、自分のことを棚に上げる。
自分だって告白できなかったくせに。
ずるい女だ、私は。
「だが、仕方ないだろ……?…………俺は、俺の気持ちに向き合うのは…………初めてなんだ…………」
今までそんな余裕がなかったから。
あの日出会うまでは。
いや、出会ってからしばらくもそんな余裕なかったとは思うけど。
「だからその…………、…………今は、ユワを離したくない…………」
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