第21話 奇抜なオブジェのせいで平穏が不穏なんですけど!
目の前に広がる光景は二か月前と比べると凄惨なモノだった。
獣人の宿営地にはボロボロになった獣人達で溢れていて、中には人間達も居た。数か月前までお世話になっていたからわかる。あの人達は人間の宿営地に居た騎士達だ。
「これは……」
私は、到着と共に慌ただしく動き始めたクラウさん達を視界の端に捉えながら一人ボソッと呟いた。
「ユワか?戻ってきたのか」
本部施設から出てきたルヴィンさんが私の名前を呼びながら疲れた様子で歩いてくる。
「なにがあったんですか?なんというか、この状況は異常ですよ!?」
この戦場はあくまで演習的な目的を持った場所として調整したハズ。なのに今のこの状況は本気で戦場だ。
私が赴任した時と同じか、それ以上に殺伐としている。
唯一違うとしたら、人間も獣人も一緒に居るということ。
「あー……あれだよ。あれ」
頭をボリボリとかきながら、もう片方の手で人間側の宿営地にそびえ立つ禍々しいオブジェを指さした。
「あれはまた、えらく禍々しい……。フォートナム様はいったい何を考えて……」
「ゼスならそこだ」
ルヴィンさんは私の言葉に応えるように、前に私も泊まった小屋へと誘導してくれた。
そこで私が見たものは、包帯を全身に巻いていてベッドに横たわるゼスさんだった。
「フォートナム様!?」
正直慌てた。
ゼスさんは騎士団の団長を務める程の実力者で、こんな負傷をする人間には思えなかったから。
「……ユワ……なのか……?……すまない、情けない姿を見せてしまったな……」
「いや、別にそれはいいんですけど、どうしたんですか?」
首だけを辛うじて動かして私に話しかけてきたゼスさんは、苦い笑みを浮かべていた。
「あぁ、部下達を逃がす為に時間稼ぎをしていたら、な。…………大丈夫だ。ルヴィン達獣人が部下達を匿ってくれて手当てもしてくれた。私も、見た目はこんなだが、命には別条はない」
命には。
その一言でなんとなく色々と察した。
「………………全然よくない。良くないです。ダメです、こんなの!ルヴィンさん、人間獣人関わらず、負傷者を全員宿営地の広場に集めて下さい。どうにかします」
私は背後にいたルヴィンさんにそう伝えると、ギュッと奥歯を噛みしめた。
対象者の生命力は消耗しないように、生命力は空気中の魔力や私自身の魔力を変換して補填。肉体の欠損部位等も魔力によって固体に合わせたものを創りだす。回復というよりかは再生・復元をイメージ。ただし、術者はその者の負傷前の姿を理解していないので、固体の細胞と脳に記憶されている姿をスキャニングして構築。回復効果範囲は私が認識する全ての負傷者。神パッドによる範囲補正を使用。
私は一足先に広場で待ち、瞳を閉じながら頭の中で回復魔法の条件を組み立てて新たな魔法を創造していく。
準女神舐めるな。
必要ならこのコリジアータ平原全ての負傷者だって回復してやる。
「ユワ、言われた通り広場に負傷者を全員集めたぞ」
ルヴィンさんが私にそう伝えてくれる。
百人以上の負傷者。その中でも自力で移動できない者は十数人。ゼスさんもその一人だ。
「プラナージュ様、エドレシス……、私に力を」
私は柔らかな笑みを浮かべる姉妹神を思い浮かべ、願う。
ここにいる者達全てを癒すことを。
広場に白い花びらが舞い落ちる。
正確には花びらのように見える光の粒が、ふわりふわりと舞い降りて、人間や獣人の体に当たって消えていく。
仄明るい光が体に溶け込み、静かな癒しを負傷者に与える。
見る人が見たら、この光景を美しいだの幻想的だのと言うだろう。そんな現代日本から見れば現実離れした光景は、でもそんなにいいモノではない。
その下には幾人もの苦しんでいる者達が居るのだから。
しばらくして魔法の発動が終わると、広場に居た負傷者達は全員回復して喜びの声を上げる。
中でもゼスさんの周りには騎士や獣人が集まって、口々に喜びと、抱いていたであろう不安感を彼に向けて伝えていた。
情けなく笑うゼスさんは、その言葉の一つ一つを受け止めて、みんなに謝り続けていた。
よかった。
短い間とはいえ、お世話になって一緒に行動した人だったから。
そして、私の為に芝居もしてくれるくらいいい人だったから。
「どうしてこうなったか、ユワには説明しておかないといけないな」
広場での出来事から一時間ほど経って、ゼスさんとルヴィンさんと私の三人は同じテーブルを囲みながら話し合いをした。
人間側の宿営地付近に確認されているオブジェは『魔瘴石』と呼ばれる物を核としたもので、聞けば、王国からの救援物資として送られてきた物を、一緒に派遣されてきた魔導士風の男達数人で組み立てて設置したものらしい。
一応最初は獣人対策の障壁として設置される備品みたいな説明だったらしい。
ただ、その魔導士風の男達は設置と共にいなくなってしまい、詳しいことは聞けずじまいであったとか。
設置されて二日ほどは特に問題も無かったが、三日目、オブジェが急に暗い光を放ち始めて事態は急転した。
瘴気を撒き始め、それに呼ばれるように魔物達が集まり始めた。
危険性を即座に感じたゼスさん達はオブジェの破壊を試みたが、強固すぎる魔力障壁と、濃い瘴気を浴び続けたことによる肉体への過負荷により破壊は叶わず、本来なら敵であるルヴィンさん達に助けを求めた。
人間の街は遠く、魔物に追撃をされてしまうと兵達を悪戯に危険に晒してしまうことを考えると、妥当な判断だと思う。
ゼスさんは殿として兵達の撤退が終了するまで戦い続け、そして負傷したとのことだ。
人間と獣人の衛生兵両方から、回復しても前線復帰は難しいだろうと判断されるほどのケガであったとか。やっぱり。
「……王国は、人間側はコリジアータ平原を捨てたと?」
私はそこまで話を聴いて、今回の人間側の対応についての疑問を素直にゼスさんにぶつけた。
「どうだろうな。ただ、確かに魔物が集まる瘴気溜まりにしてしまえば、獣人達も迂闊に侵攻ができないだろうし、あのオブジェの破壊についても叶わないだろう。たまにいるという魔法無効化の能力持ちの獣人でもない限りはあの魔力障壁は突破できない」
「すっごい嫌な嫌がらせですね、人間側の道徳心疑っちゃいますよ」
「理に適ってはいる。コリジアータ平原に回していた兵力を別の場所に振ることもできるしな。ただ、ゼス達を犠牲にする前提があるというのが気に食わん」
そうなんだ。
瘴気溜まりと魔物を防衛力にするのなら、ゼスさん達兵士にそう伝えておけばいいだけだ。そうすれば撤退するだけの話なんだ。
それをしなかったっていうことは、つまりはゼスさん達を最初から犠牲にするつもりだったとしか考えられない。
ふざけてる。
「ふざけてる。ふざけすぎです。納得できない、できません!」
私は感情を隠すことなく、部屋全体に響くくらいの声で叫んだ。
よかった、今回ティガをここに連れてこなくて。
こんな私を見せたくはない。
「でもどうする?多分ゼス達は俺達獣人に殺されたことになっているだろう。憎しみを獣人に向けるためのプロパガンダに使われている可能性を考えると、国に帰しても消される可能性だってある」
「だな。ユワの怒りはわかるが、どうすることもできないことだってある」
「なんでそんなに諦めがいいんですか!?」
気が付けば強くテーブルを叩いて、抑えきれなかった感情が流させる涙が零れ落ちる。
「職業軍人だからだ、ユワ。戦場に行けと言われたら行き、死ぬことすら仕事として受け入れなければならない。私も、そして、ルヴィンも」
「そうだな。ゼスの言う通り、俺達獣人だって同じだ。戦うことが使命なら、戦いの中で死ぬことも使命だ」
二人の大人は、私を諭すように言葉を繋いでいく。
そんな話、聞きたいわけじゃない。
でも、二人は私の気持ちを知ってか知らずか、戦場の厳しさ、種族の為の戦争について教えてくれた。
だから、戦場で死ぬことは仕方がないことだと。
わかるから、理解できてしまうからこそ辛い。
ティガも、あの子達を守る為に命懸けで戦い続けていた。
優先順位が自分以外だと、その為に生きていくのが当たり前になってしまっていくのは仕方がないことなのだろうか?
「…………帰る場所が無いなら、どうするんですか……?」
呑み込みたくない物を呑み込んで、静かにゼスさんに問いかける。
「そうだな……、獣人の国に亡命をするか、流れの傭兵団として素性を隠して放浪するか、だな。家族に会えなくなるのは仕方がない。変に会って家族に害が及んでも困るしな」
ゼスさんのその言葉を、ルヴィンさんが少し嬉しそうに聴いている。
そういえば、ルヴィンさんってゼスさんとの戦いを楽しんでいる節があったぁとか思い出す。
ということは、ルヴィンさんの名において亡命を許諾するんだろうと、私はなんとなく考えた。
「ゼス、ユワの為に働く気はないか?勿論お前らがこっちに亡命したいというのなら口利きもするし、実際亡命してこっちに住んでいる人間だっている。そこは一人一人の希望に合わせてやる。だがな……」
ルヴィンさんの口から出た言葉は私の想定外のものだった。
私の為に働く?なんで?とか、無粋にも訊きたくなってしまう。
「ユワは今、半端者達と住んでいるんだが、全員がガキで、ここ二か月、うちの奴等も生活環境を整えるために貸し出していたくらいだ。生活に必要な知識も技術もまだまだ足りない。何かあったときに守ってやれる大人という存在が居ない。当然、半端者を嫌う奴もいるだろうから、全員が全員というわけにもいかないだろうがな」
あぁ、そういうことか。
それなら。
「フォートナム様、もし助けて頂けるのでしたら嬉しいです。今私が住んでいる場所は、この前ようやく家が建って、畑が出来たとこなんです。……逆に言うとそれしかないというかなんというか。…………私がお世話になっている半獣人の族長も私の一つ年上でしかないのです。なので、何かあったときに相談できる人が、私も族長も欲しいのです。…………お願いできませんか?」
ティガは大人達が居たことに安心感を覚えていた。
私では力になれないことだった。
それが悔しくもあり、悲しくもあり。
だから私は、ルヴィンさんの提案に乗ることにした。




