第16話 型にはめていたのは自分の方で、視野が狭くなっていたのも自分だった
翌朝、獣人達が準備してくれた朝ご飯を食べているところに、ティガがいつもより元気が無さそうな歩き方で現れた。
元気が無い。と言ったら少し違うような気もするんだけど、なんというか思い詰めているというか悩んでいるというかなんというか。
でもティガのことだから私が訊いてもちゃんと答えてくれるかどうか。
なんかいつもの調子で軽く返されておしまいかもしれない。
「…………おはよう、ティガ。どうかしたの?元気なさそうだけど」
とりあえず訊かないのも落ち着かないから、試しに声だけかけてみる。
一瞬ビクッと肩を震わせたけれどすぐに気持ちを切り替えたのか、私から少しだけ視線を逸らしてくる。
「なんでもない……」
彼にしては歯切れの悪い感じに些か気持ち悪さを覚え、私は手にしていた硬めのパンを皿に置き直す。
「うそ」
私はそう指摘して、ティガに目を合わせようとする。が、彼はそれから逃げるように目を泳がせてくる。
「私にぐらい、何でも言っていいんだよ?ティガ。…………我慢しすぎるティガを見るのは…………なんというか……、辛いから…………」
立ち上がってティガに近づき、彼の両の頬に手を添えて視線をこっちに向けさせる。
「…………ユワ…………ッ……!」
涙は出ない。
涙は出ないけれど、どこか泣いているような嗚咽にも似た叫びだった。
何がそこまで悲しいのか。それとも、堪えきれないのか。
我慢し続けることに慣れている彼が、なんでここまで脆くなっているのか。
私には想像できなかった。
「何があったの?ティガ」
問いに声で答えずに、彼は私の手をそっと掴んで下ろすと、そのまま優しく抱きしめてくる。
答えになっていない。
でもそんな無粋なことは言えず、私はティガの背中に手を回して、トントンと優しく心臓の裏を心臓の鼓動に合わせて叩く。
答えたくないならそれでもいい。
我慢する彼が、少しだけ私に寄りかかることで楽になるのなら、それも一つの答えかもしれない。
彼は、私みたいに能天気に生きていける程優しい立場に居ないし、そういう性格もしていない。
それは悲しいことなのかもしれないし、辛いことなのかもしれない。
小さな集団とはいえ、あの子達全ての生活をティガが抱えているということはそういうことだ。
私はちょっと手助けするだけ。
それくらいしかできない。
しばらく同じ姿勢で繋がっていて、胸に響く彼の鼓動が少しずつゆっくりと落ち着いていく。
ゆっくりとゆったりと、最初の不規則で早い状態から一定のリズムの脈動に変わり、そしてテンポが落ちていく。
その音は私を安心させてくれる。
力強くて、頼りになるいつものティガの音だ。
「…………悪かった、ユワ…………」
「ううん。気にしなくていいよ、ティガ」
悪いと言いながらもまだ体は離れず、間接的にずっと一緒に居てほしいと言っているようにも聞こえてしまう。
そして私は、そんな彼を受け入れている。
「ちゃんと話す。……ただ、今すぐには言えない。俺も……飲み込むのには時間が欲しい…………」
「うん」
短い返事で応えたら、彼の体がすぅっと私から離れていく。
彼の顔は少しだけ調子を取り戻したみたいで、暗く無いいつもの不愛想な顔になっていた。
「ご飯食べよ?獣人の人達が用意してくれたご飯、みんなの為に持って帰る分も準備してくれたみたいだし」
私はちょっとだけ明るく振る舞って、さっき食べようと思って手にしていたパンを再び手に取って、ティガの口に押し込む。
「食べないと元気でないよ、ティガ。君は頑張りすぎで我慢しすぎで、お姉さん心配になってしまうんだよ?」
口に入った分をもぐもぐと咀嚼して飲み込んだティガは、困惑したような視線を私に向けてきて、そして言う。
「ユワの方が一つ下だろう?」
「そうだけど、もしかしたら年上のお姉さんかもしれませんよ?」
イタズラに笑って告げて、私もバスケットからパンをもう一つとってかじりつく。
嘘ではない。
今は十六歳のユワ・シノゴゼだけど、この世界に来るまでは二十二歳の四御神優羽だったのだから。
とは言っても、色々な問題を抱えながら精一杯生きているティガの方がお兄さんっぽいけれど。
苦労はしてきたつもりだけど、あくまで平和な中での苦労でしかないからなぁ、私の場合。
でも、ティガはこんなちょっとアホみたいなやり取りで、少しだけ笑ってくれた。
私が学校で友達とふざけて話しているときみたいな調子で話したら表情が緩んだ。
「ねぇティガ、いっしょだよ?」
私も少しだけ笑って、表情を緩ませて。
「ティガは当然だけど、ベルちゃんやボルグ君達もいっしょ。私もいっしょだから。みんないっしょ。―――一緒に笑って、いつか平和な村になって、町になって、それが国になって、世界になることだって夢じゃないよ。そのために今私達は、ここにいるんだから」
私は忘れていない。
彼がヒュームゼス王国の王都で言ったことを。
『俺達も、こういった街で普通に生活できたらいいんだがな……』
悲しそうに言ったあのセリフを。
「土地はプラナージュ様が用意してくれた。家はルヴィンさん達がどうにかしてくれることになった。まぁ勿論、私達にできることは私達でやらないといけないし、覚えていかないといけないけど。でも、できるよ、私達なら」
朝食が終わって小屋から出た私達が向かった宿営地の広場には数人の獣人が集まり、荷物も木箱に入って何箱も積み上げられていた。
「今回ユワ達に同行するのは、クラウ・ソウラを含む虎族から二人、狼族から二人、兎族から二人の六人だ。全員半端者達でも力を貸していいと言ってくれた奴等だから安心しろ。本当はもっと人をやれればいいんだろうが、一応ここも前線だからな。ゼスの奴は無理をしないだろうが、上の奴等が変な命令をしたら、俺達も真面目に戦わなきゃならないしな」
ルヴィンさんが私達にメンバーを紹介してくれて、クラウさんが同行者を代表して一礼する。
私もティガもそれに合わせてお辞儀を返す。
「ティガ、またな」
ルヴィンさんがティガの頭を撫で、そして、私に笑いかける。
「なんか急に仲良くないですか?ルヴィンさん。昨日は半端者呼ばわりだったのに」
「そんなことは無い。昨日の戦いで実力を認めてやったんだよ。俺やゼスに比べりゃあまだまだだが、強い奴は好きだしな」
「…………なんかうさんくさい…………」
ルヴィンさんの言葉は本当なのかもしれないけど、本心っぽくは聞こえない。
私の言葉を聞いてニッと笑い、ルヴィンさんがティガの背中を軽く叩く。
「じゃあ、転移魔法で一気に行きますよ。私が目印で描いた円から出ないで下さいね?」
半径五メートルほどの円の中心で、私は転移先を思い浮かべ、円の中に入っている全てをみんなが待つキャンプ地に跳んだ。
魔力の奔流が粒となって消えた先の視界には、見慣れたテントと子ども達が待っていた。
獣人の皆さんは少しだけ半獣人の子ども達の集団に驚いたような様子を見せたが、すぐに慣れて子ども達に挨拶をしてくれた。
その様子をティガと並んで一緒に見て安心して、彼に微笑みかける。
一歩ずつしか進めないかもしれないけど、みんなが安心して過ごせる環境を作る為に、私は、私達は歩き続けるしかないのだから。
「これからだね、ティガ。頑張ってまずは村をつくろう?」
「あぁ」
嬉しそうに口元を緩めるティガの姿は、今まで以上に安心しているようにも見えて、それでいて、純粋さを私に見せてくれた。
我慢強いとか、我慢することに慣れているとか、それがティガであって、それが彼が生きていくうえでは良い事だと勘違いしていた。
私は、やっぱりバカだな…………。
普通なら当たり前なことを我慢するなんてこと、本当は少ない方がいいのに。
そして、彼や子ども達が大人達がいることに安心していることに気付いた時、魔法とかではどうしようもできない自分の無力さに気付かされた気がした―――。
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