第15話 ピンポイントな二つ名が付いていた事実と男の戦いを知った日
用意された小屋にはふかふかのベッドもあり、私は久しぶりのゆったり睡眠を楽しめることになった。
私がコリジアータ平原派遣時代に頑張って作った温泉には、獣人達の建築技術がふんだんに使われ、ロッジ風の温泉宿のように整備されていた。
道行く獣人に確認したところ、獣人の国では木造建築がメインで、自然との調和を大切にしているとのことだ。
最初にこの陣営に来たときにはわからなかったけど、言われてみれば急ごしらえの宿営地でも、現地調達できる木材で小屋を中心に建築もしているし、意識を少し変えるだけでも景色の見え方が違うことに気付く。
人間側の宿営地はテントが中心だったし、街の方は石やレンガ造りの建物が中心だったから、きっとそういう文化なんだろう。
案内された温泉で、私はゆっくりと湯に浸かりながらそれまで疲れを癒すように微睡んでいく。
お風呂ってのも久しぶりだ。
あそこでは基本水浴びが中心だったから。
お風呂ぐらい作ってもよかったかもしれない。いや、ここはせっかく女神様に貰った力を活かして、あそこにも温泉を掘って、いつでも楽しくのんびり温泉に浸かれるように整備するのもいいかもしれない。
「良くも悪くも周りが見えなくなるっていうのはこういうことなのかなぁ。はぁ…………。温泉気持ちいい……。ベルちゃん達にも入らせてあげたいなぁ…………」
一つのことを考えると他のことを考えられなくなるというか、その発想が無くなる。目の前の課題だけを考えて、それしか解決できなくなる。
「私って、不器用だな…………」
もともと器用だとは思っていなかったけど、考え直すと更にその不器用さを実感してしまう。手先の話じゃない。生き方の問題だ。
温泉から上がると、宿営地の広場でティガとルヴィンさんが互いに拳を交えていた。
思ってもいなかった光景に一瞬理解が追い付かず、二人の速い動きをよくわからないまま見守ることしかできなかった。
っていうか、ルヴィンさん何でティガと戦ってるの!?
少しだけ傍観して、ルヴィンさんの鋭い蹴りの一撃をティガが両腕でガードして後ろへと押されたのを見てようやく醒めた思考でツッコミを入れることができた。
じゃなくて。
「ルヴィンさん!何やってるんですか!?ティガも!」
多くの獣人達が見守る中、私は人並みに声が掻き消されないように大きく張り上げ戦う二人を止めようとする。
「試してるんだよ!この半端者がユワと一緒に居るにふさわしいかどうかを!」
ルヴィンさんはどこか楽し気に笑いながら私に言葉を返してきて、ティガはそれに対して強い意志を込めた視線をルヴィンさんに向けて応える。
「ふさわしいもなにも、こんなの私聞いてないし、困る!!」
割と切実な叫びを聞かせたつもりなのに、ティガは一声私に叫び返す。
「悪い!」
ああもう!悪いって何、悪いって!
パンチにキックにガード、そういった攻撃の応酬は止まることなく続き、私は止まらない二人を見て、よくわからないまま二人を見続けるしかできなかった。
「大丈夫。ルヴィン様は恩人であるあなたを傷つけるようなことはしない。勿論、半端者であるあの男も、力を示しているに過ぎない。獣人の国は力が全て。力なき者に貸す力は持っていない」
モヤモヤしている私に、一人の美しい白い毛並みの虎獣人の女性が語りかけてくる。
「あなたは?」
「私はクラウ・ソウラ。ルヴィン様の副官であり、この宿営地の建造物の責任者をさせて頂いています。ユワ」
にこりと笑ってクラウさんが私に穏やかな口調なまま挨拶をする。
「えっと、つまりは……?」
「ルヴィン様が彼に、『ユワには力を貸すが、お前は別だ。お前がユワに守られるだけの存在じゃ無いなら、それを証明してみせろ。力を示して、俺らが力を貸すに相応しい存在かどうかを見せてみろ』とおっしゃったのをきっかけに、こうなってしまいました」
「そういうことね……。まぁ納得と言うかなんというか。確かに私の力になるとは言ってくれたけれど、半獣人の力になるとは言っていなかったし。…………で、クラウさん。実際どうなんです?私、あまり肉弾戦というか白兵戦には詳しくないので…………」
「ルヴィン様は多少手加減をしているみたいですが、それでも半刻以上負けずに喰らい付いている彼は凄いですよ?正規の戦闘訓練を受けているわけでも無く、ほぼ感覚だけで戦い続けているみたいですし。似たような動き、戦い方をする者を、私は昔、見たことがあるような気がします」
獣人の将の副官が言うくらいだ。多分ティガは凄いんだろう。
でも、その状態がずっと続けられるとも思えない。
だってティガは…………。
まだ未熟だから。
誰も本格的な戦い方を教えてはくれなかった。自分で考えて体で覚えた生きる為の戦い方、守る為の戦い方しか知らないから。
ルヴィンさんと比べればヒヨッコに近いかもしれない。
ドサッ!
そんなことを考えていると、重い物が地面に落ちる音が聞こえた。
視線を音がした方へと移すと、ティガが地面に倒れ込んでいるのが目に映る。
「ティガ!!」
名前を呼ぶのと同時に駆け出してしまう体。
倒れたティガと構えを解かないルヴィンさんの間に立ち、彼を守る様に立ち塞がる。
「なんだ、その程度か?女に守られるだけの男なのか?お前は。恥ずかしい奴だ。お前みたいな男は、女の一人も守れずに指をくわえて女が犯されるのを見るしかできないぞ!」
あからさまな挑発の言葉を吐きながら、ルヴィンさんが私を睨んでくる。
え!?マジ!!?
そう思った瞬間にルヴィンさんの鋭い爪が眼前に迫ってきていた。
ヤバい、死ぬかも。
あの爪が私の心臓を抉って私は死ぬだろう。
素早い攻撃なのに、死の間際、達人のようにスローモーションに見える攻撃を目にして私は自分の死ぬ理由も考えられるくらいの境地に陥る。
だが、爪は私に届く前に弾かれ、大きな背中が壁になって金色の虎獣人を押し返して私とは反対側へと追いやる。
「…………大丈夫か……?ユワ……」
「う、うん…………」
余裕の無い声で、今にも折れそうな声で、それでも私を精一杯気遣っていることがわかる声で、気丈に振る舞いながら私に問いかけてきてくれる彼。
一瞬の攻防で私を守ってくれた。自分の体ももう限界に近かったかもしれないのに。
「よかった。………………よかっ……た…………」
ティガが振り向いて私をそっと抱きしめたと思うと、そのまま力尽きて倒れ込んで一緒に地面に横になった。
「ティガ…………」
私は、私のことを力を振り絞って守ろうとしてくれた大切な人の名前を呼びながら、疲れ切った体を優しく抱きしめる。
「最後のは本気の全力だったんだがな。見込みあるな、その男は」
ルヴィンさんが地面に横たわる私とティガの方に歩きながら言うセリフに、私は一つため息をついた。
「やりすぎです、ルヴィンさん。……ティガは一般人なんですよ?」
私は呆れたような声でルヴィンさんに警告するように言う。
「半端者達の小さな集団とはいえ、そいつも立派な族長だ。族長は一般人ではない」
それはそうかもしれないけど。
でも、やっぱり彼は一般人でしかない。
一般人だけど、自分のことを捨てて、みんなの為に生き続けてきた誠実で真面目で不器用な男の子なんだ。
「それに、お前が誰かに狙われている可能性があるなら、お前を守れるに越したことは無い。コリジアータの女神であるユワを、簡単に奪われても困る」
悪戯な笑いを見せて、ルヴィンさんは私にピンポイント女神の称号を教えてくれる。
「他にも、温泉の女神という名前も付いてますよ」
ルヴィンさんのセリフに付け足すように、クラウさんがにこやかな声で私に教えてくれる。
どっちもピンポイント過ぎてアレな感じなうえに、温泉の女神なんて、地域振興のイメージキャラクターみたいな感じがして更に嫌だ。
「何にしてもだ。そいつはお前が、ユワが思っているほど一般人ではないということだ。オイ、コイツを部屋に運んで傷の手当てもしてやれ。ユワももう一回温泉に入ってきてもいいし、コイツのことは俺に任せておけ」
結局私はルヴィンさんに勧められるまま、もう一度温泉に入ることにした。
地面に倒れ込んだことで髪に砂が付いたりもしたし。
家を建てる手伝いをしてもらうだけだったはずなのに、なんだか少し変わったことに巻き込まれてきたような気もしたけど、気にしたら最後、更に面倒に巻き込まれそうだから考えないことにした。
はぁ…………。
やっぱり温泉気持ちいい…………。
戻ったら絶対温泉作ろう。
温泉の女神はそう心に誓ったのだった。
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