第10話 いつの間にか芽生えた気持ちに名前をつけよう
王都の路地裏に転移した私の前には深い眠りについているあの男が居て、私の横には、私の腕を掴んでいるティガが居た。
「…………どうして…………?」
「ユワを、お前を放っておけなかった」
人気が無い路地裏とはいえ、人間の街に半獣人の彼が居るのはマズい。そして、転移魔法の魔力反応がもしかしたら王宮に伝わっている可能性だってある。
でも、マズいはずなのにどこか嬉しくて。
「でも、避けてた…………って思ってた…………」
彼の方は振り向けず、私は視線を石畳の地面に落としたまま苦しくなりながらそう言う。
辛かった。間違いなく。嬉しいはずなのに、ごちゃごちゃする頭の中では苦しんでしまう。
私は少しでも助けたいと思った人の役に立てなくて、そして、その人を悩ませて苦しませていたんじゃないかって思うと、辛かった。
独善的で偽善的で、相手の都合なんて考えない。そんな異世界の私は思い上がっていたんだって、目の前に現実を叩きつけられた気がして。
「そう思わせてしまっていたのなら、すまなかった。嫌っていたわけでは無い。ただ、俺が俺自身に戸惑った。それだけだ」
力の無い、本当に申し訳なさそうに聞こえる声がそのセリフを信用に値するものに変えていく。
「……なにそれ……」
さっきよりも穏やかな気持ちで出た言葉。
「俺もよくわからない。が、今これだけは言える。…………帰ろう、一緒に」
彼は私の腕を強く引っ張り立ち上がらせると、その大きな体で覆うように抱きしめてきた。
温かくて、大きくて、ちょっと汗臭くって。
視界の端に映る彼の虎の尻尾の影は、私にその尻尾が空に向かってピンと立って、僅かに左右に揺れ動いていることを教えてくれる。
あの子達を守る為に必死だった彼を独占してしまっていることに少しだけ罪悪感を抱いてしまう。
それでも、真っすぐな好意は嬉しくて照れる。
「ありがと」
うまく言葉にできなくて、でも伝えたくて。ちょっと不愛想な短い言葉でしか好意を伝えられない自分が嫌になる。
熱い。
顔が熱い。
胸が熱い。
全身が熱い。
お礼を言っただけなのに体中が熱くなって、ティガの顔が見れない。恥ずかしくて。
彼の体温が自分にも伝わっているせいかもしれない。そのせいで自分の体温が上がって。
似たような平熱を持つ二人でしかないのに、その熱を吸収して自分がすごく熱くなるなんてこと、普通は無いのに。
ドキドキする。ドキドキしている。
気が付けば、自分もティガの体に腕を伸ばして抱きしめていた。
また、この世界のスタンダードから外れてしまった。
どこまで行っても、この世界の普通を知ったつもりでいても、結局私は異邦人でしかないのだ。
でも、だからこそ彼の純粋さを受け止めることができるのかもしれないと思ったら、ちょっとだけその立場にも感謝したい。
言葉が少なくて、不器用で、でも責任感が強くて、自分のことなんて後回しで子ども達のことを真剣に考えて、守って、自分を犠牲にして。
人間や獣人が争っていなかったら、きっと平和の象徴にもなれたかもしれない半獣人。
彼は私が友達とバカな話で盛り上がったり、カフェで美味しいものを食べたり、部活で青春に汗したり、笑ったり泣いたり怒ったりしていた年齢の時からずっと必死だった。
平和とは対極の存在として。
「ユワに一緒に居て欲しい。…………お前と一緒にたき火を囲むのは好きだった。毎日眠るまでこんな俺と一緒に居てくれて、嬉しかった」
高いところから少しだけ身を屈めて囁くように言った言葉が、彼の年相応の弱さを教えてくれたようでうれしく感じた。
だから彼を愛おしく感じて、さっきよりも強く抱きしめた。
しばらく抱き合った後で落ち着いて、私は彼からそっと離れる。
私とティガの感情が解決したところで、それよりもしっかりと解決しないといけないことが少なくとも一つだけあるのだ。
第三王子のことはともかく、どうにかするとしたらそれこそ王城に行かないといけなくなるしそれは嫌だった。魔法ぶっ放していいっていう王妃様の心遣い自体はあるけれど、それをしたらガチの指名手配犯になってしまいそうだから却下で。
問題は第三王子が雇ったというこの男のことだ。
殺すことなんてできないし、だからと言って野放しにしておくこともできない。
私が悩んでぶつぶつと対策を考え付く限り念仏のように唱えていると、ティガが男の顔を覗くように見て私に言ってきた。
「魔法で記憶を消すとか、混濁させるとか、そういったことはできないのか?」
「おおっ、その手があった!ありがとうティガ!」
それを聞いた瞬間に私は神パッドを起動させて魔法検索をかける。
相手の記憶に作用する魔法自体はあった。
ただ、特定の期間や事象を事細かに指定することはできないらしく、過去一月くらいの記憶を消したり混濁させたりすることで効果はある程度固定されていた。
まぁいいか。
私は特に躊躇することも無く手の平を男にかざして、調べたばかりの魔法を発動させた。
光が男を包み込み、すぐにその光は消えてしまう。
多分これで十分だろう。
効果を確認したい気持ちもあるが、前回の結界魔法にしろ、神パッドの記載内容と特に変わりは無かったし。
それでもダメ押しの記憶消去魔法をもう一度男に使っておいた。とりあえず。
「多分これで大丈夫……だと思う。…………うん。二回もかけたし、大丈夫だよね?」
私は寝たままの男に確認するように言った後、ティガの顔を改めて見直す。
「戻ったら、これからのこと考えないと……ね?」
あの場所が安全だとは限らなくなってきた。
どういった経緯であれ、あそこに辿り着いた人間が居たということは、半獣人の子達が人間や獣人に見つかって再び迫害されることは容易に想像出来てしまうからだ。
「俺達も、こういった街で普通に生活できたらいいんだがな……」
ティガは初めて見る王都の街並みを物悲しそうに見つめている。
人間には安心して住める場所でも、人間と獣人が交わった結果の半獣人に安心は無い。
「それも探そう?一緒に。私も手伝う。ベルちゃんやボルグ君やみんなや、…………何より、ずっと頑張ってるティガが安心して眠れる場所を、私も探したい」
少し大胆かもしれないと思いながらも、言ってしまったものは仕方ない。
とはいえ、顔が真っ赤になっているのを感じるくらいには恥ずかしくて、視線を下に落とした状態で彼に向かって手を差し出す。
「―――ありがとう、ユワ」
手を握り返されずに再び抱きしめられた私は、恥ずかしくて恥ずかしくてもうヤバいのに、彼の尻尾がまた喜んでいたりするように見えたせいで何もできず、ちょっぴり涙目になりながら転移魔法を発動させた。
「ユワおねーちゃん!」
「族長おかえりなさい!!」
キャンプ地の中心部に転移した私達を、子ども達が出迎えてくれる。
ティガに抱きしめられたままなのに、それが当たり前のようにみんなは受け入れていて、それが余計自分を恥ずかしくさせてくる。
「ユワ、おかえり」
ティガは穏やかに、今までの何かを警戒していたような声ではない優しい声で私に言ってくれた。
時間にしてみれば一時間も経っていないだろう。
それでも、この場所に帰ってこれたことに私は胸を張って言える。
「ただいま、ティガ」
きっと王妃様もベルンさんも、ゼスさんもルヴィンさんも、私が「ただいま」って言って戻ったら、「おかえり」って言ってくれるだろう。
私はそれに少し照れて「ただいま」って返すだろう。
でも今一番嬉しい「おかえり」は、ティガの「おかえり」だった。
ちゃんと話そう。
ちゃんと聴こう。
私が思っていることも、彼が思っていることもちゃんと。
ちゃんと話せなくても、ちゃんと時間をかけて、理解をするように。尊重して。尊重し合って。
自分が彼を『好き』だって、理解しよう。
自分のチートをイマイチ把握しきっていない上に応用しない優羽。
・・・無駄チート・・・。
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