side.ティガ 助けた生き倒れの娘はいつの間にか
第7話から第10話までの、ティガ視点でのお話です。
チビ達が騒いでいた。倒れている人間を見つけたと。
村人以外の人間や獣人は自分達にとっての敵であると言い聞かせていても、幼さから好奇心には勝てないらしい。
俺はチビ達に引っ張られるがままに倒れている人間のところへと向かった。
旅を舐めているとしか言えない様な荷物量と服装。
元々はいいところでそれなりの地位に居たんじゃないかというくらい整った身なり。
そして、――――――綺麗だった。
昔親から聞かされた物語に出てくる桜の木というものがあるとしたら、こういう色合いだろうと思えるくらいに優しく淡い桃色の髪。
幼いようで、でも大人のような雰囲気を持つ顔立ち。
綺麗というよりは可愛い。そう言った方が正しいのかもしれない。
油断すると見惚れそうになってしまう自分を叱り、俺はチビ達に促されるままとりあえず彼女を保護することを決めた。
どうせ起きて気が付けば逃げてしまうだろう。
俺達半獣人は世界にとって忌み子だ。彼女も人間であるのなら、きっと俺達のことを嫌いはしても感謝はしないだろうし。
昔、俺達が元々住んでいた村が、助けた人間や獣人達によって滅ぼされたように。
それでも、倒れている者を放置して死なせるほど非情にはなれなかった。
だが、予想外に目を覚ました彼女は普通に俺達に話しかけて接してきた。
半獣人であると気付いているはずなのに、気が付けばチビ達と普通に話し、遊び、過ごし、―――そして俺達の場所に居場所を求めてきたんだ。
早とちりとはいえ、ベルを狩りの場に連れてきたことを怒ってしまった俺に謝り、理解を示しもした。
そして、半獣人も何も種族は関係無いと。この世界のスタンダードから外れたからといってそれが悪ではないと言った。
何も考えていないのか、それとも生来のお人好しか。
でも、それでも良かった。
俺達の親も獣人であろうと人間であろうと、種族関係なく結ばれ、契り、俺達を産んだ。
そして、生まれた俺達のことを宝だと言ってくれた。
あの村だけにしか居ないと思っていた俺達を理解する者が、一人でも外の世界に居てくれたことが純粋に嬉しかった。
それから数週間。気が付けばユワは俺達の生活に馴染み、チビ達や年長者も懐いていた。
みんなに笑顔が増えた。
俺が必死になってあいつらを守っていても見れなかった笑顔が。
みんなの笑顔を見ると落ち着いた。
以前ならみんな、俺に向ける笑顔は頑張っている笑顔だった。人の感情の機微に疎い俺でもそれくらいはわかった。あいつらはあいつらなりに俺に心配をかけないように無理してでも笑っているんだってことは。
でも、最近のあいつらは心から笑えている。
俺への笑顔も。
そのとき初めて気付いた。
俺は守ることに一生懸命で、あいつらにじっくりと寄り添う時間が無かったって。
親たちから託されたあいつらと生きるために必死だった。
余裕なんて無かった。
だから、俺の代わりに一緒に居てくれるユワをあいつらは受け入れた。そして寂しさを紛らわすことができたんだと思う。
俺よりも色々なことができるユワ。だがユワは、不器用に戦うことしかできない俺のことを凄いと言った。
あの日からずっと一人で背負って戦ってきていたことを見透かされたような。いや、でもそれが嬉しくも感じた。そうだ。俺はずっとあいつらを守る為に戦い続けてきたんだ。それを悔やんでなんていない。
理解者だった大人達はもう誰も褒めてはくれない。が、ユワが褒めてくれたことで、少しだけ肩の力が抜けたような気がした。
ユワは、戦いしかできなくて、話しても大して面白くも無い俺と毎日たき火を囲み、毎日他愛のない会話を繰り返し、無言の時間もたき火の音を一緒に聞く。
何もユワにあげられるものが無い。
俺もあいつらもみんな、ユワから穏やかな気持ちを貰っているのに。
そして、ユワは新たに結界を張った。
魔法というものはいまいちわからないが、ユワが言っていた魔物や野獣の侵入を防ぐという効果は確かにあった。俺が誘導したイノシシ型の魔物が見えない壁にぶち当たり気絶した。
純粋に魔法が凄いモノだと実感した上で、俺は一つの思いにぶつかった。
俺が今まで苦労してきたことを、ユワは魔法ですぐに解決することができた。それが悔しさとも悲しさとも空しさとも言えるような暗い感情が胸の中に湧き上がる。
「……ねぇ、これで少しは、ティガも安心して眠れる……かな?」
ユワが俺の為にしてくれたとわかったその一言は、しかし、俺の感情を納得させることはできなくて、俺は彼女に聞こえないように静かに呟いた。
「……ふざけるな……」
聞かれてはいけない。こんな気持ちは。
俺はその言葉を消すように、不安そうな目で見てくるユワの頭を撫でた。
それから俺は、ユワを意識するようになってしまった。
彼女に悪意はない。あるのは善意であり、優しさだった。
あの結界もそうだ。
なのに俺は飲み込むことができなくて、今まで以上に狩りに没頭する。
チビ達のところにはユワが居る。
ユワさえいればあいつらは安全だ。俺が居なくても。
そんな気持ちがじわじわと俺の中に広がって、ユワを直視するのが辛くなってくる。
わかっている。
ユワは悪くないと。
それなのに俺は勝手にイラついて、勝手にもがいている。
だけどユワは変わらずに接してきて、変わらない笑顔を向けてくる。元々不愛想な俺で良かったと思ったのが、無理に笑う必要も無く淡々と相手をすればいいということだった。
ユワの笑顔を見る度に自分が小さい生き物であると実感させられ、それが苦しい。
決してユワのことを嫌いではないのに。
こんな気持ちを持った状態でユワと一緒に居たら、きっとそのうちユワを曇らせてしまうかもしれないという怖さがそこにはあった。
ユワを曇らせることはしたくない。
俺もみんなも、ユワには支えられたのだから。
そして、また行き倒れているという人間をチビ達が発見した。
疑っていなかった。
ユワが善良だったから、この男も大丈夫だと勝手に思い込んでいた。
チビ達とユワに男の対応を任せて俺は狩りに出た。
人間が来たということは、きっとユワも人間の国に帰るんだという思いを抱いて、それを少しでもうやむやにして、否定したかった。
だが、異変が起きた。
急に魔物が活性化し、林のそこら中に魔物の気配が集まってきた。
同時に聞こえるチビ達の悲鳴や叫び。
俺は舌打ちをして、一番足が速いボルグをみんなのところへと走らせる。
後を追うように俺も魔物を倒しながら集落へと向かった。
俺が集落を視認できる距離まで近づいた時、男に殺されそうになっていたボルグを守る為に、ユワが魔法で男を背後から攻撃して殺したような場面が見えた。
酷く狼狽え、弱々しく歩き、懺悔のように男に回復魔法をかけるユワの姿は小さくて、今にも壊れそうで。
俺がもっとしっかりしていれば。
俺が変な意地を張っていなければ。
そうすれば、戦う覚悟も持てず、戦うことができないと言っていたユワに人殺しをさせずに済んだ。
俺が、俺の判断ミスがユワを苦しめてしまったことに気付くと、集落の中に入ることを躊躇って、一瞬立ち止まってしまった。
俺は、馬鹿だ。
男は何とか一命をとりとめたみたいだったが、ユワの背中はそれでも小さく、苦しそうに見えた。
「バイバイ」
その言葉が聞こえた瞬間、俺は強く大地を蹴り飛ばして、ユワの下へと駆けた。
嫌だ。
ユワはここからいなくなろうとしていることだけはわかった。
そんなのは、嫌だ。
俺のワガママだろうが何だろうが、辛そうな声で別れを言うぐらいなら、どこにも行くな……!
「ユワ…………ッ!!!」
間に合え、間に合え!間に合えっ!!間に合ってくれッッ!!
伸ばした手はユワの細い腕を掴み、そして、ユワと一緒にみんなの下を離れた。
「…………どうして…………?」
「ユワを、お前を放っておけなかった」
人間の街の片隅に跳んだ俺とユワと、そして集落を襲った男。
男は目を覚ますことなく、ユワは悲しそうな顔で俺に訊いてくる。
そんな顔しているくせに、放っておけるわけが無い。
いや、言い訳か。
「でも、避けてた…………って思ってた…………」
間違ってはいない。
俺は俺が惨めになりそうで確かに避けていた。
「そう思わせてしまっていたのなら、すまなかった。嫌っていたわけでは無い。ただ、俺が俺自身に戸惑った。それだけだ」
嫌っていたわけではない。俺は、俺を嫌いになりそうな自分が嫌だった。だから、ユワと顔を合わせることを恐れていた。そんな自分の近くに居て、ユワまで曇ってしまったら。それが怖くて。
「……なにそれ……」
少し呆れたような声を出して弱々しく笑う彼女。
「俺もよくわからない」
なんで自分がこんな気持ちを抱いてしまっているかもよくわからない。ユワが曇ることがなんで怖いのか。
それでも。
「が、今これだけは言える。…………帰ろう、一緒に」
掴んでいた腕を引っ張り、ユワを立ち上がらせて、そして、衝動的に抱きしめた。
一緒にいたい。
一緒にいて欲しい。
今度はちゃんと、ユワを守らせてほしい―――。
「ありがと」
短くとも、少し照れているようにも聴こえたその声に、俺は体中が熱くなるのを感じた。
今まで感じたことの無い熱だ。
顔も、ユワの顔が当たっている胸も、全身も、体中が熱くて、恥ずかしくて、今のこの顔はユワにも、もちろんチビ達にも見せることはできない。
なのに、いつもチビ達に囲まれているユワを独占してしまっていることに少し優越感を抱いてしまうくらい、大人げない自分にも気づく。
心臓が張り裂けそうなくらい強く脈打ち、ユワにこの動揺がばれるんじゃないかと気が気ではない。
それでも、彼女は俺を受け入れるかのように腕を伸ばし、抱き返してくれた。
「ユワに一緒に居て欲しい。…………お前と一緒にたき火を囲むのは好きだった。毎日眠るまでこんな俺と一緒に居てくれて、嬉しかった」
素直な言葉。
ユワが抱きしめてくれたことが、俺の中の不安や葛藤を消してくれたようだった。
そして、強くて頼りになる年長者、族長としての自分の弱さを初めて、誰かに見せたような気がした。
村を焼かれてチビ達と放浪してから初めてだ。
俺が俺の気持ちを誰かに伝えられたのは。
人間の街で半獣人で忌み子の俺は、人間を抱きしめて、そして、それを嬉しいと、ユワを離したくないと自覚した。
だが、ここに長居することはできない。
ユワは焦って男の対応を考えるが、なかなか考えが纏まらないようで、俺はできるかできないかは別としてユワが困らない様な提案をしてみた。結果として、ユワは男の記憶を消したりする魔法を使って対処をした。
人間の街だから、きっとこんな場所でもそのうち発見されて保護されるだろう。
なにより、ユワが人殺しにならずに済んで、尚且つ俺達のこともうやむやにできたことに、俺も安心した。
「戻ったら、これからのこと考えないと……ね?」
ユワはこんなときでも俺達半獣人のことを心配してくれているようで、今回の件で集落が見つかりやすいということもわかったことを問題視してくれていた。
「俺達も、こういった街で普通に生活できたらいいんだがな……」
人間は人間の国で、獣人は獣人の国で安心して平和に生活することができる。
そして、命の危険無く文化的な生活を送ることも。
「それも探そう?一緒に。私も手伝う。ベルちゃんやボルグ君やみんなや、…………何より、ずっと頑張ってるティガが安心して眠れる場所を、私も探したい」
ユワは本当に……お人好しだ。
お人好し過ぎて、危なっかしくて、脆いのに…………。
魔法は使えなくても、人と戦う覚悟もある俺はユワより強いから、俺のことなんて放っておいてもいいのに。
「―――ありがとう、ユワ」
離したくない。離れたくない。
離さないようにギュッと強く抱きしめて、慌てながらも拒否することなく、それでいて俺と同じくらい照れているユワを守ると誓った。
チビ達も守る。だけど、それとは別に、俺は彼女も守りたかった。
気が付けばユワが魔法を発動させていて、集落の中心に俺達は戻ってきていた。
ユワを抱きしめたままの俺に、俺達に、チビ達は『おかえり』と言って受け入れた。
「ユワ、おかえり」
ここは俺も、ユワも居ていい場所だって、みんなが認めてくれたような気がした。
そして俺も、戻ってくれる選択をしてくれたユワを肩肘張らずに迎え入れた。生き倒れを助けるといったような不可抗力ではなく、自分の意思で。
「ただいま、ティガ」
彼女のその声はどこか明るくて、そして、俺の勘違いでなければ、嬉しそうにも聴こえた。
俺はワガママだ。
そんな彼女を、ずっと近くで守っていきたい。戦うことしかできない俺にはそれくらいしかできないとしても。ユワが笑顔でいられるように、ユワと笑顔でいられるように守り続けたい。
村が無くなってからずっと自分の気持ちを抑えてきた俺を、一人の人間と同等な半獣人として見てくれたユワを、もう悲しませないように。
戦うことしかできずに不器用ながらも周りの為に色々考えているティガ。
できることは多いのに自分のことでさえ微妙な残念なユワ。
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