第9話 何かあったらちゃんと話すようにしないとすれ違うよ?
結界を張ってから数日、ここに辿り着いてからはもう一か月以上経つ今、ティガが少し私を避けているように見えた。
声を掛けたら返事はしてくれるし、ご飯を準備していたら手伝ってもくれるんだけど、何とも言い切れないけど避けてくる。
そして何より、ティガはまだ眠らない。
夜のたき火を囲んで、いつもと変わらぬ様子で起きていて、夜明け前に他の子が起き始めてから眠る。
その習慣から抜け出せないのだろうか?
私はそんなことを考えて、彼が寝ているであろうテントの方を見る。
私は余計なお節介を焼いてしまったのだろうか?
不安になってしまう。
ティガ以外はみんな、結界を張る前より気楽な空気を纏いながらキャンプ地での生活を送っている。子ども達もどこか緊張の糸が解けたようにも見えた。
そこが不安なのかな?
どこまでも責任感が強い誠実な人だ。
それだけだと、このときの私は勝手にそう思いこんで、勝手にそう結論付けた。
「ぞくちょー、またたおれてるにんげんみつけたよー」
その報告は突然だった。
「族長なら今狩りに行ってるよ?」
ベルちゃんの報告を受けて、子どもが持ってきた魚をした処理をしていた私はナイフを置いて返事をする。
「ぞくちょーいないの?」
「うん。呼んでこようか?」
「ベルよんでくるのー」
興奮気味のベルちゃんに私の言葉はあまり聞こえていないみたいで、言いたいことだけ言って林の中へと入っていった。
そしてしばらくしてティガと一緒に林から出てくる。
彼は私の方をチラッと見てそのままベルちゃんに引っぱられるがままキャンプ地の外へと出ていった。
何とも言えない感情が胸を締め付けて、私は右手をギュッと握り締める。
私は、本当に彼に何か悪いことをしてしまったのだろうか……。
彼が嫌がるようなことを何かしてしまっていたのだろうか?
なら、それが何かを教えてくれてもいいのに、彼は私の質問に「何も無い」と変わらない調子でサラッと答えるだけで何も教えてはくれない。
一時間ほど経っただろうか。ティガは一人の男を背負って戻ってきて、彼のテントの中へと運び入れる。
身なりは旅人のようだったけど、その割にはどこかキレイ過ぎた。整い過ぎていたと言えばいいのかな?
ほんの一週間放浪した私でさえ服は汚れ、髪はほつれ、肌の調子もあまり良くなかった。旅人ならではのそういった生活の知恵でキレイなままと言われてしまえばそれまでなのだろうけれども。
頭の中を過る不安を彼に伝えるべきかどうか悩んでしまう。
今の彼は、私のこの言葉を聞いてくれるのだろうか?
思い過ごしかもしれない。
人を疑うなんてことをしてはいけない。
そう自分に言い聞かせて、彼に話しかけるのを自分から避けようとした。
翌朝、男が目を覚ました。
目覚めてからしばらくは好意的にみんなと接していた男は、数時間経つとその瞳に陰りを見せ始めていた。
でも、今はティガも他の年長者もみんな狩りに出かけている。私は私が子ども達を守らなくちゃいけないと思いながら、彼の動きを悟られないように監視していた。
「みんないい子達ですよね。実は私も、倒れていたところを助けてもらって、気が付けばずっとここでお世話になっちゃってました」
子ども達の代わりに食べ物を持っていき、男と他愛のない会話をする。
「君は?」
「私ですか?私はちょっと色々あって、旅をしようと思って国を出たら、行き倒れちゃった情けない娘ですよ」
自嘲気味に、そして照れながら私は男の質問にも答える。食べ物を受け取った男はそれに噛り付きながら私の話を聞き、そして外に音が漏れないように小さく呟く。
「忌み子どもと馴れ合ってるだと?……お前の為に言う。これ以上奴らと一緒に居てはいけない。心まで穢されてしまっては手遅れになる。ここから一緒に逃げ出さないか?」
多分これがこの世界のスタンダード。
その言葉を聞いて、私はこの世界の常識とは違う常識の中でしか生きていないことを思い知らされる。
「今ならあの族長という奴も、その下で狩りをしているような奴らも居ない」
今キャンプ地には確かに子ども達しかいない。年長者はみんな林の中で狩りや採集をしている。戦闘できる者が一人もいない。
逃げ出すなら、確かに今しかない。
「手荒な真似もしたくはない。来い、ユワ・シノゴゼ」
胸の動悸が酷い。呼吸が苦しくなるほどに。
この男は私のことを知っている。
ということは、私を探しに来たということ?ヒュームゼス王国が。
でもおかしい。私が死んだのはベルンさんや王妃様がしっかりと目撃しているし、それをゼスさんも報告してくれているはず。ゼスさんが私を裏切るなんてことも無い。そう信じている。
そして、ただの新人宮廷魔導士であった私をわざわざ探す必要だって無いのだ。王国には。
「……人違いでは?」
できるだけ平静を装ってしらを切ろうとするが、男は私の手首をガっと掴んで強い力を加えてくる。
「桜色の髪。淡雪のような白い肌。宮廷魔導士としての強い魔力反応。ケネス王子からの報告通りの人間が他にいるものか」
手から伝わる痛みが私の表情を曇らせる。
あの王子から逃げて安息を得るために行動していたのに、私は…………間違えた。
判断を間違えてこうやって追っ手に見つかって。
もしかしたら、半獣人の皆にも迷惑をかけちゃったかもしれない。
ルヴィンさんの言ったように、獣人の国で匿ってもらった方が良かったかもしれない。
「ユワおねーちゃんいたそうなの!だめなの!」
テントの入り口から聞こえた声は必死で、その言葉が聴こえたのと一緒に、小さな体が体当たりをして男をよろけさせた。
「ベルちゃん!?」
私は男が力を緩めた隙に手を振りほどいて、ベルちゃんの体を抱きしめて男から離れてテントから抜け出る。
瞬間、テントが内部から爆ぜるように吹き飛び、男が隠し持っていた短剣を引き抜いて魔力を練り始める。
キャンプ地に居た子ども達がみんな手を止めて男の方を驚いた表情で見続けている。
「みんな、族長のところに逃げてっ!」
私の叫ぶような声で我に返った子達が手に持っていた物をその場に置いて林に向かって走って行く。
「ベルちゃんも」
抱きしめていたベルちゃんから手を放し、彼女を庇うように男との間に立つ。
「ユワおねーちゃんも……」
私の足にすがる様に抱き付いて、涙がスカートを濡らしていく。
大丈夫だなんて言えなかった。
私はしっかりと人と戦ったことなんてない。
魔法が使えても使いこなせるわけでもない。
それに、もしみんなを守るだけなら―――。
あの男と一緒に転移してしまった方が確実にみんなを守れる。
「お姉ちゃん、こう見えても割と強いんだよ?だからベルちゃんも族長のところに、ね?」
納得できないかもしれない。子どもってそんなもんだし。
ベルちゃんは足から離れ、ゆっくりと林へと歩き始めた。
頑張って飲み込んでくれてよかった。
「忌み子どもを逃がすか。まぁいい。どうせすぐに消える奴等だ。相手にする必要も無い」
「どういうこと……?」
「こういうことだ」
男が練っていた魔力がその声と同時に霧散し、林に向かって広がっていく。
「魔物寄せ!?」
魔法を調べていたときに知った魔法の一つで、魔素を任意の場所に広げ、そこに魔物を集める魔法。周囲に魔物が居なければ意味が無いが、この林には魔物が少なからず存在する。
「俺の任務はお前をケネス王子に引き渡すことだから本来なら関係ないが、邪魔になりそうだし、忌み子どもが消えたところで世界の損失でもない」
無表情で淡々と告げてくる男を睨み、強く拳を握りしめる。
「みんなは関係無いじゃない!あの子達だって一生懸命生きている!!なのに、なのに!」
林の中から叫び声や悲鳴が聞こえ始める。
子ども達の声だ。
キャンプ地が魔物除けの結界で安全だと知っているみんなは、林から抜け出てこっちに戻ってくる。
「世界のゴミのことなんて心配している余裕があるのか?」
男はそう言って私の眼前に一気に詰めてくる。
魔法で障壁を張ろうとしてもタイミングが合わせられず、私は子ども達の目の前で地面に押し倒され、強い力で首を地面に押し付けられる。
「多少傷が付くことも王子は承知だ。魔法で傷は消せるからな」
変わらぬ無表情が余計に怖い。
息が苦しくなり、意識がぼんやりとしてくる。
柔道部の友達が言っていた落ちるっていう感覚はこんな感じなのかなぁとか、今になって前世の記憶が少し蘇る。こんな状況に関係ないのに。
「ユワ姉を放すッス!」
素早く動く影が一つ、私の首を絞めている男の腕を蹴り飛ばしてくれた。
しばらく咽てから、足りなくなった酸素を補給するように浅い呼吸を繰り返しながら男の方を見る。
林から一番に駆けつけたボルグ君が頑張って男と戦ってくれているが、軽くあしらわれてしまい、逆にピンチに陥りそうになる。
振り上げられた男の短剣が、動けなくなったボルグ君の心臓目掛けて勢いよく振り下ろされる。
「やめてっっっ!!!!」
守らなきゃいけないと思った瞬間に発動させた魔法は、数本の魔力の矢となって放たれ、男の体に背後から突き刺さって消える。
「…………!?」
男は何が起こったかわからない様な顔をしてこっちを見ると、そのまま倒れ込んで地面に赤い染みを広げていく。
「ユワ姉……?」
手が震え、体が震え、全身に力を入れることができずにその場に座り込む。ボルグ君の声に返事もできないくらい憔悴して。
私は。
私は……。
今回復魔法をかければ助かる。死にはしない。
でも、今ここで回復してしまうと、王国に私が生きているという情報流れて、またみんなを危険に巻き込んでしまうかもしれない。
王国には戻れない。戻りたくない。
今ここで回復しなかったら、彼は死ぬ。
そうしたら私、人殺しになってしまう。…………魔法で殺しても、私が殺したことに変わりはない。
私は力が入らない体を無理矢理動かし、彼のすぐ側までよろけながらも移動する。
気持ちを落ち着けながら回復魔法を彼にかけて、すぐに起きないように睡眠魔法も一緒にかけてしまう。
もうここにはいられないかな。
一度王国にこの人を送り届けて、ここには戻ってこないように。
次は獣人の国に行ってみればいいかな。
そこでもダメなら、もう私はどこに行けばいいんだろう……?
世界にとって忌み子は、半獣人でもなく、私なんだと。
そう実感せざるを得なかった。
せめてティガが私を避けている理由くらいは聞きたかったなぁ……。
そっと目を閉じて、転移魔法を発動させようと思考する。
行き先はヒュームゼス王国王都。
確定させてしまえばもう行けてしまう。みんなとももうお別れだ。
「ベルちゃん、ボルグ君、怖い目に遭わせちゃったね、ごめんね……。みんなも。―――族長にも、迷惑かけちゃったなぁ……」
目が熱くなり、頬を伝って零れた物が自分の手に落ちて弾けていく。
「ユワおねーちゃん!」
「ユワ姉!」
「バイバイ、みんな。ありがとう。……楽しかったよ」
サヨナラの時くらい笑っていたかったから、うまく笑えていたらいいけれど。
「ユワ…………ッ!!!」
その声と腕に伝わる温かさに気付いた時にはもう魔法が発動して、私達は王都の片隅に転移していた。
ケネス王子に雇われた男は、宮廷魔導士や騎士とは別系統の影の組織の人達です。公表はされていないので、主に諜報や汚れ仕事を請け負っています。
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