(4)『盗賊王』の三手目
身体が軽い。
たった一歩で前方に見えていた景色があっという間に後方へ流れ去る爽快感にレジン卿は感動を覚えていた。
10メートルの距離をわずか三歩で飛ぶように走り抜け、食べ物を捜しに外へ這い出てきたネズミさえ、「風か?」と気にすることなく鼻をひくつかせて逃げもしない。
「なんて、凄い――」
これほど早く走っているのに、頬にあたるそよ風も衣服を激しく波打たせる風圧もなく、ただ風精に手を引かれ、あるいは背中を押されて滑るように前へと進んでいる。
(『精霊術』とはこれほど凄いものなのか……)
“知っている”だけのことが、どれほど空しいものなのかを、まざまざと感じさせる体験に、レジン卿はあらためて精霊の力とそれを操る術士達に畏敬の念を覚えずにはいられなかった。
(これならば、ヤツに追いつける)
術を施してくれたイリアに感謝の念を抱きつつ、レジン卿は『西の通用門』を目指す。
今頃はロダンが通行許可を求めて、門番と某かのやりとりをしているのかもしれないが、どんな策を弄するにせよ、そう簡単に許可が下りるとは思えない。その“手続き時間”こそがレジン卿に与えられた勝機でもあった。
(まだチャンスはあるっ)
そう手応えを感じているのも、盗賊が許可をもらうには、クリアすべき大きな課題があるためだ。
(意識のないゲンノスケ殿をどう連れ出すか……)
あれほどの魅力的な少年が、これまで城内にいなかったことは門番でも分かっていることだ。一目見れば拭えぬ疑念が生まれるし、そうなれば、どう言い訳を繕えばよいかレジン卿でも思い浮かばない。
(まずは、“彼の存在”を気づかれないようにすることだが……)
そこまで考えたところで、唐突にレジン卿の早足がゆるめら
れ、立ち止まってしまう。
勢いあまって前方に風の渦が巻かれるが、それもすぐに収まり、レジン卿の身に纏わり付くようにゆるやかな対流となって“風の衣”を演出する。
「そうか――」
ふいに湧いた“疑念”はそのまま“答え”でもあった。
鋭く目を細めて一点を凝視するレジン卿の顔は強張っている。
「気づかれないためには、荷車か何かに隠すのがいいが……そもそも用意できるはずがないんだ」
地下聖堂での盗賊とシルヴィア大公との会話を思い出す。
『――ゲンノスケ殿を連れて逃げおおせられると本気で思っているのか』
暗に“観念せよ”と語りかける大公に、
『思っちゃいないさ』
確かにそうロダンは認めていた。それにもかかわらず『ならば諦めるか……?』と問い重ねる大公にはっきりと彼は告げたのだ。
『冗談だろ。俺は狙った得物を逃がさない』
一見矛盾する答えだが、どちらもロダンの本音であり、それでも何の矛盾もなく通る道理があるのだとしたら?
ロダンの回答にレジン卿が感じたのは、そこに込められた『盗賊王』としての自負。
勝手に付けられた異名とはいえ、いや敵対する者達にそう呼ばせたからこそ、そこに一定の価値を見出し自尊心が芽生えた――そう強く感じられる言葉だった。
あの言葉に偽りはない。
ならば、『盗賊王』の真意とは?
「連れて逃げられると思っていない――それでいて、得物は逃がさない」
脳裏で反芻していた言葉が思わず口について出る。
そして気づいた。
自分が大きな勘違いをしていたことに。
『レジン卿……聞こえて?』
夜の道中で一人大きな衝撃を受けて身を震わしていると、耳元で囁く声が聞こえて、はっとしたようにレジン卿は視線を巡らした。
「イリア殿……ですか?」
『そうよ。術で貴方に語りかけてるの……それより伝えたいことが』
「ちょうどよかった。私からも至急伝えたいことがあったんです」
その言い方には二つのケースが考えられたはずだが、イリアはこれが答えと確信しているように応じた。
『ロダンが来てないのね?』
「……まぁ」
正確にはこれから確かめる話であったが、イリアの予見通りとなるのが見込まれるため、レジン卿もあえて否定せず、ぼんやりと肯定してしまう。その歯切れの悪さに不審も抱かぬ彼女は、早く己の発見を伝えたかったのだろう。早口で話を続ける。
『警備の方も“ハズレ”だったわ。やはりおかしいのよ……時間がない状況で、勇者様を説得したり、あるいは門番を出し抜く弁舌を振るったり……“手間もかかる上に不確実”――そんな策をロダンが使うとは思えないわ』
「それが貴女の伝えたいことですね?」
『そうよ。だから私たちが選択すべきだったのは、“警備の二人”でも“西の通用門”でもない――“地下聖堂へ向かった人影”を追うことじゃないかしら』
「お見事」
嫌味ではなく、素直な気持ちでレジン卿は称賛する。
「“公国の存亡”を背負うプレッシャーの中、よくぞそこまで冷静に……正直、貴女ほど聡明で胆力を併せ持つ女性とは、今後知り得る機会があるのか分かりませんね」
『……ありがと』
少し間が開いたのは、“よく回る舌ね”という呆れからだろうが、それを気にするレジン卿ではない。
「私も同意見なので、“補足”で済むのが助かります」
『補足?』
「ええ。答えに辿り着く過程で得られた情報ですが、むしろこちらの方が重要度は高いでしょう。つまり、ロダンの狙いは勇者ではありません」
『どういうこと――?』
美しい眉をひそめ不審を露わにしてるだろう感情の機微さえ精確に伝えてくる風精の力に、ちょっとした感動を覚えつつレジン卿は説明する。
「簡単な話です――そもそも『勇者召喚の儀』でゲンノスケ殿を喚び出す予定など初めからなかったのですから」
そう。
『勇者召喚の儀』に勇者を喚び出す効果は無い。
あくまで『候補者』が保有する『異能』と呼ばれる特殊な能力に働きかけ、神力の一端である『天恵』にまで昇華させる特殊な支援系魔術というのがその実態だ。
無論、それだけでも大陸にふたつとない術式であり、遙か昔に喪われたはずの遺失技術のひとつではあるのだが。
本来、あの円形魔術紋の中央にいるべきは『候補者』であるレジン卿であり、『儀式』で『天恵』を授かり、『洗礼』を受けることで名実ともに『勇者』として認定されるはずであった。
決して、あのようにか弱い者が喚び出され、その上『勇者』として認定されるはずではなかったのだ。
だが、何かの手違いか――大公の云うとおり神の意志が働いたのかはレジン卿にも分からない――『候補者』が定位置に着く前に術が発動し、あろうことか“高次元の世界”よりゲンノスケが喚び出されてしまった――それが今回の『儀式』における顛末だ。
その一件はともかく。
今回の儀式は秘匿されていた計画とはいえ、関係者として潜伏していたロダンが事前に情報を知り得たのは間違いなく、ならばレジン卿を対象に、さしもの『盗賊王』も拉致などの無謀な計画を立てるはずがない。
「だからこそ、あり得ないのです――勇者を連れ出すために策を練ること自体が」
レジン卿は力強く断言する。目に見えぬだけで傍にいるはずの風精が、己が抱く強い確信の熱量をきちんとイリアに届けてくれると信じて、夜空に向かって語り続ける。
「ヤツは初めから一人で脱出するつもりです。それを見誤ってしまえば、取り逃がすことになる」
『では勇者様は……? それにロダンを……』
イリアの苦悩が滲むような声に「もう一度役割分担しましょう」レジン卿は暖かくも力強く行動方針を提案する。
「ロダンは私が追います。お二人はゲンノスケ殿を捜していただけませんか。何よりも『勇者』を取り戻すことが私たちの任務なのですから」
『でもどこを捜せば……』
「地下聖堂の方へ向かったのがロダンなら、捜すべき場所は『宿坊』しかないでしょう。恐らくそこにゲンノスケ殿はいます」
依頼すると同時にレジン卿は元来た道を戻り始めていた。
幸い、イリアが施してくれた移動支援の術はまだ切れずに持続している。いつ消えるか分からないが、次の手がかりを得られるところまでは保って欲しいと、祈るような気持ちで先を急ぐ。
(『通用門』に行く途中で気づけた)
このタイミングでの気づきは大きい。
しかも『精霊術』によって移動速度が格段に早くなっていることを踏まえれば、ロダンの想定している“時間稼ぎ”を大きく阻害することができたはずだ。
(『盗賊王』ロダン。貴方の見えない背中が、ようやく見えてきましたよ)
『宿坊』における一連の出来事は、ロダンにとっては“仕掛けの二手目”になるのだろう。
まんまと振り回された感はあるが、それでも時間の浪費を最小限度に抑えた実感がある。むしろロダンにしてみれば、目論見が大きく外れたと言えるだろう。
つまり確実に時間差を縮めており、暗中の向こうに消えていたヤツの姿が、うっすらとでも見えたような気がしてレジン卿は拳を握る。
焦るな。
それでいい。
今は確実に一歩づつ縮めて、それを積み重ねることに集中すればいい。それが次第に大きな一歩へと、あるいは数歩へと倍増していくようになるのだから。
「今は確実な一歩を――」
己を励ましつつ、レジン卿は月下の夜道をひた走るのだった。
*****
「どうしました?」
「あ、いや……実はイリア様が」
風を巻いて『宿坊』に戻ったレジン卿をちょうど戸口から出てきた僧侶が目を丸くして出迎えた。
風に煽られて髪が逆立ち、それが落ち着いても僧侶は動揺を隠せずに言いよどむ。
「イリア殿が何か?」
「実は……盗賊を追いかけると云って、出て行かれたのです」
「な……しかも独りで……っ」
思わず責める口調となったレジン卿に「勇者様が見つかったからです」僧侶はどもりながら必死に弁明する。
「勇者様はすぐに見つかりました。寝室のベッドに寝かされていたのを私が見つけまして。それで……後は盗賊を捕まえるだけだと……私は見守るために残れと頼まれ……」
「それで女性を独り行かせたと……?」
「わ、私は『奇蹟の執行』も扱えぬ一介の見習い僧にすぎません。賊と戦うなど、とても……」
鋭い眼光を突きつけてくるレジン卿から、視線を逸らしながらも僧侶はなけなしの勇気を振り絞る。
「私を責めるのも結構ですが、今はとにかくイリア様を追いかけてくださいっ。さほど時間も経ってませんから、まだ追いつけるはずです」
「言われるまでもないっ」
珍しく語気を荒げてレジン卿は礼拝堂の建物を見やる。そこは地下聖堂への出入口となっており、ロダンと思われる人物が向かった先だ。
残念ながら、ここからでは城館の陰になって建物本体を見ることはできないが、槍のように突き出た尖塔部だけは辛うじて視界に入るので、方向を確認することはできた。
「イリア殿……」
一人で追う危険さを彼女だって理解しているはずだ。
『盗賊』の特性は速さ重視で、中近距離の戦闘を得手とする。戦術面においては打撃力の低さを指摘されがちだが、鎧を着用しないイリアのような術士相手であれば欠点にもならない。
いかに強力な術を使える彼女でも、今回ばかりは相性の悪い相手といえよう。
嫌な想像が浮かんでくるのを振り払い、レジン卿は僧侶に後を託した。
「ゲンノスケ殿のことは頼みます!」
「も、もちろんですっ」
どこかほっとしたような声を背に受けつつ、レジン卿は駆けだした。
三歩目で最高速度に達し、陰影の濃い城壁などの景色を千切り飛ばして城内を縫うように走り抜く。
時に柵を跳び越え、壁を蹴り、篝火を弾き飛ばしながらも風精の働きを最大限に活用した立体的な動きで最短距離を貫く。
礼拝堂に近づくにつれ、人のざわめきが聞こえるようになってきた。恐らく地下聖堂から正規ルートで戻った者達が、自分達なりに賊の捕縛に向けて動き出しているのだろう。
(ヤツの狙いは何だ――?)
この、当然の成り行きを彼の『盗賊王』が予測してないとは思えない。ならば、わざわざ追っ手に向かって礼拝堂に近づくだろうか。
(いやまさか、本気で地下聖堂に戻るつもりなのか?)
大公は確かに云っていた――地下聖堂の奥に外へ抜ける『隠し通路』があると。
ロダン独りなら追っ手をやり過ごし、あるいは皆に紛れて再び地下聖堂へ戻ることは可能なのかもしれない。
大胆すぎる発想だが、『盗賊王』だからこそやりかねない。
「それがお前の“三手目”か、『盗賊王』?」
苦い声に確信が持てぬ苦悩が混じる。
判断を躊躇わせるのは、ヤツが僧侶として生活したからこそ気づけた『宿坊』の『隠し通路』と違い、どうやって外への『隠し通路』に気づけたかという疑問が生まれるせいだ。この答えによっては、地下聖堂に向かう案自体がそもそも成立しなくなる。
「“解”は別にあるとでも……?」
『宿坊』から『礼拝堂』までの間に。この短い距離に答えとなる何かがあるのか。
胸内で荒れる焦燥をねじ伏せて、レジン卿は思い切って足を止めた。
冷静になれ。
どうやら“誘導”によって、思考の迷路に誘い込むのがヤツの常套手段らしい。
ならば効果的な対抗手段は冷静でいることだ。
あらためて元来た道から『礼拝堂』までの間へ首を巡らし、何かめぼしい場所がないか、城内情報に関する記憶を手繰る。
「城に詳しいイリア殿がいれば……」
その時、『気づき』の効果によるものか、レジン卿の目に夜だというのに戸締まりもせず不自然に開いてる扉が映った。それも二箇所。
城館の一部となって天高く延びる塔の窓がぽつぽつと開けられている。
今は蒸し暑い夜でもなく、いかに塔に設けられた窓とはいえ、夜はきちんと戸締まりをすることになっているはずだ。これを“警備の見落とし”と断じるくらいなら“誰かの悪戯”とした方が納得がいく。
「イリア殿か? 『風精』の力を高めるために」
または自分への合図という意味も込められていたかもしれない。合図にせよ『精霊術』の効能アップを狙ったにせよ、そうした行動をとる理由は盗賊に近づいているからであろう。
レジン卿の双眸に今度は紛れもなく確信の強い光が宿り、即座に塔を目指して城館の出入部へと向かう。
やはり戸締まりはしておらず、容易に入り込むと件の塔へと足を速めた。
「術が……」
塔内のらせん階段を昇り始めたところで、ようやく『風精の通り道』の効果が切れた。
だが体力的にはまだ余裕がある。
とても金食い虫の三男坊とは思えぬ身体能力を見せて、レジン卿は軽やかに階段を昇っていく。
「イリア殿!」
その人影を目にした途端、あくまでも低く抑えた声でレジン卿は呼び止めた。
昇りかけの状態で、人影――イリアが振り返り、銀髪混じりの長い黒髪が腰の上で踊る。
「気づいてくれたのね」
「貴女の導きのおかげです。ですが、こんな危ないマネはしないでください」
額に汗を滲ませるレジン卿にイリアが微笑を浮かべる。
「フェミニストって過保護を云うの?」
「女性を大切にするのは当然でしょう」
フェミニスト以前の問題だと云いたいらしい。
「貴方の気遣いは嬉しいけれど、だからといって距離的に近い私をロダン追跡の役目にしないというのはどうかしらね」
「それは――」
「分かってるはずよ――守れたとしても、あの子が『勇者』じゃ勝ち目はない、と」
まるで真っ黒な沼に腰まで浸かっているかのような重苦しいイリアの声に、何を言いたいのか瞬時に察したレジン卿が言葉を途切らせる。
「例え『勇者』となるのが貴方であったとしても、『魔人』との差は歴然よ。その上、配下である『三従士』まで相手取るような戦いにでもなれば、万に一つも勝ち目は無いわ」
「……だからこそ、『六聖剣』がいるのでは?」
「万全であればね」
否定するイリアの口調はにべもない。それが皮肉でも嘲笑でもないことは、こめられた無念の重さで察することができるため、レジン卿は反論さえ口にできず押し黙ってしまう。
確かに彼女の云うとおり。
遣い手あるいは聖剣そのものが何本も失われた今の『六聖剣』には、かつての輝きが戻ることはなく、夜空に浮かぶ星の瞬きよりも脆弱な光へと弱くなってしまっていた。
もはや公国の守護者としての威光を彼らに期待する者はいない。
「だから『勇者』を守るだけじゃダメなのよ。私たちの身命に替えても、『三従士』である『盗賊王』を捕まえるか――討伐しなければ」
訴える語気の強さが、そのまま彼女の覚悟の強さを示していた。まさかそれほどの決意を胸に秘めて任務に取り組んでいたとはレジン卿も思いもしなかった。
(そうでした……彼女もまた、ヴァルディア家の一人)
代々女系が濃いヴァルディア家は、例え女であっても例外なく、公国を統べる者に相応しいだけの力を身に付けるべしと様々な教育を受けてきている。
いわんや、その心の在り方も。
指導者として、相手にあるいは己にも非情な決断を遂行できるように。
すべては公国に住む民のため――場合によっては大陸全土の人々を守るために。
ヴァルディア家の宿命を血肉として彼女もまた受け継いでいるのだ。
まなじりを決し挑むような視線で自分を見つめる彼女に、むしろ自分こそが任務の重要性を分かったつもりになっていただけだと、覚悟が足りなかったのは己だとレジン卿は思い知る。
(ああ……まるで彼女の決意を表すような強く美しいオーラ)
(知らなかった……内なる強さが、こうも女性を輝かせるなんて)
イリアの内なる気概の高まりが、魔力の動きとなって反映されたのか、銀色の靄がゆらりと立ち上って見える。
無論、常人では発しえない魔力を誰でも視認できるわけではないが、自身も多少の心得があるレジン卿には淡い光を発する様さえはっきりと見えた。
「すみませんでした。私は女性の美しさというものを、尊重するという意味を少し履き違えていたかもしれません」
真摯に頭を垂れるレジン卿に「少し?」と小声で首を傾げるイリアだが、とりあえず溜飲は下がったようだ。
軽く肩をすくめて「もういいわ」と目元をゆるませる。確かにいつまでも内輪揉めをしている場合ではなく、何よりもロダンを追い詰める方が先だ。その点、レジン卿の切り替えは早い。
「ところで、なぜロダンはこんなところに? これでは、わざわざ自分から追い詰められているようなものです」
自分の首を絞めるマゾヒスティックな展開に疑念を持つのは当然だが、イリアはあっさりと回答権を放棄する。
「当然の疑問だけど、“謎解き”は貴方の担当よ」
「なら貴女の担当は?」
「名推理を聞いて、驚いたり感心する役」
「つまりは“補助支援”――もう一度云いますが、ご自身が戦いに不向きであることをよく理解して、単独行動だけは避けてください。この点に関しては譲れませんよ?」
“やはり治ってない”とジト目をレジン卿に向けてくるが、それでも戦況の不利を認識したのだろう。イリアは少しも反省の色が見えない半笑いを返してくる。
これでおあいこ――そういうことか?
ため息を隠しもせずに大げさに吐いて、レジン卿は階段の奥を見上げた。
「ヤツの姿は見ましたか?」
「いえ。でも『風精の囁き』で単独行動をしている何者かの存在を確認したわ」
「それは結構……ですが、気づかれましたね」
「……」
ついに『盗賊王』を補足したという喜びが油断を招いてしまったのだろう。自身の浅慮な行動に気づいて、イリアが気まずそうに目を伏せる。
「それにしても、よくロダンの行き先が分かりましたね」
感心したという口調で、落ち込むイリアをレジン卿はさりげなくフォローする。
「偶然よ。外を歩いているときに、警備兵が扉から顔を出して……不審な物音を耳にした気がして念のため“外”を窺ったのだと」
「それで?」
「すぐにピンときたわ。この塔が目に入ったから」
「?」
「ここの最上階に……ネブラスカ姉様のお部屋があるから」
「第二公女の……」
一瞬言いよどみ、目を反らすイリアの声は固い。
無論、ロダンの狙いが“第二公女を人質にとっての脱出”にあった――と考えたわけではない。
レジン卿の声にも重苦しさがこもるのは、『候補者』として『勇者召喚の儀式』に参列した彼もまた、第二公女が人質になり得ないことを知っているが故だ。
関係者のみでひた隠しにしている『儀式』の陰となる部分には、いくら大義名分があろうとも嫌悪感を拭えない“秘事”がある。
だからこそ――
「ロダンの狙いが“姉様の部屋”にあるというのは直感的に分かるんだけど……」
「狙う理由までは分からないと?」
「ええ。ただ、勇者様を拉致しないのであれば、そもそも何が目的で潜入したのか疑問が残るわ」
「だから“姉上の部屋”に『盗賊王』が狙うに足る“何か”があると云いたいのですね」
確かに、このまま手ぶらで脱出しては盗賊として成功したとは言い難い。誰もが抱くもっともな疑念にイリアの推測はひとつの答えを出したと言えるだろう。
だが、レジン卿が見出した答えは別にある。
「連れて逃げられると思っていない――それでいて、獲物は逃がさない」
レジン卿が謳うようにそらんじてみせる。
「地下聖堂での大公陛下とヤツとの会話です。要するに、勇者を連れて逃げるのが目的ではなく、別に狙った獲物がある――という意味です」
「やはり、姉様の部屋が……」
「違います」
レジン卿がゆっくりと首を横に振る。
「よく思い出してください。ヒントはすべて始めに提示されているのです。ロダンが何に扮していたのか……扮した僧侶が『儀式』においてどういう役目を負っていたのか……その役目において、具体的に何をしたのか」
レジン卿の穏やかな声に導かれて、イリアの記憶を司る脳がほどよく刺激され、映像が呼び起こされていく。
ロダンが扮したのは“僧侶”。
僧侶の役目は“司教に道具を手渡すこと”。
僧侶は“銀の腕輪”を差し出し、司教の持つ――
「――司教の持つ“古書”を受け取っていた」
今やはっきりと思い出したのだろう。イリアが確信に満ちた声で告げる。
『勇者召喚の儀式』において要となる魔導書。
それが『盗賊王』が狙っていた本当の獲物だったのだ。
『魔術工芸品』同様、『魔導書』や『封じの巻物』の制作は遺失技術となって久しい。
今では、主に古代遺跡から発見される未封じ状態の『無垢なる物品』を用いるか既存物に“復活技術”を応用して“上書き”するしか制作する方法はなく、当然、その価値たるや庶民の数十年分の収入が一瞬で飛んでしまうものであった。
狙われた書物は、『儀式』を編み出した初代公王が身命を賭して作り上げた逸品と云われており、前出の『無垢なる物品』――それも刻を凍らす施術がされた銀の製本『不滅の書』を土台にしていると好事家達の間でまことしやかに囁かれている。抑えきれぬ好奇と魂を売り払ってもと欲する熟んだ欲望の光を双眸に宿しながら。
そのヴァルディア家が有する国宝級の品のひとつを近くで拝見できたのは第4公女でもあるイリアも始めてであり、術士としての職業的好奇心を疼かせる噂に違わぬ逸品であった。
答えを聞いてしまえば何の不思議もない。
『魔人』に与する者であれば、狙って当然の古書であり、盗んで召喚の儀式をできなくさせられれば、もはや安泰というわけだ。
だが、納得するどころかイリアの眉間に深い皺が寄る。
「古書の入手が目的なら、後は逃げるだけじゃない。どうして姉様の部屋に……」
「それは――――ん?」
困惑を深めるイリアに何かを云おうとしたレジン卿が窓外を注視する。何かを云わねばと思案する際、たまたまそれが目に入っただけだった。
「どうしたの?」
「礼拝堂から人が……何でしょう。こちらに向かって何か……」
確かに眼下では黒い人影がちらついていた。その人影が見る間に増えていき、誰もが何かを叫び、指差しているのはこの塔であるのに間違いない。いや、正確にはレジン卿達のいる位置よりもっと上――第二公女の部屋である最上階か?
「レジン卿――?!」
イリアが小さい悲鳴を上げたのは、突然、彼が窓枠から乗り出すように上半身を投げ出したからだ。慌てて追い縋り、彼の衣服を夢中で掴む。
「上です、イリア殿! 上で黒い煙が……火事が起きてますっ」
「え?!」
驚きで掴む力がゆるまり、また慌てて手に力を込めるイリアの動揺は激しく、驚愕と困惑とが入り交じる表情は大きく歪んでいた。
「まさか姉様の部屋を? なぜロダンはそんな事を……彼は一体何がしたいの?!」
「とにかく行ってみましょう! いずれにしてもヤツは袋のネズミ。今は考えるよりも行動すべき時と捉えましょう」
ここまでの追跡は短い時間であったが、それでも必死に頭を働かせ、行動した結果手に入れたチャンスだ。
例えヤツの気が触れていようが、あるいは、あくまで冷静な計画の下に行動しているのならなおさら、ここで躊躇するのは悪手以外の何ものでもない。
「貴女はいざという時、術を使えるように体調に気遣って来てください。私は少し先行します」
「ええ、頼んだわ」
イリアを遅らせる理由に他意はないと告げて、彼女が了知したときにはレジン卿の背は見えなくなっていた。
一度、足を止めてイリアと話ていたことが休憩となって呼吸は正常に復している。例え術の支援がなくとも、一段飛ばしで飛ぶように螺旋階段を昇ることができた。
(これはただの凶行じゃない……意図があるのでしょう、『盗賊王』?)
その端正な表情に見せずとも、レジン卿は胸中で薄い笑みを浮かべる。
今彼を突き動かすのは、“公国の存亡”を担う大義というよりも、“読み合い”の緊迫感とついに盗賊と相対する達成感――口にはできないが、好敵手とでも呼ぶべき相手との“静かなる戦い”に関われる喜びの方が強いようだ。
他の者が知れば大いに眉をひそめ、シルヴィア大公ならば苦笑ひとつ洩らすだけであったろうが。
だがつい先ほど口にした、“覚悟を決める”ような口ぶりからすれば違和感を覚える心理だが、それだけレジン卿の業が深いということか。
貴族家の三男坊として楽天的に自由に暮らしてきたが故の気質は、厄介極まりないということなのだろう。
(もうすぐか……)
感覚的にそろそろ最上階かと思われたとき。
ズシンと塔が揺らぐような地響きに似た音が塔内の空気を震わし、レジン卿は窓近くで足を止めた。
すぐに気づく。
眼下向こうに望める高い城壁から一本の黒い線がこちらに向かって延びているのを。
目を凝らせば、城壁上の通路に、月の光にほの明るく照らされた戦弩弓があり、そこから黒い線は延びていた。さらに大型兵器を操作した者であろう人影の動きが辛うじて見える。
「塔に攻撃を……いや違う!」
次々と変化する状況に対応すべく、レジン卿はこめかみに青筋を立て、懸命に、目に映る出来事を分析し把握しようともがく。
その努力を嘲笑うように、けたたましく何かが擦れる音がレジン卿の耳朶を打ち鳴らし、すぐに視界の上隅から斜め下に向けて黒い物体が落ちていくのを目にする。
窓枠に飛びつき、ロープ伝いに落ちていく物体が何か見極めようとするレジン卿。
「ロダンか?! なんて無茶な脱出法を……!」
窓枠を強く握りしめるのも一瞬、「くそっ」柄にもなく毒づいて、すぐに最上階を目指し始める。
「――ダメか、とてもじゃないが」
最上階の手前でレジン卿は黒煙に行く手を阻まれ歯噛みした。部屋を燃やしたのは万が一にも追跡させず、また、ロープを切られないようにするための小細工と理解する。
「私たちの注意が“下”に行くのを承知で“逆”をついてくるとはね」
しかも脱出時には火事で“上”や“城中央の塔”に注意を向けさせ、その間に自分は安全圏ともいえる“城の外側”へ一瞬で移動する。実に周到な計画ではないか。
「こんな事が……」
正直称賛の意も多分に含めながらも、レジン卿の双眸に落胆や諦めの色はない。視線は鋭いまま、部屋への突入は無理と判じてすぐに身を翻す。
「レジン卿! 先ほどの影は――」
「ロダンです。あんな手口を使うとは驚きです。しかも城内にヤツの協力者がいたというのも」
夜とはいえ、逃走経路が発覚する可能性を考えれば事前に戦弩弓でロープを張っていたとは思えない。
先に感じた振動こそ、あの時始めて第三のルートが切り拓かれた証拠と見て間違いない。それ即ち、兵器を操作した第三者の存在を証明したことにもなる。
「ではすぐに戻って――」
「残念ながら、今からでは追いつけません。例え貴女の『精霊術』でも、ロダンが城壁の外に出て城下町に溶け込む時間は十分に持てるでしょう」
レジン卿が説明しなくても翳りを帯びたイリアの表情が分かった上での発言と教えてくれている。それでも彼女は宮廷魔術師であり、何よりも公女なのだ。
唇をわずかに噛みしめる彼女の目がレジン卿を強く見つめる。
レジン卿とて諦めたいわけではない。視線を反らし、遠ざかる盗賊の影を睨む。
「空でも飛べれば、あのロープに飛びつくのですがね」
皮肉を口にしてはっとなる。
「イリア殿。空を自由に飛べなくても、私をあそこまで飛ばすことはできませんか?」
「え?」
「あのロープですっ。私をあそこまで運べれば、ヤツの後を追えます」
突然言い出した突拍子もない発言にイリアが顔に困惑を張り付かせる。それをもどかしげにレジン卿は強引に説き伏せる。
「斜め下から弾き飛ばすだけです。それくらい、できるでしょう」
「“それくらい”って……ロープまで10メートルはあるわ。いくら何でも」
「大丈夫。近くまで飛ばしてもらえれば、後は何とかします」
「何とかって……」
あまりに無茶苦茶な発言に、どこまで本気かとイリアは当惑を隠せない様子だが、レジン卿は彼女の肩を掴んで再度言い聞かせる。
「“公国の存亡”が掛かっているんですっ。無茶でも何でもやるしかない……っ。ここは、私の相棒としてではなく“公女”としての決断を」
最後の一言でイリアの目が見開かれ、すぐに瞳を占める“驚き”が“覚悟”の光へと変わる。同時に血の気を失ったような頬が氷のように強張った。
次の台詞までに間を置いたのは躊躇いのせいではなく、勇猛を示す者へ手向けるべき謝意と敬意を己の内に醸成させたせいであったろう。
イリアは言葉に乗せて相手に贈る。
「分かりました。ディバルディ・レジン――我が国のためにその身を賭けてください」
「喜んで。小さき我が命なれど、公国の確かな未来のため、礎の一石となれる機会を与えていただき、身が震える思いです」
立身姿勢を保ったままではあるが、最大限の礼をレジン卿は公女に捧げる。
「勿論――今後とも尽くしていくつもりですがね」
最後は悪戯っぽく口にして清々しい笑みを浮かべた。すぐに背を向け窓枠に足を掛け、それが万全の姿勢なのか両腕を組む。
「なるべく衝撃を抑えるわ」
「お手柔らかに」
威力が強すぎても弱すぎても、この高さから落ちることになれば命は助からない。
一般教書にある術ならば、何度も行使しているし強弱の程度を知悉しているから安心だ。しかし、このような純粋に風をコントロールする行為など、ほとんどの術士が経験もなく、それは宮廷魔術師の地位にあるイリアといえど例外ではなかった。
実践による積み重ねがない状態で人の命を預かる術を行使せねばならぬ状況に、不安に胸を押し潰されそうになる。
湧き上がる不安と風精との綿密な交渉とも云うべき意志疎通――二つのプレッシャーをイリアは術士として培った鋼の精神力で制御する。
(さあみんな……私に力を貸して)
(輪の中に固まって……手を繋ぐのよ)
ぶあっと額に汗の珠が浮かび上がり、衣服は濡れそぼって羽織るローブが異常な湿気で蒸れてしまう。
極度の精神集中が産み出す熱気がレジン卿の背をじんわりと暖める。
二人の間に渦巻く何かの力が溜められていくのを感じる。
熱のない神聖さや邪気とは違う精霊の力がそこに収束していく。
それは端からみれば、それほど時間をかけていない作業であった。
胸前に両腕で大きく輪を描いたそこに目に見えぬ球状の力が生まれ、育まれ、一定の密度に達したところで半眼に閉じられていたイリアの目がレジン卿の背に向けられる。
割れ物を扱うように、イリアはそっと足を前に運んだ。
そっと。
風精の塊みたいなそれをレジン卿の屈んだお尻の下当たりに添えるように持っていく。
「いくわよ?」
「いつでも」
イリアがそっと両手で押し出すような仕草をすると、ふっとレジン卿の姿が消えた。いや、そのようにしか見えない猛烈な速さで弾かれたのだ。
「――――っ」
一瞬でロープが目の前に迫り、頭上を横切りかけるのに気づいた刹那、はっきりと死を予感して恐怖で背中の産毛が逆立つ。同時に無意識の生存本能が、生き残りの最善策を求めて、レジン卿に組んでいた両腕を思い切り伸ばし広げさせていた。
すぐに視界からロープが消え、眼前に澄んだ夜空だけが広がる。それは死出の旅路だからこそ見える最後の光景――肌が泡立つような恐怖に心臓がきゅっとすぼまった瞬間、がくん、とレジン卿の身体に衝撃が走った。
「――――っ」
急激な制動に、伸ばした両腕の筋肉が腱が悲鳴を上げ、それが全身に伝わる。
まるで伝説の一つ目巨人に掴まり引き千切られそうな痛みにレジン卿は必死で絶え、手の中の得物をきつく握りしめる。
唯一の命綱を。
離せば死だ。
「レジン卿――!!」
反動で大きく身を空中に踊らせているレジン卿の耳にイリアの悲鳴は届かない。
大時化に見舞われた小舟のように、ただ嵐のようなこの状況が落ち着くのを待つ。
「……大したものですね。調整がうまくなってきてませんか?」
レジン卿が気づくと、思ったよりも早く揺れが収まっており、その要因であろう身に纏わり付くそよ風を感じた。
イリアが風を操って揺れを抑えてくれたのだろう。
「チャンスよ! 今ので、ロダンの方も手間取ったみたい」
城壁の方を指差すイリアの云うとおり、ゴール目前でもたついている影が見えた。
「ヤツを捕まえたら貴女のお手柄ですね」
ロープの先を睨むレジン卿は既にするすると下へ向かって滑り落ち始めている。
彼が握るのは奇妙な道具。
いくつもの“節”に穴を開けて紐に通したような道具――先ほどはこれをロープに絡めることで落下を食い止めたのだ。無論、滑り落ちるための道具でないことは確かだが、では本来の用途は何かと云えば武器であった。
『万化の金剛杖』――。
神話伝承に記録されし名高き武具からレジン卿が勝手に名付けた自慢の逸品で、ただ、さすがに杖を構成する物質は金剛翡翠製ではなく上質の鉄であり、万物に変化する特殊能力の代わりに、魔力操作による多関節化を辛うじて実装した程度だ。
それでも、レジン卿が知り得る限り世に二つとない特殊武器であることは確かだし、許される範囲で使える私財の8割を投じて制作したとても高価な工芸品でもあった。
無論、実践レベルにおいても六角形の鉄棒が六つに変節して形態を変えれる機能は、使いこなせればあらゆる局面で能力を発揮する素晴らしい可能性を秘めた武器だ。
問題は、本当に使いこなすことができるか、だが。
(今回も、いい仕事をしてくれたね)
普段は背中を回す感じで袖の下に忍ばせているが、いざとなれば――今回の一件は確実に使用の想定外であったが――いずれにせよ、こうして賊の追跡を可能としてくれたことに、レジン卿は大きな自己満足を得ていた。
前方では、一度失速したせいで思うような滑走スピードが得られず、ようやく城壁に辿り着いた人影が戦弩弓を操作していた者と合流を果たしたところだ。
逆にレジン卿はどんどん速度が増している。
「……あー、当然そうなりますよね」
頬を引き攣らせるのは、人影達がこちらを指差し慌てたようにロープに取り憑いたからだ。同じ立場であれば、自分も真っ先にそれをしようと考えるので、何をしようとしているのかは、嫌でも分かる。
ただ、今の立場では歓迎できないアイディアだ。
助かるのは、恐らくロープの強度を出すために特殊なものを準備したのだろう。単純に斬るわけにもいかぬのか、戦弩弓そのものをいつの間にか参集した複数で押し始めて城壁から落とす作戦でいくようだ。
「まだ時間があるっ……でも、多対一は嫌だな」
下手をすれば袋だたきにできそうな人数が集まっている事に引き攣った笑みを浮かべ、どちらに転んでも歓迎できぬとレジン卿が毒づく。
「城にいるせいか、考えから抜け落ちてましたよ。そもそも、国内13の盗賊団をまとめ、絶対主として君臨しているからこそ呼ばれてたんですよね――『盗賊王』ロダンと」
あるいは単純に“ザ・キング”と。
例え警戒厳重な城内といえど少数であれば工作員を潜り込ませることも可能。それだけの力がロダンにはあるということだ。
それだけに、潜入している部下達もそれなりの手練れとみるべきだろう。もし、間に合ったとしてもその場で戦うより、まずは恥を忍んでも逃げるべきだと考える。
だが、安易に背を見せれば追い打ちも恐い。
今更ながらに、この状況の手詰まり感をひしひしとレジン卿は感じていた。
「ああ、追いつきたいけど、追いつきたくない……困ったな」
こうしている間も戦弩弓はじりじりと隅に押しやられ、城壁の縁に達している。間に合うかどうかは運次第といったところか?
見る間に城壁が迫ってくる中、レジン卿は周囲にも視線を飛ばし、突破口を探し始める。
強い風が顔を叩き、衣服がばたばたと風に煽られる。
ぐいぐい迫っていく人影のひとりと視線が合ったような気がしたが定かではない。
まるでぽっかりと開いた深淵に飛び込んでいくような錯覚を覚えつつ、いかなる状況になっても覚悟だけはしておこうとレジン卿は己に言い聞かせていた。




