《蠢蟲挙動(バグモーション)》〜謎の幼女、エピー・フリージアとの遭遇〜
「ああああああああん!いやあああああああああああああああ!!」
「ヒュエエエエエエエエエエエエッヒュオオオオオオオオオオッ!」
とっぷりと日が暮れたカズゥの大森林沿いにある舗装もされていない土くれの道を、《雄峰王之逆鱗》に身を包んだ吾妻秀吾は、自身を『エピちゃん』と呼称する見知らぬ幼女を肩車したまま、かれこれ数時間近く走り続けていた。
それなのも、背後に追い縋る無数の《幽魔》の群れを振り切る為であるのだが、そもそも何故、吾妻秀吾はこのような事態に陥ってしまったのだろうか。
それはかれこれ数時間前、《食尽王鼠》をファント・ガーフィールドの協力の元、撃破した頃まで遡ることになる………………。
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カズゥの大森林付近、農村区画の民家の裏辺りでコソコソと隠れながら、重苦しそうな純白の鎧を精一杯かがめて、ふうっと一息溜息を吐く一つの影の姿があった。
我らが主人公、吾妻秀吾である。
「ふう………。 どうにか………上手くいったようだな……………。」
『失敗する理由がありませんでした。貴方は指示通りの行動を忠実に遂行し、的確に相手を追い詰めたのですから。』
「そうは言ってもだなぁ……っと、あとは鎧を操作してミルシィ・スターライトの質問に答えたら良いんだよな?」
『はい、幾つかの質問を投げ掛けられる筈ですので、《異界読本》がそれに答えます。それでミルシィ・スターライトから受ける貴方への疑いを完全に解消させます。』
吾妻秀吾は独り言の様に中空へ向かってボソボソと、周囲に聞き取られない様注意を払いながら《異界読本》に語りかけると、自信たっぷりと言わんばかりに《異界読本》はその言葉に応えた。
そもそも、作戦の全容というのはこの様な流れだった。
まず初めに、《雄峰王之逆鱗》を身に纏った吾妻秀吾が、素養である『駆動鎧』の有効射程距離である5km圏内まで《食尽王鼠》に接近するために、関所付近のスカイジア王国兵たちに『分裂体』と『中継地点』の情報を、実践を交えて流す。
次に、攻勢に出たスカイジア兵に紛れて『分裂体』の目を盗みつつ戦場を迂回し、カズゥの大森林の農道を通り抜けファント・ガーフィールドと合流し、彼に《食尽王鼠》の危険性と討伐方法を教えて、彼に同行の許可をもらう。
と、ここでなぜイギル・イーガーやチェリン・ポルカルト、ミルシィ・スターライトといった者ではなく、ファント・ガーフィールドを選択したかというと、戦場における立ち位置と、攻撃スタイルに大きな理由があった。
先ずチェリン・ポルカルトの場合だと、彼の戦闘スタイルと戦場での役割に問題が発生する。
彼はスカイジア王国の最終防衛ラインを担う範囲攻撃魔法使いであり、いくら『分裂体』の情報を得て攻勢に打って出れていたとしても、彼の魔法がなくては群がる敵軍を抑え込むことは不可能に近い。
更に、彼の放つ強力な魔法は、《食尽王鼠》本体からして見れば巨大な魔力の塊であり、《食尽王鼠》の持つスキル《月輪王之暴食》の格好の餌になってしまうのである。
次にイギル・イーガーであるが、彼はミルシィ・スターライトと共に行動している以上、下手な接触は吾妻秀吾側からしたら避けたい事態であり、尚且つ彼の持つスキルは大部分がアタックスキルで構成されていた為、《食尽王鼠》の持つ『概念級』スキル、《鈍刀病》による弱体化は避けられない。
最後にミルシィ・スターライトになるのだが、彼女には申し訳ないが『囮』として《食尽王鼠》と直接正面から戦ってもらい、背後から不意打ちでファント・ガーフィールドに仕留めてもらう方が、最終的には彼女自身を含めた兵全体の生存率を上げる事に繋がると、《異界読本》が判断したのだ。
さらに言うと、ファント・ガーフィールドがカズゥの大森林付近で足止めを食っていたという事も、同じくカズゥの大森林付近である戦場最深部にいた《食尽王鼠》本体までの移動距離が近くなる(というのも、《食尽王鼠》はファント・ガーフィールドの多彩なスキルと戦闘能力を警戒して、近くの農村区画にワザと貼り付けにしていたという背景もあった。)という利点や、ファント・ガーフィールドが所有する、魔力を武器に封じるディフェンススキル《封魔監獄》や、50m圏内の回避を無効化するアシストスキル《剣豪領域》等、《食尽王鼠》の《鈍刀病》と相性のいいスキルを多数保有していた事が挙げられる。
それらすべてを織り込んだ上で、《食尽王鼠》をわざと怒らせるような挑発を繰り返し、《食尽王鼠》から冷静な思考力と判断力を奪って、確実にファント・ガーフィールドの一撃をお見舞いできるよう算段を整えていたのであった。
吾妻秀吾は最初この計画を聞いた時、「勇者とはいえ女の子を囮に使うのか……。」と、若干躊躇う感情も芽生えたが、どういうわけか戦場に立ってからと言うもの、やけに思考が冴えて、恐怖心もあまり感じにくくなっている様な感覚に陥っていた。
ミルシィ・スターライトがボキボキと音を立てて吹っ飛ばされた様を目の当たりにしても、怒号を上げる暴力の化身と化した《食尽王鼠》の姿を目の当たりにしても、両断された《食尽王鼠》から撒き散らされる臓物を目の当たりにしても、なぜだか心が動かない。
この感情の鈍化に、違和感すら感じなくなってきていた自分に、妙な感覚を覚えつつも「やってみたら案外この程度のものなのかなぁ?」と、吾妻秀吾は鈍くなった感情の思うままに《異界読本》の凄さを再認識しつつ、両腕を組んでいた。
「いやぁ、先生はほんと頼りになりますわぁ……。
あっ、それじゃあさ、もうあとは戦場に送り込んだ鎧を操るだけでいいんだし、もう今着てる鎧脱いでもいいよな?」
『だめです』
「え?」
半ば事後承諾のような形で自身の身に纏っていた分の《雄峰王之逆鱗》を解除してしまった吾妻秀吾はーーーーーーーーー
「おろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ。」
ーーーーーーーーーーその場で、盛大に嘔吐した。
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「っぜーーーーーッっはーーーーーッ!っぜーーーーーッっはーーーーーッ!おええええええーーーーゲホッゲホッ!!!」
吾妻秀吾の全身から血の気が引いて、目からはボロボロと涙が溢れては流れていく。
身体中から汗がドッと吹き出し、ガクガクと体が勝手に震えている。
先ほどまで毛ほども感じていなかった戦場の記憶が、鮮明な恐怖となって自身の思考を支配していくのを吾妻秀吾は感じながら、何度目か分からない嘔吐を繰り返した。
「………な………なんだ……これ………? ど………どうなって………。」
『ディフェンススキル《雄峰王之逆鱗》で防御していた状態異常:恐慌が、《雄峰王之逆鱗》を一部解除したことによって肉体にフィードバックされました。』
「………ふ………フィード………バック…………?」
聞き覚えのない言葉に、吾妻秀吾は自分の体を両腕で抱きしめるようにしながら、冷静さを失った頭上に疑問符を浮かべた。
『今回の質問は『スカイジア王国を《食尽王鼠》の手によって滅ぼされず、吾妻秀吾が安全にスカイジア王国を脱出する方法』との事でしたので、不穏分子である貴方の『恐怖心』は封じさせておりました。』
「な…………!? 俺は恐怖心を止めろだなんて頼んだ覚えは………ッ!!それに………こうなるなんて最初に聞かされてないぞ!!」
『作戦は任せる、とのご命令でしたので、問題に対する最適解を『意思共有』を用いて執行させて頂きました。
それと説明を行えば、貴方は最適解から外れた行動をとる危険性もあったため、独断で発言を控えさせていただきました。』
「………………!!」
吾妻秀吾は、ここまで自身の《異界読本》を『一言足りないが使える奴』程度の認識しか持たなかったが、ここで初めて、彼はこのスキルの『恐ろしさ』を実感として認識した。
このスキルは、本当にただ『答えるだけ』なのだ。
その『回答』に 人間性や倫理観は介在せず、一切の感情を挟まず、ただ命令通りに動くコンピューターの様に冷徹に動作するだけ。
命令さえされれば、『最適解』の為になら自分を生み出した主人でさえも平気で傀儡にし、『最適解』であれば平気で人をも殺すだろう。
ひどく冷たく、悍ましい。
そんな自分のスキルへ、金属の様な冷たい恐怖を募らせた吾妻秀吾はーーーーー
「おろろろろろろろろろろろろろ」
ーーーーーーー再び、吐いた。
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ひとしきり吐いて、漸く落ち着いた吾妻秀吾はため息一つ吐きながら、よたよたと歩き始める。
今はまだ大丈夫かもしれないが、いつか自身の生み出したスキルが、自分に猛威を振るう時が来るかもしれない。
自分が生み出したスキルが、罪のない誰かを傷付ける時が来るかもしれない。
そう思うと、吾妻秀吾の背筋はゾッと寒気に襲われる。
だが、今はそのことを考えている余裕はない、 ミルシィ・スターライトからの質問にそつなく答え、この場を後にする。
「(………………それが現在俺にできる唯一の道なのは確かなのだから。)」
そう吾妻秀吾が考えていると、《雄峰王之逆鱗》の『駆動鎧』越しに、ミルシィ・スターライトの声が聞こえてきたのを感じ取った。
吾妻秀吾は慌ててその言葉に応対する。
「アージュ・マーゴさん、私の部下を助けて貰ったばかりか、《食尽王鼠》との戦闘にご協力頂き誠に有難うございました。」
「………え?あ、あぁ!良いんですよミルシィ様。俺もこの国の民達がただ殺されるのを見るのは忍びないですしね。ははは……。」
嘘だ、と吾妻秀吾の思考に薄汚い感情が芽生える。
彼女は重傷を負ってでも国と仲間を守ろうと懸命に闘っていた。
だが、自分はどうだ?そんな彼女を囮にして、安全圏で《異界読本》の言われるがままに保身に走っただけだ。
だが、きっと彼女も、自分が『正体不明の異物』だと知れば、今のように頭を下げて礼を述べたりはしなかっただろう、話を聞いてはくれなかっただろう。
きっと自分は捕らえられ、有りもしない罪で疑われた事だろう。
それに、この策を立案したのは自分じゃなく、《異界読本》だ。
自分は悪くない、自分はただの被害者だ。
自分は恐ろしくない、恐ろしいのは自分の中にいるスキルだ
だが、だから、でも、
自分の頭の中で、吾妻秀吾は自分を正当化しようとする。
その度に強い孤独感と、罪悪感が吾妻秀吾の胸を締め付ける。
スキルすら、信用できない。
ならば自分は、何を信じれば良いのだろうか。
「…………………………『鎧』…………ことが……………。」
「……………えっ?『鎧』………………?」
思考の迷宮に迷い込んでしまったかのような感覚に陥った吾妻秀吾は、思わずミルシィ・スターライトの次に話しかけてきた言葉を聞き損じてしまった。
思わず聞き返そうとしたーーーーーーーーーその時だった。
「たしゅけてええーーーーーー!!」
「って、あっ、ちょ、お……わああああああっ!?」
高速で低空飛行してきた幼女が、吾妻秀吾の顔面にしがみついてきた。
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「も……もがもが……もがが………!?(ま……前が見えん!?な、何が起こった!?)。」
急に視界に覆いかぶさってきたツインテールの幼女を、吾妻秀吾は必死に引きはがそうともがくが、幼女は器用にくるくると吾妻秀吾の後頭部に移動し、前方に向かって指を指していた。
「た……たすけてえ!まものにおっかけられてるの!!」
「ま………魔物?」
と、吾妻秀吾が幼女の指差した方向に視線を向けてみると、そこには………
「「「ヒュアアアアアアアアアアッ!!ヒュオオオオオオオオオオッ!!」」」
幽霊の群れが、夕闇の奥からこちらに向かって猛スピードで飛んできていたのが、見えた。
「……………………のわあああああああああああああああっ!!?」
吾妻秀吾は、思わず幼女を肩車したまま走り出していた。
《異界読本》の、『過度の精神的動揺による影響で、《雄峰王之逆鱗》の『駆動鎧』が解除されてしまいました。』などという言葉すらもはや聞く余裕は、吾妻秀吾には、無かった。




