《蠢蟲挙動(バグモーション)》〜夜更けに幼女に話しかける鎧の大男が目撃される事案〜
「や………やっと振り切れた……………。」
あれから、何時間が経過したのだろうか。
吾妻秀吾は自身の後頭部にしがみつく幼女、エピの指差すがままに何十kmもの距離をひたすらに走り切った。
《雄峰王之逆鱗》が無ければ到底体力が持たない距離であったであろうが、吾妻秀吾はどこかもわからない暗闇の只中でうつ伏せになって倒れ込んでいた。
因みに、エピはまだ後頭部に張り付いている。
吾妻秀吾はぜはぜはと切れる息を落ち着かせると、疲労感で重くなった体を無理やり起き上がらせ、未だ後頭部に陣取っているエピに話しかけた。
「おい、えーーっ……と、『エピ』……だっけ?
お前に案内されるまま走ってきたわけなんだけど………此処どこなんだよ?」
「………………。」
「………おい?エピ?………エピ!?」
何故か、吾妻秀吾が話しかけても後頭部の彼女は返事を返そうとしない。
逃走中はあれほど執拗に話しかけて吾妻秀吾の気を散らせてきたというのに、である。
もしかしたら《幽魔》の攻撃がかすりでもしてしまっていたのだろうかと、吾妻秀吾は慌てて後頭部に張り付いていたエピを引き剥がし、向き直る。
すると、エピはーーーーーーーーー
「……………すぴょーー………むにゃむにゃ…………。」
「ウッソだろお前。」
ーーーーーーーーーーエピは、吾妻秀吾の後頭部に盛大によだれを撒き散らしながら、寝てた。
ーーーーーーーーー◯ーーーーーーーーーー
あれから更に30分後、吾妻秀吾はようやく目を覚ましたエピと、腰を落ち着けて会話することができるようになっていた。
エピは近くの木の陰にどっかりと胡座をかいた吾妻秀吾の膝の上に、さも当たり前のようにちょこんと腰を下ろしていた。
「…………なんで俺の膝の上に座ってるわけ?」
「エピちゃんが、おとなのひとのひざのうえにすわるのがすきだからです!」
「スゲぇ、ドヤ顔で返されるとは思ってもいなかった。」
「えっへん!」
「褒めてはいないぞ。」
エピがフンスフンスと鼻息を荒くしながら、さながら飼い主の膝の上でのたうち甘える猫のように、《雄峰王之逆鱗》の効果によって大柄になった吾妻秀吾の大きな膝の上を転がっていた。
吾妻秀吾の言葉に意を介する様子も見せていない、大物なのか、ただのアホなのか。
吾妻秀吾がそんな事を考えていると、唐突にエピが吾妻秀吾をぐいっと見上げながら話しかけてきた。
「わたし『エピー・フリージア』っていうの!!エピちゃんってよんでくれたら、エピちゃんうれしいなぁ〜〜!」
「あぁ…………そう、よろしく。」
「そっけない!?せっかくおなまえいったのに!!」
「こちとら疲れてんだよ……………そもそもどこなんだよここ…………。
………暗いしなんか薄気味悪いしよぉ。」
「ここ?ここはねぇ〜!エピちゃんのおうちのちかくだよ!!」
「………お前の?」
「うんっ!!このおくにあるの!!」
吾妻秀吾がそう言われて辺りを見回すが、そこはどう見てもカズゥの大森林に負けず劣らずの鬱蒼とした森の中。
街灯ひとつ見当たらない上、木々が遮り夜空の星の光さえ疎らにしか地面に届かない。
とてもじゃないが、この奥に人が住んでいるとは信じがたい。
むしろ、一刻も早くこんな薄気味悪い所から御暇したいくらいだと、吾妻秀吾は感じていた。
とは言っても、家が近くにあるからとは言われても、こんな小さな女の子を、ましてやこんな今にも野生の獣が飛び出してきそうなこんな夜道を一人で帰らせるわけにもいかないと、吾妻秀吾はため息まじりに頭を掻いた。
「はぁ………しゃあない。お前を家まで送って行ったら俺はもう帰るぞ、いいな?」
「『のじゅく』するんでしょ?このあたりはにんげんぎらいの《精霊》もたくさんでるし、あぶないよー?
きょうはシューゴちゃんもエピちゃんのおうち、とまっていきなよー。」
「いや、別にそこまでして貰うのも…………って、え?」
と、ここで、吾妻秀吾はエピー・フリージアの言葉の節々に強い違和感を覚えた。
『野宿するんでしょ』『シューゴちゃんも』
吾妻秀吾は彼女に野宿するつもりである事を『喋ってなどいない』。
吾妻秀吾は彼女に『自分の名前』を、それも偽名である『アージュ・マーゴ』の方ではなく、本名の『吾妻秀吾』の名など名乗ってなどいない、名乗るはずもない。
なのに、何故彼女は『それを知っている』のか?
吾妻秀吾は、未だに自身の膝の上でもぞもぞと動くエピー・フリージアに、恐る恐る聞いてみた。
「…………………なんで俺の『名前』を……お前が……………!?」
「えー?シューゴちゃんの『あたまのなか』のひとがねー!いってたよー!
たしかねー!えーと……《異界…………読本……》……………?
……………長いからマニュちゃんでいいや!!」
「………………え…………は………………ハァッ!?」
思わず仰け反った吾妻秀吾の反応を見て、エピー・フリージアは得意げに微笑んだ。
「ん?んー………えへへ、シューゴちゃんは『いいひと』だし、ナイショでおしえてあげるね!!
…………エピちゃんねー?ときどきだけど、ほかのひとのココロのなかがねー、『わかっちゃう』の!!」
エピー・フリージアはそう言うと、吾妻秀吾に自身の小さな背中をひょいっと見せ、そしてーーーーーーー
「《妖精)》だから。」
ーーーーーーーーーー彼女の背中に、四枚の二対の薄い小さな『羽根』が、現れた。




