《雄峰王之逆鱗(マウンティガスケイル)》〜こんなことがありまして〜
「ミルシィ様ッ!!」
「ファント・ガーフィールド…………よく来てくれました。」
「済まぬファント…………我が付いていながらミルシィ姫をお護りする事が出来なかった………!」
轟音と共に崩れ落ちていく《食尽王鼠》の脇をかいくぐる様に、その背に自身の得物である槍を仕舞いながら、ファント・ガーフィールドは手負いのミルシィ・スターライトとイギル・イーガー達の所へと駆けつける。
ファント・ガーフィールドは二人の声を聞き、取り敢えず命に別状は無いようであることを確認して、心の中でホッと胸を撫で下ろした。
「……………そう自分を責めるなイギル、それを言うのならば有事の際にミルシィ様のお側に居なかった私こそ、真に咎められるべきであると思うが?」
「う………ううむ………し、しかしだな…………。」
ファント・ガーフィールドのその言葉に、小骨が喉の奥に引っかかった様な表情を浮かべるイギル・イーガーであったが、ファント・ガーフィールドを後押しするようにミルシィ・スターライトがイギル・イーガーに微笑みかける。
「その通りですイギル・イーガー、貴方は貴方の成すべき仕事を十二分に全うしました。 褒められはせよ、咎めることなどあり得ません。
この傷は私自身の怠慢が招いた失態、ならば私はそれを受け入れ先に進めるのみです。」
「……………寛大なるご慈悲…………痛み入りまする。」
イギル・イーガーは、ミルシィ・スターライトから投げ掛けられたその言葉に、ようやっと自分の中に渦巻くモヤのような感情を飲み込むことができた。
それを確認したファント・ガーフィールドは少しだけ口角を上げた後、幹竹割りに両断された《食尽王鼠》の死骸の方を向きながら「ふむ。」と、吐息交じりの声を出し両腕を前に組んだ。
「……………《食尽王鼠》、とあの男………アージュ・マーゴ殿から名と大まかな能力を聞きましたが、これ程までの怪物がミルシィ様の《天空王之眼》の索敵視野を逃れつつ、カズゥの大森林に潜伏していたとは思えませんな。」
「……………そう言えばファントよ、お主はどうやってカズゥの大森林付近からこの短時間でここまで辿り着けたのだ? 我はどう少なく見積もってもあと小一時間程度はかかると思っていたのだが………?
それにその格好はなんだ、何故お主がアージュ・マーゴ殿の鎧を着ておるのだ?」
イギル・イーガーのその言葉に、ファント・ガーフィールドは「ああ、コレか……。」と、被っていた兜を脱ぎながら語り出した。
「私がアージュ・マーゴ殿と初めて遭遇した所から話そうか………。」
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カズゥの大森林付近・スカイジア王国農村区画。
カズゥの大森林の近辺には多くの農村が点在している。
その理由は様々ではあるが、大きな理由は『土地の安さ』と『肥沃な土壌』である。
カズゥの大森林には凶暴な魔物が多数生息しているが、その殆どは普段は人間の農地を荒さなくても、カズゥの大森林の豊かな恵みによって食料が豊富にある為、エサに困ることがない。
なので滅多なことではカズゥの大森林に生息する魔物の類は、むやみやたらに刺激しない限り人間の生活圏を侵すことは無いのだが、それでも極たまに群れから逸れた魔物が迷い込んでくることもある。
なので農家として生活しない多くの者たちは、農村区画よりスカイジア王国の宿場町に居を構えるので、結果として王国の他の土地よりも、カズゥの大森林付近の農村区画の方が土地が安くなるのだ。
同時に、カズゥの大森林の河川からから流れ込んでくる栄養豊富な土や水によって、他の土地で育てるよりも早く、大きく作物が育つという利点も、農民にとっては都合が良かった。
スカイジア王国側も、カズゥの大森林付近に人間の生活圏を広げてもらえれば、魔物も好き好んで草原を抜けて城下町に隣接する宿場町まで足を延ばすこともなくなるため、安全に商業を行える場を構築できる利点があるために、農地で魔物が出現した場合は速やかに兵や冒険者を派遣できるよう、交代制で通信魔法を使える魔法使いを常駐させて対応していた。
その通信魔法を、まさか魔物との『戦争』ともいうべき戦いに使うことになろうとは、この時のファント・ガーフィールドは予想だにしていなかった。
「ーーーーーーーー此方《三又槍》部隊!此方《三又槍》部隊!!現在も未知の魔物と交戦中ッ!!其方の状況はどうだッ!?」
周囲で《食尽王鼠》の『分裂体』とスカイジア王国の兵たちがもみくちゃになって戦っている中、兵の一人がその奥でうっすらと光る魔法陣らしき床に描かれた模様に、叫び声のような声で呼びかけていた。
魔法陣からは、ノイズがかった音と共に途切れ途切れの応答が返ってくる。
「……こち…ザザッ……ら《武装騎士団》……ザザザッ…本部!!………ザーッ……
現在此方も………ザザザッ…………チェリン・ポル……ザザザッ…ザザッ………カルト部隊長の範囲攻撃魔法によりどう………ザーッ…にか応戦しているッ!!
………ザザザッ………其方にまだ応援………ザーッ…………は送れそうに……ザザザッ…………もない!どうにか堪えてくれッ!!」
「……………了解ッ。」
了解の言葉と共に魔法陣から光が消えていく。
通信魔法を解除したと思しき兵士は、苦虫を噛み潰したような表情で腰に提げた剣を引き抜いた。
「くそ………!応援は望めず………か。
……………魔術師殿は引き続き本部との回線確保及び、住民保護の結界維持に努めてくれ!」
剣を引き抜いた兵士はそう、魔法陣の傍で装置らしき柱や燭台を修理している魔術師達に声をかける。
魔術師達が修理している装置には所々、ネズミがかじった様に抉られた跡が残っているのが見えた、そこを新しい物と取り替えたり、部品がないなら齧られた痕をパテのようなもので埋めていたりしていた。
その奥では避難してきたと思われる農民たちが、がたがたと震えながら不安そうな眼差しを送っている。
額に大粒の汗をかきながら、魔術師達はその兵士の言葉に一回コクリと頷くだけで、再び装置の修理に取り掛かっていた。
兵士もその頷きに同じように無言で頷いて答え、『分裂体』と兵士達がぶつかり合う戦場へ飛び込んでいった。
「ハァァァァァァッ!《天道流・旋風》ッ!!」
ファント・ガーフィールドが回転切りの要領で槍を振るうと、切っ先から噴き出すように現れた小さな複数の渦が、周囲にいた『分裂体』を切り刻んだ。
だが、一向に数の減る気配を見せない『分裂体』の圧倒的物量に押され、次第にファント・ガーフィールドは「ハッ……ハッ……!」と、呼吸が浅く早くなっていた。
と、そこに先ほど通信魔法で本国と連絡を取っていた兵士が、ファント・ガーフィールドの元に駆け寄ってきた。
「ファント・ガーフィールド部隊長!!………やはり未だ敵軍勢は衰えを見せてはいないようですッ!」
「ハッ……ハッ……そうか………、報告ご苦労……持ち場へ戻れ…ッ。」
「…………はっ!失礼いたしましたッ!!」
兵士は、ファント・ガーフィールドの微妙な表情の変化に勘づくも、キビキビした姿勢で頷きその場を後にした。
ファント・ガーフィールドは、槍を振るいながら思考を繰り返す。
「(ミルシィ様はご無事であろうか…………?彼女は多数との戦闘に慣れているとは言えない………。
それに私が取り逃がした『正体不明の異物』の件もある………もしあの『シューゴ・アヅマ』が裏でこの事件と関わりがあったのだとしたら………………!)」
と、そこまで考えてファント・ガーフィールドは首を横に振って、自身の思考に冷静さを取り戻そうとした。
頭に血が上っては、勝てる相手も勝てなくなるのは、ファント・ガーフィールドには重々承知であったからだ。
「(…………いや、止そう。 本国にはチェリンもイギルも控えているのだ、奴らもこの程度の魔物相手にそう簡単にやられる程ヤワな作りはしていない。
それにミルシィ様には、無敵の《白金剣聖》がある、なんの心配も……………)。」
と、その時であった。
油断を全くしていなかったと言っては嘘になるかもしれない、だがこの攻撃は明らかに人間の虚をつく様な、明らかに先ほどまで戦っていた魔物とは一線を画すものであったと、ファント・ガーフィールドは感じ取ったのだ。
無数に這い回り飛びかかる『分裂体』の群れ、そのひと塊りを槍で薙ぎ払ったその瞬間。
ぎゅんっ、とかなりの速度で『分裂体』の一体から、ファント・ガーフィールドは何かを『投げつけられた』のだ。その『何か』というのはーーーーーーーーーー
「………………ッ!?(これはッ………!?)」
ーーーーーーーーー引き裂かれた味方の『死体』だった。
その行為はファント・ガーフィールドの予想以上の効果を上げた、ファント・ガーフィールドの驚異的な動体視力が逆に仇となったのだ
『分裂体』と同じように槍で薙ぎ払えば良かったものを、味方の兵士であるという一瞬の気持ちの揺らぎから、その死体を『受け止めてしまった』のだ。
その一瞬を見逃さないかのように、『分裂体』の中でひときわ大きい個体ーーーーー《食尽王鼠》の『中継地点』ーーーーーが、涎をダラダラ撒き散らしながら飛びかかってきた。
「隙ダラケダゼーーーーーッ!ファント・ガーフィールドォーーーーーッ!!!」
「しまっ………!?」
槍を構え直せない状況下で、『分裂体の中継地点』の牙がファント・ガーフィールドに襲いかかり、そしてーーーーー
「間に合ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!アブねぇぇぇぇぇぇぇぇギリセーーーフゥッ!!!」
横合いから飛び込んできた白鎧の戦士、アージュ・マーゴの体重の乗った見事なドロップキックが、それを蹴り飛ばした。
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牙が砕けながらきりもみ回転で吹っ飛んでいく『分裂体の中継地点』と、それを蹴り飛ばした後見事に着地を決めたアージュ・マーゴを交互に見ながら、ファント・ガーフィールドは目を丸くしていた。
その様子を確認するや否や、アージュ・マーゴは混乱するファント・ガーフィールドに声をかけた。
「デカイやつを狙って倒すんです、そうすれば下っ端の雑魚も一緒に消えてくれます!」
「な………なに…………!?」
「疑うのは後ですファント・ガーフィールドさん!!早くしないとミルシィ様が殺されちゃいますよ!!」
「…………!?」
衝撃の言葉を口にしたアージュ・マーゴは、トドメと言わんばかりに背負っていた石の両手剣を、先ほど蹴り飛ばした『分裂体の中継地点』にぶん投げる。
風を切り飛んで行ったその両手剣は見事に『分裂体の中継地点』の心臓辺りに命中し、それは断末魔を叫びながら周囲にいた『分裂体』ごと黒いモヤとなって消えていった。
それを目の当たりにしたファント・ガーフィールドは、驚きながらも周囲を見渡し大きい個体を何体か確認しつつ口を開いた。
「…………全兵に指示する!!目標、大型個体!!隊列を組み直し攻撃を開始せよ!!!」
「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」
その後、ファント・ガーフィールド達はアージュ・マーゴの協力のもと、見事農村区画に蔓延っていた『分裂体』の一掃に成功した。
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「……………《食尽王鼠》……!?……《領域王》級のスキルに…………《鈍刀病》……………!??
そ………それほどの相手が現在ミルシィ様と交戦しているというのか……………!?」
「そうです、その驚異は貴方自身先程の『中継地点』との戦いでよくご理解いただけたかと思います。」
「…………ならば、それこそ直ぐにでもミルシィ様の援護に向かうべきなはずだ!何故貴殿はそれを『止める』んだ!!!」
「無闇に突っ込んでも無駄死にになるからだと言ってるんですよ、ファント・ガーフィールド!!」
「…………!」
ーーーーーーアージュ・マーゴより、強力な《異能》を操る魔物《食尽王鼠》の説明を受けたファント・ガーフィールド達は、一刻も早く戦場へ急行しようとするのを止めるアージュ・マーゴと口論になっていた。
「いいですか? 奴………《食尽王鼠》の外皮は頑丈です。
ぶっちゃけアレを切り裂いて攻撃を通せる存在なんて部隊長クラス以上、それもアタックスキルを使用しないでそれを行えるのはミルシィ・スターライト様とファント・ガーフィールドさん、貴方ぐらいです。
ですが、奴はその頑強さに加え恐ろしく機敏です。アタックスキルも無い通常の攻撃手段ではミルシィ・スターライト様以外では、かすらせることも出来ないでしょう。
そこで、俺の出番です。」
アージュ・マーゴは、カンカンっと自身の鎧を指で叩くと、しゃがんで地面に図面を書き始めた。
「俺のスキルは防御特化の鎧を生み出すディフェンススキルです。奴の全力の攻撃でもない限りコレを破ることは出来ません。
この鎧を大量に呼び出して操り、貴方を隠します。」
「…………………私が君のスキルの鎧を被って、不意を突くということか?」
「その通りです、俺は出来る限り奴を怒らせて注意を集めますので、貴方は群衆に紛れて隙を伺ってください。俺じゃああのスキルを破る攻撃なんて出来ないんでね。
あっと、俺の心配は無用ですよ、俺自身は離れた所から遠隔操作で鎧を操るだけですから。」
「ふむ…………。」
ファント・ガーフィールドは少し考え込む素振りを見せ、黙り込むと、周囲に数秒間の沈黙が流れた。
そして、ファント・ガーフィールドは何か思い立ったかのような表情をしながら、アージュ・マーゴに『最後の質問』をぶつけてきた。
どうしても、聞かなければならない質問を。
「………………貴殿は見たところ冒険者のようだが………なぜ『ここまで』してくれるんだ?……………君の目的はなんだ?」
「……………え?」
ファント・ガーフィールドは目の前のアージュ・マーゴを信用しきれていなかった。
彼が悪意がないことは、先ほどの救出劇で証明できたと言えるだろう。
だが、それだけではまだファント・ガーフィールドにとっては半信半疑といったところであった。
金か?権力か?名声ということも考えられる。
ファント・ガーフィールドは、彼の『助ける理由』を確認して、安心したかったのだ。
アージュ・マーゴはファント・ガーフィールドのその質問は想定していなかった様で、「………う〜〜ん。」と先程のファント・ガーフィールドのようなポーズを取りながら、考え込む。
そして、「…………うん。」と意を決したように自分の意思に肯定するように頷くと、ファント・ガーフィールドをまっすぐ見据えながら口を開いた。
「……………たとえ《勇者》でも………ほら、ミルシィ様って女の子ですし…………
……困ってる女の子助けるってのは、…………まぁ、男の義務みたいなもんじゃないじゃなぁーって……………………ど、どうですかね?」
「「「「…………………………。」」」」
「………………………えーっと………?」
アージュ・マーゴの言葉に固まる兵士たち、そしてそれを気まずそうに伺うアージュ・マーゴ。
何秒間かの沈黙ののち、ファント・ガーフィールドの口が少し開いた。
そしてーーーーーーーー
「……………ぷっ………ははははははははははははははははっ!!!そうか、そうとも!!!『女の子』を守るのは男の!騎士の務めだ!!!ははははははははははははははは!!!」
「「「「はっははははははははははははははは!!!」」」」
「………えっ………ちょ………え?」
ーーーーーーファント・ガーフィールドを含めた兵士たち皆が、爆笑した。
天下無双の《勇者》を、最強の《白金剣聖》を、か弱い『女の子』だと言い切ったアージュ・マーゴに、思わず吹き出したのだ。
困惑するアージュ・マーゴを他所に、ファント・ガーフィールドはひとしきり笑い終えると、ニヤリと口角を上げアージュ・マーゴに右手を伸ばした。
「………わかった、アージュ・マーゴ殿。
改めてこちらからお願いする。ミルシィ様を助けるために力を貸してくれ………っ!!」
「……あ…………は、はい!もちろん!」
そして二人は、固い握手を交わし、前線へと向かったのだった。




