《雄峰王之逆鱗(マウンティガスケイル)》〜食い違いロマンチック〜
「………な………何が起こったんだ………?」
マリア・アルゴルド・メディスを含む《斧槍》小隊は困惑していた。
眼前まで迫ってきた、人語を操るあの異形の《大食鼠》がまるで木っ端のように、マリア・アルゴルド・メディスの背後から強襲してきた石の両手剣によって蹴散らされたからだ。
配下の鼠共は、両手剣で地面と縫い合わされた《大食鼠》の親玉から距離を開けるように取り囲んでいる。
地面に固定されて動けなくなった《大食鼠》は、じたばたともがきながら必死に短い両前脚で、突き刺さったままとなっている両手剣を引き抜こうと足掻いていた。
「ヂヂヂヂヂッヂヂヂヂヂッナ………何ダァコ……コレハァッ!? ヌ………抜ケネェーーッ!!」
「(私の斧槍でも切り裂くことのできなかった奴の外皮に、刃も付いてない様な石の両手剣を突き刺すだなんて………い………一体誰が………!?)」
マリア・アルゴルド・メディスは、「………はっ!」と自分に掛けられていた《猛獣王之咆哮》の効果がとっくに切れていた事に気づき、慌てて両手剣が飛んできた方向を向いた。
《斧槍》小隊の立つ戦線の背後にいる筈の実力者の中で、石の両手剣を飛ばす様な攻撃方法を持つ者にマリア・アルゴルド・メディスは心当たりがなかったからだ。
マリア・アルゴルド・メディスが振り向くと、そこにはーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー白鎧の戦士が立っていた。
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「……………!?」
見覚えのない純白の全身鎧に身を纏った大柄の男(肩幅と鎧の形状から察するに)は、石の両手剣を投げ付けて手ぶらになっていたのであろう両手を振りながら、ずんずんとマリア・アルゴルド・メディス達に近づいてくる。
マリア・アルゴルド・メディスは、何者かは知らぬとはいえ助けてもらった事に何の感謝の言葉も無いのは礼に反すると判断し、動揺しつつも口を開いた。
「………な……何者かは知らぬが、感謝す………
「うひいいいいいいいいい!!」
…………………白鎧の戦士は奇声を上げながら、立ち尽くすマリア・アルゴルド・メディス達を素通りし、両手剣が突き刺さったままの《大食鼠》の前まで歩いていった。
《斧槍》小隊の一行は、再び唖然と口をパクパクさせながら、白鎧の戦士の動きを目で追いかけることしかできずにいた。
やがて、《大食鼠》の目の前まで辿り着いた白鎧の戦士は、「ごええええええええ!!」と声にもなっていないような嗚咽にも似た奇声を上げながら、突き刺さった両手剣の柄をがっしりと掴んだ。
「グギギギギッ!何者ダテメェ!! ハ………ハヤク抜ケェ!」
白鎧の戦士を確認した《大食鼠》は、そんな悪態を吐くか付かないかのタイミングで、
白鎧の戦士に思い切り踏み付けられた。
「グボベッ!? グギギギギヤァーーーーーーーッ!!?」
『ゴスッ』だか『ゴキッ』だか、硬質な全身鎧の足の威力が《大食鼠》の内部まで到達し、骨が悲鳴をあげる音が響く。
それも一度ではない。
二度、三度、白鎧の戦士は躊躇う様子もなく容赦無く踵から体重を込めるように、《大食鼠》の身体を踏み続ける。
ゴキッ!ゴスッ!グシャッ!バキッ!ブチュッ!グチャッ!ビチャッ!パチャッ!………と、その行為は骨が砕ける音から肉が潰れる音へ、更に血だまりに足裏を叩きつける音に変化するまで行われた。
その間、わずか数秒。
「…………こ………これは……………!」
《大食鼠》は初めこそ抵抗するようにもがいていたが、やがて肉体は痙攣を始め、やがてピクリとも動かなくなった。
小隊長であるマリア・アルゴルド・メディスが思わず声を漏らすほど、鮮やかすぎる虐殺劇であった。
「…………あの、だ………大丈夫ですか?」
白鎧の戦士は、《大食鼠》が動かなくなった事を確認すると、くるりとマリア・アルゴルド・メディス等を向き、そう言いだした。
マリア・アルゴルド・メディス達は、まざまざと見せつけられた殺戮に思わず顔が引きつりかけるが、ここは戦場だ。
この戦士が行った行為は、人知を超えた敵を確実に仕留めるために計算づくされて行われた行為であろうと言うことは理解できたマリア・アルゴルド・メディスは、代表して彼に感謝の言葉を述べようと覚悟を決めた。
「……あ……鮮やかなお点前、感服した。
私はこの《斧槍》小隊の隊長を務めている、マリア・アルゴルド・メディスと申す者だ。
貴殿の援護のお陰で我らは命を拾うことができた、感謝する。」
「………あぁ、いえいえ。俺も無我夢中でやっただけなんで……。
あっと、俺はアージュ・マーゴって言います。………えーっt」
『ーーーマリア・アルゴルド・メディス王国小隊長殿、今俺が滅ぼしたこの《食尽王鼠》と呼ばれる魔物は、各所に知性の高い『基地局』、『中継地点』と呼ばれる上位の存在が配置されている。
この個体を滅ぼせば敵軍勢の指揮系統を狂わせ、下位存在は魔力を維持できず崩壊する。』
「なんだと…………!? その話は本当か!?」
そう言うと、アージュ・マーゴと名乗った男は「見ろ。」と言わんばかりに顎をくいっと上げる。
《斧槍》小隊の面々が周囲を見回すと、そこでは各所で黒煙を上げて溶けていく《大食鼠》ーーーーー否、《食尽王鼠》かーーーーーの群れを確認することが出来た。
対峙していたのであろう他の小隊の兵士たちは、困惑した様に後ずさっている。
『小隊長殿達はこの事を魔術師の伝達魔法を通して全軍に連絡してください。』
「…………あ………あぁ!」
『ではこれで、俺はこの先の《食尽王鼠》の本体に用があるので失礼します。』
それだけ言うと、アージュ・マーゴはグズグズの肉塊と化した《食尽王鼠》の死骸から石の両手剣を軽々と引き抜いて、ヒュンっと素振りで血を払うと、ずんずん敵陣の奥へと向かおうとしている。
「(………まさか、この男はあんな石の両手剣一本で敵陣の最奥地まで突き進もうとしているのか!?)」
そう勘付いたマリア・アルゴルド・メディスは慌てて、その行為を制止しようと声を上げた。
「ま……待て!無謀だ! アージュ殿が並外れた戦力の持ち主であることは理解しているが、この先は常人では立ち入れない魔窟だ!!死にに行くようなものだぞ!?」
『……………マリア・アルゴルド・メディス小隊長殿。』
マリア・アルゴルド・メディスの問いかけにアージュ・マーゴが立ち止まると、ちらりと我々の方を向き直して、唸るような戦場の轟音の最中でさえも、不思議とよく通るような声で、言った。
『戦線の最奥に立つミルシィ・スターライト騎士団長一行はまだ、この《食尽王鼠》の性質を知りません。
苦戦しているかもしれない、危機に瀕しているかもしれない。
ならば例え危険であっても、誰かが行かねばならぬのです。
俺は、行きます。』
「……………!!」
そう言い残して、アージュ・マーゴはさっさと敵陣の中へと消えていった。
我は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
私の目には、うっすらと涙がにじみ、頬はかーっと赤く染まるのを感じる。
マリア・アルゴルド・メディスは、自分の吐いた言葉の愚かさを心の中で恥じていた。
兵士でありながら、ミルシィ・スターライト様の矛になると誓っておきながら、一介の兵士ですらない男に、本来スカイジア王国兵が在るべき姿を指摘されたことに。
それと同時に、小さくなっていくアージュ・マーゴの大きな背中を見つめながら、彼女は、誰にも聞こえないくらい小さな声で、そっと呟いた。
「…………………白鎧の戦士………………………『アージュ様』………………。」
この高鳴りは多分、戦場のモノではない。
そう、マリア・アルゴルド・メディスは悟った。
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「お前さぁ〜、『意思共有』で《雄峰王之逆鱗》操るなら先に言えよなぁ。
俺、スプラッタとか耐性無いんだからさぁ………。」
『放っておくと再生する危険がありましたので、最適行動を取らせていただきました。』
「まぁヤる時は《異界読本》に任せる、とは言ったの俺だけどさぁ。
あー、あとお前、初対面の人に上から偉そうに指示すんなよな。後から言われんの俺なんだぞ?」
『問題ありません。 彼女は友好的に解釈しました。」
「そうはっきり言われると俺ってば何も言えないんだよなぁ……。」
彼ーーーーーーアージュ・マーゴ(吾妻秀吾)ーーーーーと《異界読本》は、そんなやりとりを交わしながら敵陣の最奥地を目指して突き進んでいった。




