《雄峰王之逆鱗(マウンティガスケイル)》〜宵越しの銭を求めて〜
吾妻秀吾は諦めたように天を仰いだ後、改めて自身の周辺を観察する事にした。
空は晴天が広がっているのに、彼の心は暗いままだ。
何でもいいからこの憂鬱な気分を晴らしたかったのだ。
ーーーーーースカイジア王国・城下町
道は全て石畳で舗装されていて、白塗りの壁に赤い瓦のような屋根の家が並ぶ。
現在、吾妻秀吾がいる噴水広場に続く大通りには、荷物を抱えて歩く旅人らしき風体の若者から、荷物を載せた馬車を走らせる行商人風の者、複数のお付きを連れて優雅に宝石商の店を眺める貴婦人、屋台で美味しそうな匂いの軽食を売る人達。
様々な人間の往来から、ここが《異界読本》の言った通り、西方随一の宿場町だと言うのがよく理解できる。
吾妻秀吾もお金さえあれば、この青空がよく映える町をのんびり観光したいと思っただろうが、残念ながら何度も言うが金が無い。
昨日の昼から何も食べてないのだ、吾妻秀吾は自分のお腹をさすりながらこの町に到着して何度目かの溜息を吐いた。
「………あ〜ぁ、最低飯だけでもタダで有り付ける良い方法無いかなぁ………。戸籍とか調べられずに……………。」
吾妻秀吾はこの世界に転生してから、いろいろな問題を先送りにしてきた。
金銭面の問題、戸籍も経歴も存在しない問題、安定した寝床の確保、食料の安定確保。
それらの問題の殆どを、カズゥの大森林の恵みとアシストスキル《万物名工》に丸投げしてきたのだ。
しかし、あの森にはもう戻りたくはない。
と、ここでいつものように《異界読本》が頭の中に語りかけてきた。
「(またスキル作れって言ってくるのか?)」と心の中で身構える吾妻秀吾だったが、《異界読本》の回答はそんな吾妻秀吾の予想の斜め上をいくものだった。
『この町では今日、騎士団員募集の為の『武闘大会』が行われます。それに参加しては如何でしょうか?』
「……………『武闘大会』ィ?」
「(こいつ、俺が戦いたくないからカズゥの大森林をわざわざ抜けてきたのを忘れたのか?)」と、吾妻秀吾はその言葉に訝した様な表情を浮かべる。
彼は例え自分が強力な戦闘手段であるスキルを所持していたとしても、自分から戦いなどまるで望む気はなかった。
痛いのは一度めの死亡で懲り懲りだし、誰かを傷つける度胸も自分には無いと思っていたからだ。
だから彼は、敢えて積極的に戦闘系スキルは獲得しようとしなかったのだ。
誰かを傷つけてまで仕事が欲しいわけでは無い、それなら腹が減ったままの方がまだマシだ。
彼は本気でそう考えてた。
『人選問わず、参加者には豪華な昼食付き、参加費無料、上位入賞者には賞金有』
「よし参加だ」
食欲には勝てなかった。
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「はいはいっ武闘大会参加希望者ですねっ!こちらにお名前と種族名をご記入ください!」
「は、はい」
吾妻秀吾は、噴水広場から歩いて10分程のところにある石造りのコロシアムの様な建物の中にいた。
早速受付で簡単な書類手続きを済ませた彼は、受付の女の人の指示に従って選手控え室に辿り着いた。
因みに、吾妻秀吾は書類を書いたりこの世界の人間と話したりするときは《異界読本》の効果を使用して行っている。
《異界読本》が彼の無意識下の疑問(この場合は言語が該当する)に柔軟に対応して回答を行っているのだ。
なので、やろうと思えば古代の滅びた文明の文字や秘境の亜人の言葉だって、吾妻秀吾には普段の言語と同じように抵抗なく扱えるのだが、彼自身この事はあんまり上手く理解していない。
閑話休題
吾妻秀吾が控え室に辿り着くと、そこはコロシアムの外観と同じ石造りの無骨な大部屋が広がっていた。
中には屈強そうな男達が、各々柔軟体操をしたり、自分の武器を磨いたりしている。
吾妻秀吾がその部屋に入ると、男達は一斉に睨みつけるように入り口の吾妻秀吾を見た。
一人の男はボソリと「…………若いな……それに細い……。」と呟き、またある男は「おいおい……いくら参加自由だからってわざわざ死ににくるような奴まで参加させんなよな………。」とあからさまに吾妻秀吾に見えるようにように肩をすくめた。
皆が皆、戦場を駆けた傭兵や冒険者なのだろうか、その言葉の裏には自身の実力への自信と、吾妻秀吾に対する批難や哀れみが込められていた。
そして当の本人はと言うと、その呟いた男の一人のところにかつかつと躊躇いなく歩み寄り、目の前でピタリと止まる。
傭兵らしきその男は、文句の一つでも返してくるかと口角を上げるが、吾妻秀吾は男の両肩をガシッと掴んでこう言った。
「すいません!ここに参加者が無料で食べられる軽食があると聞いたのですがっ!?」
……………男は唖然とした様子で、若干引きつつ吾妻秀吾がいう各種軽食が山積みになった大皿を指差した。
「ありがとうございます!!」
吾妻秀吾はまっすぐ大皿に向かい、むしゃむしゃと軽食をがっつき始めた。
控え室にいたほとんど全員が、ただただ吾妻秀吾の食事風景を呆れたように見つめていた。




