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君の声



 初めて、彼女の夢を見た。

 隣の席に、せなっちがいる。俺はどんどん話し掛けた。他愛ない会話で、せなっちが笑ってくれる。

 俺がもっと、好きになった笑顔。それを見て、俺はどうしようもなく、嬉しくなった。

 せなっちが、俺の隣で笑ってくれている。ただそれだけで、幸せだった。

 でも、気付く。

 せなっちの声が聞こえない。

 笑って、なにか言っているはずなのに、聞こえない。

 微笑む顔がはっきり見えるのに、口元に添えている手もはっきり見えるのに、唇が動いているって見えているのに。

 聞こえない。

 聞こえないよ、せなっち。

 お願いだから。

 お願いだからさ。

 俺を呼ぶ声を聴かせてよ。

 誰とも違う響きで、俺を呼んでよ。

 頼むからさ。

 もう一度聴かせて。

 どんな風に俺を呼んだか、思い出させて。

 君の声を、もう一度。

 夢の中でもいい。

 もう一度だけ、声を。

 君の声を。


「景くん」


 そう呼んで、笑いかけてきたせなっちを最後に、俺は夢から覚めた。

 宿の部屋の天井をポカンと見つめたあと、耳に手を当てて夢の中で聴こえた声を、閉じ込めようとした。

 でも、あの響きを、はっきり思い出せない。特別な響きで呼ぶせなっちの声が、どうしても留めることが出来なかった。


 嗚呼、早く会いたい。

 君の声を、聴きたい。


 悲しみが締め付ける胸を押さえて、強く思った。

 やっと初めてせなっちが夢に出たけれど、焦らせて、悲しみを増やしただけ。

 でも、夢の中でも彼女に会えて、嬉しい。そう思うけれど、涙が溢れて、俺は両手で目を押さえた。


「うっし! 魔王倒して、世界救って、せなっちを生き返らせてもらうぞ!」


 ひとしきり泣いたあと、飛び起きた俺は気合いを入れる。

 真っ直ぐに魔王を倒しに行きたかったけれど、行く先々で助けてほしいと頼まれた。勇者だし、俺も懇願されては断れなくって、魔物退治をしながら進んだ。

 魔王がいる城の場所は、わかっている。国境を越えて、数日歩けば見えてくるらしい。魔物の街は、その城の向こうにある。だから、国境さえ越えれば、出現する魔物を倒しながら城に着けるはず。

 今日こそは、国境を越えよう。

そう決意して、宿から出た。

 逃げるように街を出て、境界線の森に入る。

魔物が多くて、危険だって街の人達が言っていたのに、静かなものだった。

 鼻歌を歌いながら悠然と歩く。でもさすがに一時間後には黙り込んだ。

かなり、平和って感じの森だ。俺は首を傾げた。

 人間を滅ぼそうとしている悪の国に入ったって感じは、微塵もない。

 世界救えって神様に言われたけれど……世界の危機って感じがしなかった。

 水色の空に、薄い雲が流れていく。いつまでも続いてそうな森は、とても静かだ。

 もうすぐ、陽が暮れそう。

 極力避けていたけれど、夕陽をしょっちゅう見る。その度、立ち尽くしてしまう。眩しい橙色の中で、彼女を捜していた。

 見つかるわけないのに……。


「……」


 俯いて、今朝と同じ気持ちになってしまった自分を、笑った。


 あー、情けない。

 しっかりしろ、俺。

 こんなんじゃ、せなっちと会えない。

 シャキッとしろ、俺。


 沈む気持ちを振り払おうと、べしっと頭の後ろを叩く。それからわしゃわしゃと髪を掻いた。

 彼女なら、今の俺に、なんて言うだろうか。


 しっかり、景くん。


 きっと叱り口調で、笑いかけてくれるはずだ。想像したら、フッと笑ってしまった。

 でも、言葉は浮かぶけれど、声は浮かばない。

 橙色の光を浴びた彼女の笑顔を思い浮かべながら、声を思い出そうとした。


 すると、トン。


 目の前に、少女が舞い降りた。ずっと俯いて、地面を見ていたから、確信はないけれど、多分その子は空から降ってきたはず。

 一瞬だけ、黒い蝙蝠みたいな翼が見えたけれど、粉々になって消えた。

 でも、その子の容姿は、例えるなら天使のようだった。青いリボンをつけている、透けてしまいそうなブロンドは腰に届くほど長く、ふわりと靡く。ブロンドに負けず、白い肌をしていた。

 この世界の人間は中世時代みたいに、女の人は常にロングドレスだった。

 でも、その子はミニスカート。太ももまで包むロングブーツを履いていた。

 青いリボンがついているブラウスは、肩が露出している。

 青い瞳を包むのは、髪色と同じ、長い睫毛。俺より年下とわかるベビーフェイスで、多分彼女を絶世の美少女とでも呼ぶんだろう。

 なんでそんな子が舞い降りたんだろうか。

 まさか、本当に天使? なわけないか。

 俺をじっと見てくる彼女は、息を切らしていて、なんだか、今にも泣いてしまいそうな顔をした。

それから、唇が動いた。


「――――景くん?」


 泣いているような声で呼ばれた瞬間。

 時間が止まった気がした。

 そこにいる天使みたいな少女が、もう、彼女にしか見えなくなった。

 ――だって、それは。

 ――ずっと思い出したかった響き。


「……え? ……えっと……」


 一歩近付いて、顔を覗く。

 ――ああ、もう、彼女にしか見えない。

 ――もしかして、俺が遅いから、舞い降りちゃったの?


「――――せなっち?」


 もう一度声が聴きたくて、確認するように呼ぶ。

朝の夢で、何度も呼び掛けたはずだけれど、懐かしかった。

 彼女は返事をするように、涙を溢した。


「景くんっ!」


 そして、俺の胸に飛び込んできた。だから受け止める。

 俺の腕の中には、確かに温もりがあった。紛れもない現実。

 まだ世界を救っていないのに、せなっちと会えた。

会えた。会えた。会えた。

 他の誰とも違う響きで、せなっちは何度も俺を呼んだ。

 もっと好きになった放課後の時の輝きを思い出した。あの時みたいに、見るものが眩しい。ブロンドのせいかな。

 あの時と同じ、好きだって気持ちを強く感じた。




 落ち着いた頃、せなっちはこの世界に16年前に生まれたのだと話してくれた。魔王の娘として。そして、現在の魔王となったそうだ。

 俺がせなっちを生き返らせるために、倒そうとしていた魔王が――…せなっちだった。


 冗談きついな、神様。


 俺は苦笑を漏らすしか出来なかった。せなっちは怒ってて、神様相手に説教してしまいそうだ。うわぁ、せなっちらしいなぁ。

 人間を襲う獣の魔物と、せなっちのような人の姿の魔物は、別物で、せなっち達は害を与えていないらしい。

俺は獣退治して、人を救おう。今はそれぐらいしか出来ない。

 今後どうするか二人で座り込んで考えたら、陽が暮れた。

 世界が橙色に照らされている。

 それを見たら、俺は泣いてしまいそうになったし、魔王といえど女の子のせなっちを帰らせることにした。

号泣した姿を、見せたくない。


「じゃあ……また明日」

「うん、また明日」


 手を振り合ったら、最後に会った日がフラッシュバックした。

 また明日だって、言ったのに、会えなかった。

 冷たさが広がる。もしかしたら、会えないかもしれないって過った。

 でも蝙蝠みたいな翼を広げて飛び去るせなっちを見たら、全然そんな心配はないって思えた。

 だって俺は勇者だし、せなっちは魔王。絶対にいなくなったりしないじゃん。

 魔王で蝙蝠みたいな翼だけど、橙色の光を帯びた彼女は、天使にしか思えなかった。

 だから、俺は吹き出して笑ってしまう。


 ねぇ、神様ごめん。

 世界のために、魔王倒せないや。

 だって好きな人だもん。


 ポロポロと涙が落ちた。熱い夕陽を背中に浴びながら、俺は立ち尽くして泣く。

 強いから大丈夫だとは思うけど、早く伝えたい。

 こんなにも、こんなにも、好きだってことを、伝えたい。

 もう二度と、あんなに苦しい後悔に押し潰されたくない。



 ――――だから、今度こそ君に。


 橙色に灯るこの想い。


 君に伝える――――。





end



せなっち視点の方より、もっと先のシーンも描きたかったのですが、

ここで完結させていただきます!


もっと告白するタイミングを逃しまくる景くんのヘタレっぷりを描きたかったのですがね!



長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


20150420

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