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レベル1の聖授師

 翌日から、特訓が始まった。場所は教主国兵舎の一角。白く清潔な壁に囲まれた廊下をエミリアの後について歩く。彼女は今日から、教主国の魔導士が戦闘時に身につける濃紺のローブをまとい、同じ色のとんがり帽子をかぶっていた。初日の煌びやかなデザインのローブと帽子は、式典用のものらしい。対するリクも、支給されたばかりの聖授師の装束に身を包んでいる。純白の軍服風の上着と帽子に、同じく白のズボン。肩からは暗い赤色のマントが流れ、腰には軽い盾と短剣が吊られていた。エミリアから「似合ってる」と褒めてもらったこの衣装を、リクは少し気に入り始めている。

(白い軍服っぽくて、割とカッコいいよな、この服と帽子。嘉兵衛さんも、これを着てたのかな)

「まずは朝食にしましょ。訓練で忙しくなる前に、ちゃんと食べておかないと」

 エミリアは振り返ってそう言うと、兵舎の食堂へとリクを案内した。まだ朝早いせいか、食堂にはまばらにしか人がいない。二人は窓際の席に腰を下ろし、焼きたてのパンと温かなスープ、それに目玉焼きとソーセージの載った皿を前に向かい合った。

「昨日はよく眠れた?」

「うん。ベッドが思ったより柔らかくて、ぐっすり」

「それはよかった。今日からは忙しくなるから、体力をしっかりつけておかないとね」

 そう言って微笑むエミリアにつられ、リクも小さく笑みを返す。朝の光が窓から差し込み、彼女のブロンドの髪を眩く輝かせていた。


            *


 食事を終えると、エミリアはリクを兵舎の一室へと連れて行った。訓練用の机や椅子が並ぶ簡素な部屋の中央には、石造りの台座が一つぽつんと置かれている。その上には、拳ほどの大きさの透明な水晶が据えられていた。

「これは?」

「測定の水晶。触れると、大体のレベルが分かるの。この世界の共通の物差しみたいなものね」

 エミリアに促され、リクは恐る恐る手を伸ばす。指先が冷たい水晶の表面に触れた瞬間、内部がぼんやりと淡い光を帯び始めた。

「レベル1……か。まあ、予想通りね」

「え? 聖授師なのに……?」

 リクが悄然と呟くと、エミリアは明るい声で言った。

「レベルと、『聖授師としての力』はまた別物だから。これから一緒に鍛えていきましょう」

 その言葉に、リクは小さく頷いた。


 午前中は座学だった。エミリアが教壇に立ち、たった一人の生徒であるリクに向かって、戦闘についての基礎知識を教える。窓から差し込む柔らかな日差しが、教室内を暖かく照らしていた。

「今日はまず、回復魔法の種類について説明するわ。聖授師のリク君には、ぜひ覚えておいてほしいことだから」

 エミリアはチョークを手に取り、黒板にさらさらと文字を書き連ねていく。

「基本的に攻撃魔法も回復魔法も、呪文詠唱の後、その魔法の名前を叫んで発動するの」

 そこで言葉を切り、リクがしっかり聴いていることを振り返って確認してから、エミリアは言葉を継いだ。

「まず、『ヒール』。これは一番基本的な回復魔法で、単体のHPを小回復させる。次に『ハイヒール』。これは単体のHPを中回復させるわ。ああ、HPっていうのは、簡単に言えば体力のこと。数字が目の前に表示されたりするわけじゃないけど、自分がどのくらい消耗してるかは感覚で分かるの」

「HPがなくなると、やっぱ死ぬのか?」

「いいえ。基本的には気を失って戦闘不能になるわ。『ルレチーク』は、そこから復帰させる魔法ね」

 頷きつつリクは手元の羊皮紙にメモを取っていく。

(とりあえず、『HPがゼロになると即死』じゃないことが分かっただけでも一安心だ。欲を言えば、そんな窮地まで追い込まれたくないけど)

「『エクストラヒール』は単体のHPを大回復。『メガヒール』は範囲回復で、自分を中心とした周囲の味方全員のHPを中回復させるの。詠唱すると出現する魔法陣の範囲内にいる味方しか回復できないから注意よ」

 大急ぎでメモを取るリク。エミリアの説明は続く。

「最後に『ガイダンスキュア』よ。これは状態異常の回復。毒でも麻痺でも眠りでも、基本的な状態異常はこれで治せるわ」

 一気に説明を終えたエミリアは、チョークを置いて振り返った。

「本当は、聖授師専用の回復魔法がもう一つあるけど、それはリク君がもっとレベルを上げてからじゃないと発動できないの。今はこれだけ覚えておいて」

「わ、分かった……」

 リクは必死にメモを取りながらうなずく。元の世界で勉強が得意だったわけではないが、命に関わることだと思うと自然と集中できた。


 昼食を挟み、午後からは実技の時間となった。エミリアに連れられ、リクは兵舎の裏手にある小さな訓練場へと足を踏み入れる。石畳の床に等間隔で立てられた木柱が並ぶ、簡素な場所だ。

「ではまず、基礎の基礎から。体や衣服に魔法を纏わせる方法……通称『魔法コーティング』を教えるわ。魔物と戦うにはこれが絶対に必要なの」

「魔法を、纏わせる……?」

「そう。魔物の攻撃は、普通の鎧や盾じゃ防げない。でも自分の体や装備に魔力の膜を張ることで、ダメージを大幅に軽減できるのよ。見てて」

 エミリアはそう言って、右手を胸の前に掲げ静かに呪文を唱え、その右手で自身の全身をさすった。

 すると、彼女の全身が淡い光の膜で覆われていく。それは瞬く間の出来事だったが、確かに彼女の周囲の空気が変わったように、リクには感じられた。

「これで、私の体とローブは魔力で保護された状態になるの。魔物の攻撃を受けても、ダメージをかなり軽減できるわ。致命傷にもなりにくくなるの。もちろん、衝撃や疲労までなくなるわけじゃないから、HPはちゃんと削られるけどね。そして、当たり前だけど……むき出しの顔や首の部分より、ローブや帽子で保護している部分の方がダメージを受けにくいの」

「なるほど……」

「ちなみに、普通の男性は魔法コーティングが使えないの。男性神官は回復魔法なら使えるけど、自分の体や装備を魔力で守ることはできない。だから、魔物が出る場所で戦闘に参加することは基本的にないわ」

「俺は?」

「リク君は聖授師だから例外。異世界から召喚された人には、装備へ魔法を纏わせる力も与えられているみたい」

「そうなのか……」

(これもチートの一種なんだろうな――)

「じゃあ、リク君もやってみて。呪文はさっきの通りよ」

「分かった。やってみる」

 リクは緊張しながら右手を掲げ、エミリアの真似をして呪文を唱える。

 瞬間、自分の全身が仄かな光に包まれるのを感じた。驚くほど簡単に成功したことにリク自身が一番驚いている。

「……できた、のか?」

「え、もうできたの!?」

 エミリアが目を丸くする。彼女はしげしげとリクの全身を眺め、やがて感嘆の声を漏らした。

「やっぱり聖授師だから、すぐにできるのかな。実はこれを習得するだけで、どんなにスムーズに行っても丸一日はかかるだろうって思ってたのに」

「そうなのか?」

「ええ。私が養成学校で習った時は、成功するまで三日かかったもの」

 その言葉にリクは少しだけ自尊心がくすぐられるのを感じた。元の世界では何をやっても人並み以下だった自分が、ここでは違う。それが単純に嬉しかった。

(これもチートのおかげなんだろうけど、さすがに気分いいな――。全てこんな感じでサクサク進めば最高なんだけど)

「それじゃ、次は武器と盾にも同じように魔法をコーティングしてみて。方法は基本的に同じよ」

 エミリアの指導のもと、リクは腰の短剣と軽い盾にも次々と魔力の膜を張っていく。こちらも驚くほどあっさりと成功した。ものの数分で全ての工程を終えたリクを見て、エミリアはしばし言葉を失い、それから小さく笑った。

「素晴らしいわ。ちなみに、魔法コーティングの効果は最長でも一時間程度で切れるから、かけなおしが必要になるの。覚えておいて」

「ああ、永続的なものじゃないってことか」

「うん、そうなの。あと、魔物の攻撃をたくさん受けると、コーティングが剥がれることもよくあるわ。その場合は、もっと早く効果が切れるの」

「なるほど。かけなおさないと大変なことになるってことか……」

「そうなの」

 そしてエミリアは一度言葉を切ると、時計台を見てから笑顔で続けた。

「スムーズに進んだから予定変更ね。明日にするつもりだった内容を前倒しするわ。ついてきて」

 そう言ってエミリアはリクを連れ、今度は広々としたグラウンドへと向かった。


 グラウンドは兵舎の中庭に位置し、周囲を白い回廊が囲んでいる。すでに数組の魔導士や魔法剣士たちが各所で訓練に励んでいた。魔法の炸裂する音や、剣と盾がぶつかる金属音が時折響いてくる。

「ここで、回復魔法の練習をするわ。私にヒールをかけてみて」

「わ、分かった」

 リクは短剣をかざし、先ほど教わったばかりの呪文を唱え、最後に魔法名を叫ぶ。

「ヒール!」

 短剣の切っ先からほのかに白く輝く光の粒子が溢れ出し、ふわりとエミリアの全身を包み込む。彼女は目を閉じてその感覚を確かめるようにしてから、ゆっくりと目を開けた。

(うわ! 本当に出た! マジで俺が魔法を使ってるんだ!)

 心ひそかに大興奮のリクだが、相変わらず表情には出さない。

「完璧よ。次はハイヒール」

 リクはうなずき、次の呪文を唱える。今度は先ほどより強い輝きがエミリアを包んだ。

「成功ね。じゃあ、どんどんいくわよ」

 エミリアの指示に従い、リクは次々と回復魔法を試していく。エクストラヒール、メガヒール、ガイダンスキュア、ルレチーク。実際にはエミリアは戦闘不能でも状態異常でもないため、それらの魔法が本来の効果を発揮したかどうかは分からない。しかし、呪文の詠唱自体は全て滞りなく成功した。

「すごいわ、リク君。こんなに簡単に全部こなせるなんて」

 エミリアが惜しみない拍手を送る。リクは照れくさそうに頭をかいたが、内心では確かに良い気分だった。

「ちょっと疲れたでしょ? 魔法を使うとMPを消費するから」

「うん、ちょっとだけ」

(なるほど、MPの概念もあるってことか)

「このマジックポーションで回復できるわ。飲んでみて」

 エミリアはそう言うと、マジックポーションの小瓶を差し出す。中身は青い液体だ。

(大丈夫なんだろうな、こんな青い液体を飲んで。でも、エミリアが差し出してきているんだから、信じてみよう)

 リクは「ありがとう」と言葉を返してそれを受け取ると、中身の青い液体を思い切って飲んだ。冷たく青い液体が喉を滑り落ちると、魔力を使った時特有の倦怠感が、すっと薄れていった。

「国からたくさん支給されてるから、遠慮なく使ってね」

「ありがとう」


 そんなこんなで、驚くほどリクが全てをすんなりこなしたため、エミリアは「予定よりだいぶ早いけど、今日はこのくらいにしておきましょ」と言ってくれた。

(――この調子なら、痛い思いをせずに過ごせるかもしれない。この世界でも案外楽にやっていけるかもしれない――)

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