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15/22

ブレンダ初参戦

 ブレンダがパーティに加わってから三日が経った。この間、リクとエミリアはブレンダの実戦における現在の実力を測るため、訓練場での簡単な連携練習を重ねていた。ブレンダの回復魔法は、エミリアの言葉通り確かな腕前だった。呪文詠唱の速度、呪文選択の的確さ、そして何より仲間の消耗度を注意深く推察する目――どれを取っても、文句のつけようがないほど洗練されている。

(さすがは司教様だな。すごく慣れている感じだ。特に状況判断の面においては、明らかに俺よりもブレンダの方が一枚上手だ)

 リクは素直にそう思っていた。リクとしては「ブレンダは味方なので、別に張り合う必要もない」というスタンスだ。

 それにまた、「自分は聖授師なので、『絆の儀式』や『レア魔物に対するトドメの一撃』など、自分に与えられた役割をこなせばいい」という思いもあった。


            *


「リクさん、本当に呪文の選択がお上手なんですね。あのタイミングでハイヒールを選ばれる方は、なかなかいらっしゃいませんよ」

 一通り訓練をした後の休憩中、ブレンダが感心した様子で言う。リクは面映ゆい心地で頭をかいた。

「いや、俺はただ必死だっただけで……ブレンダこそ、いつも的確だよな。すごく助かってる」

「あ、ありがとうございます」

 ブレンダは控えめに笑い、それから小さく首を振った。

「ただ、私……実はこうした実戦の経験にはまだ不安がなくもないんです。これまでは大聖堂の奥で文献を読んだり、たまにある実戦でも大人数パーティでの後方支援のみに徹したりすることが、非常に多かったものですから」

「それは、私たち全員にいえることよ」

 エミリアが柔らかく言葉を挟む。彼女はしばし思案するような表情を浮かべたあと、リクとブレンダを交互に見やって言葉を続けた。

「ブレンダが正式加入してくれたおかげで、こうしてパーティの人数も増えたということで。このあたりで一度、本格的な実戦訓練をしておくのはどうかしら」

「本格的な実戦って?」

 リクが尋ねると、エミリアは少しだけ声を潜めて説明する。

「これまでの場所より少し奥まったところに湿地帯があるの。出現するのは大半が弱い魔物ばかりだけど、数が多くて、実戦経験を積むにはちょうどいい場所よ。魔物が増えているここ最近では、たまにちょっと強めの魔物も出るけど、大丈夫。今のこのパーティなら、危険な目に遭うほどの強敵は出てこないと思うわ。パーティとしての連携を高める目的もあるから……。どう? やってみない?」

「面白そうだな。ブレンダはどうだ?」

「はい、ぜひ。私も皆さんと呼吸を合わせる練習がしたいです」

 ブレンダが真剣な表情で頷く。リクも自然と口元を綻ばせた。

「でも前衛がいないと、危ないから……。いつものように魔法剣士のモニカに依頼するわ。リク君も前衛専門ってわけじゃないし」

「そうだな。モニカさんがいると心強いよ」

「じゃあ、後で私の方からモニカに依頼をかけておくわね」

 エミリアはそう言うと、訓練を再開するため立ち上がった。


            *


 翌日、四人は早朝のうちに兵舎を出立した。空は高く澄みわたり、街道の両側には朝露をたっぷり含んだ草花が輝いている。リク、エミリア、ブレンダ、モニカの四人を乗せた馬車は、快調に街道を進んでいった。御者は教主国の役人で、慣れた手つきで手綱をさばいている。


 街道沿いに設けられた討伐隊用の小屋へ到着すると、四人はそこで馬車を降りた。今夜はこの小屋に一泊し、翌朝首都へ戻る予定だ。荷物を置いた後、エミリアは御者と待機場所について短く打ち合わせを済ませる。御者は「日が暮れるまでにはお戻りください」とだけ言い残し、馬車を安全な場所へと移動させていく。


「それじゃ、行きましょうか」

 エミリアの声を合図に、四人は湿地帯へと続く細い獣道を歩き始めた。モニカがいつものように先頭を歩き、その後ろにリク、リクの左右をエミリアとブレンダが固める。道中では小さなスライムが数体姿を現したが、エミリアのソイルランスとモニカの魔法剣があっという間に蹴散らしていく。ブレンダは落ち着いた様子で戦況を観察しており、リクは彼女に倣うように仲間たちの消耗度を注意深く見守っていた。


            *


 やがて目的地である湿地帯に一行はたどり着いた。空気は湿り気を帯び、足元の土は柔らかく所々に浅い水たまりが広がっている。背の低い草が風に揺れ、遠くからは水鳥の鳴き声が聞こえてきていた。湿った土の香りが、森とはまた違う独特の雰囲気を漂わせている。

「ここが湿地帯か……。なるほど、ちょっと開けてて見通しはよさそうだな」

 リクが周囲を見渡しながら言う。

「そうね。魔物も隠れる場所が少ないから、不意打ちの危険が少ないの。実戦訓練にはもってこいの場所よ」

 エミリアが答えると、ブレンダも大きくうなずいた。

「あの辺りに、小さな水場がいくつかありますね。ああいう場所の近くには、魔物が集まりやすいと聞いたことがあります」

「さすが司教様。博識だな」

 リクが感心して言うと、ブレンダは「そんなことないです」と謙遜しながらも、まんざらでもなさそうに微笑んだ。


 一行は湿地帯を慎重に歩き回り、雑魚魔物を探し始めた。やがてスライムやジャイアント・ラットが数体現れ、さらにホーンラビットと呼ばれる土属性の兎型魔物とも遭遇したが、いずれも大したことのない相手だけあって、四人は危なげなく撃破していく。ブレンダはまだ本格的な回復の出番こそないものの、リクと連携しながら仲間たちの消耗度を観察し、適宜ヒールを飛ばしていた。モニカは相変わらず無言で盾を構え、エミリアは火属性魔法を中心に攻撃を繰り出す。教主国側からMP回復のマジックポーションを含む回復アイテム類を豊富に支給されているため、攻撃魔法を惜しみなく使えるのがありがたかった。

(エミリアは雑魚相手にはホーリーランスを温存してるんだな。MPを多めに消費するんだっけ。確かに、あの聖属性の光は強力だけど、普段使いするには燃費が悪いんだろうな)

 リクはそんなことを考えながら、モニカの消耗度を注意深く見守っていた。


 特に、奥にある大きな沼の周辺では多数の雑魚魔物が出現し、有意義な実戦訓練となった。沼の水面は鈍く光り、周囲の草むらからは絶えず魔物の気配が漂ってくる。四人は呼吸を合わせ、モニカが前衛で敵を引き付け、エミリアが中衛から魔法を叩き込み、リクとブレンダが後衛から回復で支える――という連携を、繰り返し練習していく。

 たまにフォルル・バグと呼ばれる、人間サイズの蚊型魔物が現れた。攻防力は低いものの、申し訳程度の吸血能力を持っている。しかしモニカが盾で押しとどめたところへ、エミリアのソイルランスが炸裂し、あっさり撃破していった。ブレンダは「今のは風属性の魔物ですね。土属性攻撃魔法に弱いです」と呟き、リクに小さく教えてくれる。リクはその言葉にうなずきながら、属性の知識が少しずつ実戦と結びついていくのを感じていた。

 時折、ブラッディ・ビーの通常個体とも遭遇したが、相手が一体だけということもあり難なく撃破する。リクも以前のように足がすくむことはなく、冷静に仲間の消耗度を観察し回復魔法を飛ばすことができていた。


 すると、沼の水面が突如としてぶくぶくと不穏に泡立つ。リクたちは一斉に足を止め、沼へと視線を向けた。

「何か来る……!」

 モニカが短く告げ、盾を前面に構える。ブレンダも杖を両手で握り直し、エミリアは眉をひそめて沼の中央を凝視した。

 やがて姿を現したのは、体長一メートル半ほどの巨大なヒキガエルだった。紫色の体をしており、全身がぬめった粘液に覆われている。その巨体が沼から上がると、周囲に生臭い水のにおいが広がった。

「あっ、『ポイズン・トード』よ! しかも紫色だからレア個体の『パープル・ポイズン・トード』だわ!」

 エミリアが鋭く叫ぶ。その声には、緊張と同時にわずかな高揚が混じっていた。

「レア個体……!」

 リクが思わず繰り返す。エミリアはすぐに振り返り、リクの目をまっすぐに見て言った。

「リク君のトドメで倒すとレア素材が手に入るから、そうしましょう!」

「わ、分かった」

 リクはごくりと唾を飲み込み、短剣の握りを確かめる。モニカは無言でうなずき、ブレンダも神妙な面持ちで「回復はお任せください」と応じた。


 巨大なヒキガエルは沼の縁で一旦立ち止まると、ぎょろりと四人を睨みつける。その瞳は濁った黄色で、粘液に覆われた紫色の皮膚が時折びくびくと不気味に波打っていた。

「プロヴォーク!」

 モニカの挑発の魔法が炸裂し、ヒキガエルの注意がモニカへと向く。ヒキガエルは大きく口を開き、長い舌を鞭のようにしならせてモニカへと打ちかかった。モニカは盾でその一撃を正面から受け止める。重い衝撃が湿地の地面に響き、泥水が跳ねた。

 モニカは一歩も退かず魔法剣を横薙ぎに振るって反撃する。魔力を帯びた刃が紫色の粘液の表皮を切り裂くが、ポイズン・トードはまるで意に介した様子もなく、ふたたび長い舌を鞭のようにしならせてモニカへと打ちかかった。

 その時だった。ヒキガエルが右手を大きく振りかぶる。その動作だけで、リクは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

(何か来る――)

 予感は的中した。ヒキガエルの手が振り下ろされると同時に、濁った水の波が放射状に広がり、四人全員を呑み込んだ。水属性の範囲魔法――冷たい水の圧力が体を打ち、魔法コーティングによる魔力の膜が衝撃を吸収するものの、体力がじわりと削られていく。

「くっ……!」

 リクは思わず膝をつきそうになるのを堪えた。横ではブレンダも軽くよろめいている。エミリアも顔をしかめ、モニカとて例外ではない。盾を構えたままその足が僅かに後退した。

「ホーリーランス!」

 エミリアが短杖を掲げ、澄み渡る白い光の槍を放つ。それは真っ直ぐにヒキガエルの巨体を貫き、純白の光が炸裂した。ヒキガエルが苦悶の鳴き声を上げ、その巨体が大きくのけぞる。かなりのダメージが入ったことは、リクにも見て取れた。

(すごい――! これが聖属性攻撃魔法の威力か――)

 だが、ヒキガエルはまだ倒れない。苦しみながらも左右の腕を振り回し、モニカへと打ちかかる。モニカは盾でその一撃、また一撃と防ぎきり、一歩も後ろに下がらない。その足元は泥に軽く沈んではいたが、それでも踏ん張る姿はまさに鉄壁だった。

 しかし、ヒキガエルは再び右手を振りかぶる。先ほどと同じ動作だ。

「また来るわよ!」

 エミリアの叫びと同時に、再び濁った水の波が四人を襲う。二度目の衝撃に、リクは今度こそ膝をついた。魔法コーティングによる魔力の膜があるとはいえ、体力の消耗は否めない。ブレンダも苦しげな表情を浮かべている。

「リクさん、場所を入れ替えましょう!」

 ブレンダが叫ぶ。その声には切迫したものがあった。リクは即座に頷き、短剣を握ったままブレンダのいる右横へと移動する。ブレンダが素早くリクの位置へと入れ替わり、モニカのすぐ後ろに立った。

「メガヒール!」

 ブレンダが杖を高く掲げると、地面に魔法陣が出現し、四人の全身を柔らかな白い光が包み込んだ。削られた体力がみるみるうちに回復していく。リクは自分の体が軽くなっていくのを感じながら、内心で呟いた。

(なるほど、こういう場面でメガヒールを使うのか――。範囲回復は、こういう全体攻撃を受けた時にこそ真価を発揮するんだな)

「ありがとうございました」

 ブレンダが短く礼を言うと、軽く頷いたリクは再び駆け出し、元の位置に戻る。モニカのすぐ後ろにはリクが、その左右にエミリアとブレンダが並ぶ、元の陣形だ。

 だが、そこでリクはヒキガエルの様子がおかしいことに気づく。その喉が、徐々に膨らみ始めているのだ。まるで風船のように、みるみるうちに大きくなっていく。

「毒霧が来るわよ、備えて!」

 エミリアが叫ぶ。その声に、リクの全身が緊張で粟立った。毒霧――状態異常を伴う攻撃ということは、エミリアからの授業で聞いてリクも知っている。

(毒霧って、どういう――)

 リクがそう思った瞬間、エミリアが切迫した声で叫んだ。

「リク君、私の方へ来て!」

 リクは言われたとおりに、大急ぎでエミリアのそばへと駆け寄る。モニカはあえてその場を動かない。動けばヒキガエルが暴れ回り、戦線が崩壊するからだ。前衛が逃げられないのは、この戦術の宿命だった。

 ヒキガエルの口が大きく開き、そこから緑がかった濁った霧が直線状に噴射される。それは容赦なくモニカにのみ吹きかかった。モニカは盾を構えたまま、その毒霧を全身に浴びる。魔法コーティングによる魔力の膜が、体への直接的な害は防いでくれるが、毒の状態異常までは防ぎきれない。

 モニカの表情が少し歪んだ。その体がぐらりと揺れる。

「ごめんなさい。ガイダンスキュアをまだ使えなくて」

 ブレンダが悔しそうに唇を噛む。司教になるために必須なのは、ヒール、ハイヒール、メガヒール、ルレチークの四種類。ガイダンスキュアまで習得している必要はない――この三日間の訓練で、リクもそう聞いていた。

「俺がかける」

 素早くモニカの背後まで戻ったリクは、短剣をモニカに向け、呪文を唱える。

「ガイダンスキュア!」

 白い光の粒子がモニカを包み込み、その体内に回った毒を浄化していく。モニカの表情が元の無表情へと戻り、体勢を立て直した。

「助かった」

 モニカは短くそう言った。リクは小さく頷き「いえいえ」と言葉を返す。

(前衛が毒状態になると、後衛のヒーラーが解毒しないと戦線が崩壊する――というわけだな。それに、さっき俺が元の位置にいたら、毒霧が俺にも吹きかかってたかもしれない。エミリアが呼んでくれたから助かったけど――。こういう瞬間のために、戦闘時のポジションって大切なんだな)

 エミリアが再び杖を掲げる。

「ホーリーランス!」

 再びの純白の光がヒキガエルを貫く。その巨体が大きくよろめき、魔力の残滓が、もうもうと湯気のように立ち昇っている。

(そろそろだろう。倒しきらないように、エミリアもホーリーランスの過度な連発を避け、様子を見ながら加減してくれてる様子だ。ここは俺のトドメのために、別の魔法で削るに違いない)

 その読みは当たった。エミリアが続けて放ったのは、水属性の攻撃魔法だった。

「アクアランス!」

 青い光の槍がヒキガエルを貫く。敵の弱点は風属性だが、風属性魔法では倒しきる危険性がある。だからあえて、弱点ではない水属性で削る。エミリアの的確な判断だ。

 ヒキガエルの動きが目に見えて鈍くなる。その巨体がふらつき、沼の縁で低くうずくまるようにして喘いでいる。

(いよいよだ――)

 リクは短剣を握り直し、深く息を吸い込む。心臓が早鐘のように打っている。怖くないと言うと嘘になる。だが、みんながここまでお膳立てしてくれたのだ。後は自分がやるしかない。

(ここでしくじるわけにはいかない――)

 タイミングを見計らっていると、苦しむヒキガエルのすぐそばで盾を構えるモニカが、短く叫んだ。

「リク、今だ!」

 その声に、リクは弾かれるように地を蹴った。泥水を跳ね上げながら、真っ直ぐにヒキガエルへと突進する。短剣の切っ先に、淡い白い光が灯る。

(外すな――)

 まさに跳躍しかけたポイズン・トードの隙を突き、リクは短剣をその胴体へと突き立てた。聖属性を帯びた刃が深々と突き刺さる。瞬間、淡い光が弾け、ヒキガエルは力なく沼の方向へと数歩後ずさると、ぐったり倒れてから消滅した。

 ヒキガエルが消えた場所に、何かが淡く光を放っているのが見える。純白の結晶体「聖核のかけら」が、泥の上でひっそりと輝いていた。

「やった……!」

 ブレンダが安堵の声を漏らした。リクはそれを拾い上げ、小さく息をつく。掌の中の「聖核のかけら」はひんやりと冷たく、しかし不思議な温かみを感じさせた。

「みんなのおかげだよ。ありがとう」

 リクがそう言うと、エミリアが笑いながら近づいてくる。

「リク君の一撃があってこそよ」

 彼女はそう言ってから、モニカへも視線を送る。モニカは相変わらず表情を変えないまま、小さく頷いただけだった。しかしその瞳には、かすかな安堵の色が浮かんでいるようにリクには見えた。

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