楽園の帰り道
「イートピアガーデン楽しみばぶー」
「ユートピアな、食べる庭園っておかしいだろ」
「ジェットコースター乗るのは勘弁だよー」
「なんだ、この状況」
僕は今、「ユートピア・ガーデン」というテーマパークにいる。
理由を話すために数時間前に遡る。
* * * * * *
作戦会議をして、ある程度のやることを理解した僕は喋るぬいぐるみとともに自宅に戻ってきた。
リビングのソファに寝転がると、赤月さんからLINEが来ていることに気づいた。
『ねえ、明日空いてる?』
『え、なんですか、空いてますけど』
『遊びに行こ』
『唐突ですね』
『てっきり、明日から実行するのかと』
少し間が空いた。
既読はついている。
でも——返ってこない。
『......まあ、そうなんだけどさ』
数秒遅れて、返信が来た。
『その前に、一回くらいさ』
『普通のこと、しときたいなって』
『一緒に行ってくれる人、今までいなかったし』
『普通のこと、ですか』
『そ』
『遊園地とか、そういうやつ』
『...デートみたいな?』
送ってから、ちょっと後悔した。
『なにそれ笑』
『まあ、近いかもね』
少ししてから、
『だってさ』
『明日以降、どうなるかわかんないし』
——軽い言い方だった。
でも、その一言がやけに引っかかる。
『......わかりました』
『行きます』
『やった』
「遊園地だと!」
「ばぶ!たべもの!のりもの!」
「2匹とも行く気満々かよ...」
「ついてくるのはいいけど、喋ってるの見られたらまずいからあくまでキーチェーンみたいな体でいてよ」
「「おけ」」
軽いな。いつも通りだ。
翌日朝7時。スマホのアラームの音で起床する。
顔を洗い、歯磨きをし、愛用しているヘアオイルと美容液をつけて、外に出る。
歩いて20分ほど、赤月さんの拠点に到着する。
「おじゃましますー」
にゃあ!
ファイヤーキャットが出迎えてくれた。赤月さんは何か準備しているんだろうか。
昨日、作戦会議をしたモニターがある部屋に向かう。
「おはようございます赤月さ——」
気まずさを誤魔化すように、勢いよく扉を開けた、その瞬間。
空気が、重い。
——いや、違う。
''押されている''。
見えない何かに、体が一瞬だけ固まった。
「.......あれ?」
そこにいたのは、赤月さんと——もう1人。
長い金髪が、ふわりと揺れてこちらを向く。
その姿を見た瞬間。頭の中で何かが繋がった。
見覚えがある。
ニュース、ポスター、政府の広報。
——隊長の帽子。
「......もしかして」
喉が、勝手に鳴る。
「水川愛那...さん、いや、隊長」
「おや、知ってるんだ」
長い水色の髪がなびき、柔らかく笑うその人は、当たり前のようにそこに立っていた。
能力防衛隊、三代目隊長。
世界の5人しかいないSランク能力者。
——災害指定クラス。
''本物''が、目の前にいる。
「そらくん、早いね」
赤月さんが、いつも通りの軽さで言う。
その温度差が、余計に現実感を狂わせた。
赤月さんもSランク相当なのだろうが、やはりオーラが違う。
「この子、私と同じ出身の——」
「いや、知ってますよ。有名ですからね......」
視線を逸らせない。
強い、なんて言葉じゃ足りない。
''格''が違う。
「......相変わらず、拾ってくるの好きだね」
水川さんがぽつりと呟き、コーヒーを飲んでいる。
その言葉に、赤月さんは肩をすくめる。
「別に、いいでしょ」
軽く返すその声の奥に、ほんの少しだけ何かが滲んだ気がした。
水川さんは、僕の方を見る。
じっと、観察するように。
「......その名前、どこかで聞いた気がするな」
一瞬だけ、視線が止まった。
「え.......?」
思わず声が漏れる。
「気のせいかな」
すぐに笑って、流された。
——でも。
なぜか、その一言が引っかかった。
「今日はオフなの?」
「デートしてくる」
「......そう」
「愛那はどうするの?」
「今日土曜日だから、業務はあんまないけどね」
そう言い終わると、拠点を後にする。
「なんか、すごい人ですね......」
「ん?ああ、水川ちゃんね」
「普通に話してましたけど」
「まあ、昔からの知り合いだし」
——''昔から''
その言葉に、少し引っかかる。
そんなこんなで、僕は今「ユートピア・ガーデン」というテーマパークにいる。
ちなみに、僕は子供の頃からよく「ユートピア・ガーデン」に連れてきてもらっていたのだが、7年ぶりくらいにきた。朝8時半くらい、エントランスは大勢の人で賑わっている。
「うわ.....」
目の前に広がる、人の波と音と光。
「テンション低いなー」
「いや、普通に人多すぎて......」
「じゃあ上げてこ」
そう言って、赤月さんは僕の手を引いた。
初めて、異性の手に触れた。
——思ってたより、温かった。
最初に、丸太型のボートアトラクションに乗る。
うさぎがきつねとくまを騙し、それを掻い潜るストーリーみたい?
ただのボートじゃなく、ストーリーがあって面白い。
最後に、落下するポイントがある。
どうやら、右側にカメラがあるらしく、写真が撮られるのだとか。
「ぎゃああああああああああ」
「うおー!」
赤月さんは今までのクールさとは考えられないくらい叫んでいた。
ギャップがあって面白いと思ってしまった。
僕と赤月さんは一番前の列だったので、想像以上に濡れてしまった。
「あはは、髪へんなのー」
「赤月さんも髪跳ねてますよ笑笑」
「えっ、うそっ」
少し顔を赤くして、後ろを向いて直そうとしている。
不意に可愛いなと思ってしまった。
濡れて爽快感を感じたところで、次は観覧車に向かう。
ちなみに僕の髪型は崩れている。
乗って少しした時に、
「.....こういうの、初めてなんだよね」
ぽつりと、赤月さんが言った。
「え?」
「遊園地とか」
「普通の子がやること」
少しだけ、笑う。
「いいですね、普通」
「......うん」
でもその横顔は——
どこか、遠かった。
「......こういうの」
気づけば、口が動いていた。
「続けばいいのにって、思います」
「......難しいこと言うね」
少しだけ、笑う。
「でも——」
ほんの一瞬だけ、言葉が止まる。
「嬉しいよ」
観覧車が、ゆっくりと止まりかける。
「ねえ」
「もしさ」
「全部終わったら——」
ほんの少しだけ、笑って。
「残りの人生、私にちょうだい?」
——すぐに、答えられなかった。
でも、何かが、変わった。
理由なんてわからない。
ただ——
この人を、失いたくないと思った。
観覧車を降りる。
さっきの言葉が、まだ頭に残っていた。
「......ねえ」
「カチューシャ、買ってないじゃん」
「え...あぁ......」
気づけば、店の前に立っていた。
「これとかどう?」
そう言って、同じデザインのものを2つ取る。
「......お揃い、ですか」
「いいじゃん」
軽く笑う。
——断れるわけがなかった。
そのあと、写真を撮った。
何枚がブレて、笑って、
やっと一枚、ちゃんとしたのが撮れた。
そして——
「次、ジェットコースター行きましょう」
「えぇ......」
ジェットコースターがあるエリアに来た。
スピーカーから、機械的な声が流れる。
「このアトラクションは、急上昇・急降下・急旋回・急停止——」
——怖がらせに来てるだろ、これ。
といっても、僕はジェットコースターが好きだ。
数分間、何も考えなくていいから。
セーフティーバーを下げ、緊張が走る。
ライドが出発し、暗闇を急加速する。
——うわあああああああああああああ!!!
赤月さんの悲鳴が叫びわたる。
——これが、永遠に続けばいいのにと。
「うう...怖かった」
「赤月さん、ジェットコースター苦手なんですか?」
「へへへ平気だし」
いや、全然平気そうじゃなかったけどな。
「俺らはセーフティーバーが人間のフードだったからずり落ちるかと思ったぜ」
「いやそんなとこ捕まってたんかい」
そのあとも、いくつか乗り物に乗った。
コーヒーカップで目が回って、
メリーゴーランドでなぜか少し落ち着いて。
そして、夜のショーを見る。
噴水が上がり、水面に光が揺れる。
そこに映し出された映像が、ゆっくりと物語を紡いでいく。
歌詞は英語で、意味はよくわからない。
それでも——不思議と、胸に残る。
ふと、隣を見る。
赤月さんは、うっすらと涙を浮かべていた。
——その横顔は、後悔しているようにも、どこか救われているようにも見えた。
声をかけることは、できなかった。
ただ、同じ光を見ていた。
——この時間が、終わらなければいいのに。強く願った。
* * * * * *
ショーが終わり、人の流れに沿って外に出る。
さっきまでの光が、嘘みたいに消えていた。
「.....楽しかったね」
「.....はい」
それ以上の言葉は、出なかった。
駅へ向かう途中。
ふと——
「......ねえ」
赤月さんの声が、少し低くなる。
「止まって」
「え?」
人通りの少ない道に入ったその瞬間。
空気が、重くなった。
「やっと見つけた」
路地の奥。
街灯の影から、ひとり。
——でも''ひとりじゃない''。
気配が、複数ある。
「久しぶりだな、番号個体」
「......その呼び方、やめてって言ってるでしょ」
赤月さんの声が、冷える。
「''天使''って呼んでくれない?」
「ま、試すだけね」
次の瞬間——
空気が裂ける。
「......っ!」
赤月さんが一歩、踏み出す。
衝突。
音が、消える。
——いや、''消されている''。
気づけば、僕は自分の利き手である左手を拳いっぱいに振り上げていた。
「......ちっ」
男が舌打ちをする。
「今日はここまででいい」
「十分、確認できたからな」
男の視線が、僕に向く。
「そいつ——外部の人間か」
心臓が、嫌な音を立てる。
「へえ」
「......記録にないな」
スマホを取り出す。
「調べる価値、ありそうだな」
ニヤッと笑みを浮かべる。
「家族とか、いるタイプ?」
——背筋が、凍る。
「......やめて」
赤月さんの声が、ほんの少しだけ揺れた。
そうして、英知の人間であろう男たちは去っていった。
「......帰ろ」
それだけ言って、歩き出す。
さっきまでの光が、遠い。
ポケットの中で、スマホが震えた。
——ママからの着信。
青凪空斗の母親である青凪桃葉は、能力研究施設「英知」にて働く研究員の一人。
黒と白が混じり合う部屋で、端末を操作していた。
無機質な光。
並ぶデータ。
——その中に、一瞬だけ。
見慣れた名前が表示される。
「......え?」
ほんの一瞬。
すぐに、画面は切り替わる。
「なあ青凪さん」
「どうしましたか黒霧施設長」
「最近、''外部干渉''が増えていてね」
「......そうなんですね」
「記録にない個体が動いている」
一瞬、息が詰まる。
「——関係ないですよね?」
「さあな」
英知の施設長、黒霧永徒は、薄く笑った。
画面を見つめたまま、
青凪桃葉は、スマホを握る。
——かけるか、迷った。
それでも、
指は、止まらなかった。
——ママからの着信。
6コール目くらいだろうか。
「...出なくていいの?」
「いや...出ます」
「...もしもし」
『空斗?』
いつも通りの声。
でも——
ほんの少しだけ、硬い。
『今、どこにいるの?』
「...外?」
『......そう』
一瞬の沈黙。
『......早く帰ってきなさい』
その一言が、やけに重かった。
通話が、切れる。
——静寂。
数秒遅れて、
スマホが、もう一度震えた。
画面に表示されたのは——
“位置情報の共有が開始されました”
「.......は?」
背筋が、冷える。
そのとき。
遠くで、サイレンの音が鳴った。
赤月さんの足が、止まる。
「......ちょっとやばいかもね」
その声は、
さっきまで遊園地で笑っていた人と
同じものには、聞こえなかった。
読んでいただきありがとうございます。今回、書きたいことが多すぎて非常にボリューミーな回になってしまいました。




