ズレていく日常
21時30分ごろ、赤月さんと別れて、僕は自宅についた。
自宅は高層マンションの7階に母親と住んでいる。
.......そういえば、赤月さんに泊まっていく?とか少し悪魔的な笑みを浮かべられたが、断った。
思春期真っ只中の男子を泊めるか?普通。
「ママただいまー」
「空斗、おかえり〜」
「今日はカレーだよ!玉ねぎとにんじん安くなってたし」
「お〜カレーLOVE」
母親はグルメっ子。普段は仕事が忙しいらしいので、あんまり食を楽しんでいる姿を見たことないのだが。
「ん?」
リュックを自分の部屋に置き、リビングに戻り椅子に座ると、テーブルに見慣れない封筒が置いてあった。
「.....Wisdom?」
英語表記なのに、なぜか——
「英知」と同じものに見えた。
「それ、触らないでね」
いつのまにか、ママが立っていた。
「もしかして、最近仕事忙しいの?」
「まあね、ちょっと大きい案件があって」
「ママ、英知のこと、なんか知ってたりする?」
一瞬だけ、空気が止まった。
「......なんでそんなこと聞くの?」
——少しだけ、声が低かった。
カレーを食べてお皿を洗い、お風呂を済ませる。
23時30分、ベッドにくる。
スマホに目をやると、赤月さんからLINEが来ていることに気づいた。
ちなみに帰る途中に交換した。僕のLINEの友達は親含めて9人。うん、お察し。
『生きてる?』
『さっきの話のせいで若干』
『草。ウケる』
『明日か明後日、ちょっと動くかも』
『時間、あんまりないし』
ちょっと動く。何かするのだろうか。
もしかして危機的なことをするのか。そんなことを考えていたら寝落ちしていた。
* * * * * *
朝7時30分、スマホのアラームの音で起きる。
今日は木曜日、いつも通り起きて、顔を洗ってスキンケアの美容液を塗ってから歯を磨く。
「ママおはおー」
「おはよ、朝ごはん冷蔵庫にあるから食べてね」
そういって、ママはすぐに仕事に行ってしまった。
冷蔵庫から取り出し、目玉焼きとベーコンをあっためて食べる。
食べ終わって、僕も学校に行くため家を出る。
——昨日のことが、頭から離れない。
電車に乗って、約15分、高校の最寄駅に到着する。
「おはよー」
みんな絶え間なく、挨拶を繰り返す。僕は挨拶をする友達もいない。
悲しいことにね!
9時になったら朝のHRが始まる。担任の印西先生が今日のカリキュラムと諸々を話す。
どうやら今日は能力測定があるらしい。
能力測定は3限目と4限目。
無事に終わり、昼休みになる。
「今日の能力検査、どうだった?」
「ランクの話?」
「そうそう」
能力検査は月に1回あるからね、政府も能力の監視を強めてるらしいし。
「俺C〜Bだったわ」
「普通に強くね?」
「「それで、青凪は?」」
クラスメイトの影橋と峰城が話してくる。
なんか似たような会話、前もしたな。
「.......Dくらい」
「普通に弱くね?」
「いやまあ......弱いな」
「うるさいよ!!!」
あははといい、笑い合っている。
ぶっちゃけやめてほしい。空気が濁る。
ちなみにDは雑魚中の雑魚。無能力者がE判定なので、本当にあるだけって感じだ。
「Sは軍隊や自然災害と同等、もしくはそれ以上らしいぞ」
「やばすぎ、国家征服できんじゃん」
「まあでも世界にSランクって5人しかいないらしいしな〜」
——''災害指定クラス''ってやつだろ?
「はぁ」
いや、笑えないだろ。
——昨日、あれを見たばかりなのに。
——あの人が、その''5人''のどれかだったら?
そんなことを考えながら、昼休みを終えるのだった。
* * * * * *
放課後、僕はひとりカラオケ、通称''ヒトカラ''に来ていた。
ヒトカラは好きだ。我を忘れられる。
SMALL BOMBというカラオケは学割も使えるので、僕が愛用している場所でもある。
そして、、3曲目を歌いだした直後。
なにやら、ゴソゴソと音が聞こえる。
虫だろうか。やめてほしい。僕は大の虫嫌いだ。
念の為、空気を圧縮し戦闘体制を取る。
「........誰かいる?」
——ガサッ
「おい人間さん」
「......は?」
カラオケの天井から換気扇を外し、何かが話しかけてくる。
「その歌、音程ズレてるよ」
「え?は?」
何やらヘルメットを被ったカピバラと肩掛けバッグを持ったカメ。
——しかも、どっちもぬいぐるみだ。
「いやいや無理無理無理!!!!」
「しゃべるぬいぐるみとか無理!!!!なんで会話成立してるんだよ!」
なんだ、今はぬいぐるみが自我を持つ時代なのか?
「おなかすいたからついてきた」
カピちゃん、と名乗るぬいぐるみはそう言ってついてきたらしい。
学校の最寄駅から既視感を感じたのはそれだったのか.....
「保護対象を発見したため、同行する。ばぶ」
いやばぶって、こいつ赤ちゃんなのか?
「かめまはまだ3歳なんだ。無礼は許してくれ」
「いや、3歳でなんで保護対象とか知ってるんだよ」
「あと、人間さん音程ズレてる」
「急に人格否定みたいなこと言わないで!?」
「人格じゃなくて歌唱力の話をしている」
「もっとダメだろ!」
「ばぶ〜」
なんか疲れてきた。なんなんだこの2匹は。
「我々2匹は持ち主に捨てられた」
急に真面目トーンで話してくる。
「俺たち、捨てられた」
「それで——英知に拾われた」
「英知」という単語に——
さっきまでの軽さが、嘘みたいに消えた。
「あそこは最悪だった」
「かめま、あそこ戻りたいか?」
「……あそこ、いたいの、やだった」
——言葉が、出なかった。
「人間さん、俺たちのこと」
「捨てない?」
僕は、ぬいぐるみが好きだ。
一人でいるときも、映画を見るときも、いつも抱いている。
何を言っても、否定しないから。
この2匹にも実験かなにかで自我が芽生えたのだろうか。
「うちに来るのはいいけど」
「.....捨てたりは、しないから」
「まじ!?!?!」
「ばぶ!!!」
にしても、本当に人間以外も実験対象なんだな。
——あれが、現実にある場所なんだ。
ぬいぐるみみたいな人間に癒しを与えるはずのものがなぜ。。。
想定外なことが起きてしまったが、赤月さんにはなんて話そうかな。
電車に乗り、最寄駅まで吊り革を掴み、立つ。
カメが肩に乗り、カピバラが頭に乗っているという奇怪的な状況。すごく恥ずかしい。
SNSに上げられたら、普通に人生終わる案件。
19時30分頃、自宅に帰ってきた。母親はまだ帰ってきてない。
まあ、いつも通りだ。
「ここが、僕の家」
「せま〜」
「ばぶ」
「うるさいよ!」
でもなにか、この2匹からファイちゃんと同じ匂いがする気がした。
お風呂を済ませ、ドライヤーで髪を乾かした。
自分の部屋のベッドに寝転がりながら、赤月さんに連絡するため、LINEを押す。
「ベッドは割とでかいな」
「でもばぶたちにはでかいばぶ」
「それはバッドだな」
「いやデッドばぶ」
こいつらうるさいな。
『ちょっといいですか』
『どうしたの?』
1分もたたずして、返信が来る。
『ぬいぐるみが2匹増えました』
『は?』
『わけわかんないと思いますけど、英知に関係してるっぽいです』
『.....詳しく聞かせて、今からこっち来れる?』
「.....また、関わるんだな」
スマホの画面を見つめたまま、つぶやく。
——正直、怖い。
昨日の話。
今日の出来事。
そして、この2匹。
全部が繋がっている気がする。
「人間さん」
カピちゃんが、珍しく真面目な声で言った。
「戻れなくなるぞ」
「ばぶ.....」
かめまも、小さく頷く。
「それでも——」
一瞬、赤月さんの顔が浮かんだ。
あの笑顔と、
あの、揺れた瞳。
「......もう、戻れない気がする」
送信ボタンを押す。
『今から行きます』
既読が、すぐについた。
『待ってるね』
短い一言。
——それだけで、十分だった。
「行くか〜」
「ういー」「ばぶー」
部屋の電気を消す。
玄関の扉を開けた瞬間、夜の空気が流れ込んできた。
——僕は今、日常と非日常の狭間にいる。
そんな気がする。
読んでいただきありがとうございます。今回、とても長くなってしまいましたが、読み応えがあると思っているのでぜひ!




