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推しは観測者

翌日、金曜日。朝7時30分。

目覚ましの音で目を覚まし、いつも通り洗顔をして、歯を磨く。

リビングに出て、何気なくテレビの電源をつけた。


『能力研究施設・英知は、本日、新たにアフリカおよび南極への小型施設建設を発表しました』


画面には、近未来的な施設の完成予想図。

白い外壁。ガラス張りの研究棟。

そして、その中央に立つ男。

黒霧永徒。


『英知の総合施設長である黒霧永徒氏は——』


『我々が描く未来と、素晴らしい技術力をもって、より世界へアピールしていく、と述べています』


穏やかな笑顔。

整ったスーツ姿。

テレビ越しに見ても、人を惹きつけるような雰囲気がある。


……でも。


最近は、

こういうニュースですら変に意識してしまう。

胡散臭い。そう感じてしまう自分がいる。


『先月には、無能力者の子供複数人がCランク相当の能力を発現した、との情報もあります』


『能力発現に詳しい専門家は、この結果が世界全体に追い風となる可能性を示しています』


「……」


能力発現。追い風。未来。

どれも綺麗な言葉だ。

でも、その裏で。

第四区画の黒い部屋。

白い廊下。記録保全。観測対象。


そんな言葉ばかりが頭をよぎる。


南極も、2050年以降、人間が住めるようになった。

動物との共存区域として管理されている。


世界は確かに変わっている。

でも。

その変化を、本当に誰もが望んでいるのか。

それに、無能力者の子供が急にCランクの能力を発現...非常に妙だ。

発現に至るまでの過程がどうなっているのか。


ふと、

テレビの黒霧と目が合った気がした。


「……気持ち悪いな」


思わず、リモコンで電源を切る。

静かになった部屋で、時計の秒針だけがやけに響いた。


僕は鞄を手に取り、

家を出る準備をした。


朝の電車は、いつも通りだった。

揺れるつり革。

流れていく景色。


車内に混ざる、眠そうな空気。

それなのに。

僕だけが、どこか落ち着かなかった。

明日、第二区画に入る。


そう思うだけで、

胸の奥がじわりと重くなる。


「青凪ー、おはー」


影山の声で、はっと顔を上げた。


「あ、うん。おはよ」

「なんか今日、顔死んでね?」

「いや……ちょっと寝不足で」


嘘だった。

寝不足なのは事実だけど、理由は違う。

昨日の夜から、ずっと赤月さんの言葉が頭を離れない。


『データ、記録、政府との繋がり』


『第二区画は、多分全部ある』


データ。

記録。

政府との繋がり。


そして——


青凪。


「……」


自分の名字を思い浮かべただけで、

喉が少し詰まる。


教室に入る。

いつもの席。

いつもの朝。

窓の外では、風が木々を揺らしていた。


でも。

廊下側の窓の向こう。

一瞬だけ。

白い髪が見えた気がした。


「……え?」


立ち上がって確認する。

やっぱり、誰もいない。昨日もあった。

幻影が見えるようにでもなったのだろうか。


「気のせい……か」


自分に言い聞かせるように、席へ戻る。


今日も、授業が始まる。

いつもなら退屈に感じるけど、最近の非日常的な時間を味わっているせいで、ある意味一番楽に時間を過ごしているかもしれない。



昼休み。

コンビニで買ったパンを持って、窓際の席に座る。

スマホを開く。

通知が一件。


『今日、配信あります』


僕がいつも見ている推しのVTuberの通知だった。

配信者でもあり、絵師でもある。

最近は赤月さんの件に付き合うことが多く、あまり追えていない。


「……今日か」


何となく、胸がざわつく。




* * * * * *




同時刻、能力研究施設「英知」本部、職員区画及びスタッフルーム。

青凪空斗の母親であり、本部の研究長である青凪桃葉は、端末の前で立ち尽くしていた。


白い照明が、やけに冷たい。

モニターに映るのは、監視ログ。

観測対象一覧。

そして、その中に。名前が一つ。


『観測対象:青凪空斗』


見慣れた名前。

見慣れていてほしくなかった名前。


「......なんで」


小さく、言う。

誰にも聞こえないくらいの声で。


指先が、端末の上で止まる。


本人に聞くべきか。


『最近、何か変わったことない?』

そう、母親として聞くべきなのか。


でも。もし聞いてしまえば。

あの子が、何かに巻き込まれていると認めることになる。


桃葉はスマホを取り出す。


連絡先一覧。


一番上にある、息子の名前。


『青凪空斗』


親指が、通話ボタンの上で止まる。


「……聞いたら、戻れない」


ぽつりと、独り言のように漏れた。


()()()がいなくなって、

もう十年経っただろうか。


英知との、とある研究。

未完成のまま残された記録。

そして、その続きを——

今は自分が引き継いでいる。


「……まさか」


あの子まで、そこに繋がってしまうなんて。


本部のどこかで、

実験設備が起動する低い振動音が響く。


ゴゥン……ゴゥン……


壁越しに伝わるその重い音が、

やけに胸に刺さった。


その時。

背後で自動ドアが開く。


「研究長」


振り向くと、

白衣のスタッフが立っていた。


「第二区画の記録保全が完了しました」


「ここ最近得たデータも、追加済みです」


「本部にもデータを移送しますか?」


「あとで施設長にも確認を取りますが」


桃葉の視線が、一瞬だけ揺れる。

第二区画。明日。


嫌な予感が、

胸の奥で静かに広がっていく。


「……わかったわ」


短く答える。


スタッフは端末を確認しながら、

続けて口を開いた。


「それから、施設長から伝言です」


「明日は警備レベルを一段階上げるように、と」


その一言で、

桃葉の表情がわずかに固まる。


「……やっぱり」


小さく呟く。

黒霧は、もう何かを察している。

そして、明日動く者がいることも。


桃葉の指先が、

スマホを強く握りしめた。


「……空斗」


今からでも、止めるべきか。


でも。


母として電話をかければ、研究員としての自分は終わるかもしれない。

静かな研究室の中で、通話ボタンだけが、やけに眩しく見えた。




* * * * * *




放課後。

チャイムが鳴り、教室の空気が一気にほどける。


「青凪、今日久しぶりにどっか寄らね?」


影山の声に、僕は鞄を持ちながら首を横に振った。


「ごめん、今日はちょっと」


「なんだよ、最近忙しそうだなー」


苦笑いだけ返して、教室を出る。

階段を降り、駅前の通りへ向かう。


いつも通りカラオケに行っても良かったが、今日はコーヒーを飲みたい気分だな。

そう思い、赤月さんと初めて会った日に行ったカフェにでも行くことにした。


店内に入り、ベルが鳴る。


「いらっしゃい、また来てくれて嬉しいよ」


店長の天動さんが、

いつもの柔らかい笑顔で声をかけてくる。


軽く会釈をして、前を向く。

窓際の席。

そこに、一人の少女が座っていた。

白色の髪。淡く光を溶かしたような瞳。


黒いコーヒーカップを指先で持ちながら、

静かにスマホの画面を見つめている。


その横顔に、見覚えがあった。


少女がゆっくりと顔を上げる。

目が合った。


少しだけ驚いたように、

でもすぐに静かな表情へ戻る。


「……来ると思ってた」


えっ。

聞き覚えのある声。この白色の髪。猫耳のフードに星のピアス。

配信のサムネイル。SNSのアイコン。毎週楽しみにしている投稿イラスト。


「えっ、まさか!?!?!?」


思わず、店中に響くくらいの大声が出た。

自分でも驚く。目の前にいるのは。


登録者300万人を超える人気配信者であり、僕の推し絵師。

アイドルグループのアシスタントも兼ねている。


星澪(ほしみお)ルナ。


少女——いや、ルナさんは

少しだけ肩を揺らして笑った。


「……声、おっきい」


そう言いながら、

スマホの画面を伏せる。


「なぎtk1126くん」


「……え?」


頭が真っ白になる。

それ、僕のアカウント名だ。

配信でいつもコメントしている、リスナー名。


「え、え、なんで……」


ルナさんは、コーヒーを一口飲む。


「いつも見てるよ」


その一言で、心臓が止まりそうになる。


「マ、マジですか……」


「古参マスターだもんね」


……マスター。


ルナさんがファンの総称であり、ファンのことをルナさんはマスターと呼ぶ。

夢じゃない。本物だ。

でも。次の瞬間。

彼女の表情が、少しだけ真剣になる。


「——で、本題」


ルナさんがスマホをこちらへ向ける。


そこに映っていたのは、

文字列。


『観測対象:青凪空斗』


「っ……!」


息が止まる。


「君、英知に見つかってる」


空気が、一気に冷えた気がした。


ルナさんの指先が、静かに画面をなぞる。

その周囲に、淡い光の粒が浮かぶ。

まるで星屑みたいに。


「私の能力、星界配信(スター・キャスト)


「映像も、音も、記録も——」


「見せたいものを、この空間に映せる」


スマホの上に、

小さな立体映像が浮かぶ。


英知のロゴ。

監視カメラ映像。

そして、黒霧の顔。


「配信ってね」


ルナさんは小さく笑って、ウィンクしながら


「世界に“見せる”ための技術なんだよ」


その瞬間。本当に、自分の目がハートになった気がした。

この人の全部が、愛おしい。

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