第二区画
現在の時刻は18時30分。ルナさんがいることに驚きを隠せない僕はまだ空想のなかにいるのではないかという感覚に陥っていた。
「アカウント名だと長いから、なぎくんって呼んでもいーい?」
「もももちろん、です」
「動揺してるね〜、まあ私くらい可愛い子なら見惚れるのも当たり前だよね」
えっへん、とルナさんは笑顔を作っている。本物だぁ、、、
危ない。笑顔に見惚れていて本来のことを聞き忘れるところだった。
「ルナさんは......なんで僕が観測対象って知ってるんですか」
「うーんとね、私もあそこにいたから」
「え?」
「私もね、小さい頃あそこにいたんだよ、というかあそこで育った」
「元は無能力者でね。1回天使みたいな子?が施設を抜け出したときに、私もたまたま運よく逃げられたの」
「以降は色んな場所を転々として、ウケ狙いで配信者になった」
「気づいたら見てくれる人も、スパチャくれる人もたくさんいた」
ホッとしたような、でもどこか暗い表情でそう言った。
「それで世界は広いんだなって思ったの。正直施設にいたときは能力も発現しないし人生THE END!とか思ってたけど配信者になって、色んな人を知って、イベントやって......自分に自信が出てきた」
「気づいたら、私はオンリーワンの能力を使えるようになってた」
「って、自分語りしてる場合じゃないんだよ古参マスター!」
「え、あ、はい」
ルナさんは、机の上に置いていたスマホを軽く叩いた。
「で、本題なんだけど」
空中に映る映像が切り替わる。
英知の施設構造。第二区画。警備配置。
アクセスのログ。
僕の息が止まる。
「これ……」
「英知の内部データ」
「全部じゃないけどね」
ルナさんは椅子から立ち上がる。
「ここで話すのは危ない」
「盗聴とか……ですか?」
「んー、それもある」
小声でそう言って、少しだけ笑顔を消した。
「それに」
「天使みたいな子?にも会いたいし」
「……え?」
赤月さんのことを知ってる?
ルナさんは会計を済ませ、振り返る。
「行こっか、なぎくん」
「今日中に動かないと、第二区画の記録が消されるかもしれない」
「えっ、今日!?」
「うん」
当たり前みたいに言う。
「こういうのはね」
スマホをくるりと回しながら、ルナさんは笑った。
「鮮度が命だから」
店を出る。なんか店長がこっちを見ていた気がするけど気にしない。
外はもう薄暗い。街の明かりが少しずつ灯り始めていた。
僕は、推しと並んで歩いていた。
現実感がない。でも。
この人の持つ情報は、間違いなく現実だった。
そしてその先に。赤月さんがいる。
* * * * * *
夜19時過ぎ。赤月さんの拠点に着いた頃には、空はもう完全に暗くなっていた。
街灯の光だけが、静かな住宅街を照らしている。
僕がインターホンを押すより先に扉が開いた。
「おかえり、そらく——」
赤月さんの言葉が止まる。
その視線が、僕の後ろに立つルナさんへ移った。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
空気が止まった気がした。
「……へぇ」
赤月さんは笑った。
でも、笑っているのに少し冷たい気がする。
「女の子連れて帰ってくるんだ」
「ち、違います!」
慌てて否定する。
違うのかと言われれば、説明が難しい。
推しだけど。。。
「はじめましてー」
ルナさんがニコッと軽く手を振る。
いつもの配信みたいな、自然な笑顔。
可愛い。
「星澪ルナです」
「そらくんの古参マスター枠です」
「古参……?」
赤月さんの眉がぴくっと動く。
その視線が、ゆっくり僕に向く。
「そらくん、そういう趣味なの?」
「違いますよ!」
何が違うのか、自分でもよくわからない。
ルナさんが楽しそうに笑う。
「かわいいね、この子」
「私の推しなんだよね」
「推し!?」
赤月さんの声が一段上がる。
拠点の空気が、少しだけざわついた気がした。
部屋の奥では、カピちゃんとかめまがじっとこちらを見ている。
ファイヤーキャットだけが、興味なさそうに丸まっていた。
「……とりあえず、入って」
赤月さんが身体を横にずらす。
その声はいつも通りだったけど、少しだけ機嫌が悪そうだった。
部屋に入る。
拠点の中央にある大きなモニター。散らばった資料。未整理のデータ。
この場所に来るたび、ここがただの隠れ家じゃないことを思い知らされる。
ルナさんは部屋を見渡して、感心したように息を漏らした。
「ちゃんとしてる」
「ちゃんとしてるって何」
赤月さんが即座に返す。
ルナさんは笑いながら、スマホを机に置いた。
「本題いこっか」
空中に、光の粒が浮かぶ。星みたいな光。
それが集まり、映像になっている。
「それがあなたの能力?」
「そう、星界配信」
英知。第二区画。施設内部図面。監視ルート。警備情報。
僕は息を呑んだ。
赤月さんの表情も変わる。
さっきまでの空気が消える。
戦闘の顔だった。
「……どこから持ってきたの?」
「昔のルートと今の観測ログを合わせた」
「まあ、もしかしたら変わってるかもしれないんだけど」
「そうだね.....有り得る」
「特に入口、天使ちゃん?が抜け出して以降どうなってるかわからない」
「私の観測ログでも入口だけ未知かな〜」
ルナさんの指先が動くたび、映像が切り替わる。
データの流れが、空間そのものを埋め尽くしていく。
「第三区画は補正が動いた」
ルナさんが言う。
「でも第二区画は違う」
映像が止まる。黒い区画。
数字は二。
「ここは情報保管庫」
「英知の観測対象記録」
「能力者育成のログ」
「政府取引履歴」
空気が重くなる。
赤月さんが小さく呟く。
「……当たり」
ルナさんが頷く。
「これを抜けば英知と政府を表に出せる」
その言葉のあと。
赤月さんが椅子から立ち上がった。
顕現している天使の羽が小さく揺れる。
でも、その顔には少しだけ疑問が浮かんでいた。
「……いや、ちょっと確認」
ルナさんが首を傾げる。
「なにぃー?」
赤月さんは腕を組む。
視線が真っ直ぐルナさんに向く。
「あなたのその能力」
空間に浮かぶ映像を見る。
「映像も音も記録も映せるんでしょ?」
「うん」
「なら」
少し間を置く。
「本気出せば、もうとっくにバラせるんじゃない?」
静かに言った。部屋の空気が止まる。
僕も思った。確かにそうだ。
ここまで見せられるなら、わざわざ潜入する必要がない。
赤月さんが続ける。
「過去に、そういうことやった?」
ルナさんは数秒黙った。
さっきまで軽かった表情が、少しだけ沈む。
「やろうとしてねー」
小さく笑う。
でも、その笑いは弱かった。
「失敗してるんだ」
空間の映像が切り替わる。
映ったのは、ノイズだらけの記録映像。
途中で途切れている。
「英知の中枢データには補正がかかってる」
「コピーした瞬間に破損する」
「映像化しても、証拠能力が消える」
ルナさんの指先が止まる。
「一回、それを世界に流した」
「でも全部フェイク扱いされた」
「それで確認できたのは、SNSとかで英知の情報を流すとその瞬間消される、たぶんね」
「独裁政権みたいじゃないですか......」
「ね」
ニコッとルナさんは微笑む。
その言葉に、赤月さんの目が細くなる。
「なるほどね」
ルナさんが肩をすくめる。
「だから今回は元データが必要」
「生の証拠」
「第二区画の保管庫なら、補正前の原本が残ってる」
僕はそこでようやく理解した。映せるだけじゃダメなんだ。
証明できる形で、世界に出さなきゃ意味がない。
赤月さんはしばらくルナさんを見つめていた。
そして。
「……オッケー」
短く言う。
「疑って悪かったね」
「いいよ」
そして少し前に身を乗り出した。
「疑える人、嫌いじゃない」
赤月さんの眉が少し動く。
「……そらくん」
「はい?」
「この子、ちょっと距離近くない?」
「え?」
ルナさんが笑った。
「嫉妬?」
「してない」
即答だった。
でも、少しだけ声が硬かった。
「今日の深夜から記録移送が始まる」
「移送先は本部」
「つまり今日しかない」
静寂が落ちた。時計の秒針だけが響く。
赤月さんが腕を組む。
考えている。
その横顔は真剣だった。
「成功率は?」
「四割かなー」
ルナさんが即答する。低い。
でも、ゼロじゃない。
赤月さんは僕を見る。
「そらくん」
名前を呼ばれる。
「行ける?」
喉が乾く。
怖い。でも。
ここで止まれば、何も変わらない。
「……行きます」
「でも少し待ってください」
二人の視線が、同時にこっちを向いた。
部屋の空気が少し止まる。
少し自分の頭で考えたことがある。
さっきまで、ただ聞いているだけだった。
でも。それじゃダメだ。
今回行く理由は、僕自身にもある。
観測対象。
青凪。ママ。
全部、無関係じゃない。
「一つ、変えたいです」
赤月さんが目を細める。
「なにを?」
モニターに映る施設図面を見る。
第二区画。警備ルート。搬送経路。
その中で、一つだけ違和感があった。
「ここ」
指を差す。搬入口。
「データ移送があるなら、必ず物理搬送がある」
ルナさんが少し驚く。
「……そうだね、いやそうかも?」
「だったら」
息を整える。
頭の中で、空気の流れを組み立てる。
「正面から取るより、搬送の瞬間を狙った方がいい」
「補正前のデータが動くなら、その時が一番無防備です」
沈黙。赤月さんが笑った。
「いいじゃん」
ルナさんも笑う。
「ちゃんと考えてるじゃん」
少しだけ、胸が熱くなる。
認められた気がした。
でも、まだ足りない。
「あと」
二人を見る。
「僕が先に入ります」
赤月さんの顔が変わる。
「却下」
即答。
「危ない」
「でも」
言葉を切らない。
「僕の能力なら、空気を止めて音を消せる」
「先行偵察ができます」
「赤月さんは戦闘向き」
「ルナさんは情報処理」
「なら」
一歩前に出る。
「最初に入るのは僕です」
静寂。
初めてだった。
自分から前に出るのは。学校でもなかったのに。
赤月さんが、じっとこっちを見る。
真っ直ぐ。その視線が痛い。
でも逸らさない。
数秒後。
赤月さんがため息を吐く。
「……いいよ、ちょっとだけ成長したね」
「ちょっとだけですか......」
少しだけ笑った。
「死にそうになったら助ける」
ルナさんが笑う。
「いいね古参マスター」
顔が熱くなる。
でも、悪くない。
窓の外を見る。
夜の風が揺れている。
怖い。正直、かなり怖い。
でも。
逃げるだけは、嫌だった。
「行きましょう」
僕がそういうと、赤月さんが笑った。
いつもの笑顔。でも強かった。
「よし」
ルナさんも笑う。
「じゃ、配信開始だね」
その言葉で、空気が変わる。
戦いが始まる空気。
赤月さんが立ち上がる。羽が小さく揺れる。
「準備して」
「15分後、出るよ」
窓の外。夜風が吹く。街は静かだった。
でもその静けさの裏で。英知も、きっと動いている。
20分後。僕たちは第二区画へ向かった。
夜の施設は、昼間よりずっと冷たく見えた。
巨大な白い建物。光る監視灯。
閉ざされた入口。
その奥に。
英知の真実が眠っている。
赤月さんが前を見る。ルナさんが笑う。
そして僕は、息を吸った。
「行こう」
第二区画へ。
「んーーーの前にさ」
ルナさんが少し大きい声を出して止まる。
カピちゃんがぴょこんと跳ねる。
かめまは床をのそのそ歩き、ファイヤーキャットは欠伸をしながら尻尾を揺らしていた。
ルナさんが目を丸くする。
「……なにこれ」
赤月さんが当然みたいに言う。
「戦力」
「ぬいぐるみが?」
「なんだ白髪女」
「うわぁボイス機能もあるんだ」
「おもちゃじゃねぇよ!」
「ばぶー!」
カピちゃんとかめまが反応したのと同時に、ファイヤーキャットの口元に小さな火が灯る。
ルナさんが一歩引いた。
「いや普通に怖いんだけど」
「まあこの3匹のことは気にせず行きましょうルナさん」
「じゃあ先に行きます」
息を吸う。空気が冷たい。
右手を握る。空気を集める。
震えは、もう止まっていた。
地面を蹴る。
音を殺す。
風を止める。
存在を薄くする。
戦闘が始まる。
読んでいただきありがとうございます。そしてお久しぶりです。
最近私生活がゴタゴタしていましてなかなか更新できず.....申し訳ないです。




