表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

暗影

青凪空斗と赤月天華が英知の第三区画に潜入した同時刻。

東京都新宿区に拠点を置く、能力研究施設「英知」本部、最上階。


白でも黒でもない、灰色の光に満ちた執務室。

モニターには、先ほどの警報ログが映し出されていた。


『第三区画に侵入者を検知』

『番号個体反応あり』

『観測対象:天使、青凪——接触確認』


「......面白いね」

薄く笑った男がいた。

黒霧永徒(くろぎり えいと)

英知の総合施設長であり、父親は英知の創設者。

ソファに深く腰掛けながら、まるで映画を見ているようにモニターを眺めている。


「青雛ちゃん、ホットコーヒーちょうだいな」

「承知しました」


秘書兼メイドである青雛月歩(あおひな つきほ)にコーヒーを頼む。


「あぁ、いつも通りミルクはいらないよ」

「仰せのままに」


「黒霧施設長、第三区画の侵入者についてですが......」

大きなドアが開き、背後から静かな声。

青凪桃葉が立っていた。

白衣の裾が、わずかに揺れる。


「......この青凪というのは」

桃葉の視線が、モニターに吸い寄せられる。

そこには、赤い警報ログとともに、


『観測対象:天使、青凪——接触確認』


という文字列が浮かんでいた。


黒霧が、ゆっくりと振り向く。

薄く笑っている。


けれど——

目だけが、まったく笑っていない。


「君なら、わかるだろ?」

その声音は穏やかだった。


「いや、まさか......」

桃葉の喉が、ひくりと鳴る。

ありえない。あの子に施設の情報は何一つ話していない。

スマホは置いていても電源は切っていたはず。

位置情報も。施設関連のデータも。

全部、遮断していたはず——


「隠し事は、親の愛なのかな?」

黒霧が、くすりと笑う。


「でもね、青凪研究長」

ソファから立ち上がる。

靴音が、やけに大きく響く。


「子どもっていうのはね、親が思っているよりも遠くまで行っているものだよ」


桃葉の指先が、わずかに震えた。


「......空斗に、何かしたんですか」


黒霧は、モニターに視線を戻した。

そこには、施設から逃走する二つの能力反応。

一つは、白く強い光。

もう一つは、まだ小さく不安定な揺らぎ。


「何も〜」

気だるそうに、言った。

ソファに戻り、指先でモニターを軽く叩く。


「だけど、この子への観測は続行かな」

「期間は未定でいい」


モニターには

『観測対象:青凪空斗』

の文字。


「あと......」

少しだけ、目を細める。


天使神力(エンジェル・フォース)のことだけど」

「前も半端な能力者出したら返り討ちにされたみたいだし」


肩をすくめる。


「放置でいっかなー」


あまりにも軽い口調。

それなのに、桃葉の背筋は冷えた。


「でも」

黒霧の口元が、ゆっくり吊り上がる。


「青凪くんとの関係は気になるね」


「能力者を派遣しますか?」

青雛が、そっと尋ねる。


白い手袋をした指先を揃えたまま、

感情をほとんど見せない声だった。


「ノンノン」

黒霧はソファに深く身体を沈めたまま、

軽く指を振る。


「また同じことの繰り返しになりそうだし」


「確かに彼女はSランク相当で、かなりの脅威だが」


少しだけ間を置いて、

「てか、()()うちの施設壊しにくるんなら笑えないけど」


そう言いながら——

口元は、楽しそうに歪んでいた。


「……ですが」

青雛が、静かに続ける。


「赤月天華は現在''災害指定対象''です」


「わかってるよ、てか我々が生み出したようなものだし」


黒霧は肩をすくめる。


「でもさ」


「A以上の俺と」


視線を青雛へ向ける。

「天使の模範体(コピー)である青雛ちゃんがいれば」


「なんとかなるっしょ」


その言葉に、

青雛の睫毛がわずかに揺れた。


ほんの一瞬だけ。

「……承知しています」


声は、変わらず静かだった。

けれど、その瞳の奥に何かが沈んでいる。


黒霧が、ふと思い出したように天井を見上げる。


「あと、あれ」

「この前サイトで雇った子」

「名前、なんだったかな」


「白澄晴気です」


青雛が即座に答える。


「そうそう、それ」


黒霧は軽く笑った。


「その子に、監視任務お願いしよう」

「青凪空斗と天使の接触を継続観測」

「必要なら少し圧もかけて」


「承知しました」

青雛が一礼する。


数分後。

大きなドアが開く。


9〜10話で青凪空斗を襲った男。

同じ高校に通う、白澄晴気(しらすみ はるき)が姿を現した。


制服姿。

けれど、その目には生徒らしい光はない。


「お呼びでしょうか、施設長」


「んー」


黒霧が、晴気を見て少し考える。

「あ、でも君バイトだったっけ」

「後で悪い口コミとか書かれたらどうしようかな〜」


苦笑いする。

その軽さが、逆に気味が悪い。


晴気は、小さく笑った。


「報酬次第ですね」

「いいね、そういうの好き」


黒霧の目が細くなる。


「じゃあ簡単な仕事」

「青凪空斗を見てて」

「潰すのはまだ先でいい」


「……育てるんですか?」


晴気が、少しだけ口元を上げる。


「うん」


黒霧は笑った。


「この世はさ」

「才能とスタートラインの偏りが、ありすぎるんだよ」


ソファにもたれながら、

指先で宙に円を描く。


「生まれた瞬間に強い子もいれば」

「何をしても届かない子もいる」

「不公平だよねぇ」


少しだけ、目を細める。


「それを持つ人間は、空気みたいなものだよ」

「目には見えない」


「でも——」

指先を、ぎゅっと握る。


「圧と時間をかければ、ちゃんと形になる」


モニターに映る

能力波形のグラフが歪む。


「削って、混ぜて、濃縮して」


「最後に残った個体が」

「本当に強い個体だ」


その声には、

異様な確信があった。


「人間だろうが」

「動物だろうが」

人外(モンスター)だろうが」


「それ以外は、消えても問題ない」

青雛の睫毛が、微かに揺れる。


黒霧は、まるで世間話でもするように笑った。


「ま、俺は()()()()()()()を修正してるだけだよ」


「そのために」

「政府にも、能防隊にも協力してもらってる」


視線が、ゆっくりと青雛へ落ちる。


「その完成形が」

天使神力(エンジェル・フォース)


そして——


「青雛ちゃんだ」


その一言で、

部屋の空気がさらに冷えた。




* * * * * *




同時刻。

拠点へ戻った僕は——


「……まだ、震えてる」

赤月さんが僕の手を見て、小さく笑った。


「そりゃ……怖かったですし」


「そっか」


そう言って、

赤月さんがそっと手を重ねる。


「でも、生きて帰れた」


「えらいよ、そらくん」


「……ありがとうございます」

コップを受け取る。


ポケットに手を入れる。

あの破れたラベル。

『観測対象:青凪——』

そこまでしか、読めない。


「……やっぱり」


「これ、僕のことなんですかね」


赤月さんが、

ほんの少しだけ視線を落とす。


「……多分」


その一言が、やけに重い。


「でも」


赤月さんはすぐに、

いつもの柔らかい笑みを作った。


「今は考えすぎなくていいよ」

「今日はちゃんと生きて帰れた」


「それだけで十分」


その笑顔を見て、

少しだけ安心した——はずなのに。


頭の奥で、

黒い部屋の記憶がちらつく。


“3”


何かを見た。

絶対に、見た。

でも思い出せない。


「……赤月さん」


「ん?」


「もし僕が」


言いかけて、止まる。


「……いや、なんでもないです」


赤月さんは少しだけ目を細めて、


「言いたくなったらでいいよ」

そう言って、隣に腰掛けた。


ソファが、わずかに沈む。

距離が近い。


さっきまで施設の冷たい空気の中にいたせいか、

彼女の体温がやけに近く感じた。


「今日、隣で寝てあげよっか?」


急に、悪魔みたいに甘い声で言ってきた。

……二回目だ。


「っ……」


思わず身体が固まる。

心臓が、嫌なくらい音を立てる。


「……赤月さん?」


恐る恐る、横を見る。

返事は、ない。

肩に、ふわりと重みがかかった。


「……え」


赤月さんは、そのまま僕の肩にもたれかかって眠っていた。

長い金髪が、静かに腕へ流れる。

規則正しい寝息。

少しだけ開いた唇。


さっきまでの鋭い表情が嘘みたいに、無防備だった。


「……なに、それ」


小さく笑ってしまう。

でも——

この人を起こしたくないと思った。


静かな部屋。

なのに。


外から、

かすかにサイレンの音が聞こえた気がした。


その夜。

僕は、誰かに見られている気がした。

読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ