第三区画〜Part One〜
翌日、夜21時。
赤月さんに呼ばれ、拠点に向かおうとしていた。
外に出ると、昼間とは違う冷たい空気が流れ込んできた。
「……行くか」
「ういー」「ばぶー」
カピちゃんとかめまを連れて、僕は外に出る。
街灯の下、ファイヤーキャットが静かに座っていた。
「にゃあ」
「待ってたのか」
小さく鳴いて、すっと立ち上がる。
そのまま、僕の足元に寄ってきた。
——なんとなく、落ち着く。
そのまま、歩く。
夜の住宅街は、妙に静かだった。
人の気配はあるはずなのに、音だけが削ぎ落とされているみたいで。
「……静かだな」
「こういう日の方が、やりやすいけどな」
カピちゃんが、ぼそっと呟く。
「ばぶ……なんか、や」
かめまが、少しだけ僕の服を掴んだ。
「大丈夫だって」
そう言いながら——
自分でも、根拠はなかった。
拠点に着くと、明かりはすでについていた。
「おじゃましますー」
ドアを開けると、すぐに声が飛んでくる。
「いらっしゃい、そらくん」
赤月さんは、モニターの前に立っていた。
いくつかの画面に、地図や建物の構造が映し出されている。
「準備、できてるよ」
「……今日、行くんですか」
「うん」
あっさりとした返事。
「時間、そんなにないしね」
そう言って、こちらを見る。
「怖い?」
「……まあ、それなりには」
正直に答える。
少しだけ、間があって。
「大丈夫だよ」
軽く笑う。
「今回は、戦わないから」
「え?」
「そらくんの役割は——“消えること”」
一瞬、言葉の意味が掴めなかった。
「気配、音、存在感」
「全部、消して」
「中に入る」
モニターの一つを指差す。
小さな建物。
郊外にある、目立たない施設。
「ここ、小さいけど英知の支部」
「小さい支部は日本に4つ、本部は東京と北海道に2つ」
「本部ほどじゃないけど——第三区画の中身は濃いよ」
「……つまり、潜入、ですか」
「そ」
軽く頷く。
「戦闘は、最低限」
「バレたら逃げる。それだけ」
「簡単でしょ?」
「いや……」
全然簡単じゃないと思う。
「よし、行こっか」
電気が落とされる。
モニターの光だけが、一瞬残って
——消えた。
* * * * * *
外に出ると、風が強くなっていた。
「……にゃあ」
ファイヤーキャットが、低く鳴く。
「どうした?」
「……なんか、いる」
カピちゃんが、周囲を見回す。
「気配が……変だ」
「ばぶ……こわい」
かめまが、僕の肩に登ってきた。
「……気のせいでしょ」
そう言ったのは、自分を安心させるためかもしれない。
施設までは電車に乗り移動する。目的地は東京都八王子市。
そこに英知に関連する小さい施設があるとのこと。
駅に着くと、しばらく住宅街を歩く。
どんどん街灯が減っていく。
建物の影が、濃くなる。
やがて——
それは、あった。
「……ここか」
小さな建物だが、周りには塀がある。
看板もない、ただの無機質な箱。
でも——
「……なんか、やだな」
見た瞬間、そう思った。理由はわからない。
「じゃ、ここからは静かにね」
赤月さんの声が、少しだけ低くなる。
「そらくん」
「やってみて」
「はい」
——言われるままに、息を整える。
空気を、意識する。
周囲にある、見えない層。
それを
——押さえる。
揺れを、止める。
「.........」
一歩、踏み出す。
——音がしない。
もう一歩。
風も、ない。
自分の存在が、 少しだけ薄くなった気がした。
「......いいね」
小さく、声が落ちる。
「そのまま、行こう」
ここは比較的小さく、子供の預かりも行っているので途中までは入れるらしい。
中に入り、セキュリティドアの前に立つ。
鍵は閉まっている。
「開けるね」
赤月さんが手をかざす。
一瞬。 ピロン、と音がして、ロックが外れた。
『どうぞ』
AIが自動音声で言い、静かにドアが開く。
「なんで開けられるんですか」
「私、マスターハンド持ってるんだ♪」
よくわからん。
中は、白と黒がバラバラにある。
やけに白いところと黒いところが分かれている。
音が、ない。
機械の低い振動だけが、かすかに空気を揺らしている。
「......」
足を踏み入れる。無音のまま、進む。
「そらくん、こっち」
声がする。 振り向く。
——いない。
「......え?」
一瞬、視界に何も映らなかった。
「どうしたの?」
すぐ、隣にいた。
「あ、いや...なんでもないです」
「そ?きんちょーしてるー?」
何事もなかったみたいに、歩き出す。
「......」
今の、なんだ?見間違い?
「......行くよ」
赤月さんの背中を追う。
白い廊下の奥へ。
——その違和感を、置き去りにしたまま。
そして、「3」と書いてある黒い部屋。
奥に「2」、その奥に「1」という数字がうっすら見える。
カピちゃんが、足を止めた。
「……ここだ」
「え?」
「……番号、覚えてる」
黒い扉を見上げる。
『3』
その数字を見た瞬間、
カピちゃんの声が、わずかに低くなった。
読んでいただきありがとうございます。遅くなり申し訳ありません。




