エピローグ ではまた、いずれ、そのうちに
「静止の杖を、僕に?どうして……」
速水は雅の質問を聞き流し、話を続ける。
『それから、背中の傷は、止めてあるだけですから、あとで、ちゃんと再生してもらって下さいね。後、お手伝いできなくて、済みません』
「太郎丸……いや、幻蛇は?」
『聖宮で……私の影を飛ばすのに、力を……そろそろ限界のようです。ではまた、いずれ……そのうちに……』
「そのうちって……」
速水がにこやかに手を振る。
その半透明の姿は、空気に溶ける様にして、すいっと消えた。
「おい、雅っ!」
隆也が叫ぶ。止まっていた化物が、また少しずつ動き出していた。
隆也が杖を投げて寄越した。それを受け止めて雅が叫ぶ。
「静止の杖っ」
再び、今度は氷の様に、化物はぴしっと固まった。
「……力が、増してる……って気のせいだよな」
雅は、足元に転がっているもう一本の杖を拾い上げる。
「隆也っ、お前も、働けっ」
その杖、封印の杖を隆也に投げる。
「何だよ、これ」
「封印の杖だ。ほおら、虎丈を見習え」
「分かったよっ。ほれ、封印の杖っ……お、こっちの方が軽いな」
隆也が杖を振り、その先から朱の光が化物を包んで、封印していく。
「にしても、虎丈くん、頑張りますねぇ」
やや余裕が出てきたのか、隆也にいつもの軽口が戻って来る。言われて、虎丈が照れた様に俯いた。
「だって……泣いてるから……何とかしてあげなくちゃ……って思って」
「泣いてるって、誰が?」
「あの子、雅ちゃんが、死んじゃったよぉって、泣いてるんです」
「あ……」
虎丈の台詞に雅がこけた。
「あいつは殺しても死なない奴だから、大丈夫って、言ってやんなさい」
隆也がニヨニヨしながら言う。それを真に受けた虎丈が何か言ったらしく、程なく白煙と共に、九嬢が戻って来た。
「あうぅ……雅ちゃん、無事だったのねぇっ」
うるうるしながら九嬢が言う。
「ご心配、おかけしまして……どうも……」
雅がひきつった笑いを浮かべる。
「よかったよぉ」
九嬢がぽろぽろと涙を流す。
「雅ちゃんに何かあったら、あたし……」
「旦那さん、憎いねぇ……」
隆也が肘で雅をつつく。
「バカ言うな。あれ、一皮むけば虎丈なんだぞ」
雅が迷惑そうに言う。
「本当に、無事でよかったぁ……これで、幻蛇にしかられなくて済むよぉ」
「幻蛇?」
その名前に、雅が九嬢に詰め寄る。
「うん。かたぁく言われてるの。あれは、わしのじゃから、大切に扱えって」
「わ・し・の・って?」
「うん。雅ちゃんきれーだから、幻蛇に気に入られたみたい」
「それって……どういう」
「だから、外壁」
九嬢が、雅を指さして言う。
「がっ……」
――また、いずれ、そのうちに。
速水の言葉を思い出す。
「外壁……」
雅は、突然杖が重くなった様な気がした。
――もしかして、この先ずっと、こういう厄介事と仲良くしていけと、そういう事かぁ?……
雅は、気分まで重くなって、その場にへたり込んだ。
「あ、終わったみたい」
九嬢が、ぴょんと跳ねて杖を振った。
「転移の杖っ」
邪獣がもがきながら、その姿をDr.真柴に変化させていく。そして、Dr.真柴の体から、朱、蒼、金の、三つの光球が、すうっと抜け出て来た。
その球は、九嬢の光に触れると人の形を成し、中から三人が姿を現わした。
一真と睡蓮、そして、アンディである。
睡蓮は、その場の状況を一瞥し、満足そうな顔をした。
「上出来じゃ。さて、消滅の杖っ」
睡蓮が杖を振る。それに合わせて、一真も杖を振った。
「再生の杖っ」
雅が静止させ、隆也が封印した人々が、光を浴びて、元の姿に戻った。
「終わったな」
睡蓮が呟く。
その一言に、一同、安堵の吐息をもらした。
「一真どの、世話になったな」
睡蓮が、手を差し出す。
「いや……こっちこそ、いろいろ」
一真が握手を返す。
「もう会うこともないじゃろうが……」
「えっ、本当に?」
「何やら、嬉しげじゃのぉ」
「いえいえ、とんでもない。お名残惜しいです」
「茗梨は良い娘じゃ。大切にしてやるのじゃぞ」
「勿論」
一真の明快な答えに、睡蓮が笑った。
「九嬢、戻るぞ」
「はぁい」
呼ばれて九嬢が元気に返事をする。が、九嬢は返事をしたまま、睡蓮を見上げているばかり。
「九嬢?」
「はい」
「帰るのじゃ」
「はい」
「だから、杖を……」
「はい?え?あたしが、やるんですかぁ?」
「他に、誰がおる」
「だって、あたし、天宮に戻る方法なんて、知らないですよぉ」
「な……」
「だって、来た時だって、睡蓮姐さまが連れてきて下さったから……帰りもてっきり……そうなんだと……」
「ええい。幻蛇っ、幻蛇はどこじゃっ」
睡蓮が、きょろきょろと辺りを見回す。
「あ、幻蛇なら、さっき、力使い過ぎちゃったみたいで、玄天神と一緒に、戻ったみたいですけど」
雅の答えに、睡蓮が顔をしかめた。
「玄天神を連れて来たのか?」
「ええ、影みたいな感じでしたけど……」
「それ程の力を使えば、当分、目を覚まさぬな。ええい、忌々しい」
「あのう……もしかして、帰る方法が分からないんですか?」
尋ねた雅に、睡蓮が図星を指されたという顔をする。
「だっせぇ」
一真が苦笑する。
それを横目で見て、睡蓮が言い放つ。
「仕方がない。しばらく世話になるぞ」
「えっ?」
一瞬にして、一真の顔が凍り付く。
「しばらくって……」
「安心せい、そう長居はせぬ。そうじゃな、ほんの五十年ほどじゃ」
「ご、じゅうねんっ?冗談……」
「外壁の役目、ゆめゆめ怠るでないぞ」
「おい、睡蓮っ」
呼び止める間もなく、睡蓮の姿は消えた。そこには、不思議そうな顔をしている茗梨が立っていた。
「九嬢っ」
「あ……はい」
呼んだ先から、今度は虎丈の声が返って来て、一真は顔をしかめた。
港のイルミネ−ションが、少しずつ輝き始める。
「帰ろっか」
茗梨が元気良く言う。
「そうだな」
一真がいつもの口調で応える。
「睡蓮さんて、格好いいのに、どっか抜けてて、おかしな人よね」
茗梨がくすくすと笑う。
「ああ……そうだな」
答えて、一真は、はたと気付く。
――もしかして、全部ばれてる……のかも……知れない。あんなことや、こんなことが……
「うう−む」
茗梨は一真の困惑に気付かずに、公園の坂道を軽快な足取りで降りていく。
風が――散り落ちた花びらを吹き上げて、その上に白い吹雪を降らせた。
かくて世は事も無し。
天神様は霞がかった空の上で、眠り込んでいる。
【 疫病神な彼女と聖獣の守護者 完 】




