695 ドクロの帰還
夜が明けて式典当日の朝となる。イモクセイさんの焼いたアンドレーア班特製石窯パンにシカ骨とスジを煮込んだスープ。加えて、朝からガッツリ食べたい人向けに炊いたご飯を提供したところ、もう寮で出されていた朝食より豪勢なのではないか。サバイバル実習でこのような贅沢が許されてよいはずがないと領主たちは憤慨した。こんなふざけた朝食はやっつけてやるとさっそく平らげにかかる。
「はぁぁぁ……このスープが荒れた胃袋に染み渡るわぁ」
「ご飯を入れてお粥みたいにすればサラサラいけていいわね」
マイン様につき合わされてきっつい蒸留酒をグビグビ飲むハメになった名誉ドワーフのふたりはあまり食欲がない模様。固形物であるパンは厳しいとシュセンドゥ伯爵はスープをクピクピすすっている。アンドレーアの奴はスープにご飯をぶっ込んで流動食バンザイなどとぬかす始末だ。子爵閣下が猫まんまなんて恥ずかしくないのだろうか。
「コノパンハヤッパリオイシイ……」
「パンだけではすぐに飽きてしまうけど、タマネギの食感とチーズのコクが加わっただけでずいぶんと違うのぅ」
あの時の味だとヴィヴィアナ様の膝の上で満足げに特製石窯パンをモグモグしているのは発芽の精霊だ。周囲には雷鳴の精霊とくっつく精霊にダカーポの他、僕も初めて見る精霊が集まって朝食のパンをわけあっていた。欲しがる精霊も見た目だけはかわいらしい姿を現して、お腹を空かせたヒヨコみたいにクレクレとおねだりしている。
「我が姪よ。朝は納豆が食べたいんだけど……」
「肉を食べないとドクロワル先生が化けて出ますよっ」
一方、朝から骨付きスペアリブを渡されたプロセルピーネ先生は豆が食べたいとわがままをぬかし、肉を残す悪い子のところにはドクロワルさんの怨霊がやってくるぞとコロリーヌに叱られている。僕やプッピーが肉を食べないから自分まで巻き添えにされるのだと、我が妹は根拠のない被害者意識に目覚めたらしい。これはノルマだと、僕がすすっていたスープの器にスペアリブを投入してきた。
「当日組も予定どおり出港したかな」
けしからん朝食が怒れる領主たちの手でやっつけられてしまったころ、お祭り船がモウヴィヴィアーナの桟橋を離れこっちへ向かってくるのが見えた。その上空には大きな翼を広げて悠々と飛んでくる人影も見える。あれは伝説の初代オムツフリーナちゃんで間違いない。イボナマコに撃墜されることを警戒しているのか100メートルくらい高度を取っているようだ。トロくさいお祭り船をあっさりと置き去りにして精霊殿の上空へ到達すると、円を描くように高度を落としてきた。最後にバサバサ羽ばたいて勢いを殺すと、つんのめるようなこともなく安定した着地を決める。
「やあ、昨晩のゴーレムショウは観た?」
「はい、生徒たちは揃ってすごい、すごいと感嘆の声をあげていました。ただ――」
あちらの様子を確認しようとアキマヘン嬢に声をかける。ゴーレムショウは大好評だったものの、それだけでは終わらなかったらしい。
「――水上ステージも見せて欲しいという生徒たちの要望を耳にしたペドロリアン先輩に、自分たちの手で再現しようともしないなんて怠惰極まると一喝されておりました」
なんでも、今年の首席卒業が見込まれている生徒から伝説の水上ライブも再演していただけないかとお願いされたとのこと。演出プランの詳細はもちろん、噴水ゴーレムの実機だって残っていたはず。どうして自分たちで再現しないのかと首席が問い質したら、ヴィヴィアナ様の術式を使える生徒がいないから再現は不可能だとその生徒は言い放ったらしい。公爵家の血筋ではないから無理とあっさり諦めるその態度に首席がブチ切れてしまったという。
「40年もあって代替術式ひとつ構築できていないことを自慢するな。この無能っ……と罵倒されたその生徒は、もう真っ青になってガタガタ震えておりました。マジスカ首席はとても満足そうでしたけど……」
「なんだか話を聞いただけで、その様子が目に浮かんでくるようです」
完全再現が無理でも、似たような現象を実現する術式を構築すればよい。そうやって工夫を凝らしてこそ、自分たちだけの水上ステージが完成するもの。やらなくてよい理由を並べるだけの役立たずに誇れるような実績があるなら言ってみろと、ほぼすべての生徒が集まっている場で首席は激詰めしたそうな。もう公開処刑も同然だったとアキマヘン嬢がため息を吐き出し、期待どおりとリアリィ先生がしてやったりの笑みを浮かべる。
「まっ、卒業してから士官先でどやされるよりはマシじゃないかな。そうなったらもう、ゼネリクみたいになっちゃうかもしれないんだしさ」
生徒であるうちは公開激詰めも微笑ましい思い出ですむ。国や領の看板を背負うようになってからやらかそうものなら一発アウトも珍しくないのだ。その昔、ドクロワルさんを無理やり嫁にして研究成果の横取りを企んだとある士族を引き合いに出せば、あんなのを例に挙げられたら頷くしかないとアキマヘン嬢は納得してくれた。
ゴーレムショウの話をしている間にお祭り船が桟橋に着けられ、ドナイデッカ公爵とシャチョナルド侯爵を始めとする領主たちが上陸してくる。当日組の領主はほぼ全員が第1陣で到着し、最終便に乗船するのはディークライ王女殿下やホンマニ公爵様といったホスト役として残らざるを得なかった貴族と外国の大使、加えて第33代目オムツフリーナちゃんだそうな。スケジュールが押しているのか、乗客を降ろしたお祭り船が急ぐように桟橋から離れていく。
「陛下、どうか御身を大事にしてくださいませ。王女殿下も憂慮しておられましたぞ」
お祭り船から降りてきた領主のひとりが、こんな野営に参加して命を狙われたらどうするのだとおっぱい国王に苦言を呈していた。どうやら、家督を継いだロミーオさんのお兄さんナニーモ氏のようだ。相変わらず空気が読めないというか、そもそも状況が頭に入っていないように思える。
「気遣い痛み入るよ、クレネーダー子爵。だけど、ここで狙われるようならそれは身から出た錆というものだ。あぁ、君たちはクソビッチの正義と呼んでいるのだったかな」
いったい誰から伝えられたのか、タルトのでっち上げた慣用句を正しく使いこなすおっぱい国王。ナニーモ氏は意味が理解できないのかキョトンとした顔をしている。エフデナイト陛下はすでに退位を表明しており、王城にはジーハネイト王太子殿下が残って軍と官吏を掌握しているのだ。今、ここで国王暗殺を成し遂げたところでアーカン王国は揺るがない。そんなことをしても敵意を持っていますと自白する結果になるだけと、多少なりとも頭の回る諜報員なら判断できるだろう。政治的にはまったく意味のない暴挙なので、狙われるとしたら個人的な恨みしかないけど、それはもう自業自得。すなわち、クソビッチの正義というわけだ。
「身を案じてみせることで忠義を示すにしても、状況をわきまえられないようではな……」
「お前がそれを言うの?」
「……黙れ。黒歴史がよみがえってくる」
ナニーモ氏がさらっとあしらわれる様を目にして、ヤレヤレ仕方ないのポーズをとったバグジードがわかったような口を叩く。それを耳にした僕は頭で考えるよりも先にツッコミを入れていた。神経節とかいう器官が作られてしまったのかもしれない。バグジードは己の行いをしっかり黒歴史と認識できている模様。きっと、首席が上手いこと調教したのだろう。
しばらくしてお祭り船の最終便が到着し、ディークライ王女殿下が外国の大使たちを引き連れて下船してきた。オムツフリーナちゃん専用魔導楽器、オミューツバイアーを抱えた33代目ちゃんの姿もある。
「これより奉納の式典を執り行う。依代がこの国にもたらされたのは始めてのことで皆も驚かされると思うが、神々のお考えは我々の及ばないところにある。よくよく留意して取り乱すことのないよう心がけてもらいたい」
式典の参列者は全員揃った。精霊殿前の広場に整列した領主たちの前でおっぱい国王が開始を宣言すれば、ヴィヴィアナ様によって閉ざされていた扉がひとりでに開く。奥にある祭壇にはすでにこの館の主がいらっしゃるようだ。最初に階段を上がって儀式場へ入っていくのは伝説の初代オムツフリーナちゃんとオミューツバイアーを携えた33代目ちゃんのふたり。お騒がせいたしますとアキマヘン嬢がご挨拶申し上げ、33代目ちゃんが「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」を奏で始めた。
「【虹の鉱脈】、天上の存在がそのような場所におるべきではない。こちらに参られよ」
祝詞が奏でられた後、神様はこっち側だと広場の隅で式典の様子を眺めていたマイン様をヴィヴィアナ様が祭壇へ招く。ドスドスと階段を上っていくドワーフの姿を目にして、天上の存在とはどういうことだと当日組の領主たちが困惑していた。ドクロ神様はドワーフだから、同じ種族の女神様もお祝いにいらしたのだとサバイバル実習リターンズに参加していたメンバーがこっそり説明してくれる。
「それでは【忍び寄るいたずら】様のしもべよ。託されたものを端女に渡すがよい」
マイン様が祭壇にいるヴィヴィアナ様の隣に並んだ次は僕の出番だ。儀式場へと上がり、供物台に置いてあったドクロワルさんの貫頭衣エプロンを手に取って精霊殿の主へ渡す。
「大儀である。汝が【病魔を祓う癒しの手】より託された使命はここに成し遂げられた」
ドクロ神様の依代を受け取ったヴィヴィアナ様が、これでミッションコンプリートだと宣言してくれる。その直後に貫頭衣エプロンが黄金色に輝き始めた。神様が依代に宿るところを目にするのは初めてなのだろう。光が人型ならぬドワーフ型を形作っていく様子に領主たちがどよめきを上げる。
「お久しぶり……と申した方がよい方々がたくさんいらっしゃいますね。ご心配をおかけしましたが、神々の慈悲をいただきまして再び皆さんとまみえることが叶いました」
「ドクロワル先生だっ。あれはドクロワル先生で間違いないっ」
「本当に……本当に戻っていらっしゃったのか。よかった……」
姿を観察できる程度に発光を調整したドクロ神様がただいま戻りましたと挨拶すれば、領主たちの間から歓声がわき起こった。次席が引退を考える年齢なのだから、ドクロワルさんが教員をしていたころに在学していた領主は少なくない。というか、ちょうどボリュームゾーンにあたる年代ではなかろうか。間違いなく自分の知っているドクロ先生だと興奮気味に主張する領主や、あんな終わり方でよいはずがなかったのだと涙ぐんでいる領主の姿がちらほら見受けられる。
広場を見渡せる位置まで進み出たドクロ神様が鎮まれと言うかのように手をひと振りすれば、それだけでお言葉がいただけると察したのだろう。エキサイトしていた領主たちが静かになった。
「エフデナイト陛下。わたしは怪我や病気に苦しむ生き物たちに安らぎを与えるべく、この地へと戻りました。アーカン王国を導くつもりも、益をもたらすつもりもありません。あなた方に献身を求めるだけの神。それが【病魔を祓う癒しの手】です」
だけど、もしや祝福いただけるのかと皆が固唾を飲んで見守るなか、ドクロ神様が口にしたのは冷たい宣告だった。服従は求めないけど、ご利益をひとり占めさせるつもりもない。自分を祀れば王国は一方的に献身を要求されるだけだと、感情のこもらない口調で淡々と告げる。
「そうと知ってなお、わたしをこの地に祀る覚悟はございますか?」
覚悟はできているのだなとおっぱい国王に問いかけるドクロ神様。その昔、【知の女神】様をお祀りすのは帝国が自らに課した義務だとオクタヴィアさんが口にしていたことを思い出す。神様のご利益がすべての生き物へ等しく与えられる一方、神殿の建立や祭祀の実施といった負担を求められるのは依代を有する国なのだ。その責務を自ら背負う覚悟のない奴に神様を祀る資格はないってことなのだろう。
「すべての国、すべての種族、すべての命に代わって【病魔を祓う癒しの手】様をお祀り申し上げる。アーカン王国は誇りを持って、その崇高な責務を遂行する所存にございます」
ナニーモ氏あたりでは鼻白んで言葉が出てこなくなってしまうのではないかと思われる問いかけだったけど、さすがのおっぱい国王は格の違いを見せつけた。ためらう素振りすら見せず、王国は神様を祀ることの意味を理解したうえで、自ら進んでその役目を引き受けるのだと口にする。外国の大使なんかも招いているのだから、ちょっとビビらされたくらいで腰砕けになるような姿は見せられない。覚悟完了、バッチコイと答えるしかないのだけど、ノータイムで即答する胆の太さには感心させられる。
「王国の決意、しかと受け止めました。ならば、わたしはここモウヴィヴィアーナより生き物たちを見守りましょう。続いてプロセルピーネ先生、こちらへ」
おっぱい国王の返答に満足したのか、次にドクロ神様はプッピーを儀式場へ上がるよう招く。
「先生。わたしの最高司祭を引き受けてくださいますか?」
「もちろんよ。了解したわ」
最高司祭へ就任するよう求められたプッピーは軽いノリで了承し、祭祀と依代の管理を任される。これでロゥリング娘から正式に除籍されることになるだろう。天上ではドルオータ様が泣いているに違いない。さっそく最高司祭様と第33代目オムツフリーナちゃんにより僕の製作した祝詞「ポチャしゅきカーニバル」が奏でられた。祝詞の次は捧げ物だとアンドレーアが進み出てお酒を捧げ、これはドクロ神様の個人資産だから誰にも文句は言わせないとマイン様が金塊を手渡す。
「わたしはこの地へ治療に関する研究機関を設置する考えです。病に苦しむ命をひとつでも多く救えるよう、皆さんの献身を期待します」
式典の最後に覚悟のほどを見せてもらうぞと集まった領主たちに向けてドクロ神様が言い放ったものの、怖気づくような領主はひとりもいない。多くがドクロ先生の背中を見て育った生徒だからか、今度は我々が後押しする番だと気勢を上げる。これでよし。後はドクロワルさんとプッピーの仕事だ。おかえりなさい。もう不埒なマネはさせませんと【病魔を祓う癒しの手】様は領主たちに迎え入れられ、僕は晴れてお役御免となった。




