694 バナナの思い出
「どどどっ、どういうことだい同志っ。ドワーフの女神様が大金貨500枚分の金塊を持ってこられたなんてっ?」
「生前にドクロワルさんが金採掘の収益から2分を配当として受け取る権利を譲り受けたんですよ。一度も受け取りに行かなかったので、40年以上の分が溜まっていたそうです」
もしかして、ドワーフたちはドクロ神様を連れ去るつもりなのかとつかみかかってくるおっぱい国王。ドクロワルさんがこの国から出て行ってしまうことを心配しているようだ。神殿が建てられる前にお金で誘惑するつもりはなく、ドクロ神様の資産を運んできてくれただけと説明しておく。
「そうか……しかしだね……」
「まだ、なにかあるんですか?」
本人の資産を受け取るなだなんて、相手が神様じゃなくたって言えるわけがない。気にしたって仕方がないと思うのだけど、おっぱい国王はま~だなにか悩んでいる。
「神殿の建立にかかる費用を女神様自身に負担されてしまったら我々の立場がない」
神殿の建設費用は寄付を募るつもりだったけど、王室としては公爵領やシュセンドゥのような羽振りのよい領で大金貨50枚くらいと目算を立てていた。ドクロ神様に500枚も出されてしまったら並ぶ者なき大口出資者になられてしまう。っていうか、もうドクロワルさんが私費で神殿を建立するのと変わらない。そんなことが知れ渡った日には、お祀りするつもりもないのに依代をひとり占めしたのかと各国から猛烈な非難を浴びせられること間違いなしだそうな。
「なら、そのお金は神殿以外のことに使ってくださいとドクロ神様にお願いするしかないですね」
ここは我々が男を見せるところ。王国が責任を持って神殿を建立しますので、ドクロ神様には銅貨の1枚たりとも負担させませんと宣言して出資を断るしかないだろう。他の領主と同列に50枚だけくださいなんてセコイことをぬかす輩は外国から非難されても仕方がない。
「他の用途か……同志には心当たりがあるのかい?」
ちょうどよい使い道に心当たりはないかと尋ねられ口ごもる。思いつかないわけではない。田西宿実の世界にあった大学の附属病院みたいな、臨床研究に協力いただく代わりに高度な専門医療を提供する施設を提案すれば、まず間違いなく話に乗ってくると思われる。だけど、それをあの倫理が欠落した師弟に教えてよいものだろうか。
「……言いたくありません」
「アーレイ君っ。陛下に失礼ですよっ」
病気で苦しんでいる患者さんを改造実験の被検体として引き渡すなんて、人はおろかドブネズミの道からも外れた行いだ。さすがの僕も良心が咎める。口にしたが最後、どこからドクロ神様の耳に入るか知れたものではないので回答を拒否したところ、国王陛下の質問を無視するつもりかとリアリィ先生がまなじりを吊り上げた。
「僕は今もタルトの下僕です。王様にも領主にも忠誠を誓った覚えはありません」
だけど、僕は忠誠と引き換えに身分をいただいているわけではない。最優先すべきはタルトとの約束、次いで僕自身の判断、おっぱいと同志への義理は3番目以降になる。僕が叙爵資格を得なかったのは、まさしくこのためだ。
「そうだったな……同志は私より先に仕えるべき相手がいるのだった。国王なんてやっていると、つい忘れてしまいそうになる」
どちらを優先すべきかで板挟みにならないよう、どこにも仕官できない立場を選んだのだと告げれば、僕は誰の配下でもないのだとおっぱい国王は思い出してくれた模様。王城の中に栄達を望まない官吏なんているはずもないから、世の中には想像を絶する頑固者がいるってことをつい忘れてしまうのだと肩をすくめた。なんだかバカにされてる気がするけど、何も知らない患者さんが怪人にされることを防げたのなら良しとしよう。
「実習に参加したなら寝床は自分で用意してください」
「陛下、こちらは私にお任せください」
本人が希望して参加したのだから、たとえ王様でも接待はしない。天幕は自分で張れと積まれている防水布を指差したものの、おっぱい国王はお供に魔導院の卒業生だという騎士隊長を連れていやがった。カルハズミーナ公国への侵攻作戦にも参加していたという古強者で野営はお手の物。なんと、コロリーヌとは同級生だったそうな。
「仕留めた獲物を自分でさばいて売る女子生徒がいたのには驚きました。西部派の連中が肩を落として肉を購入していく姿を眺めるのは胸がスッとしましたよ」
思い出話を披露しながら騎士隊長が手際よく天幕を張っていく。妹もしっかりロリオカンから狩猟を叩き込まれていたようで、獲物を探しに行った西部派の連中が手ぶらで帰ってきてはコロリ精肉店で肉を買っていたという。
最後に到着した第3陣が天幕を張り終えるころにはお天道様もすっかり傾いて、西に見える稜線の向こうへ沈んでしまった。空はまだ夕焼けが残っていて明るいけど、すぐに暗くなってくるだろう。かまどに火をおこすよう伝えて、バーベキューの準備に取りかかる。
プロセルピーネ診療所になっている別棟には土間のような場所にかまどと石窯が整備されていたので、ご飯を炊くこともパンを焼くこともできそうだ。ヴィヴィアナロックを水平に設置した作業台の上に部位ごとに切り分けておいた獲物の肉を乗せ、僕とプロセルピーネ先生が串焼きサイズにカット。イモクセイさんとコロリーヌには串に刺して味付けをしてもらう。肉串や野菜串を作って皿に積めば、さっそく腹を減らした連中が寄ってきた。
「最高司祭に内定している方に、このような仕事をさせるのは……」
「スジを見分けられない連中に任せても屑肉が増えるだけだわ。素人は引っ込んでなさい」
プッピーがせっせと肉を切り分けているのを目にして、最高司祭様にやらせることじゃないとおっぱい国王が口にしたものの、お前たちの腕前は信用ならんと一刀両断にされる。ロースやモモと大雑把に分割されただけの肉塊から美味しく食べられる部分を切り取るには、入り込んだスジに沿って肉を剥していく必要があるのだ。そうして細かく分けられた肉のうち、特に美味しい部分がミスジとかイチボといった別名で呼ばれる肉になる。無駄なく扱いやすいブロックで取り出すには知識と技術がいるので、とても素人には任せられない。
「リアリィ準爵。これがサバイバル実習だなんて、魔導院は生徒を甘やかし過ぎではありますまいか?」
「カリューア伯爵やエロスロード伯爵の年は、もっと豪華な晩餐を楽しんでおりましたよ」
「それはアンドレーアの班だけ……アーレイ子爵たちは……食事処で儲けていた……」
串焼きとお酒が行き渡って、広場に設けられた8カ所のかまどから肉の焼ける香ばしい匂いが立ち昇り始めた。40歳くらいか領主の中では比較的若いひとりが、肉串をモグモグしながらこんな食事を提供するようになったのかとリアリィ先生に苦言を呈する。次席が同じグループにいるってことは西部派のようだ。先輩たちはもっといいご馳走を食べていたのだと先生に視線を向けられた次席が、贅沢をしていたのはアーレイ子爵だけ。あいつらは毎朝、パン種でふっくらさせたパンを石窯で焼いていやがったのだと呪詛のこもっていそうな口調で説明していた。
「組み立て式の石窯なんて扱いきれるか心配だったけど、あの年はアーレイの他にイモクセイとロリボーデもいたのよね。アンドレーアは人材に恵まれ過ぎだわ」
狩猟で肉を調達してくる僕に調理サークルの料理人と力自慢の【ジャイアント侯爵】が揃っているなんて、そんなメンバーが許されてよいのかと頬を膨らませているのはシュセンドゥ伯爵だ。本人の年はサバイバルに長けたメンバーがいなかったため、ひたすら資金が目減りするのを切り詰めて乗り切ったという。
「明日の朝には当時のようなパンを焼く予定です。焼き上がった後、切り込みにスライスしたタマネギとチーズを詰めて二度焼きしたのが好評でしたから再現いたしますね」
「じゃあ、骨とスジも煮込んでスープにしておくよ」
「私たちもそれなりに工夫を凝らして乗り切った。それは秘かな誇りだったのだが……」
「とても同じ実習で食べていたメニューとは思えん。それを毎朝とは……」
今、パン種を仕込んでいるから寝る前にパン生地を捏ねておく。明日の朝にはアンドレーア班特製石窯パンを振舞ってやるとイモクセイさんが宣言したので、併せてシカ骨とスジのスープも用意すると約束すれば、自分たちの苦労は何だったのかと数人が頭を抱えてしまった。
「あぁぁ……遠征実習の悪夢がよみがえって……」
「オトタチアナ、気をしっかり持つんだっ」
「そうだった。アーレイは遠征実習でピンドンを作っていたのだった」
「ピンドンだとっ?」
そして、サンダース伯爵の隣で肉の間にタマネギを挟んだタマネギ間串をモグモグしていたクゲナンデス先輩が、遠征実習で味わった無力感がよみがえってきたとガタガタ震え始めた。あいつはコケトリスが卵を産んだのでプリンにすると領軍の厨房を借りに行き、ピンドンを作ってきやがったのだとゴッツモーリ先輩が僕を指差す。魔導院の卒業生であるためか、領主たちのほとんどはピンドンをご存じな模様。遠征実習中にそんな贅沢品を食べていたヤツがいるのかと目を剥く。
「同志、遠征中にピンドンなんて私も口にしたことないよ」
「……僕だけではありません。クゲナンデス先輩にゴッツモーリ先輩、加えてドクロ神様も一緒に食べてました」
王太子だったころに大遠征の王国軍総司令官を務めた経験があるけど、ピンドンなんて一度としてお目にかかれたことはなかった。どれだけ贅沢な食生活を送っていたのだとおっぱい国王はすっかり呆れ顔だ。僕ひとりが贅沢をしていたと勘違いされるのは心外なので、そこのふたりとドクロ神様も一緒だったと仲間に引きずり込む。参謀チームだけ贅沢をしていたなんてとプンスカ憤っていた領主も、女神様の行いにケチをつけるのはマズいと思ったのかおとなしくなった。
「同じ実習でも学年が異なるとこうも違うものなのですなぁ。私の時は取り立てて申すこともありませんでした。全員がひたすら倹約してひもじい思いに耐えていたものです」
「いやいや、それが普通なのでしょう。某の時は痩せたイノシシを罠で捕らえることに成功しましたが、あまり食事の足しにはなりませんでした」
僕たちの話を聞いて、自分たちのころを思い出したのだろう。領主たちが昔話に花を咲かせ始める。夏場のイノシシは痩せていて肉は臭く、全然美味しくなかった。臭みを消す香草と一緒に長時間煮込んでどうにか我慢できるといったところ。とてもじゃないけど焼いただけで食べられるような肉ではなかったとひとりの領主が語り、自分たちは魚を獲っていたとまた別の領主が口にする。いろいろな苦労があったものの、それでも誰かに語って聞かせたくなる大切な思い出であるようだ。
「園芸サークルのバナナはとっても美味しゅうございました。また、ご馳走していただきたいですわぁ」
そんな中、お酒が回って気が大きくなったのかイモクセイさんが次席に絡んでいた。西部派からバナナを巻き上げて食べたのだと子供たちに武勇伝を語ってやれば、いったい何をしていたのかとみんなビックリするらしい。あの時のバナナは最高に美味しかったと高笑いを響かせる。
「ぐぬぬ……アーレイさえいなければ……おのれ、ヘカテリーナ……」
記録上はトップの成績で実習を終えたはずの次席がおのれ、おのれと額に青筋を浮かび上がらせる。最後の勝負と称して自分からバナナを売りつけにきたくせに、どうして僕を恨むのかさっぱり理解できない。なお、バナナ禁止なんておバカルールが設けられたのはこいつらのせいかと、僕らより年若い領主たちはすっかり呆れている模様。最後はバナナを巡る紛争に発展し、教員に暴行を働く生徒まで現れたのだから当然の措置だとリアリィ先生に説明され、そこまでとんでもない連中が揃っていたなんてとでっかいため息を吐いていた。
――バナナは今日という日を思い出に変えるのですよ……
周囲からの冷ややかな視線に気づかないまま睨み合うふたりの姿を眺めていたら、ふとタルトの言葉が思い浮かんできた。たしかに、武勇伝として語るほどイモクセイさんの心に強く残ったのはバナナのおかげかもしれない。この場にいないロリボーデさんや他のメンバーたちも、きっと当時の様子を鮮明に記憶してくれていると思う。そこには僕と、担当教員だった3歳児の姿もあるはずだ。
――だけど、誰かの記憶に残れれば充分なんて幕引きを許す僕じゃないぞ……
あんの欲張りでわがままな3歳児に、そんなきれいな終わり方をさせてやるほど僕は甘くない。どこに隠れていようとも、必ず見つけ出してくれると心に誓う。まだゲームセットはコールされていない。やれることが残っているうちは、思い出の中に片付けてなどやるものか。オムツ探偵のように、どこまでもオムツガールを追跡してみせよう。
「あんだら、名誉ドワーフのくせにチビチビやってんじゃないわよ~ぅ」
地の果てまでも追い詰めてタイーホしてやると決意する僕の隣では、酔っぱらってすっかり上機嫌になったマイン様がシュセンドゥ伯爵とアンドレーアに絡んでいた。




