693 精霊殿にて
明日には奉納の式典が執り行われる。僕はサバイバル実習リターンズの第1陣としてお祭り船に乗り込むこととなった。本日のピストン輸送は3往復で、運ぶのは実習参加者71名と野営に使う天幕や食料等の物資、併せて肝心な依代と金のインゴットだ。第1陣には実習責任者のリアリィ先生を始め、プロセルピーネ先生にマイン様、イモクセイ料理長におまけのアンドレーアなど運営に関与するメンバーが多く含まれている。なお、マイン様の正体は誰にも知らせていない。お話しておこうと次席からエフデナイト陛下へ面会を申し入れてもらったものの、スケジュールを調整している官吏に式典が終わってからと後回しにされてしまったので、精霊殿で顔を合わせた時にさらっと紹介することにした。
「それじゃ、生徒たちへのわからせは任せたよ」
「伯爵こそ精霊殿を燃やしたりするんじゃないよっ」
今日の夕刻にはドクロ神様降臨記念ショウが催されるので、首席とロミーオさんにクセーラさん、そしてヘルネストは居残りだ。次席のお供を務めるのはサクラちゃんである。船に乗り込む際にぬかるなよと言い含めれば、かつてお祭り船にグレネード弾を撃ち込みやがったテロリストから精霊殿へ火を放つなと注意された。己の所業を思い出させてやりたい。
渡し板を通ってお祭り船に乗り込めば、サンダース伯爵夫妻にシュセンドゥ伯爵夫妻、ムジヒダネさんを連れた次席とサバイバル実習リターンズの参加者が乗船してくる。意外なところではダエコ夫人を伴った【禁書王】の姿まであった。サバイバル実習でもリタイヤ前提で動いていた超インドア派だから、当然のごとく当日組かと思っていたのだ。
「【禁書王】もエントリーしてたんだ?」
「アーレイがいるならサバイバルもサバイバルでなくなるからな。それに、落ち着いた環境で本を読み進められそうなのは久しぶりだ」
なんで超インドアな伯爵様がエントリーしてんだと尋ねてみたところ、実習中は静かな環境で読書できるからという答えが返ってきた。本の虫なところは相変わらずなようだ。そんなに本が読みたいなら微美穴先生作品を読ませてやろう。精霊殿を家探しすれば大量の過去作品が見つかるに決まっている。
お酒や食料品、天幕などはすでに積み込み済みだ。予定されているメンバーが乗り込んだところでお祭り船がモウヴィヴィアーナの桟橋を離れて動き出した。船尾に立ち、徐々に小さくなっていく首席たちに向かって後は任せたと手を振る。精霊殿のある半島までは直線距離で4キロメートルほどあり、お祭り船が速度を重視した造りじゃないこともあって結構時間がかかるそうだ。人と荷物をいっぱい積んでいるので、魔導推進器をフルパワーで稼働させても思うようにスピードが上がっていかないという。
風向きは向かい風なものの強くはなく、南の大洋と違って水面は波ひとつなく穏やかだ。ノロノロとではあるものの船は順調に進み、精霊殿のある半島の桟橋へたどり着く。食料やお酒などの積荷を船から降ろし、モウヴィヴィアーナへ戻っていくお祭り船を見送ってから精霊殿へ向かえば、森を切り開いた建物前の広場にひとつの人影があった。
「神殿を離れてこのような場所まで来られるとは、おいたも大概になさいませ」
「久しぶりね、【湖の貴腐人】。ネクタール余ってない?」
人影はガラスのように透きとおった髪をした女性。正体はもちろんヴィヴィアナ様である。ビックリしているリアリィ先生たちをさらっと無視すると、神様が何しに来やがったとマイン様に声をかけた。問い詰められたマイン様がさっそくネクタールをおねだりする。
「【忍び寄るいたずら】様がいなくなってからは口にできておりませぬ。【虹の鉱脈】こそ、祝いの席で振舞われる機会にありつけているのではございませぬか?」
「私が酒を残しておくわけないでしょ。杯の底に残った一滴まで舐め尽くしてやったわ」
タルトがいなくなって以降、ヴィヴィアナ様はネクタールを入手する機会を失ってしまったらしい。天上にいる神々こそ新たな神を迎えたお祝いで振舞われているはずだと問い質され、最後の一滴まで舐め尽くしたとマイン様が開き直る。出されたお酒はその場で飲み干すが信条だそうな。ヤレヤレと呑兵衛どものやり取りを眺めていたところ、唐突にグワシと頭を鷲掴みにされた。
「アーレイ君。あなたなら、あのドワーフの正体に心当たりがありますね?」
ヴィヴィアナ様とのやり取りを耳にして地上の存在ではないと察したのだろう。ドワーフ国出身の僕が気づいていなかった道理がない。どうして黙っていたとリアリィ先生がギリギリ指先をめり込ませてくる。
「次席も知っでい゛まず。ぢゃんど報せるよう努力はじまじだ……」
「陛下に面会を申し入れたものの……後回しにされてしまった……つまり……悪いのは私たちじゃない……」
金ぴかのヘルメットを被っているのはドワーフたちが鉱山の守り神と崇めているマイン様で、天上での二つ名は【虹の鉱脈】。聖女様やドルオタ神よりもずっと昔に生きていて、若き神となったのもヴィヴィアナ様がまだ天上にいらしたころだから顔見知りなのだろうと告げる。報告しようにもおっぱい国王に時間を取ってもらえなかったのだと告げれば、話を聞かなかった方が悪いに決まっていると次席が援護射撃してくれた。
「あなた方ときたら、言い訳ができればそれでよいと責任をたらい回しにして……」
文句なら自分たちを後回しにした官吏に言えとふたりで開き直れば、責任を押し付ける先が見つかったのをよいことに放置しやがったなとリアリィ先生がギリギリ歯を鳴らす。依代のことを報せるのにモチカさんを使ったように、その気になればいくらでも伝手はあったはずだと睨みつけてくる。
「ドクロワルさんはドワーフですし、聖女様から譲ってくれと頼まれてもお断りするくらい気に入られてましたからね。3歳児のすることだと思って好きにさせるしかありません」
責任逃れの言い訳ばっかり巧みになりやがってとプンスカ怒るリアリィ先生に、ドクロワルさんと同じ種族で生前から縁のあった神様を追い返すわけにはいかない。頭の固い官吏が対応を誤ればご機嫌を損ねかねないので、いっそ正体を知らないまま成り行きに任せた方が上手くいくだろうと伝える。タルトと同じく、好きにさせておくのが一番よい相手なのだ。
「わざわざ直々にいらっしゃるなんて、神々とはそういうものなのですか?」
「ドワーフが預かっていたドクロワルさんの資産があるので運んできたらしいです。大金貨で500枚分だそうですよ」
「ごひゃっ?」
正体を知ったところでどうにもならんということは理解してくれたらしい。ヤレヤレと肩を落としたリアリィ先生が、神様とはこうも気軽にやってくるものなのかと尋ねてきた。ポルデリオンのおっさんも流離いの武芸者なんて名乗っていたし、そこは神様によるのだろう。いちおうマイン様がやって来たのには理由があるのだと伝えたところ、なんだその金額はと先生は目を剥いた。
「待ってください。人族よりも先にドワーフが大金貨500枚を奉納しようというのですか?」
「ドクロワルさん自身の資産ですから奉納とは言い難いかもしれません。マイン様も預かり物と言ってました」
ちょっと待て、ドワーフに先を越されたら格好がつかないぞと僕の肩をつかんだリアリィ先生がガクガク揺すぶってくる。そげんこつ言われても、ドクロ神様が自らの資産を受け取ることを制限できようはずもない。下手に口出しすれば神様から資産を取り上げることになってしまうので、奉納ではなく受領と理解しておくしかないと告げれば、国王陛下やホンマニ公爵様になんとご説明すればよいのだと先生は頭を抱えてしまった。ありのままを話すしかないと思う。
「あんたたち、グズグズしてんじゃないわよ。大事なものは納めちゃいなさい」
おぅおぅと悩み続けるリアリィ先生を慰めていたところ、式典で使うものは精霊殿へ納めてしまえとマイン様が勧めてきた。ヴィヴィアナ様が扉を閉じて、誰にも開けられなくしてくれるという。精霊殿は田西宿実の世界にあった神社みたいな建物で、正面に祭祀を行う儀式場とヴィヴィアナ様を祀った祭壇がある。奥は宝物庫と秘密の部屋だそうな。人が暮らすことは考えていないので生活空間はないらしい。ただ、祭祀を行うホンマニ宗家の人たちのために別棟が用意されているそうだ。
あの金ぴかメットを被ったドワーフはドクロ神様と縁の深い神様だから絶対に失礼な態度を取るなというリアリィ先生の指示が実習参加者にこっそり通達され、普段は威張っている領主たちもさすがにビビった模様。依代のある国にはこうも次々と神様が訪れてくださるものなのかと、農奴のごとく作業に取りかかる。祭壇の前に捧げ物を乗せる供物台があったので、お酒を3樽にひとつで大金貨100枚分という金のインゴットを5つと依代の貫頭衣エプロンを置いておく。
「金塊をこんなところに置いておいて大丈夫なの?」
「ヴィヴィアナ様が扉を閉ざしてくださるし、かっぱらわれたところで隠し場所はすぐに割り出せる。不埒者がいるならちょうどいい余興になるよ」
不用心ではないのかとアンドレーアが声をかけてきたので、精霊殿のある半島から持ち出されない限り金のありかはすぐわかる。けしからんことを考える奴がいるなら、ちょうどいいレクリエーションになるからむしろかっぱらって欲しいくらいだと告げておく。ドワーフが精錬したインゴットは純度が極めて高いので、ロゥリングアクティブサーチで探るとガンガン魔力が弾き返されるのだ。暇つぶしに金塊探しゲームも悪くない。
「なんで隠し場所がわかんのよ?」
「純度の高い金は魔力を通さないって授業で習ったでしょ。僕の魔力を浸透させようとすると弾き返される感覚が伝わってくるからすぐわかる」
「金の埋まってる位置がわかるってこと? あんたの種族、インチキが過ぎるんじゃない」
「君はスコップで地面を掘れば金がインゴットの状態で出てくると信じてるの?」
ロゥリング族の魔力感覚を活用すれば金のありかはわかるのだと解説したところ、アンドレーアのアホゥは金の鉱脈を見つけ出せると勘違いしやがった。金鉱石なんて隙間だらけでスッカスカだから他の鉱物との区別なんてつきゃしない。40年間、世界中を巡ってきて金を見つけたことなんて……一度だけだ。大昔には川が流れていたらしい場所に砂金がまとまって堆積していたので見つけることができた。なお、周辺には金を貨幣としている種族がいなかったため、そんな物より肉をくれと無視されて終わり。多分、今でも手付かずのまま残っていると思う。
「そこの名誉ドワーフ。お喋りしてないで、余ってる樽を【湖の貴腐人】に捧げなさい」
「名誉ドワーフっ?」
僕と話し込んでいるアンドレーアを見つけて、お前は名誉ドワーフだとマイン様が手招きする。今晩のうちに飲んでしまうお酒はヴィヴィアナ様へ捧げたことにすればよいという。いちおう、ヴィヴィアナ様の領域で自分に捧げよと言い出さないだけの良識は残っているようだ。もっとも、飲む気マンマンだけど……
「どうぞヴィヴィアナ様、お納めください」
「……うむ、確かに受け取った。後はそなたらの好きにするがよいぞ」
サンダース伯爵とゴッツモーリ先輩が60リットル入りの酒樽を運んできてヴィヴィアナ様の前に下ろす。アンドレーアが跪いて捧げ物ですと申告すれば、どうせマイン様に飲まれてしまうとわかっているヴィヴィアナ様はヤレヤレといったしかめっ面でお酒を受け取った。好きに飲んでよいと言ってくれ、ヒャッハーと呑兵衛が小躍りして喜んでいる。
「飲むのは夕飯の時にしてください。まだ、野営の準備が終わってないんですから……」
「はいはい、とっとと仕度しちゃいなさ~い。あんまり待たせるんじゃないわよ」
さっそく酒盛りを始めようとするマイン様に、お楽しみは野営の準備が終わってからだと釘を刺しておく。精霊殿を囲む森の中に各々防水布でテントを張って、かまども作らなければならない。ホンマニ宗家の人が使う別棟を確認したところ、ギュウギュウに詰めても10人泊まれるかどうかって広さだったので、ここは急病人の発生に備えてプロセルピーネ診療所に指定させてもらう。僕はマイン様とリアリィ先生にコロリーヌが一緒なので4人で寝れる広さがあれば充分なのだけど、テントでなくいつもの簡易獣舎を張っておいた。コケトリスがいなければ8人くらいまで入れると思う。
テントの準備が整ったころに第2陣がお祭り船で到着する。彼らが寝場所を確保している間、第1陣はかまどの整備だ。石を組んで簡素なかまどを8つほど用意する。ひとつのかまどにつき、9名から10名で使えば充分だろう。かつては高価だった鋼製の焼き網も、ンギャホレ炉で精錬された再生鉄のおかげで手に入りやすくなった。かまどの周囲にはベンチ代わりの丸太を転がしておく。野営には縁のない領主様たちだけど、サバイバル実習や遠征実習を経験しているせいか手際は悪くない。ここに何が欲しいと伝えれば、自分たちの時はこうしたのだと昔話をしながら実現してくれる。
「やぁ、同志。まるで駐屯地を仕切る司令官のようだ」
「本当に来たんですか……」
本日の最終便となる第3陣が到着すれば、おっぱい国王がお祭り船から降りてきた。当日組に予定していたのだけれど、卒業生でもないのにサバイバル実習リターンズに参加すると言い出したのである。もともと第1陣には責任者としてディークライ王女殿下が加わる予定だったのだけど、モウヴィヴィアーナに主催者側の責任者を残しておく必要もあって当日組の最後にまわってもらった。
「ロゥリング族は野営に長けているようです。生徒の中にひとりいるだけで、まったく様相が変わってしまうのですから」
ちっちゃい駐屯地指令官だと口にするおっぱい国王に、僕とコロリーヌのいた年だけはサバイバルでもなんでもないお気楽キャンプ実習にされてしまったとリアリィ先生が説明する。話によれば、コロリーヌの奴は実習中に肉屋を開業していたそうな。
「それと陛下……」
そいつは心強いと呑気に笑うおっぱい国王の耳元でリアリィ先生が何事か囁く。もちろん愛の告白なわけがなく、話が進むにつれエフデナイト陛下の顔色がみるみる青褪めていった。




