692 サバイバル実習、再び
僕たちがモウヴィヴィアーナへ到着して数日後、ディークライ王女殿下率いるオムツ機構のイベント担当者たちがやってきた。ロミーオさんに加えて、どうしてか首席も一緒だ。まぁ、クセイナーさんの話によればオーマイハニー王女殿下と組んでオムツ機構の立ち上げを後押ししていたという話だから、その辺りのコネで首をねじ込んできたのだろう。
「運べる人員に限りがありますが、やはり場所は精霊殿で……」
「ホンマニ家の館で前祭を行い、後に乗船可能な人数だけが精霊殿へ移動し本祭を行ってはいかがでしょう」
「館では収容しきれないかもしれません。魔導院の施設を利用させてもらえないでしょうか」
魔導院の理事長室ではホンマニ領の実行委員会メンバーとオムツ機構のイベント担当者があ~でもない、こ~でもないと議論を重ねている。お祭り船に乗れる人数には限りがあるし、全員を運び終えるまでピストン輸送をくり返すだけの時間もない。そのため前祭と称して魔導院で盛大なパーティーを開き、精霊殿での奉納式は限られたメンバーのみ参加という方向で決着しそうだ。
「一度に渡れる人数は25名ですか。2往復で50名としても、参加できない領主が出てきては王室の沽券に関わります」
依代を管理している僕と最高司祭に就任予定のプロセルピーネ先生、祝詞を演奏する33代目ちゃんなど式典に必要不可欠なメンバーもいるから50名の枠を領主だけで埋めることはできない。とはいえ、奉納の式典の主催者は国王陛下。領主から段取りが悪いなんて指摘を受けるわけにはいかないとディークライ王女殿下が頭を悩ませている。
「半分くらいは前日に運んでおいて、精霊殿の外で野営させてはどうでしょう。領主には魔導院の卒業生が多いですから、サバイバル実習リターンズとか言っておけば嬉々として承諾してくれると思いますよ。もちろんバナナは禁止です」
「誰のせいだと考えているのですか……」
ウンウン唸っている王女殿下に、野営に同意する条件で前日のうちに運んでしまってはどうかと提案する。他の場所ではこうはいかないけど、魔導院でなら懐かしい実習ですよで済ませられると思う。サバイバル実習なのだから当然バナナ禁止だと告げたところ、誰のせいでルールが追加されたかわかっているのかとリアリィ先生がしかめっ面になった。それはバナナを持ちこんだ次席と、戦争犯罪人であるロミーオ将軍のせいだ。あの時、最後までバナナに反対した僕が原因であるはずがない。
食事は僕がタレコミにした獲物でバーベキューとすれば、特典があれば同意してくれる領主も現れそうだとディークライ王女殿下によってサバイバル実習リターンズは採用となった。兎にも角にも、式典の直前に運ばなきゃいけない人数を減らしたいそうだ。
「式典では使わないのだけど、事業本部長が生徒に向けたショーをやりたいそうなの。例のゴーレムは使えるかしら?」
奉納の式典ではもちろん祝詞が奏でられるのだけど、今回はドクロ神様に向けた祭祀なので過剰な演出は不要。舞と歌唱がピーネちゃんで演奏が33代目ちゃんと決定済みである。一方、場所を借りるのだからと魔導院の生徒たちも楽しめるミツバチゴーレムを使ったショーをロミーオさんが企画しているらしい。最近は魔導院もおとなしめで話題に上る機会が減っているから、工夫次第でこんなこともできるのだと後輩たちに見せつけてやりたいってずいぶん意気込んでいたとディークライ王女殿下が教えてくれた。
「いちおう運んできてます。手入れする必要はありますが使えるでしょう」
ミツバチゴーレムはサソリゴーレムの荷台に積んできた。工作棟の使用許可をいただければ修理はもちろん改造だってできるから問題ないと伝えておく。
「マジスカ学長も喜ばれるでしょう。どうやら、教員に真っ向から反発するような問題児がいなければ新しい発想は生まれてこないようですから」
生徒向けにショーを企画中と耳にして、与えられた知識をただ憶えるだけな連中にわからせて欲しいとリアリィ先生からもお願いされる。最近の生徒は学力こそ高いものの、学んだことを応用する意欲に欠けていると先生は感じているそうだ。試験でよい成績を取ること自体が目的となってしまい、それで何かを為そうと野心を抱く生徒が現れてくれないとため息を漏らす。
「クセーラさんが来たからには安心ですよ」
「どう考えたって伯爵のことでしょっ」
真っ向から教員に反発していた生徒と言えば、工師課程の主任教員から乞われてもメイドゴーレムの製作に頑として協力しなかったクセーラさんを置いて他にいない。彼女がいるからにはもう安心と告げたところ、己の所業を思い出せと正義のクソビッチがテーブルをバシバシ叩いて抗議してきた。僕が真っ向から反発したのはデリケッツ先生くらいで、それも相手がわからず屋だったから仕方なくだ。エレガントかつスマートに抜け道を駆け抜けるのがドブネズミのやり方である。
「問題児がひとりと言ったつもりはありません」
だけど、僕たちの学年に問題児はひとりではなかったらしい。工作棟の件でマジスカ君に話をつけてくるからミツバチゴーレムの整備を急ぐよう僕たちに告げると、リアリィ先生は疲れたような表情を浮かべて理事長室から出ていった。
式典の準備に関してはできることも少ないので、僕は狩猟に出かけたりミツバチゴーレムの整備を手伝ったりして日々を過ごす。モウヴィヴィアーナに領主たちが到着し始めたらしく、実行委員会やオムツ機構のメンバーたちは心なしかピリピリしているようだ。
今は首席と訓練場の前で「【病魔を祓う癒しの手】様降臨記念特別ショウ~オムツフリーナちゃんとゴーレムの夕べ~」と描かれたでっかい看板を脳筋ズが設置するのを監督しているところ。ここは競技会の会場としても使われるため、規模はだいぶ小さいもののオムツフリーナちゃんスタジアムと同じく周囲をぐるっとスタンド型の観客席が取り囲むアリーナ構造になっている。環境の違いを考慮して演出を変更する必要がないという理由から、この場所が採用された。
「ま~た、アーレイが何か企んでいるの?」
「次から次へと……あんたも好きねぇ」
看板の出来栄えを確認して満足していたところ、シュセンドゥ伯爵とアンドレーアが声をかけてきた。イモクセイさんとどこか見覚えのあるおっさんを伴っている。
「カリューアがまた面白い仕掛けを披露したんだって?」
声の感じから、このおっさんはシュセンドゥ伯爵のところへ婿入りしたゴッツモーリ先輩のようだ。4人は昨日の夕刻にモウヴィヴィアーナへ到着したらしい。各地から続々と領主たちが集まってきており、経由地であるモウペドロリアーネやモウホンマーニでは連日のようにパーティーが催されているという。
「僕が企んだんじゃなくてロミーオさんですよ。リアリィ先生からもお願いされてます。最近の生徒は何かを実現しようという意欲に欠けるからって……」
「あ~、わかる。わかる。最近の卒業生っていかに少ない労力でしょっぼい成果を上げるかって思考なのよね。苦労して、失敗して、それでもいつかでっかい花火をど~んと打ち上げてやろうって奴がいないの」
発案者はロミーオさんであることとリアリィ先生の話を伝えたところ、めっちゃわかるとシュセンドゥ伯爵がでっかいため息を吐き出した。本人たちは計算どおりの成果が得られたと考えてるみたいだけど、領主の立場からすれば期待外れもよいところ。ドクロ式プラントや直噴型魔導推進器に続く、将来の大黒柱が見つからなくて困っているそうな。
「提示してくる開発プランも既存製品の改善提案ばっかりだしね。それも、正直なところ優先度は高くない。ボタンの配置が使いやすくなりましたってだけで、既存製品を使っている領に新製品への更新を勧められると本気で考えているのかね……」
意味がないとは言わないけど、設備更新や買い替え需要を喚起できるほどの魅力があるとは思えない。大仰なのはタイトルだけなプロジェクト提案書を審査するのはもう飽き飽きだとゴッツモーリ先輩がぼやく。シュセンドゥ領としては20年くらいで新しい設備に更新してほしいのに、これなら今のままで充分と古い設備を40年使われてしまうのは損失以外の何物でもない。顧客の平均設備更新年数はとっても重要な指標なのだけど、これがジワジワ伸びていることに危機感を覚えない連中が多すぎるという。
「ドクロワルとアーレイのおかげで息子の代までは安泰だけど、孫の代ではど~なってることやらだわ」
あ~、ヤレヤレとシュセンドゥ伯爵が首をコキコキ鳴らす。これまでの物とは一線を画す新しいナニカが、もう長いこと現れていないそうだ。すでにある物の改良が進むばっかりで、医療分野に大きく水をあけられてしまったことがドクロ事件の背景にあるとモチカさんも言っていた。つまり、魔導院の生徒が野心的な作品を作らないから僕が責められるハメになったわけだ。実にけしからん話である。
「僕はサバイバル実習リターンズに参加が決まってるから、ドブネズミ魂を失ったいい子ちゃんどもにわからせておいてよ」
「今の魔導院を腹立たしく思っているのはアーレイ君だけではございません。任せてくださいませ」
不甲斐ない連中にわからせておくよう告げたところ、40年前からまるで進歩していないって事実を叩きつけてやると首席はやる気MAXで頷いた。敗北も失敗も恐れず、ただライバルを上回ることに全身全霊をかける性格だから、しょぼい改善で成果はあげてますと言い訳する連中が許せないのだろう。ひとり残らずドブに突き落として恥辱にまみれさせてやると、モチカさんから受け継いだ教育方針を実践する気マンマンだ。
「今さらサバイバル実習なんて何事かと思ったけど、やっぱりアーレイの発案だったのね。式典に参加できるか不安だったけど助かったわ」
一方、サバイバル実習リターンズのおかげで式典参加が確実になったと喜んでいるのはイモクセイさんである。僕は詳細まで確認していなかったけど、式典当日の船に乗れるのは領主、若しくは代理人の一名のみ。ただし、前日の船であればお供をひとり連れていけますと、参加を促すための特典がつけられたらしい。アンドレーアはイモクセイさんとふたりでエントリーしてきたという。
「ヘタレチキン1号もクゲナンデスとエントリーしてたわ。アーレイを知ってそうなのは、全員参加するんじゃないかしら」
シュセンドゥ伯爵とゴッツモーリ先輩に加え、サンダース伯爵夫妻もサバイバル実習リターンズへご参加だそうな。なお、精霊殿のある半島はヴィヴィアナ様の領域であるため、魔導甲冑のような兵器やグリフォンといった魔獣で乗り付けるのは不敬とされている。お祭り船に乗船せずに式典へ参加できるのは精霊の翼で空を飛べる伝説の初代オムツフリーナちゃんくらいだろう。もちろん、半島側の桟橋はお祭り船が使うので自家用ボートを係留することは許されない。
「それじゃ、せいぜいご馳走を用意しておかなきゃいけませんね」
サバイバル実習リターンズは2泊3日の予定。式典当日の船は行きも帰りも当日参加組が乗るので、前日入りした実習参加組が戻れるのは式典の翌日となる。その間は久しぶりのキャンプ生活を楽しんでもらいたい。食べ物は多めで、かつ豊富なメニューを用意しておく必要があるだろう。
「ドクロワルに捧げるためだけど、お酒を運んできたの。ひと樽くらいなら余裕があるわ」
神様に捧げるものと言ったら、まずお酒。ましてやドクロワルさんはドワーフなのだからと、アンドレーアは自領で蒸留されたお酒を樽に4つほど荷車に積んできたそうな。ひと樽は60リットルで、うちひとつは運ぶ途中で壊れたり、漏れたりした時に備えた予備だから、実習に提供しても構わないという。とっても助かる、マガダスカル。
「んじゃ、久しぶりに腕を振るうといたしますか」
生徒だったころは調理サークルに所属していたイモクセイさんが、サバイバル実習の時にアンドレーア班が食べていたようなご馳走を振舞ってやろうと料理長を引き受けてくれる。僕ひとりで手が回るか心配だったけど、彼女がいるならひと安心だ。なんだか生徒だったころに戻ったようで、僕もサバイバル実習リターンズが楽しみになってきた。
モウヴィヴィアーナへ領主たちが続々と集まってくる中、とうとうおっぱい国王が到着した。ホンマニ公爵様とペドロリアン侯爵夫妻も一緒だから、彼らが最後なのだろう。そして、王都に駐在していた大使とは別口でドワーフ国から使節団が派遣されてきた。率いるのはピッカピカに光り輝く黄金のヘルメットを被った見覚えのあるドワーフ女性である。
「来ちゃった。てへっ」
僕の姿を見つけて、ハーイと挨拶してくる【虹の鉱脈】ことマイン様。精霊殿へ殴り込んだところでもうネクタールは残ってないと思うのだけど、いったいどういう風の吹き回しだろう。なお、王様や公爵様たちはこの女性が神様であることに気づいていないご様子。ドワーフの女性外交官と勘違いしているようだ。
「お祝いなら天上で直接伝えればいいのに、どうしたんです?」
「預かり物を届けに来たのよ。例の金脈からのアガリ、一度も受け取りに来なかったからずいぶん溜まっちゃってたの」
すっかり忘れていたけど、ドクロワルさんは呪いの金脈から得られた収益の2パーセントを受け取る権利を保有している。配当は採掘権を手に入れたカッパマリー王妃の実家が代わりに管理していたのだけれど、40年以上が経過して結構な金額になっていたそうな。ちょうどいい機会だから依代と一緒に納めてしまおうと思って運んできたとマイン様は僕の耳元へ顔を寄せてきた。
「大金貨500枚分の金塊よ」




