196 プロセルピーネの過去
「どどどっ、どういうことですか先生っ?」
「しししっ、知らないわよ神様なっ…………神様?」
神様と契約していたなんて聞いてないぞとドクロワルさんが問い詰めたところ、知らないと言おうとしたプロセルピーネ先生は何かを思い出したのか言葉をよどませた。やっぱり心当たりがあったらしい。これだからアラフォーは困る。
「【光棒の舞手】って、もしかしてドルオータ様のこと?」
「両手に光る棒を持って舞い踊るロゥリング族の神なのです」
「あいつか……」
自種族の神様をあいつ呼ばわりして頭を抱えるプッピー。そういえば、先生はロゥリング娘でセンターを務めていたという元アイドルだった。神様に仕える巫女という話だったから、その時にでも契約したに違いない。
「ロゥリング娘の楽曲のひとつに私を捧げますって歌うのがあるんだけど、まさか……」
「相手が受け入れれば契約は成立するのです」
「あいつ、いつの間に……」
そういう曲だから仕事で歌っていただけなのに、神様が一方的に契約してしまったらしい。なんてこったいと両手を床に突いて項垂れるプロセルピーネ先生。神様と契約なんて超レアなケースだと思うのだけど、嬉しくないのだろうか?
「もしかして、ピーネちゃんというのはプロビッチのことなのですか?」
「なんで知ってるのっ!」
なんと、タルトはアイドル時代の先生に心当たりがあるという。【思い出のがらくた箱】から、ハンテンにハチマキ、手旗などのピーネちゃん応援グッズを取り出して所狭しと並べ始めた。
「なんで持ってるのっ?」
「その昔、【光棒の舞手】が一緒にピーネちゃんを応援しようと誰彼構わず配っていたのです」
「何やってんのよっ、あの神様っ!」
おそらく、シルヒメさんもひとつくらいは持っているだろうと口にする3歳児。なお、タルト自身は面白がって全種類コンプリートしたそうな。次から次へと取り出されるマイグッズに、プロセルピーネ先生が奇声を発しながら床をのたうち回る。
どうやら、ロゥリング族の神様には少々問題があるようだ。行動がまるっきりアイドルオタクである。本人に知らせることなく勝手に契約しているあたり、ストーカーの気もあるとみた。夜中にひとりでピーネちゃんは俺の嫁とか呟いているに違いない。
「こっ、これはっ!」
ピーネちゃんグッズのひとつを手に取ったドクロワルさんがブルブルと震えていた。何かと思ったら、写真と見まがうほど精巧に描かれた肖像画だ。フリフリのステージ衣装に身を包み、見えそうで見えない。いや、やっぱりちょっと見えていそうなポーズを取ったプロセルピーネ先生が、これでもかとあざとい笑顔でウインクしている。
「ぎゃあぁぁぁ――――っ。そんなものまでっ。寄越しなさいっ!」
「何言ってるんです。かわいいじゃないですか」
見るな、見るんじゃないと先生が肖像画を奪おうとするものの、悲しいかなドワーフの力で頭を抑えられてはロゥリング族の手が届くはずもない。素晴らしく可愛らしい。次のヴィヴィアナ様祭りまでにこの衣装を用意しようとドクロワルさんが口にすると、自分にも見せてくれと魔性レディが肖像画を手に取った。
「闇に生きる宿命を負った我ですら、光に包まれし先生のお姿に憧れを抱かずにはいられません……」
「見るなっつってんでしょうがぁぁぁ――――っ!」
プークスクスと笑いを漏らす魔性レディ。首席以上の長身なので、頭の上に掲げられてしまったらもうジャンプしても届かない。見るな、寄越せとプッピーが太ももにバシバシ攻撃を加えるものの、現役騎士に通用するはずもなく軽くさばかれてしまう。
よいではないか、よいではないかとプロセルピーネ先生をあしらう魔性レディを横目に、僕は背中に「ピーネちゃん」の文字とハートマークの描かれたハンテンを身につけてみる。サイズはぴったりだ。おそらくは、これがロゥリング族サイズなのだろう。ロゥリング族の神様が持っている光る棒のレプリカと思わしき魔導器も見つけた。
引き金とボタンの付いたライトスティックのような魔導器で、魔力を流すと光りだしボタンを押す度に色が変わる。引き金を引いている間は点滅するというなかなか凝った仕様だ。引き金を引いた状態でボタンを押しっぱなしにしてみたら、七色に色を変えながら点滅をくり返す。
なにこれ……無駄にスゲェ……
「あんたっ。そんな格好して何のつもりよっ!」
こいぁヤバイ。魔性レディには敵わないと悟ったピーネちゃんがこっちに矛先を向けてきた。
どうにかごまかさないと……
ここはひとつ、田西宿実48の得意技のひとつだったアレをやるか……
「D.I.S.K.ピーネッちゃ~ん」
「ぎょえあぁぁぁ――――っ!」
魔導器をピカピカさせながらこの世界の文字をクネクネと人文字で形作り、最後にグルグル振り回せばプロセルピーネ先生は悲鳴を上げてひっくり返った。全力で応援してあげたのにこの反応はないと思う。
「下僕は【光棒の舞手】を知っているのですか?」
「いや、会ったこともないよ」
「そのわりにはそっくりなのです」
目を真ん丸にした3歳児にそっくりだと言われた。どうやらロゥリング族の神様も同じことをしていたらしい。プッピーはもう何も見たくないと言うかのように両手で顔を覆って床を転げ回っている。
「過去がっ。捨てたはずの過去がっ。どこまでも私を追ってくるぅぅぅ――――っ!」
錯乱してうわごとのように過去ガー、過去ガーと繰り返すプロセルピーネ先生。とうとう引きつけを起こし始めたので、ドクロワルさんがイボ汁吸入器を使って意識を失わせた。
ピーネちゃん応援グッズを見ると正気でいられなくなってしまうからとタルトに片付けさせ、意識のないプロセルピーネ先生を治療室へ運びベッドに寝かせる。先生の知らないところで肖像画をドクロ研究室に飾る約束がされたのだけど、知らせない方が本人のためだろう。
「タルト先生。どうして我のところには魂を喰らう精霊が……」
「しつっこいのです。そんなもの精霊の気分次第なのです」
魔性レディはすっかり死神に憑りつかれてしまい、何度も同じことを尋ねては3歳児にギィギィ威嚇音を鳴らされ追い払われている。お前にはこいつがいるではないかと、タルトは魔性レディが使い魔にしているグリフォンと遊び始めた。フルールと名付けられたコウテイグリフォンのオスは1年で大型犬くらいの大きさにまで成長しており、もう僕と同じくらいの体重があると思う。さすがに3歳児を乗っけるにはまだ早いようで、タルトが跨ろうとしたら逃げてしまった。
「ノミがついているのです」
「イボノミンをかけてあげますね」
お腹にノミがついていると言われ、ドクロワルさんが棚からイボ汁を使ったノミ取り薬を取り出す。膝の上でグリフォンを仰向けにすると3歳児と一緒にノミ取りを始めた。手乗り死神のカゴ付き棒でお腹の毛をかき分けられ気持ちよさそうな鳴き声を上げるフルール。その姿には、グリフォン種の中でもデカくて獰猛と怖れられるコウテイグリフォンの威厳なんて欠片もない。
「すっかり飼い犬ですね」
「そうでもないわよ。もう自分で獲物を捕まえることも覚えたわ」
野生を失うとクマネストみたいなグータラになってしまうぞと忠告したところ、サバイバル実習の間にヘビやげっ歯類を仕留めさせたのだと魔性レディが教えてくれた。アンドレーアと違って使い魔をちゃんと教育している模様。ふたりでお茶をいただきながら使い魔の訓練談義としゃれ込む。
「くるなっ! くるなぁぁぁ――――っ!」
翼を使う訓練のやり方で話が盛り上がっていたところ、突然プロセルピーネ先生が絶叫を上げながら跳ね起きた。なにかよくない夢を見たようで、体中から冷や汗を噴き出しゼイゼイと肩で息をしている。
「ここはっ? あいつはどこっ?」
「先生、ここは中央管理棟の治療室です。あいつって誰です?」
「ドルオータ様に決まってるじゃない」
「こんなところに神様は来てくれませんよ」
神様に姿を現していただくにはいくつか条件があって、そのひとつに神器と呼ばれるお宝があること。僕たちが目にすることができるのは、その神器を依代とした仮初めの姿だという。僕が知っているのは、ドワーフの女神であるマイン様の神器、黄金のヘルメット。ドワーフたちが何よりも大切にしているお宝なのだけど、酔っぱらったマイン様にはイッキ用の器にされていた。【光棒の舞手】という神様が何を神器にしているのかは知らないけど、それはロゥリング族が大切に保管しているはず。依代がない以上、ここに来てくださることはないのだ。
「夢か……。そういや、そうだったわね……」
神様につけ狙われる夢でも見ていたのだろうか。キョロキョロと辺りを警戒していたプロセルピーネ先生がほっとしたようにため息を吐く。
「あいつのおかげで、あたしゃロゥリング娘を卒業させてもらえなかったのよ」
お茶を口にして落ち着いたのか、プッピーが昔話を聞かせてくれた。ロゥリング娘のセンターに抜擢されたのは14歳の時。長くても5年で次の子にバトンタッチするものなのだけど、先生にドハマリした神様が、「ピーネちゃんは永遠のセンター」なんてお告げを下したらしい。そのせいで、2つ年下の妹が結婚して子供を身籠るような歳になってもセンターの座にいたそうな。
「いやもう、若い子たちからいつまで居座るつもりだと後ろ指さされて、針の筵で簀巻きにされてる気分だったわ」
自分にそのつもりはないのに、すっかりお局様と化してしまった。このままでは死ぬまで辞めさせてもらえない。巫女であるロゥリング娘は恋愛禁止なので結婚なんてもっての外。将来に不安を感じた先生は家出を決意し、嫁いでいった妹の初産をダシに使ってロゥリング族の領域から脱出。さくっと赤ちゃんを取り上げて、そのまま帰らずこの国に密入国したという。
「先生。その赤ちゃんって、もしかして……」
「こいつよ」
なんと、僕をロリオカンから取り上げたのはプロセルピーネ先生であったらしい。生まれる前からダシに使われるなんて、とことん利用される宿命でも負っているのだろうか。プッピーが古い治療記録を探しだしてきて、ドクロワルさんやタルトは僕が生まれた時の体重や身長の話で盛り上がり始めた。ちょっと恥ずかしいけど、生まれた時に変な改造を施されていないことがわかって安心する。
「下僕~。一緒にお昼寝するのです~。今日はわたくしが抱っこしてあげるのですよ~」
「お姉さんが添い寝してあげまちゅね~」
今日だけは特別に真ん中を譲ってやると言うタルト。完全に保護者モードになってしまったドクロお姉さんの手でベッドまで運ばれる。お友達から弟、妹とポジションを落としてきた僕は、とうとう赤ちゃんにまでランクダウンさせられてしまった。添い寝してくれるのは嬉しいのだけど、素直に喜べない。
抱っこしてあげるという言葉とはうらはらに、半ば僕に覆いかぶさるようにしがみついてくるタルト。ヨチヨチとドクロワルさんと死神が僕をあやしてくれる。せめておっぱいの感触を楽しみたかったのだけど、引っ越し作業という名のドクロ塾で僕の身体はクタクタだ。湯たんぽ3歳児から伝わってくる心地よい温もりが、あっという間に睡魔を連れてきやがった。
夢というものはたいてい後になって夢だったと気付くものだけど、極稀にみている最中からこれは夢だとわかることもある。霞がかかったような視界の中、かすかに見える山並み。間違いない。あれはリアリィ山脈だ。夢にまで見た頂が手の届くところにある。夢だけど。
夢の中では何をするのも自由だ。僕を拘束するものはなく、いかなる行為も許される。
「バブー♪」
「寝ぼけてないで、目を覚ましなさいっ」
頭を両手で掴まれ激しくシェイクされる。急速に意識が覚醒し、周りの光景が目に飛び込んできた。ドクロワルさんと魔性レディはお腹を押さえてプルプル震えており、プッピーとタルトは憚ることなくゲラゲラ笑い転げている。どうしたことか、リアリィ先生が治療室を訪れていたようだ。
なんてこった。オラ、とんでもないところを見られちまったぞ……
「あれ? なんで先生がここに?」
「なんでじゃありません。大騒ぎになる前に、ことの真相を確かめにきたのです」
首席と一緒に蜜の精霊を連れ戻しにきたモチカさんから、ドクロワルさんが精霊と契約した話を耳にしたらしい。それだけなら騒ぐほどのことでもなかったのだけれど、タルトが関わっているとなれば話は別。まるで精霊と契約させてもらったようではないかと、大慌てで僕たちを探していたそうな。
先生が懸念しているのは、タルトにお願いすれば精霊と契約させてもらえるという話が広まってしまうこと。それが本当だとすれば、話は魔導院の中だけに納まらず、王都の社交界にまで飛び火することは確実。正確なところをホンマニ公爵様に知らせておく必要があるという。
「わたくしは会わせてあげただけなのです」
「つまり、ドクロワルさんが契約に至るのは時間の問題であったと?」
もじもじして煮え切らないヘタレがいたから機会を作っただけ。契約はあくまでふたりの意思だとタルトに説明され、リアリィ先生は少し安心してくれたようだ。また余計な仕事を増やしやがってと僕に矛先を向けてくる。
「他人事のような顔をしているのではありません。話を耳にした生徒たちが押しかけるのはアーレイ君のところですよ」
「うええっ?」
下手に相手してしまうと次から次へ押しかけられるので、仲のいい友人であっても片っ端から断るようにと言い残し、リアリィ先生は治療室から去っていった。




