197 一学年下の首席
アキマヘン嬢に続いてドクロワルさんまで精霊と契約したという話は瞬く間に魔導院中に知れ渡り、僕とタルトのところには精霊を欲しがる生徒たちが押しかけてくるようになった。教室はおろかサークルにまでついてくるので、迷惑なことこの上ない。シネシネがドクロワルさんの前に姿を現すことは時間の問題だったから、面倒な手間を省いてやっただけなのだとタルトが説明したものの、それで納得して引き下がるような連中ではなかった。その筆頭は、もちろん我らがクソビッチである。
「タルちゃん先生。私と契約したがってるゴーレムの精霊とかいない?」
「そんな精霊はいないのです」
飼育サークルの談話スペースで魂を運び去る精霊に棒菓子を食べさせながら、クセーラさんがいるはずのない精霊をねだる。ワルキューと名付けられたドクロワルさんの精霊は、魂以外のものも普通に食べることができた。精霊の例にもれず、死神のくせして甘党だ。ここではたいていくっつく精霊の上に腰かけていて、動く時もお尻にくっつけたまま移動する。というか、くっつく精霊が離れてくれないようだ。
「サクラノーメに屁カテリーナまで一緒になってっ。サークル活動の邪魔だわっ」
「そんなこと言って、ロミーオはちゃっかり自分だけ精霊をもらうつもりね」
クセーラさんが食べさせている棒菓子はイモクセイさんが作ってくれたもの。南部派はもう2体と契約したのだから、次は東部派の番だと僕たちにつきまとっている。ロミーオさんが部外者は出て行けとバシバシテーブルを叩くものの、自分たちがいなくなったところで精霊をもらうつもりだと引き下がらない。
「だから、あげたわけじゃないんだって……」
「嘘だよっ。飼育サークルにばっかり精霊が集まるなんておかしいよっ」
かわいい精霊がほしくてたまらないクセーラさんは、ここには絶対ナニカがある。秘密の精霊サークルだと信じて疑わない。ダカーポ、くっつく精霊、雪だるま、蜜の精霊、死神、羽ばたく精霊に3歳児と実に7体もの精霊がいるので、偶然のひと言では納得できないのだろう。
「でも、生き物の魂をあるべきところに還すなんて、ドクロワルに使う機会なんてあるの?」
別のテーブルでダカーポの鉄琴に耳を澄ませながらお茶をいただいていたシュセンドゥ先輩は、僕と同じ疑問を抱いたようだ。どうして治療師と相反するような精霊が契約してくれたのだと首を傾げている。契約した時と違って命を選別するといった話はせず、助けられない命もあるからとだけドクロワルさんは説明した。
「だけど、そのような精霊は騎士にこそ必要とされるはず」
「目的のために必要とされるものを道具というのです。お前の道具になりたがる精霊なんていないのです」
魂を運び去る精霊が自分ではなくドクロワルさんを選んだことがご不満らしい。生き物を殺す機会なら騎士の方が多いはずだとムジヒダネさんが言い張ったものの、お前は精霊を便利な道具くらいにしか考えていないとあっさり3歳児に見抜かれてしまった。必要なんて言葉が出てくる時点で精霊と契約する資質に欠けているそうな。
精霊が魅かれるのは理由のない純粋な願いだと口にするタルト。甘いものが食べたい。花をたくさん咲かせたい。あの空をどこまでも飛んでいきたい。何かのためでなく、ただそれを望む者と精霊は一緒にいたがるものらしい。理由を思いつくということは、本当の目的が別にあるということ。すなわち、道具を欲していることの証だという。
「そういえば、クスリナは友達になりたいって次席と契約したんだっけ……」
「ちゃんと覚えていたとは感心な下僕なのです」
共に在りたいと思う相手を精霊は選ぶ。それは友人を選ぶようなもので、選ばれなかった者が自分の方こそ相応しいと言い張るなど、まるで誰かさんのようではないかとタルトが薄笑いを浮かべた。
「誰かさんって……?」
はて、そんな奴がいたかとムジヒダネさんが首を傾げる。どうやら、皆すっかり奴のことを忘れてしまっているようだ。このまま忘れ去られてしまうのもかわいそうだから、僕が思い出させてあげよう。首席にこっちにくるよう手招きする。
「ゾルディエッタ。君はもっと自分に相応しい相手とつき合った方がいい」
「ぷっ……。それってもしかして、バグジード?」
「あいつと同類だなんて……」
バグジードの得意としていたヤレヤレ仕方ないのポーズをとって、君に相応しいのはこの僕だと一発かましたところ、首席は目を丸くし、クセーラさんがそっくりだと笑い声を上げた。シュセンドゥ先輩も苦笑している。そして、奴と同じことをしていたのかとムジヒダネさんがその場に崩れ落ちて両手を床に突く。どうやら、真っ白に燃え尽きてしまったようだ。
「精霊に相手してもらえない者どもなど放っておいて、コケトリスたちと遊ぶのです」
「ほらほら、サークルのメンバーじゃない人は帰った。帰った」
「ロミーオッ。あんた抜け駆けするつもりっ?」
コケトリスを馬場に出してあげようと僕の手を引っ張ってくる3歳児。部外者は出て行けと言われたイモクセイさんが、コケトリス部門のメンバーなのをいいことに自分だけ精霊をもらうつもりか。友情はどこに行ったとロミーオさんを非難する。
「屁カテリーナ。友情っていうのはね――」
窓から遠くの空を見上げるロミーオさん。
「――儚いからこそ美しいのよ」
「違うでしょっ。あんたやっぱりセンスないわよっ」
「あんですってっ!」
流行の仕掛け人ロミーオさんにとって、ノーセンスというのは許し難い暴言らしい。取り消せコノヤロウとイモクセイさんに躍りかかった。キィキィ黄色い声を上げながら髪の毛を引っ張り合うふたりの姿に、女子の友情というものは儚く醜いものだと認識を改めさせられる。とうとう見かねたクゲナンデス先輩がくっつく精霊を投入。ふたりは髪の毛をごちゃごちゃに絡まされてしまった。
ふたりへのお説教はクゲナンデス先輩に任せコケトリスたちを馬場に出す。ホンマニアキマヘンの訓練がどの程度進んでいるか確認するため、障害飛越のコースを順番に跳んでもらうことにした。タルトが黒スケと遊んでいるので、僕は柵に腰かけて見学だ。
「ダエコとエロ親父は跳んだのに、男爵とロミーオは避けちゃったね」
「コケトリスに障害を超えさせているのはダエコさんだけだよ」
ロミーオさん、【皇帝】、ドクロワルさん、ダエコさんと走行を終えたところで、隣で見学しているクセーラさんが南部派は下手くそなのかと疑問を口にした。西部派の【皇帝】も腕前はそう変わらないと教えてあげる。騎手の技量とは結局のところ、騎獣にやってほしいことをどれだけ正確に伝えられるかだ。僕の見る限り、コケトリスに「障害を飛び越えて目標地点まで移動しろ」と理解させられているのはダエコさんのみ。あとの3人は行き先を指示しているだけで、障害を跳び越えるか避けるかはホンマニアキマヘンの気分次第である。
「ダエコが一番あたふたしているように見えるのに?」
「ビビリだからそう見えるけど、一番正確に指示を伝えられているのはダエコさんなんだ」
物怖じしない分、ロミーオさんや【皇帝】は堂々と騎乗しているように見えるだけ。ドクロワルさんは……やめておこう。本人の耳に入ったら間違いなくドクロ塾が待っている。騎乗部門の馬に乗っている生徒たちの番になったのでタルトたちの方へと目を向けてみれば、オムツフリーナちゃんが翼を動かす練習をしていた。一緒にいるイナホリプルがお手本を見せるかのように翼をバサバサ動かしている。その様子に、羽ばたく精霊を呼び寄せたのはイナホリプルの願いだったのではないかという疑問が浮かんだ。
「いいなぁ~。あぁ~、うらやましいなぁ~」
アキマヘン嬢の練習風景を目にして、当てつけるように羨ましがるクセーラさん。あの翼は背中からお腹の方向へ羽ばたくようについているので、精霊に任せて羽ばたくと上じゃなくて後ろにぶっ飛ぶというなかなかにやっかいな構造をしている。飛べるようになるには、まず離着陸のやり方から考えなければいけない。精霊と契約すれば契約したなりの苦労もあるのだけど、それを伝えたところでまた上から目線だと言われるだけだろう。
「ずるいなぁ~。男爵だけなんて不公平だなぁ~」
僕が言い返さないと思って、ここぞとばかりに調子に乗るクソビッチ。いいことばっかりではないのだと、無理やりオムツを穿かせてやりたい。
「まったくです。男爵家の、それも嫡子でないドワーフの娘より優先すべき相手がいるのではありませんか?」
そこに、ゲイマル君が声をかけてきた。精霊を与えるならもっと他に相応しい相手がいるだろうと、彼もまたバグジードみたいなことをぬかす。
「王太子殿下かな? 確かにあの人の想いは真摯で純粋なものだよ。僕にはわかる」
僕にとって最大のライバルと言えるおっぱい王太子だけど、彼のおっぱいに対する情熱は本物だ。おっぱい星人同士の共感によって、それは僕にも理解できた。僕たちがおっぱいを求めるのに小難しい理由なんてありはしない。これ以上ないほどに純粋な願いである。
精霊が純粋な願いに魅かれるというのなら、どうしてあの王太子の元に姿を現さないのか不思議でならない。さっさとおっぱいの精霊と契約して、ドクロワルさんを諦めてくれればいいのに……
「ぷぷっ……。この子も自分の方が相応しいって思ってるのかな?」
自分の方が相応しいとでも言いたげな口調だったので、意地悪をしておっぱい王太子を引き合いに出してやる。さすがに将来主君となる可能性が一番高い相手より自分を優先しろとは言えないのか、悔しそうな表情をしながらもゲイマル君は口ごもった。まだバグジードの同類がいたかと、自分のことを棚に上げてクセーラさんが笑いを漏らす。
「どこの家の娘か知りませんが、僕にふざけた口を叩くと後悔し――」
「相手が誰かも知らずに偉そうな口を叩くな。このカス」
「だっ。誰だ、貴様っ」
ゲイマル君の背後から近付いてきたひとりの男子生徒が、嫌悪と侮蔑の入り混じったような表情で吐き捨てるように言い放った。サークルで見かけた覚えはない。精霊が欲しくてやってきた部外者だろうか?
「お前の噂は耳にしているよ、不作の首席ナリマヘン。血筋以外に誇れるもののない無能者だってな……」
「不作だとっ」
今年の新入生は平均学力こそ他学年に劣ってはいないものの、良くも悪くも粒が揃っていて上にも下にも突出した生徒がいない。お前が首席なのは他に優秀な新入生がいなかっただけ。だから不作の首席だと、その男子生徒は薄笑いを浮かべた。
「公爵家の分家筋なんて、自慢にならないものをひけらかすバカはすっ込んでろよ。そちらの先輩は教養課程のゴーレムバトルで2連覇中だ。何ひとつ実績のないお前こそ口を慎め、クソザコ」
「口、悪っ」
いちいち言葉の最後にカスだのクソだの付け加える男子生徒。ベリノーチ先生の如き口の悪さにクセーラさんが目を丸くしている。
「貴様っ、どこの家の者だっ? ナリマヘン家を侮辱してタダで済むと思うなっ!」
「ああ、そうだな……。ちょうどいい、あいつに紹介してもらうか……」
誰かに紹介してもらうというのは、紹介者に身元を保証してもらうということ。初めて会う人には誰かから紹介してもらうのが上流階級でのマナーとされている。自己紹介はいくらでも嘘がつけるので、詐欺師のすることと思われているのだ。あいつがいいと呟いた男子生徒は、タルトたちのところで翼を動かすのに集中しているオムツフリーナちゃんに歩み寄った。
「アキマヘン。お前のところの出来損ないに俺を紹介してくれないか?」
「首席? ゲイマルクが何か?」
「どこの家の者だと尋ねられた。お前の紹介なら疑われることもないだろ」
どうやら、アキマヘン嬢やメルエラたちの学年首席であったらしい。他の学年のことなんて自分から調べないと情報が入ってこないので、いることはわかっていたけど誰なのかは知らないままだった。たいして興味がないことをいちいち尋ねるのも野暮だと思っていたのだ。
「ゲイマルク。こちらはアンビリー・マジスカ首席。学長先生のお孫さんにあたります。ナリマヘンの家名を持ち出したところで笑われるのがオチですよ」
「ホンマニ家のっ?」
マジスカ家はホンマニ公爵家の分家のひとつ。この口の悪い男子生徒は、家柄でもゲイマル君と同格というわけだ。対等な相手に家名を持ち出してしまったゲイマル君はご愁傷様である。マジスカ君を超える実力を示さない限り、血筋以外に誇れるもののない無能者という烙印を消すことは叶わないだろう。
「わかっているんだろうな? 家名を持ち出した以上、お前が俺に劣るということはナリマヘン家がマジスカ家に劣るということになるんだぞ。お前がいくら出来損ないでもな」
「なっ……」
「手遅れでしたか……」
学力で勝負すっかオラァと挑発をくり返すマジスカ君。アキマヘン嬢がアチャーとでも言いたげに額をおさえて天を仰ぐ。ゲイマル君もそれなりに優秀なのだろうけど、公爵令嬢も敵わない一学年上の首席なんて相手が悪すぎる。本人も勝ち目がないとわかっているのか、執拗な挑発にもかかわらず応じる気配を見せない。
「ふんっ。自ら家名を持ち出しておきながら、それを背負う覚悟はないときたか。さすがは不作の首席といったところだな。消えろよ、ゴミクズ」
「ちょっとっ。下級生にその言い方はあんまりだよっ」
口は悪くても言っていることは正論なので咎めるのは難しいと思っていたのだけど、脳筋西部派にはそんなこと関係ないようだ。考えてみれば、「悪を許すな」なんて論法で脳筋ズを焚きつけたのもクセーラさん。正義のビッチが学長先生のお孫さんの前に立ちはだかった。




