190 翼の生えたエンジェル
夏学期が終わり、今日から秋学期が始まる。サバイバル実習から戻ってすぐ、僕たちは遠征実習に出かける上級生たちにくっついて、昨年と同じくハゲマッソーの街へと向かった。夏学期の自由課題として、次席が魔物の領域で植生調査をするというので便乗させてもらったのだ。
遠征実習を終えて魔導院に帰還すると、コテージの庭がすっかり様変わりしていた。首席のコテージとの間にあった生垣は取っ払われ、ひとつながりの大きな庭に大きな池。そして、クマ穴付きの小山がで~んと鎮座していたのである。さらに、池と小山をグルリと一周する散歩コースまで整備してあった。
「下僕~。朝のお散歩に出かけるのですよ~」
タルトはこの散歩コースがすっかり気に入って、シルヒメさんが朝食を用意してくれている間に三輪車でキコキコ一周するのが日課となっている。池の周囲と小山には発芽の精霊がこれでもかと植物を生やしてくれて、もう何種類あるのか数える気にもならないくらいだ。ティコアとバナナンテを引き連れた3歳児はご機嫌な様子で、鼻歌を奏でながら三輪車をこいでいく。
「おふたりとも、お待ちになってくださいまし」
首席のコテージの前にさしかかったところで、カワウソと蜜の精霊が合流。すぐ後を首席が追いかけてきた。この光景も今や毎日のもの。なお、怠け者のクマネストだけはお気に入りのクマ穴の中でグータラしている。直接風が吹き込まないクランク構造の入口に、換気口と排水溝までついた贅沢仕様のマイルームがいたく気に入ったらしい。
「リンドウが咲いているのです。下僕、一本だけ摘んでくるのですよ」
池の端に青紫色の花が咲いているのを見つけ、ひとつだけ採ってこいというタルト。朝食のテーブルに飾るつもりなのだろう。三輪車のカゴに用意しておいたハサミでチョキンと茎の中ほどから切り落とし、首席のコテージとの間に建てられた離れへと向かう。この離れはふたつのコテージと渡り廊下でつながっていて、冬場でも庭を眺めながらお茶をいただける。散歩中に首席が合流するため、朝食はこちらで摂るようになった。
「自由課題は終わりましたの?」
「どうにかね。正しいかどうかなんてわかりゃしないけど……」
水を入れたコップに先ほど摘んだリンドウを挿し、テーブルの真ん中に飾ったところで首席が尋ねてきた。夏学期の自由課題として僕が選んだのは魔物がいない理由。次席が魔物の領域で植生調査をするというので、僕は植生と魔物の分布との間に関係性がないかまとめるつもりだった。ところが、今年は魔物の領域に魔物がいなかったのである。もちろん、完全にゼロというわけではなかったのだけど、群れや縄張りを持たずに単独で徘徊する魔物がポツリポツリと見つかるだけ。標本数が少なすぎてデータとしてはまったく役に立たない。今年こそ魔物を討伐するのだと息巻いていた脳筋ズもガックリだ。
仕方がないので、魔物がいなくなった理由を仮説を立てて説明することにした。しょせん生徒の課題なので、結論が正しいかどうかなんて誰も気にしない。理論的な考察がきちんとされていれば評価はもらえる。どのみち、本当の理由なんて魔物に問い質してみないことにはわからないのだから……
「答えを教えて欲しいですか?」
「やめてくんない。そういうの、やめてくんない」
本当の理由を魔物に問い質せる3歳児が、正解を教えてやろうかとニヤニヤ笑いを浮かべていた。こいつは僕の苦労をすべて無意味なものしてやろうと、しょっちゅうこうして尋ねてきやがるのだ。タルトから聞いた話をレポートにまとめましたなんて言ったら、リアリィ先生は容赦なく0点の評価を下すに決まっている。真実を知ってはならない。
「なんでも答えてくださるというのも問題ですわね。魔導院の生徒としては……」
どんなことも聞けばわかるというのでは、人は考えることをしなくなってしまう。そうなったら後はスネイル派に堕ちるだけだと他人事のように口にする首席。シルヒメさんの焼いてくれたホカホカのビスケットを手に取って自分の精霊に食べさせる。
「下僕、早く食べさせるのです。さもないと答えを口にしてしまうのですよ」
食いしん坊が催促というか脅迫してきたので、喋れないようビスケットで口を塞いでしまうことにした。
恒例となった学長先生の長~いお話に耐え、どうにか始業式を乗り切って教室へ戻ると、あっという間に女の子たちに取り囲まれた。もちろん、バナナを隠し持っているわけではない。
「もうリンドウが咲いているのね……」
「かわいいです。よく似合っていますよ、モロリーヌちゃん」
捨ててしまうのはもったいないと考えたブンザイモンさんが、食卓に飾ったリンドウの花を僕のかつらに挿したのである。生花を挿してくるなんて粋なことをすると、次席やドクロワルさんに女の子らしいポーズを強要された。離れたところで首席がプークスクスと笑っていやがる。
「ぷぷっ、そうしてると本物の幼女みたいだねっ」
魔導院に戻って再びパンツを穿き始めたクソビッチが、いつもそうしていれば可愛げがあっていいなどと口にする。実にけしからん。
「オンシツノハイビスカスガサイテイタ……」
「後で摘みに行きましょう……クセーラは大人だからいらないわね……」
「姉さんっ。なんですぐ妹をのけ者にするのっ?」
発芽の精霊がハイビスカスを髪に飾ろうと言い出し、次席がこれに同意。クセーラさんを仲間外れにした。どうして意地悪ばかり言うのだと双子の妹に抗議されても、生花が許されるのは純真可憐な乙女だけ。ビッチはビッチらしくパンツでも被っていろと冷たく突き放す。
「わたくしはヒマワリが欲しいのです」
「ちょうど大輪のヒマワリが咲いているわ……お好きなのをどうぞ……」
自分はでっかいヒマワリがいいと言う3歳児。オリエンテーションが終わったら園芸サークルに行くと約束したところ、仲間外れにしないでくれとクセーラさんが縋りついてきた。
「昨日はいっぱい遊んだのに、見捨てるなんて酷いよっ」
「むむぅ……」
いっぱい相手してあげたではないかと言われタルトが考え込む。昨日は湖畔で湖水浴をしていたのだけど、全力で泳いでもついてきてくれるうえ、疲れたらゴーレム腕に登って休めるとあって、カソリエッタがすっかりクセーラさんに懐いてしまった。カワウソと遊びたかった3歳児はクセーラさんにおんぶしてもらい、水上航行用ゴーレム腕で湖面を走り回っていたのである。
「【萌え出づる生命】、クソビッチにもなにか見繕ってやるのです」
「ギョイッサー」
ご褒美をやろうとタルトが発芽の精霊に命じ、キャッホゥとクセーラさんが歓声を上げる。横に目をやれば、次席が悔しそうに舌打ちしていた。
今日はまだ授業はなく、教室にやって来た担任のイターノ先生から秋学期のカリキュラムや行事予定の説明を受けるだけ。最後に夏学期の自由課題を提出したらそれでおしまいだ。僕や次席は研究レポート、クセーラさんは水上航行用のゴーレム腕を作品として提出。遠征実習に連れていかれたドクロワルさんだけは免除。というか、遠征実習の評価が自由課題の評価にあてられる。
園芸サークルでヒマワリをもらったタルトは、それをひっくり返して帽子みたいに被ることにした。次席は唖然としていたけど、ヒマワリの花弁が麦わら帽子のツバみたいに見える。3歳児ファッションとして考えるなら、これはこれで可愛らしいかもしれない。
お昼を済ませコケトリスたちに砂浴びをさせてやろうと飼育サークルに向かったところ、天使の如き真っ白な翼を背中から生やした少女が黒スケを房に戻そうと悪戦苦闘していた。他のコケトリスたちが順番を待っているのに砂場を譲ってくれないらしい。
「困っているようだね。コスプレエンジェル オムツフリーナちゃん」
「その呼び方は止めてくださいっ!」
彼女はこの夏に空から堕ちてきた記憶喪失の少女……というわけではなく、僕たちが不在にしている間に羽ばたく精霊と契約したアキマヘン嬢である。なお、先ほどの呼び方を提唱したのは【皇帝】で、ちゃんとフルネームで呼ばないと怒られる。「ちゃん」まで含めて名前なので、「~ちゃんさん」と呼びかけるのは正しく、リーナで止めることは絶対に許されない。
「引っ張って動かそうとするから余計に意地を張るんだ。黒スケ、場所を空けておやり」
「ううぅ……どうして……」
いつまでも砂場を占領していたらかわいい雌鶏たちに嫌われるぞと喉を撫でてやったところ、座り込んでテコでも動かないと態度で示していた黒スケがスッと立ち上がり、自分から房へと戻っていった。なんだこの態度の違いはとオムツフリーナちゃんがペシペシ地面を叩いて悔しがる。
「雄鶏は気位が高いから、無理に従わせようとしちゃダメだって言ったじゃないか」
「お前の魔力からは、言うことを聞かせようとする気持ちが伝わってくるのです」
いくら言動を装ったところで魔力から思惑が伝わってくる。だから黒スケが意地を張るのだとタルトにダメ出しされ、アキマヘン嬢はすっかりいじけてしまった。
「貴様っ、アキマヘンさんに失礼なことを言うなっ」
「お嬢様は悪くありませんっ。立場を弁えないあの鶏が悪いんですっ」
そこにやってくる遠くから様子を眺めていた男ども。アキマヘン嬢の前でカッコつけるいい機会とでも思っているのか、公爵令嬢の命令を無視するなんて生意気だと口々に黒スケを糾弾し始めた。コケトリスに人族の身分制度が理解できるはずないと言っても、血統第一主義の南部派らしく高貴な血を感じ取れなどとぬかす。お前はネコの王様と家来を見分けられるのかと問い詰めてやりたい。
「そこまでです。部外者は立ち入るなと通達したはずですよ」
「コケトリスに文句言ってどうなるってのよ。このバカども」
すぐにクゲナンデス先輩とロミーオさんが飛んできてアホな男どもを連行していく。清楚可憐と思われているご令嬢に純潔の証とも言うべき真っ白な翼という組み合わせはまさにチェリーホイホイ。頼まれてもいないのにアキマヘン嬢を陰から見守ろうという輩が後を絶たないのだ。昨日の湖水浴ではもちろんプッピーにイボ汁搾りを命じられたのだけど、翼を持った水着姿の少女が軟体動物にまとわりつかれるという光景に湖畔は紅く染まった。
「ホンマニアキマヘン入れるわよ~」
建物の向こうから鈍い打撃音と男どもの呻き声が響いてきたところで、ダエコさんが順番を待っていたコケトリスを連れてきてくれた。オムツフリーナちゃんが黒スケに言うことを聞かせようと焦っているのは彼女のせいでもある。まだ跨らせてはくれないものの、意地っ張り黒スケがダエコさんの指示にはおとなしく従うからだ。ビビリなのでライディングはダメダメだけど、アレしてコレしてというサインに敏感なせいかコケトリスたちに懐かれている。
ダエコさんは自然体だから黒スケが警戒しないのだと言い聞かせてはいるものの、アキマヘン嬢はわりかし負けん気が強い。どうしても意識してしまうらしく、対抗心を燃やして意気込めば意気込むほど黒スケが言うことを聞かなくなるという悪循環に陥っていた。
「黒スケはアキマヘン嬢の指示に従ったら負けだと思ってるんだ。まずは、そう感じさせないようにしないとね」
「なんて天の邪鬼な性格をしているんですか……」
「あの黒いのはお前の言うことなんて聞かないのです。それより一緒にお昼寝するのですよ」
羽ばたく精霊の翼は柔らかくとっても肌触りがいいので、タルトはすっかり掛け布団代わりにしていた。黒スケの消えていった獣舎を恨めしそうな目で眺めているアキマヘン嬢の手を取って、早く早くと添い寝を催促する。首席パパの持ち上げる精霊と同じく自由に取り外すことが可能なのだけど、そもそも翼という人族にはないものを扱えるようになるためにはないと違和感を感じるくらい慣れてしまわないといけない。そのため、どうしても外さなくてはいけない理由がない限り寝る時もつけっぱなしだ。この精霊は契約者がちゃんとコントロールしないとフルパワーで羽ばたくだけなので、どこに飛んでいくかわからないという。
シュセンドゥ先輩から奪ってきたダカーポを枕元にセットし、さぁ早く添い寝しろと床をペシペシ叩く3歳児。隣に寝そべって、クゲナンデス先輩から借りたくっつく精霊であやしてあげる。僕の背後にバナナンテを抱いたメルエラが横になると、ダカーポの鉄琴が静かに子守唄を奏で始め、アキマヘン嬢がまだゆっくりとしか動かせない翼を操ってふわりと僕たちの身体を覆う。
「むふぅ……みんな一緒なのです。あったかいのです……」
満足そうに呟くと、タルトは口を半開きにしただらしない顔で寝息を立て始めた。オムツフリーナちゃんはくっつく精霊の感触を楽しんでいる様子。水着の中にまで侵入してくるイボナマコに金切り声を上げていたのが嘘だったかと思えるほど安らかに微笑んでいる。寝不足が溜まっていたのか、メルエラも早々に寝入ってしまったようだ。
ゆったりと流れる平穏な時間に、意識が眠りへと押し流されていくのを感じた。




