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道案内の少女  作者: 小睦 博
第8章 教養課程の終わり

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191 課題は攻撃術式

 平穏な時間は長く続かなかった。タルトが目を覚ますのと時を同じくして、普段あまり姿を見せることのない鉄仮面が襲来したのである。偽物なら大歓迎なのだけど、残念ながら本物の方。用件は魔導院際のことだという。ずいぶんと気の早い話だ。


「まだ時間はあるなどとゴブリンあたりが考えていそうだったのでな、早いうちに伝えておくことにした」


 僕の考えは読まれていた。なんでも、冬に王都で話題となったため、今年はコケトリス目当ての来場者が増えると予想されている。発足したばかりのコケトリス部門に期待しているお客さんも多いから、生半可な出し物で失望させることのないよう釘を刺しにきたそうな。


「手を抜くわけにはいきませんね」

「ちょうどいい機会だわ」


 コケトリスの普及を目指すアキマヘン嬢とロミーオさんが、魔導院祭でコケトリス旋風を巻き起こすのだと気合を入れる。だけど、ファッション方面に流れそうな気配を察した【皇帝】が、今度は騎獣としての能力をアピールすべきだと言い出した。


「魔物の領域みたいなところにこそコケトリスは必要なんだ。愛玩用だと思われては困る」

「やるのは構わんがゴブリンは乗せるな。それが条件だ」


 軍用の騎獣として運動能力の高さを見せようと【皇帝】が提案したものの、どうしてか僕がコケトリスに乗るのは禁止だとベリノーチ先生に言われてしまう。


「先輩がまたやり過ぎるからですか?」

「またってなに? 僕がいつやらかしたって言うの?」


 もしかして、黒スケでフラッピングスピンを使ったことを言っているのだろうか。本気を見せろと煽った張本人にやり過ぎと言われるのは心外だ。アキマヘン嬢とは一度きちんと話をしておく必要があるかもしれない。


「そうではない。ゴブリン、魔導院際の目的を言ってみろ」


 どうやらベリノーチ先生には違う考えがある様子。魔導院際の目的は理解しているなと僕に尋ねてくる。


「紅葉の時期にヴィヴィアナ様祭りと併せて開催することで観光に訪れた人たちに長く滞在してもらい、シーズンが終わる前にできるだけお金を落として――ぐえあっ……」

「ゴブリンには本音と建前を使い分ける程度の知能もないようだ。代表っ」


 ゴッチンと頭のてっぺんに拳骨を落っことされた。本当のことを言っただけなのに、この仕打ちは酷いと思う。


「はいっ。魔導院で学んだ成果を披露し、来場者の方々に生徒並びに本学の力量を示すためです」

「そのとおりだ。こいつの技術はここで身につけたものではない。わかるな……」


 アキマヘン嬢の模範解答を耳にして鉄仮面がウンウンと頷く。入学前に身につけた技術を披露したところで、すごい生徒が入学したねで終わってしまう。それでは意味がない。魔導院で身につけた、魔導院だからこそ身につけられたのだと見せつけることに意義があるそうな。


 コケトリス部門の設立にあたっては、魔導院に割り振られている予算とは別にホンマニ公爵様が特別予算を計上してくださっている。つまらない出し物でお茶を濁すことは許されない。そのことを肝に命じておけと言い残して、鉄仮面は教員室へと戻っていった。


「こりゃまた大変なことになったね……」

「コケトリスの持つ可能性を見せればいいだけです。問題ありません」


 なんてこったいと【皇帝】が口にしたものの、アキマヘン嬢は動じる素振りを見せなかった。コケトリスは最強でも最速でもないけれど、騎獣に求められるすべての条件がバランスよくまとまっていて欠点がない。ワイバーンやグリフォンを扱うには魔力が、ヒッポグリフを手に入れるにはお金が、鎧竜や馬に真価を発揮させるには道の整備が欠かせないけど、コケトリスにはどれも不要。この導入ハードルの低さをアピールすれば絶対評判になると自信満々だ。さすがに公爵家のご令嬢だけあって肝が据わっている。臍の垢を煎じてビビリの従姉殿に飲ませてやりたい。


「仕方ない。『コスプレエンジェル オムツフリーナちゃん危機一髪!』のシナリオを書き直すとするか……」

「その必要はありません。クレネーダー先輩……」


 オムツフリーナちゃんショーを画策していた【皇帝】が、コケトリスの出演シーンを増やそうと鞄から怪しげな紙束を取り出す。すかさず、アキマヘン嬢に命じられたロミーオさんが横から手を伸ばして取り上げた。そのうちの1枚が僕の足元にハラリと落っこちてくる。


「これは自作自演の痴漢行為計画書で間違いないね……」


 主役はアキマヘン嬢で、イボナマコ怪人役が【皇帝】。オムツフリーナちゃんの危機にさっそうと駆けつけるタキシード頭巾役はソウナンデス君という配役が書いてあった。合法的にボディタッチするための企みであることは火を見るより明らかだ。弁解の余地はない。


「お子様連れもくる魔導院祭で、あんたなにするつもりなのよっ」

「もちろん子供向けの寸劇ですが、何か?」

「これは禁書のシナリオでしょうが――――っ!」


 いったい何が書いてあったのか、シナリオの方に目を通していたロミーオさんが【皇帝】の顔面にグーパンチを叩き込む。


「エロオヤジ先輩は『ありがとうございます』しか言いませんから折檻するだけ無駄です。お茶にしましょう。その汚らわしい紙束は焚きつけに使ってください」

「待ってくれっ。作品を焼き捨てるなんて、そんなっ」


 魂を込めた力作を焼き捨てないでくれと【皇帝】がすがるものの、ええぃ離れろとロミーオさんに蹴り倒される。微美穴《びびあな》先生に助け舟を出してしまった僕も、卑劣な性犯罪を企んでいるとあっては擁護するわけにはいかない。主役をモロリーヌにするからという【皇帝】の嘆願もむなしく、オムツフリーナちゃんショーの企画は灰燼と化した。






 秋学期の授業が始まり、今は工作の時間。イターノ先生から発表のあった秋学期の課題は例年と同じく攻撃術式だった。攻撃術式は入学した年に競技用の『エアバースト』を作っているけど、今年の課題は来年からの遠征実習を見据えた対魔物用の術式。容赦のない殺傷性能が求められるとあって、【ヴァイオレンス公爵】が全身に殺《や》る気を漲らせている。


 高い評価を得るだけなら『タルトドリル』で最高評価は約束されているものの、それで手に入るのは虚名だけだ。憧れのおっぱいをこの手に掴むためには、僕自身のオリジナル術式で勝負するしかない。使い手を選ぶような打ち上げ花火は論外なので、使用者はヘルネスト……は使い道を誤りそうだから、アンドレーアと仮定した。


「あんたはいいわよね。どっか~んっていう殲滅術式で高い評価がいただけるんだから」

「そんな術式にはしないよ。嘘だと思うなら、最終評価の時間に発動させる役を交代しようぢゃないか」


 隣の席についているアンドレーアが豊富な魔力量にものを言わせやがってとケチをつけてきたので、だったらお前が使えと言い返してやる。最終評価の時間に魔導器を発動させるのは作った本人というのが普通なのだけど、魔力が足りないなどの理由で他の生徒にお願いしたっていいのだ。もっとも、下手をすれば自分の魔導器を発動させるのに必要な魔力すら残らないかもしれないので、術式の代理発動を引き受ける生徒なんてまずいない。


「あんたの魔導器なんて使ったら、私が評価を受けられなくなっちゃうじゃない」

「アンドレーアの魔導器は僕が引き受けるよ。そのつもりで術式を構築してくれていい」


 案の定、自分の魔導器を不発に終わらせる罠かと疑うアンドレーア。そっちは僕が発動させるから魔力の心配はするなと請け負ったところ、ビビリでチキンで疑り深い従姉殿はいったいどこに罠をしかけやがったのだと目を細めてジロジロ睨み付けてきた。


「伯爵とアンドレーアが魔力を交換する約束をしてるっ。ラブだよっ。ラブの臭いがするよっ」

「モロリーヌちゃんっ。どうしてお姉さんじゃなくて、アンドレーアさんなんですかっ?」


 そして、こっそり聞き耳を立てていたクセーラさんが性懲りもなくラブだと騒ぎ出した。ドクロお姉さんまで、どうしてアンドレーアを選ぶのかと詰め寄ってくる。もちろん、これがラブの証ならドクロワルさん一択なのだけど、今回に限ってはアンドレーアが最適。ドクロワルさんやクセーラさんではいささか不都合なのだ。


「ずいぶんと気前のいい話……これには絶対裏がある……」

「前にも言ったではありませんか、いわれなき好意はドクロビッチのわ――」

「ぬわあぁぁぁ――――っ!」


 話を聞きつけて、いったい何が目的だと次席が訝しむ。ここぞとばかりにタルトの奴が自作の慣用句を披露しようとしたので、精一杯の大声を上げてごまかしておいた。ドクロワルさんの耳に入ったらドクロ塾2週間コースにご招待されてしまう。


「アンドレーアだけ魔力を使いたい放題というのは、いささか不公平ではありませんか?」


 懲りることを知らないのはクソビッチだけではなかった。ま~た、スネイルの奴が不公平などと口にし始める。こいつはAクラス全員分の魔導器を僕に発動させるつもりだろうか。最初の数人はよくっても、残りは不発で落第になること間違いなし。交代するという話なのだから、パートナーくらい自分で見つけろと言ってやる。


「ご自慢の仲間を頼ればいいじゃないか」

「私より魔力の多い者など……」

「モロリーヌが選んだのはアンドレーアなのよ。なんで、あんただけ自分より魔力に恵まれてるって条件をつけるわけ?」


 スネイルの一党の中で一番魔力が多いのは奴自身であったらしい。それでは使える魔力が減ってしまうと言いかけたところで、アンドレーアが豊富な魔力を使えるというのは一面的な見方だとイモクセイさんが割り込んできた。視点を変えれば、僕が本来使えるはずの魔力を使えないということでもあるのに、自分が得をする側でないと気が済まないなんて浅ましいにも程がある。そんなことだから仲間同士で殴り合いの末リタイヤなんて無様を晒すのだと嘲笑われ、スネイルの奴が顔を紅潮させた。


 まぁ、これはイモクセイさんが正しい。スネイルのやり方はゼロサムゲーム。相手に不利益を押し付けて、その分自分が得をしようという考えだ。互いに10ポイントを持っていたとするなら、15:5とポイントが移動することはあっても合計が20であることに変わりはなく、win―winの関係というものはあり得ない。


 もちろん僕の提案だって慈善ではなく、きっちり利用させてもらうつもりでアンドレーアを選抜している。だけど、おとなしく利用されてくれるなら相応の見返りを提供しよう。これは互いに15ポイントを得るための提案。ただし、僕の享受する利益が何であるのかは秘密だ。


「用意周到なモロリーヌさんが、考えもなくこんなことを言い出すわけありませんわね……」


 いったい何が狙いだと探るような目でギロギロ睨んでくる首席。後ろでモチカさんが巻きつく精霊をピシピシ鳴らしているせいか、考え込むように唇を噛みしめるだけで尋ねてこようとはしない。


「いや、アンドレーアがお前魔力余ってんだろみたいなこと言うから、つい……」

「嘘だね。僕の目はごまかされないよ」


 勢いで言ってしまったのだとすっとぼけてみたものの、真犯人を見つけた名探偵の如く【皇帝】が進み出てきた。お前の狙いはわかっているのだと、芝居がかった態度でコツコツと足音を立てながら僕の周りをウロウロする。


「モロリーヌ。君は彼女に恩を売ることで――」


 再び正面に回り込んだ【皇帝】が、腰の後ろで両手を組みかしこまったように僕に向き直った。


「――紐水着での添い寝を要求するつもりだねっ」

「あんたっ。忘れろって言ったでしょうがっ」

「うごぉぉぉ……ぐるじぃ……」


 相変わらずいい加減で的外れな【皇帝】の憶測を真に受けたアンドレーアが、顔を真っ赤にして僕の首を絞め上げてきた。チョーヤバイのだけど、こいつはチャンスだ。このままエロオヤジの妄想に乗っかって、首席や次席からの追及をうやむやにしてしまおう。


「わかった、紐ドレーア。メルエラの用意したベビードールで我慢するから……」

「死ぬのっ。死にたいのっ?」


 紐水着じゃなくてもいいと妥協したものの、さらにエキサイトして僕の首をギュウギュウ絞め上げるアンドレーア。苦しいけど、このままエロ目的と思われるためには乗り切るしかない。


「なるほど。魔力で紐水着になってくれるのなら、ひとつダエコに申し出てみるか……」

「何を口走っているのですか、あなたはっ」


 ダエコさんと交代しようかと口にした【禁書王《フォビドゥン》】を首席がコブラツイストに捉えた。ダエコさんはエロスロード伯爵家に仕える士族の娘。主君の跡取りから要求されては断れないだろうと締め上げられ、超インドア派のエロ本大王がヘビに巻きつかれたカエルの如き悲鳴を上げる。


「クセーラさん。君の魔導器は僕が命と引き換えにしてでも発動させてみせる」

「こんの、乙女の敵がぁぁぁ――――っ!」

「うわぁぁぁっ。止めろっ。誰でもいい、【ゴーレム子爵】を止めるんだっ」


 エロオヤジに僕と交代して紐水着になってよと誘われたクセーラさんが、怒りのままに強化型『エアバースト』をぶっ放つ。床をゴロゴロ転がって逃げる【皇帝】を追いかけて所狭しと乱射するものだから、教室内はもうパニック状態だ。イターノ先生は教卓の下に隠れて出てこない。


 まるでCクラスが引っ越してきたかのような大騒乱は、やっかましいと鉄仮面が怒鳴り込んでくるまで治まることがなかった。


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