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道案内の少女  作者: 小睦 博
第7章 夏のサバイバル

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189 サバイバル実習の結末

 サバイバル実習はすべての日程を終了し、僕たちは魔導院への帰路についた。アンドレーア班のバンガローを襲撃した南部派3班とムジヒダネ班は教員に暴行を働いたペナルティとしてリタイヤを言い渡され、最終的に生き残ったのはカリューア班とアンドレーア班のふたつだけ。順位は次席たちがトップで、次点が僕たちである。


 リタイヤした班にもいちおう順位はつけられ、3位が底辺班で4位がエロスロード班。スネイル班と東部派下位班が5位タイで、南部派3班が揃って7位。暴行の実行犯を含むムジヒダネ班は最下位とされた。底辺班が3位なのは問題行動を起こさなかったため。エロスロード班は小金貨1枚という負債を魔導院に押し付けたし、スネイルたちはけんか騒ぎを起こしている。他人を批判するだけで自分からは何もしない底辺ズだけど、何もしない分マイナスも少なかったようだ。


「8割がリタイヤなんて、稀に見る低成績だな……」


 ここはモウホンマーニにあるホンマニ公爵様の居城。帰り道の途中にあるので報告に立ち寄ったところ、リアリィ先生から結果を聞かされた公爵様は酷い成績だと渋い顔をされた。僕が同席しているのは目を離すくらいなら連れて行った方が安心できると引きずってこられたため。もちろん精霊たちも一緒である。


「来年からはバナナの持ち込みを禁止するつもりです」

「メルクリア。まさか、バナナが悪いなんて考えているわけではあるまいね?」

「贅沢品の持ち込みは私費の使用を許可するのと変わりありません。禁止されていて然るべきでした」


 リアリィパパからバナナのせいにするつもりかと問い質されたものの、先生の意志は固かった。今後、魔導院の遠足ではバナナ禁止だそうな。


「確かにバナナは贅沢が過ぎるな。スベリヨールが納得するならそれもよかろう」


 鶴のひと声で決めてしまわず学長先生に一任する公爵様。配下を使い慣れている者の貫禄を感じさせるなぁと感心していたところ、不埒者が僕の前に置かれたクッキーに忍び寄ってきた。むぎゅっと何もないはずの空間を掴めば、光の粒がわき上がって覆い隠す精霊が姿を現す。実体を隠して忍び寄る不届き者の正体は蜜の精霊だ。ロゥリングアクティブサーチの練習だと、タルトが命じてやらせているのである。


「実習の合間にミスティメルの隠蔽を見抜けるようになってしまうとはね。若かりし頃にロゥリング族と出遭わなかった幸運を神々に感謝するよ」


 ミスティメルというのは覆い隠す精霊のこと。今でこそ公爵様の情報参謀という地位についているものの、若いころのリアリィパパはフリーのエージェントとして地下社会に名をはせた存在だったらしい。身分を偽り、【姿なき毒針】《インビジブルスティンガー》なんて14歳の時分に思いついてノートに書き留めておいたコードネームを名乗ってブイブイ言わせていたという。こんな種族がいたなんて、知らないということは怖ろしいと身を震わす。


「相手が潜んでいるとわかっているからこそですよ」


 まだ慣れているとは言い難いので、周囲を魔力で探るにはロゥリングアクティブサーチに集中しなければならない。会話に耳を傾けながらというのが精一杯だ。いるかどうかもわからないスパイを炙りだすのは無理と伝え、クッキーを1枚手に取ってふたつに割る。すでに4回も失敗していて、今のが5度目のトライ。2体の精霊が涙目になってきたので、意地悪もここまでと練習につき合ってくれたお礼を渡す。精霊たちは大喜びして、蜜の精霊は僕の膝の上に、覆い隠す精霊は肩に腰かけてご褒美をしゃぶり始めた。


「我慢できなくなるところの見極めが上手いな……」

「妹やコケトリスの世話をしているうちに、さじ加減がわかってきました」

「そのさじ加減とやらを掴むのに、私がどれほど苦労したと思っているのかね。君は?」


 ちっちゃいころのリアリィ先生は、ちょっとでも気に入らないことがあるともんの凄い大声を上げてギャンギャン泣き喚いたそうな。いったい何が不満なのかわからず、もうノイローゼになる寸前だったとリアリィパパが明かす。先生が額に青筋を立てて睨み付けているものの、公爵様の前で不躾な振る舞いに及ぶことはないと思っているのか知らんぷりだ。


「カリューアの娘もそうだが、エロスロードのガキもなかなかにしたたかだな。ペドロリアンに主導権を握らせなかったか」

「はい。上手いこと理由を考えてはメンバーを味方につけておりました。あれでは無理に反論したところでお嬢様の方が悪者です」


 手持ち資金を超える負債を平然と押し付けてくれたと耳にしても、公爵様は機嫌を害するどころかむしろ満足しているご様子。もうリタイヤでいいよねという空気の中、首席ひとりが空回りしていたとモチカさんに聞かされクスクスと笑っている。


「それでいい。同級生に敵なしというのでは学ぶところがないとペドロリアンの奴が気にかけていたからな。せいぜい凹ませてやらんと魔導院の名が廃る」


 高い授業料に見合った分の教育は施してやろうではないかと、いたずらを思いついたタルトのような笑みを浮かべる公爵様。なんであれ人並み以上にこなせる首席は確かに優秀だけど、この学府には彼女に負けない生徒が集まっているのだという自負を感じさせる。自分が設立し、教え子たちが発展させてきた魔導院に絶対の自信があるのだろう。


「ところでメルクリア。話にあったイボリンスとやらの感想を聞かせてくれ。使ったのだろう?」

「驚くほどの効果がありました。髪に虫がつかないのは当然なのですが、首筋や耳元にも寄ってこなくなりますので、寝ている時の羽音に悩まされることがなくなります」


 あまりにも快適過ぎるので、一度使ってしまったらもう手放せないだろうとリアリィ先生が説明すると、公爵様のニヤニヤ笑いはさらに大きくなった。モウヴィヴィアーナにおけるイボ汁産業の発展は約束されたも同然。もうペドロリアンにでかい面をされなくて済むとご満悦だ。ホンマニ公爵様は北部派の首領なのだけど、領地がど田舎なせいもあって収入の面では首席の実家に及ばないそうな。


「ドクロワルの奴も頭が痛いだろう。あれほどの孫娘をドワーフの血が混じっているという理由で跡継ぎにできんのだからな」


 ドクロワル男爵の孫は学習院にいたドクロ従兄も含めて幾人かいるけど、魔導院に入学できるだけの魔力を持っていたのはひとりだけ。そのひとりが魔力に優れているというだけにとどまらず、治療師や薬師としても規格外に優秀ときている。だけど、血統を重んじる南部派が混血の領主なんて許すはずもない。お家騒動を避けるために、いずれ手放さざるを得なくなるだろうと公爵様が笑みを漏らす。


 やっぱり、公爵様はドクロワルさんを手に入れるつもりか……

 このままでは離される一方になる。僕もなにかしら成果をあげなければ……

 再生鉄ではダメだ。あれは魔力を使いすぎるから普及し難い……


 ドクロワルさんの研究が高く評価されるのは、魔力がなくてもできる仕事が多いから。イボ汁搾りは誰だってできるし、イボ汁染料で布を染めるのに魔力は必要ない。染料の調合にしたって、必要な魔力は教養課程の生徒が賄える程度。相性が悪いとはいえ、次席の魔力をもってしても鉄を溶かしきれなかったンギャホレ炉とはわけが違う。ひと握りの人間にしか使いこなせないのではなく、誰にでもできるところに価値があるのだ。


 焦っても仕方のないことはわかっているけど、彼女の株ばかりが上がっていくところを目の当たりにしては心中穏やかでいられない。これ以上、離されて堪るものか……






「わたくしの口はそんなところについていないのですっ」


 魔導院一行が宿泊している宿に戻り夕食をいただいていたところ、膝の上に抱っこしている3歳児が唐突に暴れ出す。我にかえって手元を見れば、食べさせようとしていたパンをタルトの額に押し当てていた。ドクロ山への登頂ルートを考えるのに夢中になって気がつかなかったらしい。ちゃんと食べさせろと、食いしん坊がドシンドシンお尻で攻撃してくる。


「椅子を揺らさないでくれチミッ子。尻に響く……」


 同じ長椅子に腰かけているヘルネストが泣きを入れてきた。バンガロー襲撃にムジヒダネ班が加わっていたことを耳にした次席が、クセーラさんと脳筋ズの3人をとっ捕まえて真っ赤に腫れ上がるまでお尻をひっ叩いたのである。珍しいことに、いつもおすまし顔の次席が烈火のごとく怒り狂っていた。


「少しは次席の立場も考えなよ。バナナを売り渡した後に襲撃を命じるなんて、まるっきり悪党じゃないか」


 代金をいただいた後、手下に取引相手を襲撃させブツを回収するのは反社会的組織の常套手段。あんなに怒ることないだろうと愚痴るヘルネストを、お前たちは次席に汚名を着せるところだったのだと【皇帝】が諭す。朝食時にその話を耳にした次席は、そんな疑いをかけられたらタルトに出資を打ち切られてしまうと真っ青になって食器を取り落としたという。


 なるほど。次席の弱点を握っているのはタルトだったか……


 新鮮な果物でいいように釣られる3歳児だけど、受け取った報酬を全額ぶっこんでくれる大口出資者でもある。僕たちの在学中は客員教員を引き受ける公算が強いので、次席としては来年以降も出資してくれることを期待しているのだろう。あの怒りようからすると、すでに長期計画に盛り込まれているのかもしれない。だとすれば、タルトのご機嫌を損ねることだけは何としても避けようとするはずだ。


 今回のサバイバル実習で次席をリタイヤに追い込むことはできなかったけど、ひとつ収獲があったとしておこう。ゲームセットがコールされるまで、僕は決して諦めない。

 いつの日か、必ずギャフンと言わせてやるぞ……


「バンガローを取り囲んだところでバナナが手に入ったわけでもあるまい。何がしたかったのかさっぱり理解できんが、おかげで4位だ。礼を言っておこう」


 鉄鋼仮面は正体不明とされたので、エロスロード班はバンガロー襲撃に加担していないことになっている。最下位も覚悟していたのにまさかの4位だと【禁書王】が喉を鳴らした。さすがに偶然だとは思うけど、他の班をリタイヤに駆り立てて自分たちの順位を上げたのだから、結果的には首席のファインプレーだ。


「汚ねぇ……。汚ねぇよ、ちくしょう……」

「謎の覆面ヒーローの正体はバレないことになってるんだ。諦めるんだね」


 ヘルネストがあれは首席だと言い張るものの、有効な証拠は何ひとつ残っていない。鉄仮面を貸したドクロワルさんも首席が暴徒に混じっているところまでは確認していないし、確実に正体を見抜いてくれたであろうタルトも鉄鋼仮面が名乗りを上げていた時はまだお昼寝中。あれが首席だというのはすべて憶測にすぎないのである。


「首席もモチカさんにお仕置きされてんだし、それで納得しなよ」


 補習を抜け出した罰として、今度は逃げられないよう引っ張ると絞まる結び方で巻きつく精霊を首にかけられた首席は、ヒポリエッタにつながれてここまでずっと歩きどおしなのだ。もう足が棒になってしまったと、長椅子に寝そべってドクロワルさんに揉んでもらっている。昔取った杵柄とマッサージを申し出てみたものの、楽ばかりしている奴はあっちへ行けと追い払われてしまった。タルトと乳母車に乗っていたのがお気に召さなかったらしい。


「なぁ、チミッ子。頼むから……」

「わたくしはその鉄鋼仮面とやらを見ていないのです。どうせならオムツ仮面にするのです」


 諦めの悪いヘルネストが、鉄鋼仮面の正体は首席だと言ってくれと頼んで断られていた。教員であるタルトの証言はそれだけで証拠として採用されるものの、そんな奴は知らんとオムツを被るよう勧められる。この3歳児は自分の思い付きを実現したがるので、今のうちに言いくるめておかなければ本当にオムツを被らされてしまう。放っておくには危険すぎる考えだ。


「オムツ仮面は変態的すぎるよ。オムツライダーでどうかな?」

「詳しく聞かせるのです」


 オムツを穿いてコケトリスに跨った正義のヒーローなのだと答えておく。これなら今とそう変わりがないので、アリバイとしてライダー変身オムツを作るだけで済む。クルクル回って音を出す風車くらいなら僕でもなんとかなるだろう。


「キックをくらった相手はどうしてか爆散するんだ」

「触れたところに魔法陣を貼り付ける術式があるのです。それを使っているに違いないのです」


 必殺技の説明をしたところ、やり方があるのだとタルトが言い出した。創作されたヒーローの技について熱く語る様子は、どこから見ても3歳児そのもの。だけど、口にしているのは【禁書王】や【皇帝】が驚きに目を見開くほどの秘匿術式である。放っておいても、喋らせておいても危険とあらば、もう口を塞いでしまうしかない。


「ほら、この唐揚げをお食べ……」

「待てっ、なぜ止めるっ?」


 手近なところにあった鶏の揚げ肉を口にぶっこんでやれば、食いしん坊は喋ることを忘れてモシャモシャし始めた。いったん口にしたものは、意地でも平らげないと気が済まないのだろう。なんてことをするのだと【禁書王】が声を荒げるものの、こんな宿の食堂で秘匿術式を夕飯の話題にするのは不適切というものだ。


「タルト。秘匿術式をくれるんじゃなくって、僕が自分で組み上げられるよう手解きしてくれる約束だよ」

「ほぉぐばっだごめ……」

「いや、食べてていいから……」


 僕が欲しいのは秘匿術式そのものじゃない。それらを作り出す術式構築力だ。ポンと答えを教えられれば満足するスネイルと一緒にされては困る。それでは、いつまでたってもドクロワルさんとの差は縮まらない。


 彼女の価値は、製法《レシピ》ではなくそれを生み出す頭脳にある。培われた能力は失うことも奪われることもないから、仮に製法が漏れたところでさしたる問題にならない。さらに改良を加えた新製品によって、古い製品の価値を失わせてしまえばいいだけだ。もらった秘匿術式ではそうはいかない。失った時点で僕の株は大暴落するだろう。


 指先ひとつで敵を爆殺する暗殺拳に憧れる気持ちはあるものの、どのみちロゥリング族には無用の長物。ドクロ山と引き換えにするほどの価値はない。ホンマニ公爵様がドクロワルさんを狙っている以上、公爵家に召し抱えられるくらいでなければこの手は届かないのだ。約束を忘れないでくれよと口元をナプキンで拭ってあげれば、食いしん坊な3歳児はむぅむぅと満足げな唸り声を上げた。


 道案内の少女とやらが現れて、ドクロ山の登頂ルートを教えてくんないかな……

 こいつじゃ、ホブゴブリンのところに案内されないか心配だよ……


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― 新着の感想 ―
結構頑張ってたムジヒダネ班の転落っぷりに泣いた。 バナナ抗争は次席も計算に入れてたかと思ったがそこまで悪徳ではなかったか。 演習においてこの短期間での農耕を可能にする発芽の精霊があまりにも強すぎたな。
[良い点] これだけの騒ぎに対する今後の対策が『バナナはおやつに入りません』なのがホント草
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