188 バナナ山荘の攻防
「テロリストどもに告げるっ。命が惜しかったら、おとなしく首謀者を引き渡しなさいっ」
暴徒たちを率いるロミーオさんがアンドレーアの引き渡しを要求してくる。中心になっているのは南部派3班のようだけど、ムジヒダネ班に怪しげな鉄仮面の姿もあった。ドクロ先生が敵に回ったのかと思ったけど、よくよく見れば身長がまったく違う。っていうか、あれは首席で間違いない。どうやったのか、巻きつく精霊の拘束を抜け出して鉄仮面を借りてきたようだ。
「首席、それで正体を隠しているつもりなの?」
【ジャイアント侯爵】という謎生物を除けば、女子であんなに背が高いのは首席だけ。いくら顔を隠したところで無駄である。
「私は正義の味方、鉄鋼仮面っ。ゾルディエッタ・ペドロリアンという容姿端麗で博学多才、純真可憐な乙女とは縁もゆかりもありませんわよっ」
両脚を大きく横に開き、左手を正面に突き出し右拳を頭の後ろに振り上げたポーズで名乗りを上げる自称正義の味方。だけど、暴徒に混じって罪のない人々を包囲するなんて悪の手先に決まっている。どうやら、悪の秘密結社ゾルーが復活してしまったらしい。
「ヘルネスト、僕たちは友達じゃなかったのかい?」
「友達はバナナを独り占めしたりしない。俺の知っているモロニダスは死んだ」
テロリストに知り合いなどいないとふて腐れたような顔で僕を鬼籍に入れるヘルネスト。バナナひとつで壊れるとは、なんとも脆い友情である。許嫁とふたりなら小金貨3枚くらい稼げるだろうと言ってみたものの、ンギャホレ炉の買取り費用で西部派の生徒たちは残らずスッテンテン。潤っているのは次席ひとりだそうな。
「だいたい、どうして僕たちがテロリストにされてるのさ?」
「真面目に補習を受けている生徒たちのところへ、これ見よがしに食べ終えたバナナの皮を放り込む思慮に欠けた行い。人、それをテロと言うっ!」
こちらに背を向け、両手を腰に当てたポーズで肩越しに振り返りながら僕たちの行いをテロリズムだと断言する鉄鋼仮面。隣で契約者をマネてポーズを決めている蜜の精霊が可愛らしい。正体を隠している意味がまったくないけど……
「悪党どもっ。おとなしく正義のお縄を頂戴するんだよっ」
「首謀者って、いったい誰のことを言っているのかしら?」
クセーラさんが手にしたロープを頭上に掲げてピシピシと鳴らす。標的にされている自覚のないアンドレーアが、そもそも誰の引き渡しを要求しているのだと呑気に首を傾げていた。
「なにを言ってるんだい、アンドレーア。そんなの班長に決まってるじゃないか」
「ちょっとっ、言い出しっぺはあんたじゃないっ」
捕まったらオムツを剥ぎ取られてお尻を百叩きにされるのだと教えてあげたところ、アンドレーアは焦って僕に責任を擦りつけてきやがった。こういう時こそリーダーとしての真価が問われるのに、手の施しようのないビビリはこれだから困る。役立たずの班長には、せいぜい責任者としての役割を果たしてもらうしかない。
「要求を呑もう。アンドレーアを引き渡すから、他の班員たちには手を出さないと約束……」
「あんたっ、私を売るつもっ――イモクセイまでっ?」
おのれ、裏切るつもりかと柳眉を逆立てたアンドレーアが僕に掴みかかろうとしたものの、背後からこっそり忍び寄っていたイモクセイさんに取り押さえられる。彼女も僕と同じ考えなのだろう。ここに至っては降伏もやむを得ないとはいえ、仮にも僕たちを率いてきた指導者だ。結論の決まった軍事法廷でも、最後まで堂々と己の信念を貫き通してもらいたい。
「仕方ないよアンドレーア。僕たちもできる限りの弁護はするから……」
「まだ負けと決まったわけじゃない。戦いの場を移すだけよ」
「ちょっとっ、本気なのっ?」
そんな簡単に白旗を上げるのかとアンドレーアが目を剥くものの、ここで抵抗を試みたところで多勢に無勢。しかも、ネクストバッターズサークルでは最終兵器【ヴァイオレンス公爵】が今か今かと出番を待ち構えている。間の悪いことに、アンドレーア班唯一の戦力と言える【ジャイアント侯爵】は動きを封じられている状態だ。籠城したところで一方的に蹂躙されることは確実。降伏するしかなかった。
「誰がアンドレーアを引き渡せなんて言ったのよっ。どうせモロリーヌか屁カテリーナの思いつきでしょっ。偽の餌でごまかせるなんて思わないことねっ」
「私じゃダメみたいよ……」
生贄を差し出されたのでは気が治まらないから、班長ではなく首謀者の身柄を要求した。裏で糸を引いていた真犯人はお前たちに決まっていると、ロミーオさんが僕とイモクセイさんを指差す。
「…………こうなったら徹底抗戦しかないね」
「モロリーヌを売ることなんてできないわ。皆、力を合わせてアンドレーア班の意地を見せつけてやりましょうっ!」
「あんたたち……」
最後のひとりが力尽きるまで、敢然と理不尽に抗い続けるのだとイモクセイさんが気勢を上げる。班の女子たちの視線が冷たいように感じられるけど気のせいだろう。バンガローの入り口は住居部分を取り囲むバルコニーに面していて、登ってくるための階段は1か所しかない。そこさえ封鎖してしまえばこっちのもんだ。
「総員、迎撃配置につけっ。暴徒どもを近寄らせるなっ」
「上等だわっ。踏みつぶしてしまいなさいっ」
イモクセイ司令官が班長を無視して籠城を決断。それを耳にしたロミーオ将軍が開戦ののろしを上げる。【ヴァイオレンス公爵】を先頭に、暴徒どもが鬨の声を上げながら階段へと押し寄せてきた。
「僕を突破できるなんて思わないことだね」
「おのれっ、またしても卑怯なマネをっ!」
ムジヒダネ特攻隊長にバルコニーまで上がられてしまったらゲームオーバーなので、階段は『ヴィヴィアナロック』で完全に封鎖する。呪いの言葉を吐き散らしながら動かない水の壁に拳を叩きつけるものの、人の力ではどうにもならないことは本人もわかっているはずだ。
「サクラッ、任せろっ」
「ヘル君、なにをっ?」
ヘルネストの奴が階段の手すりから宙に身を躍らせたかと思ったら、水壁の端っこに手をかけて空中で方向転換。アクロバティックな動きでバルコニーの欄干にしがみついてきた。
「させるかっ。落ちろっ、地獄に落ちろっ」
「ちょっ、待て――いてぇぇ……」
力尽くでヘルネストを引っぺがすなんて僕にできるはずがない。だけど、ゴブリンにだって知恵はあるのだ。欄干を掴んでいる指先。その爪の隙間に爪楊枝をグサグサと挿し込んでやれば、さすがの脳筋もぶら下がっていられずに落っこちていく。
「なんてひでぇことしやがるんだっ。性格悪すぎだろっ」
「酷いのはどっちだよっ。バナナの皮をぶつけられたくらいでっ」
「お前にはバナナを食べられない奴の気持ちがわからないのかっ」
園芸サークルに出資しない限り、次席は自分たちはおろか妹にさえバナナをわけてくれない。虐げられる者の痛みを理解できない冷血漢めと、地面に落っこちたヘルネストが爪楊枝を挿された指先にフーフー息を吹きかけながら僕を罵倒してきた。積層型魔法陣にならないようズラした状態で霧の魔導器を発動させ、頭から水をぶっかけてやる。
落下地点に『ヴィヴィアナピット』を展開されなかっただけでもありがたいと思えっ……
「ありったけの爪楊枝を持ってきてっ。よじ登ってくる連中には容赦なく突き刺しなさいっ」
階段は突破不能と判断した連中が、地面からバルコニーに飛びついて這い上がってこようとしていた。イモクセイ司令官の指示を受けた女子たちが片っ端から爪楊枝をくらわせていく。指先を押さえて地面に転落する配下を見て、攻撃中止の合図を出すロミーオ将軍。このまま力押ししても被害が増えるばかりと判断したのだろう。
「はしご部隊を前進させなさいっ」
このまま膠着状態になるかと期待したところ、敵は攻城兵器まで用意していたようだ。いつの間に作ったのかと思ったら、体力自慢の男どもが三段肩車でノソノソと近づいてくる。
足の遅い攻城兵器は昔から狙い撃ちにされると決まっているのに……
「魔導砲発射用~意――」
さすがに生徒を弓で射貫くわけにはいかないけど、女子たちだって『エアバースト』の魔導器くらいは持っている。イモクセイ司令官が右手を振り上げれば、横一列に並んだ女子が一斉に魔導器を構えた。
「――全門斉射っ!」
「「ぬわぁぁぁ……」」
炸裂する空気の塊をかわすこともできず、直撃をくらってバラバラになる三段肩車。だけど、ロミーオ将軍は諦めなかった。何度壊されても、その場で肩車を組み直させる。こいつはおかしい。
……クダシーナ君じゃあるまいし、こんな無駄なことを――しまったっ!
「ふはははっ。伯爵っ、観念するんだよっ」
「用があるのはモロリーヌだけよ。痛い目にあいたくなかったら道を空けなさい」
階段から一番離れた場所。建物の陰になるところからクセーラさんと【ヴァイオレンス公爵】がバルコニーに姿を現した。はしご部隊が注意を引きつけている間に、ゴーレム腕の巻き上げ機を使ってふたりを潜入させる作戦だったようだ。ロゥリングレーダーは魔力を感じ取るだけで、人が入り乱れているところで敵味方の識別までしてくれるわけではない。意識の隙を突かれれば敵の接近を許してしまうこともあり得る。
最悪な状況に陥ってしまった。ダブルダウンの試合じゃないからやられた振りも通用しない。無慈悲なる殺戮者の登場に女子たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
かくなるうえは……
「ロリボーデさんっ。その包みを持って逃げるんだっ。クセーラさんに渡しちゃいけないっ!」
「へっ……包みって?」
「まだ、バナナが残っていたかぁ――――っ!」
ムジヒダネさんはわき目も振らず一直線に僕に襲いかかってきたけど、思ったとおりクセーラさんは餌に喰いついた。バナナなんて残っているわけないのに、ロリボーデさんの膝の上。ブランケットで覆われているナニカをご馳走と勘違いして跳びかかる。
「むぉらった――――あ……」
勢いよく剥ぎ取られるブランケット。その下から出てきたものはバナナではなく、仔オオカミと丸まってお昼寝中だった3歳児である。身体に巻き付けていたブランケットを力任せに引っ張られ、ロリボーデさんの膝の上から転げ落ちてしまう。すべてがスローモーションのように感じられる静寂の中、ゴッスンと石頭が床にぶつかった衝撃は、まるで超巨大隕石が地上に激突したかのごとくバンガローを揺るがした。
「わたくしを投げ捨てて叩き起こすとは……。クソ、覚悟はできているのですね?」
「ちっ、違うんだよっ。私が悪いんじゃないよっ」
むっくりと起き上がったタルトに睨まれ、大慌てで誤解なのだと弁解するクセーラさん。ロリボーデさんの膝の上にあったものをバナナと思ったのは確かに誤解だったかもしれないけど、3歳児を床に叩き落としたのは紛れもない事実。言い訳なんてするだけ無駄である。なお、僕に掴みかかってきたムジヒダネさんは、タルトが床に落っこちたのを目にするや否や、素晴らしい反応速度でバルコニーから飛び降りると近くの繁みに駆け込んでいった。あの一族はマジで忍者の末裔なのではなかろうか。
「伯爵が――ごぶあっ?」
僕のせいだと口にしようとした瞬間、クセーラさんが左手で自分の顔面をしたたかに殴りつけた。どうやら、タルトにゴーレム腕を乗っ取られてしまった様子。バシバシ殴られた挙句、髪の毛をギュウギュウ引っ張られ泣きながら許しを請う。
「クソに組した者どもには、ひとり残らず思い知らせてやるのです」
「ひいぃ……っ」
「いったい何の騒ぎですか?」
復讐に燃える3歳児がバルコニーに姿を現すと、禁忌に触れてしまったことを察したのかロミーオ将軍が震え上がる。そこに、お隣のバンガローからリアリィ先生がやってきた。どうしてこんなに生徒が集まっているのだと尋ねられ、気持ちよくお昼寝していた自分をこいつらが床に投げつけたのだとタルトが暴徒たちを指し示す。
「クレネーダーさん。あなたが教員に手を上げるとは思っていませんでした」
「待ってくださいっ。やったのは私じゃありませんっ」
「こいつらは皆、仲間なのです」
先生に対して乱暴狼藉に及んだりすれば、ルール違反でリタイヤを通り越して放校処分すらあり得る。南部派きっての優等生ともあろう者がなんて不祥事を起こすのだと目を怒らせるリアリィ先生。そんなつもりはなかったのだとロミーオさんが必死に言い訳するものの、タルトの言い分が受け入れられ全員共犯ということにされてしまった。教員と生徒では証言力に差があり、主張が食い違った場合には一方的に教員の方が正しいとされるのだ。酷い制度に聞こえるけど、身分が高い方の言い分が通るのは階級社会では当たり前のこと。あえて理不尽なジャッジを下すのも教育の一環だそうな。
「ずいぶんな騒ぎになっておりますけど、何かございましたの?」
「首席っ? そんなのありっ?」
そして、すっとぼける不届き者がひとり。鉄仮面を外した首席が、自分は何も知らないとばかりにぬけぬけと事情を尋ねてくる。彼女の背後に視線を向ければ、首だけとなった鉄仮面がガサガサと繁みの中へ姿を消していくところが目に映った。いくらファンタジー世界とはいえ、こんな真昼間から首妖怪が出没するはずもない。蜜の精霊が中に入っていることは確実だ。
「鉄鋼仮面? 私は存じませんわね」
さすがは首席。汚い手を使うことにかけてはスネイルなんて足元にも及ばない。ひとりだけ逃げるつもりかと抗議の声を上げる生徒たちにも、この中にひとりでも鉄鋼仮面の正体を確認した者がいるのかと強気である。
「先生。補習を抜け出して遊んでいる素行不良な生徒がいます」
「はうっ……」
だけど、リタイヤした首席はそもそもこんな場所をうろついていてはいけないのだ。いったいどうやってモチカさんの目を盗んだのだとリアリィ先生に詰問され、ヌルヌルの蜜で巻きつく精霊をヌメらせて拘束から脱したのだと白状させられる。見た目も能力も可愛らしい蜜の精霊だけど、意外に侮れない奴かもしれない。
処分は追って沙汰すると暴徒たちを解散させた先生が、補習はリタイヤのペナルティなのでボイコットする権利はないと不良生徒の耳を引っ掴む。憐れ首席は、今からお説教だとドナドナされていった。




