179 追加オプションは別料金
面倒なことになった。槍で倒すだけなら底なし沼にはめて突けばいいけど、沈んでしまった獲物を引っぱり上げる方法がない。発芽の精霊かクセーラさんがいてくれればどうにかなったのだけど、ここにいるメンバーでは底なし沼から水を抜いた後に掘り出すしかないだろう。ブスブスと槍を突き刺したところから泥が入ってしまうのも問題だ。
逃げられてしまった一番の原因は、もちろん【ヴァイオレンス公爵】。イノシシを目にした途端、凄まじい殺気を放ったものだから狙っていることを気取られてしまったのだ。もっとも、他のメンバーも似たような反応をしていたので彼女ひとりを責めることはできない。単なる魔力量の差でしかなく、仮にムジヒダネさんがいなかったとしても結果は変わらなかっただろう。
「あ~、めんどくさっ。か~、めんどくさっ」
仕留めてしまえば抜け駆けと言われ、見つけてやれば取り逃がす。腕っぷしが強ければ狩猟も楽勝なんて軽く考えていた勘違い野郎に獲物を仕留めさせなければいけないなんて無理ゲーもいいところだ。あの日の僕は、どうしてオムツを穿いてお願いすればなんて余計な入れ知恵をしてしまったのだろう。情けは自分のためならずとはよく言ったものである。
「そう拗ねるなよ。次は上手くやるからさ」
「なにか手を打たない限り、何度やっても結果は同じだよ」
気配を隠すこともできないくせに、次はなんて呑気なことをぬかすヘルネスト。そんな悠長に構えているからクセーラさんに謀反を起こされたのだとまだ理解していないようだ。ど素人どもが上手くやれるようになるまでトライアンドエラーをくり返すなんて冗談ではない。そんなことをしていたら、食いしん坊にご馳走を食べ尽されてしまう。
獲物が目に入れば殺気を放って逃がしてしまうに違いないので、ムジヒダネ班の連中にも、もちろんイノシシにも気付かれないように互いを接近させなければならない。そんな都合のいいやり方が――
「あったわ……」
腰袋からひとつの魔導器を抜き出す。柄から伸びた棒にふたつのリングをはめたような魔導器。そこに刻まれているのは春学期に作った霧を発生させる術式だ。こいつで獲物もろとも、ムジヒダネ班の視界も奪ってしまえばいい。
「なにをニヤニヤ笑ってんだ? 魔導器なんか持ってなにを……」
「こうするのさ」
魔導器を高々と掲げて発動させる。僕の頭上に現れた水の塊が、次の瞬間には霧となって拡散していった。1回使っただけでは霧が薄いので、続けて2回ほど発動させ10メートル先がようやく見えるくらいの濃霧で辺り一帯を包み込む。
「これでは獲物が見えないわ」
「見えたら逃がしちゃうじゃないか」
獲物を逃がしてしまう張本人がマヌケなことを口にしていた。見ても、見られてもいけないとなれば、こうするより他に手はあるまい。迷子になりたくなかったらイリーガルピッチを見失なわないようついてこいと伝え移動を開始する。この霧は500メートル四方を覆ってしまうくらい拡がるから、範囲内にイノシシの一頭くらいいるだろう。晴れてきてしまったり、獲物が見つからなかったら移動した先でもう一回使えばいいのだ。
――ん? こいつはさっきの奴か。さては隠れ家が近くにあったんだな……
霧に包まれると安心するのか、周りから感じる動物たちの魔力がわずかに薄くなる。そんな中に、警戒心マックスの奴がいれば目立たないわけがなかった。興奮冷めやらずといった感じなのだけど、その場所に留まってまったく動く気配がない。
好都合だ。霧に紛れて気付かれないように囲んでしまおう。
「よかったね。さっき逃がした奴が隠れ家でじっとしてくれてるよ」
「隠れ家に潜んでるのがわかんのかよ。それって酷くないか?」
なんて卑怯な種族なのだとヘルネストの奴がロゥリング族をなじりだした。安全なはずの隠れ家でじっとしているのが一番危険だなんて、あまりにも救いのない話だと立場を忘れて僕を非難しやがる。
「僕は見つけるだけ。狩るのはヘルネストたちだから、別に取り逃がしたっていいんだよ」
「棚があんだよ。男の心にはなぁ」
それはそれ、これはこれと偉そうに宣うヘルネスト。威張って言うことかよ、まったく……
「どこに隠れてるの。まったくわからないわ?」
「素人に見分けられるようじゃ隠れ家とは言えないからね」
イノシシの潜んでいる隠れ家は藪に覆われていて、一見しただけではそこにイノシシが隠れられるほどの巣穴があるようには見えない。もう目の前なのだけど、ムジヒダネさんにはさっぱりのようだ。もっとも、教えたら何をするか知れたものではないので、わからないままでいいからここにいろと配置につける。僕が隠れ家から追い出して動きを止めるから、合図をするまではイノシシの姿を確認しても絶対に動くなと伝えておく。無視して失敗するようなら手を貸すのはこれまでだ。
隠れ家までの距離は10メートル。左手で腰袋を探ってグリップエンドのついた魔導器があることを確認し、右手にイノシシを追い出すのに使う秘密兵器を握る。この距離なら弓は必要ない。
一球入魂。久しぶりに見せてやるぜ。僕渾身の直球をっ!
おおきく振りかぶってからの全力投球。僕の右腕が唸りをあげ、タルトから取り上げたクソビッチのおならが隠れ家の入り口に突き刺さった。
ブギィィィ――――ッ!
すさまじい咆哮を上げながら、イボ汁煙をまとったイノシシが藪から転がり出てきた。いちいち魔力を確認しなくても怒り狂っていることは明白だ。隠れることなく堂々と立っている僕を見つけて、口元から飛び出た大きな牙に殺気を宿す。
こいつオスだったか。まあいい、こいよっ。
ふざけたマネをしてくれた犯人が自分の半分もないようなちっこい猿だと知って、僕を牙にかけるべくまっすぐ突っ込んでくるイノシシ。この距離で狙われたら、ロゥリング族の身体能力で逃げきることはまず不可能。牙の一撃を避けたとしても、突進まではかわしきれずに撥ねられて、またどこかの異世界に転生してしまうかもしれない。
目前に迫りくる転生イノシシ。僕に向かって最後の踏み込みをしようとしたところで――
ブギョエッ?
――動かない水の壁に激突して弾き飛ばされた。透明な水の壁は光の反射や屈折率の違いでしか見分けることができないから、この霧の中では気が付かないのも無理はない。
逃げることも避けることもできないけど、防ぐことはできるんだなぁ。これが……
「いいよっ。やっちゃってっ」
ラトルジラントやヒハキワイバーンの力でも微動だにしなかった『ヴィヴィアナロック』に全力で突っ込んだのだ。さしものイノシシも何が起きたのか理解できないまま足元をふらつかせている。今だと合図を送れば左右からムジヒダネ班の4人が飛び出してきて、憐れな獲物に容赦なく槍を突き立てた。
「君たち、これ食べるんだよね? どこ狙って刺してるのさ?」
動かなくなった獲物を検分してみれば、首元から心臓めがけて突き込んだのはふたりだけ。残るふたりは食べられる場所に槍を突き刺しやがった。大切なロースの部分を刺したヘルネストも大概だけど、執拗なまでにお尻を狙った女子はいったい何を考えていたのだろう。
そんなところに急所があるはずなかろうに……
「ちゃっちゃと血と腹わたを抜かないと、せっかくの獲物が台無しだよ」
なんかイノシシを殺しただけでやり遂げたような顔をしているヘルネストたちに、早いとこ処理にかかれと促す。まだ第一段階が終わっただけ。獲物を持ち帰るところまでが狩猟です。
「やってくれないのか?」
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……?」
どうしてか、ヘルネストの奴は僕がやってくれるものと思い込んでいたらしい。というか、4人が4人ともニワトリを絞めた経験があるくらいで、唯一Bクラスの女子がヘビの捌き方を知っているだけ。獲ったイノシシをそのまま持ち帰って皮を剥げばいいと思っていたという。
「解体できないのにイノシシを獲るとか脳筋なの……はわかってたけど、バカなの?」
「いや、普通は使用人がやるもんだから……」
お貴族様の狩りは獲物を仕留めた後のことは使用人に任せるのが普通らしい。首席みたいに実家の使用人を連れてきてるならともかく、メイドのひとりもいない奴がなに寝言ほざいてやがるとヘルネストのすねを蹴っ飛ばす。
「結局、イノシシを討ち取りたかっただけじゃないか。スポーツハンティングならトロフィーとして切り落とした頭を持ち帰れば充分だろ」
「それではクセーラが納得しないわ」
食べられる部分を持ち帰らなければクセーラさんが再び反旗を翻す。次は次席も黙っていないだろうとムジヒダネさんが眉間にしわを寄せていた。なんでも、妹が謀反を企てたことで文句を言いに行ったところ、班内の不満を放置した自らの怠慢を省みず苦情を申し立てるとは何事だと、逆に説教されるハメになったそうな。今度反乱が起きるようなことがあれば、クセーラさんを通じて次席がムジヒダネ班も統括すると言い渡されているらしい。
「タルトから言いつけられた仕事は果たしたからね。クセーラさんはそっちの担当だよ」
「意地悪言わないで解体もしてくれよ。友達だろう……」
約束どおり大物を仕留めさせてやった。僕の仕事はここまでで、クセーラさんを満足させることまでは含まれていない。意地悪するなとヘルネストは言うけど、モチカさんが口にしていたとおりこの実習は競技でもある。友達だからといって、競争相手にサービスし過ぎるのは褒められたことではないはずだ。
「解体して欲しいか?」
「なぁ、頼むよ……」
決してトロフィーが欲しかっただけではないのだとヘルネストが縋りついてくる。
「解体して欲しいのなら――」
軽く腰を落とし、脇を締めて肘を胴体につけたまま親指と人差し指で輪っかを作った両手を左右に開く。
「――金、は・ら・えっ!」
「ちょっ、おまっ……やり方が汚いぞっ」
この場で血と腹わたを抜く処理なら小銀貨5枚。持ち帰った後に皮を剥いで枝肉にするところまでなら大銀貨1枚を申し受けると告げたところ、オムツ以外に追加料金がかかるなんて聞いてない。これは悪質商法だとヘルネストが声を荒げた。
「嫌ならい~んだよぉ。こうしている間にも肉はど~んどん臭くなっていくからぁ、決めるなら早くした方がいいと思うけどねぇぇぇ……」
お友達価格で相場並みの解体料に抑えておいたのに悪質商法などとそしられる所以はない。プロセルピーネ先生の倍々理論にならって、獲物を見つけたことで倍。隠れ家から追い出すことでさらに倍。仕留められるよう動きを止めてやったことでもひとつ倍。出張解体は3倍付けだから、合計で24倍の料金を請求することもできるのだ。
ぐへへ……獲物を狩っちまった後に悩んでいる暇なんてね~んだよ。競技である以上、友達でも払うもんはきっちり払っていただくぜ。汚いも何も、捌けもしない獲物を狙う奴がマヌケなんだ。金を払うか、肉を諦めるか、とっとと決めやがれっ。
「仕方ないわ。大銀貨1枚で枝肉にしてもらいましょう」
「サクラ、いいのか?」
「クセーラが叛逆したら、次の日から畑仕事に駆り出されるわよ。次席の監視付きで……」
班の運営をファーマーに牛耳られてしまったら土いじりを命じられるに決まっている。それならまだお金で解決した方がマシだから、枝肉にするところまでやってくれとムジヒダネさんが決断した。発芽の精霊の能力で野菜を成長させると土壌から一気に栄養分が失われるため、次は場所を移すか土を入れ替えるかしなければならない。つまり、畑仕事は毎日発生しているわけだ。農場送りなんて冗談ではないと、班長の言葉に班員たちは揃って身体を震わせた。
腹わたを抜いた2頭のイノシシを荷車に載せて持ち帰ったところ、何やらバンガローの前が騒がしい。こんな人だかりができるなんていったい何事かと思ったら、アンドレーアの膝の上で3歳児がこれ見よがしに焼きたてピザを頬張っていた。周りを囲む生徒たちにトロトロのチーズが糸を引くところをこれでもかと見せつけた後、こりゃたまらんとでも言いたげな満面の笑顔で咀嚼する。それぞれの精霊を連れた首席と次席が同じテーブルに着いているのだけど、満足げな表情を浮かべている精霊たちと違って契約者のふたりはどこかやけくそ気味だ。後は野となれ山となれと刹那的な魔力を放ちながらご馳走を口に運んでいる。
「むぐむぐ……ずいぶんと時間がかかったのです。首尾よくいかなかったのですか?」
「僕が仕留めたのは認めないって言うもんだから、一頭余計に狩るハメになっただけさ」
「ならばよいのです。パンザーラを食べさせてあげるのですよ」
この世界でもピザはピザと呼ばれているのだけど、語源はイタリア語ではなくパン皿料理。通称、パンザーラを短縮したものとされている。言いつけを遂行したご褒美だとひと切れ差し出してくるタルト。手が汚れたままなので3歳児の手で食べさせてもらう。イモクセイさんが焼いてくれたピザはトマトソースにスライスしたタマネギとシカの燻製肉をトッピングしたベーシックなもので、表面は焦げ目がついてパリッとしているけど中はふんわりな生地によくマッチしていた。これなら食通気取りの食いしん坊も満足だろう。
「予定よりも多く獲れたのですから、普通は喜ぶところではありませんこと?」
「余計という言葉の選択に憤りを禁じ得ない……ゴブリング族許すまじ……」
一日に2頭もイノシシが獲れたのに喜ぶどころか余計だなんて、余裕ぶっこき過ぎも甚だしい。許し難い暴言であると、額に青筋を浮かべた首席と次席からダブルで睨み付けられた。
口元に付着したトマトソースのせいで迫力ゼロだったけど……




