180 迫りくる崩壊の時
サバイバル実習9日目。中盤になって慣れが出てきたのか追い詰められてきたのか、ドクロ診療所のお世話になる生徒が現れ出す。底辺班3人が毒キノコにあたり、東部派下位班のひとりは毒蛇に噛まれた。南部派でアライグマを捕らえたという生徒も、罠を仕掛けにいった先でスズメバチに刺されたという。なお、見つかったスズメバチの巣は伐採エリアに近くて危ないということでリアリィ先生がタルトに駆除を依頼。クマネストによって壊滅させられている。
「汚ねぇよ。班長が何もしてないくせにトップ独走とかあり得ねぇ」
燻製小屋にイノシシの肉を吊るしながらヘルネストがブチブチ文句をこぼしていた。ロゥリング族だけでも充分卑怯なのに、その欠点を補う【ジャイアント侯爵】に台所と家計を預かるイモクセイさんがいる。コケトリスは卵を産みやがるし、腕っぷしだけではどうにもならない危険なスズメバチも天敵のモミジグマがいれば怖くない。アンドレーアはメンバーに恵まれ過ぎだと、先ほどから愚痴を止められない様子だ。
「若様の誘いを断ってアンドレーアのところに行ったそうじゃない。モロリーヌには北部派の自覚がないと首席がおかんむりよ」
本日はアンドレーア班とムジヒダネ班のイノシシに加えて、エロスロード班が塩漬けにしたマスも一緒に燻製する予定。どうして【禁書王】の誘いを断ったのだと、腹を開いたマスを手にダエコさんが尋ねてきた。トイレの前で待ち構えてズボンの前を開きながら誘ってくる男にホイホイついていく僕ではないと正直に答えておく。
「ちょっとダエコ。いつから伯爵が北部派になったのよっ?」
「ダイアナエリザベスコーネリアです。授業料を負担しているのだから、モロリーヌはペドロリアン領の生徒なのだと首席はおっしゃってました」
「それはヒハキワイバーンの代金だよ」
魔導バーナーで火種にする木片を炭にしていたクセーラさんが、今の言葉は聞き捨てならんと異議を唱える。首席はちゃっかり僕を北部派にしていた模様。領の奨学金をいただいているわけではなく、それはモモベェの売却代金だ。僕の左手に刻まれている領紋は今でも「魔法陣に瞳」の魔導院紋で、ペドロリアン領の生徒になったならば楓の葉っぱと熊が意匠されたペドロリアン紋に変えなければならない。左手の甲に領紋を浮かび上がらせ、それは首席が既成事実化を図っているだけなのだと示す。
北部派に所属するのが嫌というわけではない。リアリィ先生を筆頭に、北部派の女性は総じて長身かつスタイル抜群。首席やモチカさんはもちろん、ダエコさんだって決して持たざる者ではないのだ。男なら誰もが夢見るエル・ドラードがそこにある。だけど、僕の目指す頂は別のところにあった。どうしてか南部派はクゲナン平野にアキマ平原、クレネーデルタとおしなべて標高が低いのだけど、その向こうにど~んとドクロ山がそびえ立っている。どこまでも続く荒れ果てた大地であろうとも、僕は約束の頂に向かって進む覚悟だ。
「そういえば、どうして首席はこないのかなっ?」
「自主的に謹慎するそうです」
せっかく自分が獲った魚なのに燻製は他人任せかとクセーラさんが尋ねれば、ここに来るとまたタルトにご馳走を食べさせられてしまうのでバンガローに引きこもってしまったとダエコさんが教えてくれた。昨日、エロスロード班は大銀貨3枚で全員分のピザを購入している。さっさとリタイヤしたい【禁書王】が理由を見つけては資金を使い果たしてしまおうとするので、これ以上言い訳を与えないつもりなのだろう。
ちなみに、3歳児がむっちゃ見せびらかしたピザは大好評で、本日はカリューア班から注文された分を焼く予定。明日もロミーオさんたち南部派からの注文が入っている。僕が解体で大銀貨1枚をせしめている間に、タルトとイモクセイさんはその10倍の額を稼いでしまっていた。
「底辺班の連中がキノコにあたってたけど、サクラヒメを貸してあげなかったの?」
精霊とカワウソを抱きしめて巣ごもりを始めたダメ人間から話を逸らしてあげようと、僕はひとつ気になっていたことをヘルネストに尋ねてみた。いかに底辺ズといえども、同じクラスの万年69位がヒメバシリスクを使い魔にしていることを知らないはずがない。人が口にしていいのはバシリスクが興味を示さないものだけ。これはもう常識といっても過言ではなく、自生していたキノコを確認もせず食べるなんていくらなんでもバカ過ぎる。
「大銀貨1枚を出し渋って素人がキノコ鑑定なんてするからだ」
ヘルネストが意地悪をして貸してやらなかったのかと疑っていたのだけど、どうやら底辺班がレンタル料をケチった結果らしい。毒キノコの種類がわからないということで、ドクロ先生は黒ゴマの角から作った大抵解毒薬を処方するしかなかった。限りなく万能に近い解毒薬はその効果をいかんなく発揮し、ひきつけを起こして口も利けなくなっていた患者はケロリと回復したものの、小金貨2枚を請求された底辺班の資金は尽きる寸前。リタイヤは時間の問題だ。
「使い魔の餌をもらうのに大銀貨だなんて、ずいぶんふっかけたもんだね」
「いやまさか、バシリスクに毒見させずに喰っちまうなんて普通考えないだろ。だいたい、解体に大銀貨を要求したお前がそれを言うか?」
相手の足元を見たのは確かだが、まさかノーチェックで食べてしまうとは予想していなかったと迂闊なる男がバツの悪そうな顔をする。僕にふんだくられた解体料を回収するべく、言い値で支払うかキノコを諦めるか迫ったところ、底辺ズが思っていた以上にチャレンジャーだったのだという。
「伯爵だってタルちゃんに食べ物をあげることでお金を取ろうとしたよね……」
「3歳児への餌やり体験は小銀貨だよ。適正価格だから問題ない」
「お前に追加料金を取られたから埋め合わせが必要になったんだ。そもそもの原因を作っておきながら他人事みたいな顔しやがって……」
同じことをしたではないかとクセーラさんが口にすれば、僕がすべての元凶だと欲の皮を突っ張らせ過ぎたヘルネストが罪を着せやがった。言いがかりも甚だしい。タルトに言いつけられたのは大物を獲らせることだけなのだから、獲った後のことが有料オプションになるのは当たり前である。だから、僕は悪くない。
「責任の擦りつけ合いって醜いわね……」
燻煙の上がり始めた燻製小屋の扉をパタンと閉めながら、悪いのはお前だと言いあう僕たちをダエコさんが冷ややかな目で見つめていた。
エロスロード班、カリューア班に続いて、本日は南部派班にピザを焼く予定。3班分と人数が多いので、バンガローの中にあったテーブルと長椅子も外に出して大勢で団らんできる場所を整えた。もちろん作業は【ジャイアント侯爵】にお任せで、ヒリキングな僕は見ていただけである。
「久しぶりのご馳走なの。ひとつ美味しいのをお願いね」
お昼近くになって、30人近い南部派の生徒を引き連れたロミーオさんがやってきた。あんな大所帯をよくまとめきれるものだと感心するしかない。
「誰に言ってるつもりなのよ」
ご馳走を食べさせろとロミーオさんが口にすれば、自分が不味いものを出したことがあるかとイモクセイさんが応えた。ふたりはこれまで学年4位を争ってきたライバルなのだけど、意外なことに仲は悪くない。むしろ、軽口を叩きあえる程度に気心が知れている様子だ。
「ずいぶん奮発したね。正直、南部派が注文してくれるなんて期待してなかったよ」
「ここらでお腹を満足させてあげないと、後半持たなくなっちゃうもの」
南部派に売りつけようにも、精霊と契約している子がいないので首席や次席と同じ手は使えない。罠猟や魚釣りに長けた生徒がいるならライバルである東部派から買うことはないだろうと諦めていたのに、どうしてまた必要のないお金を使うことにしたのかと尋ねてみたところ、アンドレーア班みたいにいつもいつもご馳走というわけではないのだとロミーオさんが微笑んだ。首尾よくアライグマを捕らえられたのは最初だけで、その後罠にかかったのはウサギが2羽だけ。魚を釣ってきてくれる生徒はいるけど、とても全員にいきわたるほどではない。飢えてこそいないものの、決して満足しているわけでもないから、実習が後半戦を迎える前に不満を取り除いておきたいそうな。
「つまり、ガス抜きってこと?」
「屁カテリーナの前でそういう表現をするもんじゃないわ。毒キノコ食べさせられるわよ」
「あんたに毒キノコを食べさせてやりたいわ……」
誰がおならの臭い女だとイモクセイさんに睨みつけられたものの、ロミーオさんは気にすることなくケラケラと笑っている。互いにこの程度は冗談として受け流せる範囲だとわかっているのだろう。同じクラスにおならの苦いビッチがいることも理由のひとつかもしれない。
焼きあがったピザがテーブルに並べられ始めると、南部派の生徒たちが嬉しそうに手に取って口に運ぶ。シカの燻製肉をトッピングしたものとスライスしたイノシシロースを使った2種類があるのだけど、どちらも好評なようであちこちから歓声が上がっていた。この時期のイノシシはやっぱり脂が少なくて筋っぽかったものの、そもそも肉をがっつり食べるのが久しぶりとあってはその程度の違いなんて気にならないようだ。
「西部派を出し抜けたと思ったら、まさか東部派にしてやられるなんてね……」
「ロゥリング族は野人なんだから、相手にするだけ無駄だって言ったじゃない」
しっかりと今が旬のシカ肉を選んでいる男子生徒がぼやいていた。罠でアライグマを捕まえたのが彼。家は代々狩猟監という役職を引き継いでいて、狩猟なら西部派にだって負けないと自信があったらしい。東部派がヤマドリに続いてシカを仕留めてきたと耳にして、ついつい冷静さを欠いてスズメバチの巣を見落としてしまったのだと恥ずかしそうに頭をかいている。ロミーオさんが「だから言ったでしょう」と頬を膨らませるものの、本気で相手を責めているわけではなく顔は笑ったままだ。
彼はロゥリング族の狩猟に興味がある様子。弓での狩りは獲物に気付かれないよう近づかなきゃいけないし、急所を外して手負いにしてしまったら自分の身が危うくなる。弱っちいくせにどうしてそんなリスクの高い手法を採るのだと不思議な顔をしていた。
「僕が知っているロゥリング族はふたりだけだけど、獲物がそこにいると知って罠にかかるのを待っていられるような性格じゃあないね」
ロリオカンもプッピーもそんなに気の長い方じゃない。というか、わりとせっかちな方だ。なまじっか獲物の居場所を捉えられるものだから、待っているうちにイライラしてくると思う。さっさと片づけてしまおうという結論に達するのは時間の問題。だからロゥリング族は罠猟をしないのだろうと答えておく。
「苛立って結局弓で仕留めてしまうからか……。そんな理由、思いもよらなかったよ」
「ま~さ~に野人センス。文明人には理解できなくって当然だわ」
罠にかかってくれるのを待ちきれないから弓を使うだなんて、想像の斜め上を行き過ぎていると呆れられてしまった。ロミーオさんはロゥリング族をアマゾンの奥地に棲む未開裸族とでも考えているようだ。文明を持った種族なら、より安全でリスクの少ない方法を採用するのが当たり前。イライラするからなんて理由で物事を決するのは野人の証だそうな。
「血と腹わたを抜かないまま持ち帰ればいいって考えてた奴らの方がよっぽど野人じゃない? 獲物を巣に持ち帰るワイバーンと変わらないよ」
獲物の処理をするのは文明的な行動。魔獣程度の脳みそしか詰まってない脳筋ズの方がよっぽど野人に近しいのでないかと言ってみる。
「なに言ってるの。使用人から仕事を取り上げるわけにはいかないでしょう」
「領主の血縁者が自分で獲物を処理するようになったら、僕の家はお役御免だよ……」
ふたりはわかってくれなかった。【ヴァイオレンス公爵】は子爵の息女でヘルネストも分家の跡取りなのだから、むしろ使用人たちにどんどん仕事を振り分けなければいけない。領主ひとりで狩猟が完結してしまっては、狩猟監という役職が廃されてしまうではないかと口にする。
「文明世界は分業体制が進んでるの。なんでも自分でなんて考えるのは野人だけよ」
自給自足の生活から脱却して、人族は専門化した社会を造り上げたのだとふんぞり返るロミーオさん。お前の考えそのものが野人臭いと言われてしまった。彼女はどうあっても僕を未開種族にしなければ気が済まないようだ。
くそぅ……見ておれよ。文明世界の崩壊はすぐそこまで迫って来てるんだ……
悔し涙を堪えて空を見上げる。もうすぐだ。僕の待ち望んでいた時が訪れるのも遠くない。文明なんて脆く崩れ去る儚いものだと思い知らせてくれよう。




