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道案内の少女  作者: 小睦 博
第7章 夏のサバイバル

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178 拡大するオムツ教

「騎士従者になったらオムツトレーニングがあるから、覚悟しておいた方がいいわよ」

「…………なにそれ?」


 騎士にオムツは必需品だと伝えられ、ポカンとした顔で聞き返す【ヴァイオレンス公爵】。騎士はひとたび出撃したら、帰投するまでお手洗いにいくことはできない。オムツを嫌がるような奴は見習いにすら格上げしてもらえないから、今のうちから慣れておくのも悪くないと魔性レディがオムツの着用を勧める。


「魔導甲冑はね、専用のハンガーで着脱することを前提に設計されてるの。任務中に外すことはできるけど、再装着には魔導騎士2名の介添えが必要になるわ」


 魔導甲冑は運動性を重視した軽いものでも200キロ近い重量がある。主流とされている汎用型なら300キロオーバーも珍しくないので、ひとりで持ち上げることはできないし、下手に地面なんかに脱ぎ捨てようものなら自重でフレームが歪んでしまう。撃墜された時のことを考えて緊急脱出はできるようになってるけど、ひとりで装着することはできないから用を足すために脱ぐなんて許されないそうだ。竜騎士にしたって無用な離着陸はワイバーンを疲れさせるだけだし、地上では機敏に動けないため敵地で脆弱な状態を晒すことになる。そのため、任務中はオムツで済ませるのが当然。お手洗いのために危険を冒すなんて言語道断だという。

 そういえば、全員オムツ着用だったからモレルンジャーにされたんだっけ……


「見習いになると魔導甲冑の習熟訓練が始まるけど、その前にオムツテストがあるわ。合格できなければ訓練すらさせてもらえないわよ」


 我慢するのに夢中になって判断が鈍るようでは困るので、オムツのお世話になることに抵抗を感じているうちは訓練で着用することすら許されない。騎士になるべく鍛錬を重ねているムジヒダネさんに、オムツが恥ずかしいなら術師か工師がオススメだと魔性レディはあっけらかんと口にした。


「初めて聞いたわ。本当なの?」

「自慢するようなことじゃないから人に伝えたりしないけど、我慢しない癖がついちゃったり背徳感やスリルが病みつきになって、任務中でなくてもオムツって騎士もいるわね」


 そんな話は聞いたことがないとムジヒダネさんは未だ懐疑的な様子だけど、魔性レディによればダークサイドに魅入られてオムツを手放せなくなってしまった騎士もいるらしい。そりゃまぁ確かに、垂れ流しや変態的嗜好をわざわざカミングアウトする奴もいないと思う。そういうのはバレてしまうかもってドキドキするのが好いのであって、オムツ教徒だと知られてしまったら楽しさ半減だ。


「ファル姉の言うとおりなら、いずれ穿くことになるんだ。なら、それが今だっていいじゃないか」

「ヘル君にはこっそりオムツを楽しむ趣味があったの?」

「ないけどさ、それが必要なら受け入れるしかないだろう。魔導甲冑を扱える人間は限られてるんだし……」


 魔力が足りなくて留年入学したヘルネストだけど、王都にある高等学習院の生徒に比べればまだ恵まれている方だ。重量の問題を別としても、ヨウクーシャさんでは任務を終えて帰投するまで魔力が持たないだろう。魔導甲冑を扱うに足る魔力を持った自分たちがオムツは嫌だと騎士にならなかったら、いったい誰が領の防衛にあたるのだ。俺たちが穿かねば誰が穿くと迂闊なる男がドヤ顔を決めた。


「それはそうだけど、ヘル君のその顔にはイラッときたわ……」

「ちょっ、サクラッ。そんな理由で俺の肘をっ」

「公爵っ。砕かれた関節を直してもらったりしたら、もの凄い請求がくるよっ」


 【絶叫王】直伝のやり方で関節を粉砕したら治療にいくらかかるのだと、許嫁にアームロックを極めようとするムジヒダネさんにクセーラさんが背後から組みついた。ドウドウ落ち着けと鼻息を荒げる【ヴァイオレンス公爵】をヘルネストから引きはがす。後遺症を残さないよう完治させるには単純な骨折を直す場合とは異なる治療が必要で、その分治療費も高額になる。ドクロ先生は似て欲しくないところまで師匠そっくりだから、倍々理論で24倍とか請求されてもおかしくはない。


「オムツひとつ使いこなせない輩に、機密の塊である魔導甲冑を任せられるわけないでしょ」

「ソコツ女は道理をわきまえているのです。オムツこそ下穿きの原点にして頂点なのです」


 魔性レディとヘルネストが揃ってオムツの着用を勧めているせいか、すっかりご機嫌になったタルトがもっとやれと僕の膝の上でデンプシーロールを繰り出し始めた。落っこちないように押さえておくのが大変だ。


「さぁ、選ぶんだよっ。魚が焦げてしまわないうちにっ」


 いつまでも悩んでいたらせっかくの魚が炭になってしまうぞとクセーラさんがタイムリミットを設ける。班長がオムツを受け入れれば塩焼きにしたマスを口にできるので、ヘルネストを筆頭に班員たちは一丸となってオムツ推し一択だ。さすがの【ヴァイオレンス公爵】も顔を引きつらせて辟易しているご様子。凶暴だけど正義感は強いので、自分が悪者でいるのは案外苦手なのかもしれない。とうとう班員たちに押し切られる形でオムツを身に着けることに同意した。


「騎士になる人は大変だねっ。私は工師だから関係ないけどっ」

「何言ってるの。皆でオムツを穿くという約束よ」


 ムジヒダネさんがオムツを穿くことで決着がついた途端、自分は騎士じゃないからと予防線を張り始めるクセーラさん。だけど、そんな言い逃れを許すような【ヴァイオレンス公爵】ではなかった。グワシと肩を掴んで、ひとりだけ逃れられるなんて思うなと言い渡す。


「クソビッチがオムツを穿いたらビッチじゃなくなっちゃうんだよっ。そんなのあんまりだよっ」

「謀反を企てるような輩はクソで充分だわ」


 タルトからクソビッチと呼ばれているクセーラさんだけど、ビッチでなくなったらただのクソ。それならまだクソのようなビッチの方がマシではないかと決死の抵抗を試みるものの、関節技の達人であるムジヒダネさんに敵うはずもない。あっけなく取り押さえられてしまう。


「乙女に無理やりオムツを穿かせようなんて犯罪だよっ。先生っ、見てないで助けてっ」

「我は監督者にすぎないの。班の方針にまで口出しするつもりはないわ」

「いやあぁぁぁ――――っ」


 助けを求められた魔性レディは、生徒たちの決めたことに口は挟まないといい具合に焼けたマスに手を伸ばす。班員たちもオアズケされていた魚に夢中で謀反人に構っている暇はない模様。憐れクセーラさんはムジヒダネさんに担ぎ上げられ、叛逆の罪はオムツで償わせてやるとバンガローへ連れ去られてしまった。






「下僕。この感心な者たちに、ひとつ大物を獲らせてやるのですよ」

「はいはい、わかっていますとも」


 ムジヒダネ班8名と縄でグルグル巻きにされた謀反人1名に、どうかイノシシの居場所に案内してくださいとオムツを穿いてお願いされ、オムツ教の開祖様はすっかり上機嫌だ。全員オムツ着用とは実に感心であると、僕に狩猟の手伝いをするよう命じる。


「お前のシカより大きいのをいっちょ頼む」

「この時期のイノシシで?」


 僕のシカよりでかいのがいいと贅沢をぬかすヘルネスト。痩せ細った状態であれより大きいイノシシなら、脂がのる季節には体重が100キロを超えるだろう。そんな大イノシシがそうそういるはずないと言ってやったら、そうでないとムジヒダネさんが納得しそうにないのだと肩を落とす。なんて面倒臭い連中だ。


「街に行く途中で、例のシカ4頭分はありそうな獣を見かけたよ。白黒のまだらで角があった」

「マジかっ、そいつはいいな」

「それは牛だよっ」


 重量で比較すれば4倍はあるぞと勧めたところ、迂闊なる男はあっさり引っかかったものの、隣で話を聞いていたクセーラさんに見破られてしまった。牧場を襲撃したりしたらリタイヤどころの話ではない。そんな簡単に騙される奴があるかとヘルネストのお尻を蹴っ飛ばす。


「ウカツ君も公爵も大きさばっかり気にしてっ。美味しくなければ意味がないんだよっ」


 自慢するためではない。食べるための獲物だということを努々忘れるなとクセーラさんが言いつける。彼女は焚き木拾いを割り振られて狩猟についてこられないため、脳筋ズが目的を見失ってしまわないか心配で仕方がないようだ。こいつらの言葉に耳を貸す必要はないから、とにかく美味しい食肉を獲ってくるようにと頼まれた。


 本日、狩猟に出かけるメンバーはムジヒダネ班の狩猟組4人に僕を加えた5人。タルトは一緒ではない。時間をかけて熟成させた本格的なものとは違うけど、シカの燻製肉が出来上がったので今日はアンドレーア班でピザを焼く予定なのだ。他の班が欲しがった場合、担当教員がいなければお金のやり取りができないという理由で同行を断られてしまった。もちろん、本人が一番に食べたいだけなのは言うまでもない。


「それじゃ、ちゃっちゃと獲物を狩ってこようか」

「お前、簡単に言うな……」


 収獲があるのは当たり前で、まるで時間を気にしているように見えるとヘルネストがこぼす。そのとおりである。僕だってピザを楽しみにしていたのだ。グズグズしていたら食いしん坊に全部平らげられてしまう。


「ナメクジよりもノロマなクズどもがっ。時間を無駄にするなっ」

「サー、イエッサー」


 班長とクセーラさんを除けばムジヒダネ班にいるのはB、Cクラスの生徒ばかり。上手いこと調教されているようで、ベリノーチ先生の口調をマネたところ脊髄反射で整列した。狩り場まで駆け足だとイリーガルピッチで追い立てれば、西部派に古くから伝わるという軍歌を高らかに歌いながら走り出す。


 つぅか、アニソンメドレーじゃねぇか。誰が伝えやがったんだ……


 こんなものを軍歌だと信じる西部派のセンスに頭が痛くなったものの、妹がお気に入りだった曲を久しぶりに思い出せたので良しとする。前日の練習で疲れているというのに、日曜日の朝に容赦なく叩き起こしてくれたもんだ。

 テストで3点とか、ヘルネストは自分のことを歌ってるのかね……


「なにかいるね。ここで待って、イリーガルピッチが動いたらついてきて」


 例によって水場近くを探索すれば、鳥や小動物より明らかに大きい魔力があっさり見つかる。ムジヒダネ班にはイリーガルピッチと一緒に待ってもらい、ひとりで先行し25メートルほど離れた位置から様子をうかがってみれば、冬の初めであれば僕の獲ったシカより重かったであろうイノシシが気持ちよさそうに泥の中を転げ回っていた。泥んこ遊びに夢中で周囲への警戒が疎かになっているご様子。のたうち回っているイノシシの急所をピンポイントで狙うのはさすがに無理なので、弓に矢をつがえチャンスを待つ。泥浴びに満足してひと息ついた時が奴の最期だ。


「あなたの精霊は、私たちに獲らせろと命じたはずよ」

「マイフレンド。お前が仕留めちまったら、俺たちが獲ったことにならないだろう……」


 急所を射貫かれて息絶えている獲物を前に、脳筋ズが納得いかんと文句を垂れやがった。依頼したのはイノシシのいる場所に案内することで、抜け駆けして仕留めてしまうのは契約違反だという。誰がとどめを刺したかなんて教えなきゃバレないと言ってみたものの、自分は騙せないとムジヒダネさんは一切妥協しない構えだ。これは僕の獲物にしていいから、この手でイノシシを仕留めさせろと他の班員たちまでぬかしやがる。


「僕は槍での狩猟なんてしたことないから、どうやったら獲物を仕留められるのか知らないよ」

「見つけてくれさえすればいい。後は俺たちに任せてもらおう」


 4日連続で収獲ゼロだった奴が、どうしてこうも自信に満ち溢れているのか理解に苦しむ。そもそも槍が届くところまで獲物に近づけるかどうかも怪しいものだけど、確かにタルトからは獲らせてやれと言われているので、ここはひとつお手並み拝見といこう。とりあえず仕留めた獲物を洗って泥を落とし、手早く血と腹わたを抜いて沢に沈めておく。近くの枝に目印の赤い布を結んで、別の獲物を探すことにした。


「ヘルネスト。君はウカツダネからビッグマウスダネに改姓するべきだと思うよ」

「こんなはずは……」


 ムジヒダネ班の連中が揃って項垂れていた。危惧したとおり、せっかく見つけたイノシシに逃げられてしまったのである。近くでばったり顔を合わせれば逆上して襲いかかってくることもあるけど、20メートル以上も離れていればイノシシだって逃走を選択する。


「イノシシは怒って突進してくるから、そこを槍で仕留めるって話だったんだが……」

「話だけかよっ」


 やったことがあるのかと思っていたら、やり方というか武勇伝を耳にしたことがあるだけだと白状するヘルネスト。衝撃の事実に眩暈を禁じ得ない。同行していたBクラスの女子が狩猟を見に行ったことがあると言うので憶えている限りを説明してもらったところ、ムジヒダネ領で行われている狩りは大人数で行う追い込み猟ということが判明した。追い方と呼ばれる者たちが音を立てながら横に広がって獲物を包囲し、槍を手にした捕り方の伏せている地点まで追い込んでいくのだ。


「後ろから追われているところに通せんぼする奴が現れれば、そりゃあ突進してくるに決まってるよね。それしか生き延びる道はないんだから」


 たった4人でやれるわけないだろう。捕り方に向かってくるのは他に逃げ道がないからであって、決して勇敢だからではないのだ。イノシシ、イノシシとうるさいくせに、ターゲットの習性すら頭に入っていないのかと怒鳴りつけてやりたい。


 まったく、タルトが獲らせろではなく、獲ってこいと言ってくれてれば楽だったのになんてこった。槍で獲物を仕留める方法まで僕が考えなきゃいけなくなったじゃないか……


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