153 鉄仮面からの助言
学期末の試験が迫ってきて、問題を解こうとする生徒たちに焦りが見え始めた基礎魔術理論の時間。ようやく初の正解者が現れた。他でもない無類の術式マニア【禁書王】である。
「とりあえず合っているのです」
「とりあえずか……やはりな……」
正解にもかかわらず「とりあえず」と前置きされたことに【禁書王】は心当たりがあるようだ。不満を述べることもなく、思ったとおりとでも言うかのようにフフン……と鼻を鳴らす。
「正解にとりあえずも何もないんじゃないの?」
「そうでもない。俺のこの回答では、どうあっても6殻の円形魔法陣には収まらん。おそらく、術式を発動させられる組み合わせはいくつかあるが、指定された魔法陣になる答えはひとつしかないのだろう」
それが本当の正解。だから、これはとりあえず正解なのだと【禁書王】は肩をすくめた。
「メガネ男はものの道理がわかった奴なのです。望むなら別の問題を出してあげるのですよ」
「ありがたくいただこう」
プリントにスラスラと新しい問題を書いてくれる3歳児。時折手を止めて、こっちの方が面白そうだなどと呟いている。あらかじめ考えておいたのではなく、この場で思いついて問題を作っているのだろう。術式に関するタルトの能力には呆れる他なく、監督のリアリィ先生は諦めたような表情で窓の外を眺めている。
「ゆっくり禁書を楽しむ暇もないとは……。まったく、溜まってしまって仕方がないな……」
やれやれと独りごちる【禁書王】。クラスの3分の2を占める女子たちが、いったいナニが溜まっているのだと絶対零度の視線を投げかけたものの、タルトから受け取ったプリントに気をとられているのかまったく気づく様子がない。ある意味、奴はビッグな男だった。
「とりあえずでも、正解は正解なんだよねっ」
答えを教えてもらおうというのだろうか、クセーラさんがヒョコヒョコ寄ってきた。背後で次席がまなじりを吊り上げている。
「フッ……タダで教えてやるわけにはいかんな……」
「なにかなっ。私にできることなら何でも言ってっ」
条件次第で教えてくれるということかと期待に目を輝かせるクセーラさん。【禁書王】が上げた視線の向こうで、次席が怪しげなハンドサインを送っていることにもまったく気づく様子がない。まったくもって、彼女は懲りるということを知らないビッチだった。
「そうだな……今穿いているパンツをくれ。代わりの下着はタルト先生が持っているだろう」
「こんの、乙女の敵があぁぁぁ――――っ!」
パンツを自分によこしてオムツを穿けと言われたクセーラさんが、一瞬でゴーレム腕から手首を抜き取ると強化型『エアバースト』をぶっ放した。そうくることを予想していたのか、近距離からの射撃だったにもかかわらず【禁書王】が超インドア派とは思えない反応速度で回避する。
「ぼぎゃっ――あぁぁぁ……」
標的を外した空気の塊は窓から空の彼方を眺めていたリアリィ先生の横に着弾。爆風で先生を窓の外に落っことすことに成功した。ここ2階だよ……
「教師を窓から放り出すとは、覚悟はできていますね……」
「ちちちっ、違うんだよっ。陛下がっ、陛下がっ……」
「悪いのはクセーラ……異論はあり得ない……」
どうにか窓枠に手をかけて落っこちるのを防いだリアリィ先生が地獄の淵から這い上がってきた。自分はのせられただけで悪いのは【禁書王】だとクセーラさんが主張したものの、次席の目撃証言によって否定され有罪が確定する。
「妹を見捨てるのっ。姉さんっ、姉さあぁぁぁ――――んっ」
3日分の課題と反省文を書き終えるまで閉じ込めてやると、クセーラさんは反省室に引きずられていった。
「悪は滅びたわ……」
その口で妹を葬り去った次席が宣言し、クラスメートたちは気を取り直して問題に挑み始めた。ふと気がつくと、ドクロワルさんがノートに描かれた魔法陣をこねくり回している。
もしかして、本当の正解にたどり着いたのだろうか?
「いえ、自分ならどんな術式にするかなって……」
あてずっぽうに総当たりを試すには時間が足りない。だから、オリジナルの術式を組み上げていく中で何かヒントが見つからないかと問題を無視した術式を構築していたのだそうな。
「悪くないのです。お前たちに必要なのは正解ではなく積み重ねなのです」
自分の用意した試験を受けるのに、僕たちではまだまだ勉強が足りてない。だから、秋学期の終わりまでかけてその準備をさせてやる。春学期の試験は、とりあえずそこで成績を出さなければいけないのでやるだけ。たいした意味はないのだとタルトは言う。
「これが、ただの準備に過ぎないとおっしゃいますの?」
「だろうな。正解を導き出す過程で、これまで気付かなかった組み合わせや、使い道がないと思っていた組み合わせの活用法を思いついた。術式構築は奥が深い」
これは試験ですらないのかと驚く主席に、教本の内容を理解することと、それを上手に活用することは別なのだと唯一正解にたどり着いた男が答える。効率よく術式を構築していくためのコツや秘訣といったものは、教本をいくら暗記したところで得られない。それは自ら見出すものなので、オリジナル術式を組むことで発想を得ようというドクロワルさんの考え方は間違っていないという。
「有用なノウハウをどれだけ見出し得たか。秋学期の試験では、それが試されるのでは?」
積み重ねが足りない。それは知識でなく、技能のようなものが自分たちには備わっていないという意味なのだろうと【禁書王】がメガネの縁を光らせた。
「わたくしとしたことが口を滑らせすぎたようなのです。これはドクロビッチのわ……」
「どぅわあぁぁぁ――――っ!」
自分の思いついた慣用句をさっそく口にしようとする3歳児。とっさに大声を上げてごまかし、口をふさいで言葉を遮る。まったく、油断も隙もあったもんじゃない。
よりによって、本人の前で披露しようとするんじゃないよっ。
「私がどうかしましたか?」
はてな?とドクロワルさんが首をかしげている。顔は見えないけど仕草はかわいい。なんでもない。3歳児のたわ言なんかに耳を貸してはいけないと説得し、どうにか事なきを得た。
本日の午後は治療室でお留守番。工作棟の解体実習室でジラントの解剖が行われ、プロセルピーネ先生とドクロワルさんが両名とも不在となるのでお願いされた。コテージに戻っている時間がなかったのでモロリーヌのまま、留守居だってことがわかるよう先生の白衣を借りてひっかけている。
リアリィ先生がジラントを欲しがったのは魔導院側から標本提供したかっため。プッピーの手に渡ってしまったが最後、独り占めされるか目玉が飛び出るような提供料を請求されるかのどちらかだったそうな。
「今日はモロリーヌさ……ドブゴブリンが一匹だけか?」
「そんなに生徒を罵倒して楽しいんですか?」
「最高だ。やめられん」
暇なのを利用してタルトの問題と格闘していたところ、教師にあるまじき言葉の暴力を繰り返す鉄仮面がやってきた。頭の中身でも治療して欲しいのだろうか?
「なんだ、まだ解けていなかったのか。まぁ、ゴブリンの知能では致し方あるまいな」
自分はすでに魔法陣まで完成させた。とりあえず術式が発動する答えなら半日もあれば充分だったと両手を腰に当て胸を反らすベリノーチ先生。ブラウスの胸元を押し上げる膨らみが強調され、思わずむしゃぶりつきたくなる。
「この問題を半日……それが術師課程の特待生だった実力ですか……」
「そうだな。飼育サークルのひき眉女で3日というところだろう」
クゲナンデス先輩なら3日。それが自分なら半日だ。教師の実力を思い知ったかと、先生はピンと立った頂が天井を向くほど身体を反らせる。もう誘ってるとしか思えない。
――ブツッ!
「ひゃあぁぁぁ――――っ!」
調子こき過ぎて限界を超えてしまったのか、ブラウスの胸元を留めていたボタンが弾けた。レースで飾られた薄紫色の上品な下着があらわになる。生徒を口汚くのししる鬼教官からはおよそ想像もつかないかわいらしい悲鳴を上げながら、ベリノーチ先生は衝立の向こうに駆け込んでいった。
「モロリーヌさんっ。糸と針はありませんかっ?」
「確かこの辺りに……」
衝立の反対側から腕だけ伸ばして、治療室に備え付けられている糸と針を手渡す。
「なんですか、この針っ? 曲がってるじゃないですかっ?」
「そりゃ、縫合用の針なもので……」
「今、シルヒメを呼んであげたのです」
こんな針が使えるかと鉄仮面が文句を漏らすので、なにやらテレパシー的な能力を使ってタルトがメイド精霊を呼んでくれた。3歳児の知られざる能力かと思ったら、ただの契約による権限だそうな。主は使い魔を呼び寄せることができるってすっかり忘れていた。シルヒメさんが来るまでは自分が押さえておいてやるとタルトはベリノーチ先生に抱っこを要求。ちゃっかり自分だけあのおっぱいに顔を埋めてやがる。
くそっ、僕も3歳児に生まれついていれば……
「それでは久しぶりに補習をつけてあげましょう」
空いた時間を利用して先生が術式構築をレクチャーしてくれることになった。オリジナルの術式を構築しそれを最適化していくコツは、常に術式全体の構成を頭の隅に置いておくこと。ちょうどいい題材がここにあると僕の解いていた問題を取り上げる。
「こういう出題を目にするとたいていの生徒は前後の文脈や関連しそうなところにだけ着目して解こうとしますけど、それでは部分的な最適化は図れても全体のバランスが崩れてしまいます。術式全体の中でその部分にどんな機能を配置していくのか。そのことを常に意識していなければこの問題は解けませんよ」
虫喰いになっている部分の前後に着目して解こうとすると誤った答えに導かれる。タルトの問題はそういう風に作られているから、全体のイメージを持ち続けなければ正解は見えてこない。これは術式の構築力と最適化する能力を養うのに悔しいくらいよくできた問題なのだという。
「術式の一部だけを見てウンウン唸っているくらいなら、オリジナルの術式を組んで最適化していった方が早いでしょうね。最適化が進むほど正解に近い形になるはずですから」
「あれ? それって……」
「言ったではありませんか。ドクロビッチのやり方は悪くないと……」
本人は気づいていないけど、ドクロワルさんは本当の正解への最短コースを突っ走っているらしい。だからわざわざ教えてやったのに、未だ徒党を組んで総当たりを試そうとする輩がいる。人族という奴はどれだけ察しが悪いのだと3歳児は小バカにしたように鼻で笑った。
「総当たりだなんて……。術師課程でそんなことをしていたら落第を免れませんよ」
専門課程では通用しないやり方で正解を得ようなんて、どれだけ近視眼的なのだとベリノーチ先生もすっかり呆れ口調だ。術師課程に上がれば術式はより高度で複雑なものになり、使用される魔術語のバリエーションも増える。総当たりなんて考えただけで気が遠くなりそうだと、鉄仮面をコテリと倒してため息を吐く。
「逆に考えるのです。これはお前の生徒にとってチャンスなのです」
「それはっ!」
あの程度の教本を暗記したくらいで自分は優秀なのだと勘違いしている愚か者どもをまとめて出し抜いてやれと3歳児が先生を唆し始めた。Bクラスにも元Aクラスだった優秀な生徒はいる。もうクラス替えはないものの、教養課程の最終成績で30位以内に入って自信を取り戻すことができれば専門課程で巻き返しの目もあるだろうとブツブツ呟く鉄仮面。すっかりタルトの口車に乗せられてしまったようだ。
「フハハハッ。見ていろAクラスのボンクラども。貴様らもしょせん網にかかったイボナマコ程度の価値しかないのだと思い知らせてやるっ」
久しぶりの初々しいベリノーチ先生だったのに、再び口汚い訓練教官に戻ってしまった。この程度の問題もまだ解けていないなんてCクラスの落ちこぼれとどこが違うのだと、僕はおろか主席や次席まで含めてけちょんけちょんに貶しまくる。半日で解いてしまった先生にしてみれば、Aクラスの生徒ですらまだまだひよっこなのだろう。
「おいドブゴブリン。ドクロワルと同じように術式を組んでみろ。満足いくものに仕上がったら添削してやるから持って来い。パクリスギにもそう伝えておけ」
「ダエコさんにも?」
「好きな教室で試験を受けることを許す。そうでしたね、タルト先生」
「もちろんなのです。下僕たちにとっては逃げ道の下り坂ですが、そこを駆け上がる者がいたって一向に構わないのですよ」
Aクラスの生徒が70点を確保するだけでなく、Bクラスの生徒が100点を目指したっていい。元よりそのつもりだとタルトは平然と口にする。どうやらベリノーチ先生は、Bクラスからの刺客としてダエコさんに白羽の矢を立てたようだ。自分は優秀だなどと思い上がっていたことを、思い出したくない恥ずかしい過去にしてやると息巻いている。しばらくしてやって来たシルヒメさんにボタンを付け直してもらい、フハハハ……と高笑いを響かせながら治療室から去って行った。
ん……あれ……?
そもそも、治療室まで来た要件をうかがってなかった気がするのは僕だけだろうか?




