154 モチカエイルの思惑
――WANTED この顔見たら即通報――
リアリィ先生が教室の掲示板に1枚の手配書を張り出した。そこに描かれていた顔は、他でもない僕らのヒーロー、オムツレッドその人である。無差別求婚の罪で魔導院への出入りを禁止されたそうな。
「未婚の女性とみれば片っ端から求婚します。モロリーヌさんも気を付けてください」
「先生が3人目以降なら考えなくもないって……」
僕もプロポーズされるかもしれないから気を付けろとリアリィ先生が真顔で忠告してくる。プロセルピーネ先生が最低でも3人以上でなければ考慮するに値しないと答えたせいだろうと、その場に居合わせていたドクロワルさんが教えてくれた。
「さすがに、そこまで正気を失ってはいないでしょう?」
「私だけでなく、モチカにまで求婚したそうです。もはや理性が残っているとは思えません」
リアリィ先生にプロポーズしただけでもけしからんのに、あろうことかコナカケの野郎は実の妹にまで求婚したそうだ。もちろん、義妹とか片親違いといった都合のよい設定はない。追い詰められたケダモノは何をしてくるかわからないから近づくな。姿を見たらすぐワーナビー指導員を呼ぶようにと言い残し、先生は手配書を配布すべくBクラスの教室へ向かう。
「まさか、このような犯行に及ぶなんて……」
「申し訳ありません。叩き出すのではなく、捕えておくべきでした」
自領から無差別求婚魔などという恥ずかしい犯罪者を出してしまったと頭を抱える主席。その場でひっ捕えて地下牢につなぐべきだったのに、つい怒りに我を忘れてコテージから叩き出してしまったとモチカさんも顔をしかめていた。
場所は変わって飼育サークルの談話スペース。僕からベリノーチ先生の課題を伝えられたダエコさんが、あの先生とひとりで対峙しなければならないのかとガクブルしていた。もう全身の血が抜けてしまったのではないかと心配になるくらい顔を青ざめさせている。
「アーレイもなんでしょ。なら、一緒に……」
「それは逆に先生を怒らせると思うよ」
一緒に課題をやらないかというダエコさんの誘いを断る。オリジナルの術式を組めという課題なのだから、他人の組んだ術式を参考にしたりすればそれこそ罵詈雑言の嵐に見舞われるだろう。自分だけの力で術式を考えさせたいのだと、先生の意図を伝えておく。
「先生が特別に添削してくださるとおっしゃっているのでしょう。あなたは恵まれているのですよ。できることなら変わっていただきたいくらいですわ」
「本当だよ。あの先生に裸に剥かれて踏みつけられるとか、それはもうご褒美だろう」
クラス担任であるイターノ先生の評価は甘すぎて参考にならないし、モチカさんも学業に関しては手を貸してくれない。頼んでもいないのに先生が添削してくれるなんて羨ましい限りだと主席が肩を怒らせていた。相変わらず変態丸出しの【皇帝】をコブラツイストで締め上げるものの、「ありがとうございます」を連呼され河津落としに切り替える。
「あの口汚いキャラは作ってるだけだから、そんなに怖がることないって……」
「嘘よっ。あの先生、絶対楽しんでるっ」
ダエコさんは初々しいベリノーチ先生を知らないから、すっかり生徒を罵倒して楽しんでいるドS教師だと思い込んでいる。ああ見えて【禁書王】がようやくたどり着いた正解を半日で見つけてしまったのだと先生の実力を伝えておく。
「あれをたった半日で解いたと言いますの?」
「リアルビッチは半刻くらいだったのです」
「メルならそうでしょうね」
自分はまだ解けていないのにと驚く主席に、最初に問題を作って見せた時、半刻くらいうんうん唸って何か納得していたとタルトが教えてくれた。リアリィ先生ならそんなものだろう。自分も一刻はかからなかったとモチカさんがすました顔で平然と口にする。
「総当たりなんてやってたら落第だってベリノーチ先生は言ってたよ。タルトの問題は術式全体の構成を頭の隅に置い――ぐえぇぇぇっ。ぐるじいっ!」
突然、首に巻きついてきたロープに天井の梁から吊るされた。こいつは巻きつく精霊っ?
「私やメルが苦労の末に見出した秘訣を易々と口にされるのは面白くありませんね」
自分たちのころは誰もそんなこと教えてくれなかった。ひたすら術式の構築と最適化を繰り返していく中で身につけるしかなかったのに、魔導院もずいぶん温くなったものだとモチカさんが手にしたロープをピィンと弾く。首が精霊から解放されてズデンとお尻から床に落っことされた。
「あまりお嬢様を甘やかされては困ります。涙でドロドロに崩れた顔で泥水をすすりながらおもらしをする位の挫折を味わわせなければ人は成長しません」
「ひいぃぃぃ――――っ!」
自分の楽しみを奪うなと嗜虐的な笑みを浮かべるモチカさん。恐怖の鉄仮面以上にとんでもないのがいたとダエコさんが震え上がる。いやまぁ、リアリィ先生に辛酸を嘗めさせられ続けたモチカさんはそうだったんだろうけど、よくも心が折れなかったものだと感心を通り越して呆れる他ない。6年間も負け続けるなんて、普通の人ならとっくに諦めてるだろう。
「モチカッ。あなたっ」
「勘違いなさらないでください。モチカエイルはいつだってゾルディエッタお嬢様の成長を一番に願ってございます」
非難の声を上げる主席に、モチカさんは取り澄ました顔でぬけぬけとそう口にする。もっとも、主席だって弟のためと称して若様を騙しているのだ。他人を責める資格はない。
「ぐぬぬ……モチカの性根が腐りきっていることはさておき、せっかく機会が与えられたのです。Aクラスの問題を解いてごらんなさい」
北部派の生徒である以上、学問に背を向けることは許さない。Aクラス下位にいる北部派のふたりが70点キープに走りそうな雰囲気なので、100点を取って奴らの鼻を明かしてやれと主席がダエコさんに発破をかける。
「いっ、今からですかっ?」
「お嬢様の性格がねじ曲がっていることは置いておくとして、教師が課題を与えたということは見込みがあるということです。無理だとわかっていることをやらせたりはしません」
Aクラスの問題なんてロクに目も通していないというダエコさんに、できるからやらせているのだとモチカさんが答える。しょせんは教養課程の学習範囲からの出題。今からでも充分間に合う。むしろ、間に合わせるのが当然と手にした精霊をピシピシ鳴らす。ダエコさんはもうおもらし寸前の涙目だ。
「いいじゃない。正直、なんで私じゃなくてダエコなんだって文句を言いたいくらいだわ」
「教師に文句があるとはいい度胸だ。メス猿の吐くたわ言とはいえ、聞くだけは聞いてやろう」
「どぉうぇぇぇ――――っ!」
いつの間にかベリノーチ先生がやってきていた。気付かぬうちに背後を取られていたロミーオさんが悲鳴を上げて椅子から転げ落ちる。あんまり姿は見せないけど、コケトリス部門の顧問なのでいてもおかしくはない。
「あの、先生……」
「貴様が口にしていい言葉はひとつだけだっ。言ってみろっ!」
「イ……イエス……」
「よろしい」
おずおずと声をかけたダエコさんを怒鳴りつけ、無理やりイエスと言わせる鉄仮面。本当にここは学校なのかと疑いたくなる。どうもアキマヘン嬢に用があったらしく、呼んでくるよう命じられたロミーオさんがダッシュで駆けていった。
「なんだこの請求書はっ。説明しろっ!」
「うひゃうっ」
突然呼びつけられた挙句、いきなり怒声を浴びせられたアキマヘン嬢は真っ青になってガタガタ震え始めた。なんだろう。横領でもバレたのだろうか?
「これはその……試供品のイボノミンを使い切ってしまったので購入をと……」
イボノミンというのはドクロワルさんが作ったノミ取り薬の製品名である。コケトリスたちが気に入ってしまったのでもう手放せないと、震える声で怒れる鉄仮面に説明する。
「ノミ取り薬でこの価格だとっ。貴様は年間予算を全部つぎ込むつもりなのかっ?」
「なに? あんた、私の決めた値段に文句あんの? 股からイボナマコ生やすわよ」
「っしぇえぇぇぇ――――いっ!」
足元から唐突にかけられた声にベリノーチ先生が跳び上がる。なにやらでっかい木箱を担いだドクロワルさんを引き連れて、【魔薬王】が飼育サークルを訪れていた。
「あたしの商売にケチつけようたぁ、あんたも偉くなったもんねぇ」
「めめめっ、めっしょうもごじゃりませぬっ」
しどろもどろになりながら、プロセルピーネ先生のお薬なら妥当な値段でござ候と場を取り繕う鉄仮面。ダエコさんやアキマヘン嬢を怒鳴りつけていた時の威厳は欠片もない。わざわざお持ちいただくなんて恐縮でごわすとドクロワルさんからイボノミンの詰まった木箱を受け取る。
「アキマヘンさんっ。ありったけの予算で先生のお薬を購入しておくようにっ。以上ですっ」
「いえ……あの、さすがにそれは……」
いくらなんでも全額はまずいだろうと言いかけるアキマヘン嬢を残して、ベリノーチ先生はすっ飛んで逃げていった。口汚い訓練教官キャラにビビリまくっていたダエコさんたちは唖然とした表情のまま言葉を失っている。
「……なにあれ?」
「彼女もプロセルピーネ先生にはお世話になったクチですから」
モチカさん曰く、開発中の術式が意図せぬ結果を引き起こしたり魔導器が爆発したり、競技会で勝ち進み強敵とガチンコバトルを繰り広げたりと優秀な生徒ほど治療室のお世話になる機会は多い。どんな大怪我を負っても後遺症どころか傷跡ひとつ残さず完治させてくれたプッピーには誰も頭が上がらないのだとか。
「私も【絶叫王】に砕かれた肩を直していただきましたし、メルも私に吹き飛ばされた脚をつなげてもらっています。ベリノーチ先生も顔に大火傷を負ったことがありますから……」
この人たちは本当に魔導院の先輩なのか疑わしくなってきた。もう最強の生徒会長が支配する治外法権バトル学園に在学していたとしか思えない。どんだけ殺伐とした学院生活を送っていたのだろう。
競技会のたびにナマズ髭を生やしたプッピーが「死亡確認」とか宣言してそうだ……
「じゃあ、あの鉄仮面はそれを隠すために?」
「いいえ。そもそも顔に火傷を負ったのも、メルの雷術式を仮面が誘引してしまった結果でした」
文字通りの意味でリアリィ先生の雷を頭に落っことされたそうな。専門課程に上がった時にはもう仮面を被っていたので、モチカさんも隠された素顔を目にしたことはないという。
「あんたが獲物をリアリィなんかに渡さなければ、こんな小銭を稼ぐようなマネしなくて済んだのよ。反省しなさい、反省っ」
「タルトに言ってくださいよ……」
リアリィ先生に競り負けたプロセルピーネ先生が、身内に冷たい奴は身体中からイボナマコが生える病気にかかるぞと忠告じみた脅迫をしてきた。そんなこと言われても、決めたのはタルトだから僕にはどうしようもない。
「それから、約束のブツ。用意できてるから取りに来なさい」
ブツとはもちろんジラント汁のことである。これでもう魔法染料は出来上がったも同然だ。
素材の性能の差が評価の決定的な差であることを……教えてやるっ。
「なんですの? その怪しげなブツと――ぐはっ!」
「お嬢様は少々アーレイ君に頼りすぎです。彼がいないと何もできないパラサイトになるおつもりですか?」
探りを入れようとした主席の後頭部にモチカさんのチョップが炸裂した。ブツの正体がなんであるにせよ、それは僕が見出し手に入れたもの。同じように必要なものは自力で調達してみせろと主席を黙らせてくれる。初級再生薬と霧を利用した術式に続いて両面焼き法と、情報源が僕に偏り過ぎているとモチカさんは感じているそうだ。
「モチカァ……」
「唯ひとりから協力を得られなくなっただけで成績が維持できなくなるようでは困ります」
主席が恨めし気な視線を浴びせて抗議するもののモチカさんは耳を貸さない。図書室の蔵書を調べるなり、他の生徒から情報を聞き出すなりやり様はいくらでもある。僕からの情報ばかりアテにしていては、いずれ僕を超えられなくなるときっぱり言い渡した。
この人、まさか僕の思惑に気付いているんじゃ……
主席たちに両面焼き法をレクチャーしたのは、昨年僕がいたところで足踏みしていて欲しいから。他から情報を得て自分でその先を考えるようになられては、僕の計画は破綻してしまう。まさかと思って見上げてみれば、モチカさんとバッチリ目が合った。口元に薄っすらと笑みを浮かべている。
やっぱりわかってるんだ……
それでいて、主席にはっきりとは伝えないつもりだ……
僕を利用して主席に手痛い教訓を与えようという腹か。主席を出し抜くにはモチカさんの思惑に乗るしかない。上手くいったらきっとザマァを連呼して、今どんな気持ち? とか煽りまくるんだろうな……
次席卒業の大先輩は僕なんか相手にならない策士だった。




