152 ロゥリング的結婚観
異種族との婚姻は相手の文化的背景を理解して考え方や価値観を受け入れられなければ上手くいかない。オムツレッド……もとい、コナカケイル氏はそのことに思い当たらなかったとみえる。たとえ魔導院で教員をしていようとも、プロセルピーネ先生は決して人族の風習に染まりきっていないのだ。
「おかしいじゃないか。『女性がときめく想いを伝える言葉集』から、私の本心を表すのに相応しい言葉を選び抜いたのに……」
「そんなものに頼っているから見捨てられるんですよ、このダメ男」
つまらないことで心配させやがってと、モチカさんがお兄さんのお尻を容赦なく蹴っとばす。果てしなく同意見だ。恋愛マニュアル本なんて大多数の中から一般的な意見を寄せ集めただけのシロモノ。100回打席に立って何割打てるかといったことであれば成績を残せるだろうけど、唯一球をホームランしなければならない場面でアテにするものではない。
それを、そもそも人族ですらない先生へのプロポーズに使うなんて……
「そんな本を信じて独りよがりなプロポーズをするからですよ」
「私はっ。私のありのままの気持ちを知ってほしかったんだ。それを独りよがりだって君は言うのか?」
ロゥリング族の習慣に通じていたなら、「君しかいない」なんて言葉を選んだりはしなかっただろう。先生も人族と同じ感覚を持っていると勝手に思い込んでいたわけだから、これは独りよがりと言う他ない。ゴメンナサイは当然の結果である。
なにしろ、ロゥリング族はイケメンハーレムを形成する種族なのだから。
一夫多妻なのは当たり前。男の価値は養っている妻の数で決まるというのがロゥリング的価値観だ。父には妻がふたりしかいなかったため、それが不満だと僕のロリオカンはしょっちゅう愚痴をこぼしていた。「姉妹たちに自慢できない」はもう耳タコである。君しかいないなんて告白は、自分は妻をひとり養うのが精一杯という最底辺のダメ男ですと宣言しているに等しい。
「求婚するほど深い関係になっていながら知らないとは、独りよがりと言われても仕方ありませんね」
ショタリアンの恥さらしめとお兄さんのお尻をギュウギュウ踏みつけるモチカさん。そもそも、「君しかいない」なんて気持ちを打ち明けられて喜ぶのは、恋愛することに憧れている学のない小娘だけだと容赦がない。モチカさんの指摘に主席が胸を押さえて崩れ落ちたのは見なかったことにしよう。
「相手の考えを受け入れられないなら結婚は諦めた方がいいと思いますけど……」
「そんなことはないっ。私はプロセルピーネのすべてを受け入れてみせるっ。手始めに、あの弟子だという女の子も一緒にもらうことにしようっ」
「ザッけんな、ゴルアッ!」
コナカケの尻に渾身のキックをお見舞いする。ドクロ山は僕のものだ。おっぱい王太子だけでも頭が痛いのに、これ以上邪魔者に増えられて堪るものかっ。
「ソコツダネ先生にしなさいよっ」
「誤解しないでもらいたい。私が愛しているのは幼女であって、決して貧乳ではないんだ」
「真顔でサラッとけしからん性癖を暴露してんじゃねえっ!」
ひねりを加えたコークスクリューブローでわき腹にツッコミを入れたものの、鍛えられた腹筋に弾かれて手首を痛めてしまう。ロゥリング族の非力な身体はこういう時に不便だ。
「礼を言うよ、我が戦友イエロー。君のおかげで光明が見えてきた」
ひと欠片の希望が再び立ち上がる勇気を与えてくれたと、なんかイイこと言ったみたいな顔でドヤるオムツレッド。世界の命運を背負わされたわけでもなく、フラレて落ち込んでただけのくせして大袈裟である。
「お待ちなさい。戦友とはどういうことですの?」
ヤバイ。精霊たちの相手をしているように見せかけて、主席はきっちり聞き耳を立てていた。マネする者が現れないとも限らないから、僕がジラントを倒したことは口外しないようリアリィ先生から言い渡されている。僕を反省室にぶち込んだヘルネストだって先生との約束を破ったとしか教えられていないのに、コナカケは今日の午前中だけでジラントを2体も討伐したのだとモレルンジャーの活躍を子細に語りやがった。
「アーレイ君。街の外に出るときは行き先と目的を知らせるって約束でしたわよね?」
もう一度アタックしてくるとコナカケイル氏はさわやかな笑顔を残してコテージを飛び出していき、残された僕に鬼の如く髪の毛を逆立てた主席が迫ってきた。だけど、主席との約束を破ったつもりはない。
「いや、主席との約束にはコケトリスでって条件が付いていたはずだから……」
モモベェで出かける場合は対象外だよね。てへっ☆と口にしたところ、主席の怒りが一気にレッドゾーンに突入する。ほとばしる魔力が業火となって彼女を包み込む様が目に映るかのようだ。
「約束の意図を見抜けないアーレイ君ではないでしょうっ」
そのような詭弁を弄するとは、さては最初っから言い逃れするためにコケトリスを置いていったなと僕の首を締め上げる主席。言い負かされた途端に実力行使とは、まるで【ヴァイオレンス公爵】である。そんな屁理屈を捏ねる輩は【禁書王】ひとりで間に合っていると、僕の身体を小脇に抱えてグルングルン振り回し始めた。
うへえぇぇぇ……脳みそがシェイクされる……
「助けにこなかったのですから、わたくしも下僕を助けてあげないのです」
頼みの綱のタルトは、ジラントに丸呑みされたまま放っておかれたことをまだ根に持っていたらしい。自分は助けてやらんと顔を背ける。主席の怒りを鎮めるにはもう切り札を使うしかない。両面焼き法による積層型魔法陣を組み込んだ魔導器の作り方をレクチャーするという条件で、どうにかお許しを得ることに成功した。
翌日、さっそく教えてもらおうと巻きつく精霊を首に巻かれ工作棟へ連行される。主席だけでなく次席も一緒だ。庭を改装し終えた後、発芽の精霊の力で植物を生やし根っこで土を固めるという条件でタルトが買収された。
「クセーラの説明は……まったく参考にならなかった……教師に向いていない……」
高い工作精度を要求されるシリンダー法は、加工機を扱う技量が伴わなければマネしようがない。加えてクセーラさんの説明は、ここでグワッととか、そこはススッとなんて極めて感覚的なものだったため、次席はシリンダー法を諦めたという。
「両面焼き法は治具さえ用意できれば誰でもできるからね」
シリンダー法を採用できるのは設計図通りに加工する腕前を持った人に限られる。だけど、両面焼き法は魔法陣を焼き付ける加工機に魔導器となる木片をぴったり同じ位置にセットするだけでいい。そして、治具さえあればそれは猿にだってできるほど簡単なのだ。
ただし、工作棟に治具は備え付けられておらず、生徒が自分で用意する必要があった。
「これが僕の治具。とりあえず課題に使えればよかったから汎用性はないよ」
治具は積み木のような長さや幅、形の異なるブロックで、シュセンドゥ先輩はきっちり寸法が管理された金属製の治具をたくさん持っていた。僕のは即席で作ったものだから、奥と左右に配置する長方形の木片に微調整用の細長い真鍮の板だけである。購買で売られている真鍮板を切り分けるだけで厚さの揃った簡易治具の出来上がりだと、ここぞとばかりに先輩から教わったトリビアを披露しておく。
ここの加工機は教養課程の工作室にあるものと違って、魔法陣を描いたシートを加工機の側に取り付ける。取り付けた台を上下させることで木片に投影される魔法陣の大きさが変わるのだと使い方を説明すると、さっそく次席がいろいろ試し始めた。
「縮小させ過ぎると掘られる溝が浅くなるから、ほどほどにしとけって先輩が言ってた」
「試しているだけ……こんなに小さくするつもりはない……」
魔法陣が一番小さくなる位置にセットした次席に警告すると、頬を膨らませながら試してみただけだと言い出した。教えなかったらそのままやって失敗してそうな気もする。
「木片の真ん中に魔法陣がくるように、こう治具をセットして……」
木片をひっくり返した時にずれないよう、ひっくり返す軸と魔法陣の中心はあわせておく必要がある。慎重に位置を決めた後、治具との間に真鍮版を挿入。隙間がないようぴったり埋めておけば、ひっくり返した時にも同じ位置に木片がセットされるという寸法だ。
「思っていたより簡単ですわね。どうして教養課程では習わないのでしょう?」
「Cクラスの連中が揃って落第する……ゴブリン並みの知能では……位置決めの仕組みを理解できない……」
「その言い方はゴブリンに失礼なのです」
次席もたいがいだけど、3歳児はもっと酷かった。もっとも、Bクラスの生徒すらゴブリン以下のゴミクズと罵倒する教師と比べれば大分マシではあるけど……
「これならちゃんと働くのです」
昨年僕が使った魔法陣で、とりあえず主席と次席に両面焼きをやらせてみた。普通は魔導器として完成させるまで動作確認はできないのだけど、便利な3歳児型魔法陣チェッカーは工程中での確認を可能とする。どうやら上手くいったようだ。
「失敗しても容易に原因を突き止められる……タルト先生はやっぱり反則……」
「シュセンドゥ先輩も頭をかきむしっていたよ……」
魔導器作りで最も余計な時間を費やされるのが動作不良だった時の検証作業。本来であれば術式、魔法陣、加工手順のすべてを念入りに見直さなければならないのに、その都度確認しておけばどこで失敗したのかすぐわかる。タルトがいるだけでお城の工師たちは納期前のデスマーチから解放されるのだと言っていた。
「ともあれ、これでもう積層型魔法陣はアーレイ君たちだけのものではなくなりましたわね」
「アーレイとクセーラのせいで……評価が辛くされたことは間違いない……」
フフフン……と得意げに鼻を鳴らす主席。もう少し高い評価がもらえると思っていたのに、僕たちのせいで全体的に評価点を下げられてしまった。これでもう割を喰わされることはないと次席も安堵している。
グフェフェフェ……甘いよふたりとも……
ふたりはこれで追いつけたと思っているようだけど、残念ながらそこにもう僕たちはいない。ひと足お先に次の段階へ向かわせてもらっている。せいぜい予想よりも低い評価にガッカリしていただこう。モチカさんの泡だらけのおっぱいで全身くまなく洗ってもらうくらいの交換条件は引き出したかったのに、破ってもいない約束と引き換えにされたのだ。このくらいのお楽しみは用意させていただく。
「僕の治具を使うなら貸し出すから」
「……ずいぶんと気前がいいですわね」
使うならどうぞと口にした途端、主席の目が何かを警戒するように細められた。ちょっとサービス精神を発揮し過ぎたかもしれない。この下手くそめとタルトが苦々し気に顔をしかめている。
「今回はドーナツ法を試すつもりだから、これはもう使わないんだ」
せっかく作った物なので、使わないのももったいないと冷や汗を笑顔でごまかす。次席は治具になにか仕掛けがあるのではと疑いを抱いたらしい。ダエコさんに続いて自分たちまで落第させるつもりに違いないと、ひっくり返したり叩いて音を確認したりしている。もちろん、仕掛けなんてなかったものの、結局ふたりは自分で治具を用意することに決めた。
「いわれなき好意は相手を警戒させると覚えておくのです」
夜、おやすみの時間を前にタルト先生のいたずら講義が始まった。期待を大きく上回るものを提供されると、人はなにかウラがあるのではと疑いを抱く。上手いこと相手をひっかけるには、自らの手腕で僕からそれだけのものを引き出したと思わせておくことが肝心で、余計なものまで付け足すのはスマートでないそうな。
「そういうのを、ドクロビッチのわき腹と呼ぶのです」
「絶対、今作ったやつでしょ。それ……」
ドクロワルさんが耳にしたら、間違いなくドクロ塾2週間体験入塾コースにおひとりさまご案内だ。塾長の前では決して口にするなと頼んだものの、僕がヘマしなければいいのだとタルトは聞いてくれない。
「それより早く抱っこするのです。意地悪なシルヒメのせいでベッドが寂しくなってしまったのです」
僕の膝の上に圧し掛かってくる3歳児。いつまでも甘やかしていては生き物本来の習性を身に付けないまま大きくなってしまうと、シルヒメさんとブンザイモンさんが部屋の中に止まり木を設置した。ティコアとバナナンテはそちらでおやすみである。
「――――」
「そんな言い訳は聞きたくないのです」
シルヒメさんがガサガサと衣擦れの音で抗議したもののタルトは聞く耳をもたない。せっかくいっぱい集めたのに、元のままではないかとイーッを連発し始めた。
「ブンザイモンさんが増えてるじゃないか」
竜の巫女には自室が与えられているのだけど、全員一緒に寝るのだと3歳児がわがままを抜かしたので寝るときだけは僕の部屋に来ていた。そのままではベッドが狭いので、2台並べてワイドなサイズにして使っている。
「今日は竜の巫女が隣にくるのです。シルヒメは下僕の向こうで充分なのです」
ドラゴンさんの着ぐるみパジャマに身を包んだブンザイモンさんがタルトの隣に入り、シルクのネグリジェをまとったシルヒメさんが僕の隣に……
ふおぉぉぉ――――っ!
これまで鳥すら越えられないタルト大渓谷の向こうにうっすらと姿を見ることしか叶わなかった霊峰シルヒメが、とうとう手の届くところにっ!
来てるっ。間違いなく僕の時代来てるっ。モロニダスおっぱいカーニバルの幕開けだっ。
「どうしてシルヒメの方を向いて寝るのですかっ?」
「ぐへっ」
気がつけばシルヒメさんに抱きついていた。自分が真ん中なのだから背を向けるなとボカボカ殴りつけてくる3歳児。やっぱりダメだということで、シルヒメさんとブンザイモンさんの位置を元に戻されてしまう。
再び手の届かないところに行ってしまった霊峰シルヒメを想い涙する僕を、竜の巫女はよしよしと優しく慰めてくれた。




