144 魔法染料の作り方
「フハハハッ、見たかアーレイ。これが僕の実力だっ」
春学期前半の暫定順位が発表された。僕は30位。この時点での成績が振るわないのは確実だったから、ギリギリとはいえAクラスと言える順位を確保したので僕は満足している。そして、29位と書かれた成績表を自慢気に見せつけてくるのは誰あろうクダシーナ君だった。
「ジュリエット。モロリーヌとあんたじゃ順位の意味するところが全く違うじゃない」
「ロミーオ様っ。でも僕はアーレイにっ」
あきれ果てた様子のロミーオさんに、クダシーナ君が勝ちは勝ちではないかと抗議する。
「工作に調合に運動会。評価のしようがない科目は含まれていないのよ。モロリーヌが学期末で順位を上げてくることは確実。勝ち誇る場面じゃないってわからないの?」
暫定順位は授業中の小テストや学習の進捗度合いから先生が評価したもの。僕のAクラス入りに大きく寄与した工作や調合は、課題が仕上がらない限り評価が定まらないため含まれていない。基礎魔術理論なんかも教員がサボって評価をつけていないので集計対象から外されている。学期末での大幅アップが見込める僕と、今の順位を維持することすら怪しいクダシーナ君でひとつしか順位が違わないのだから、ここは危機感を募らせる場面だとロミーオさんがツッコミを入れた。
「ロミーオ様……どうしてコケトリス部門なんかに……」
「あの子たち、案外芸達者なの。色々仕込んでステージに上げたいわ」
唇を噛みながら、どうして僕のいるコケトリス部門に参加したのだとクダシーナ君が尋ねる。コケトリスに芸を仕込みたいのだと、ロミーオさんが片方の足でつま先立ちをしながら反対側の足を後方に滑らして、前に歩いているように見せかけて後ろに進んで見せた。腕の振りも様になっていて実にスムーズだ。
だけど、コケトリスにムーンウォークは無理だと思うよ。常識的に考えて……
「ダエコはともかくあんたはBクラス確定なんだから、さっさと自分の教室に戻りなさいよ」
ちなみにダエコさんは暫定24位。アンドレーアが25位だった。ふたりとも工作や調合はさほど得意ではないので学期末の順位はこれより下がるだろう。だけど、まだ30位以内に留まれる可能性は残されている。クダシーナ君にその見込みはないのだから、いる資格のない教室から出て行けとロミーオさんが扉を指し示す。
肩を震わせながらトボトボとAクラスの教室を後にするクダシーナ君。その姿を見送るロミーオさんの魔力は、胸が締めつけられるような寂しさで満たされていた。
「下僕、家に戻らないのですか? シルヒメがご飯を作って待っているのです」
「ちょっと本を借りたいんだ。パイが冷めるほどの時間もかからないよ」
授業が終わった後はコテージに戻り、シルヒメさんの昼食をいただいてモロリーヌの変装を解くのが日課だけど、今日は図書室に寄り道していくことにした。教本にある情報だけでは不十分とわかっているので、魔法染料に関する参考書を借りたいのだ。おあずけをくらった3歳児がブーブー文句を垂れながら「早くしろ、早くしろ」とお尻を叩いてくる。
「あら、モロリーヌさんもですの?」
図書室には主席がひと足先にやってきていた。僕と同じくコテージに戻る前に本を借りに来たようで、司書の先生に貸し出し手続きをお願いしている。いけない好奇心に負けた僕は、お嬢様はどんな本がお好みかと横目でタイトルに目をとおす。
『サルに教える魔法染料~人のココロはペインタブル~』
先を越された。この「サルに教える」シリーズは一般的な工程と注意事項がわかりやすく解説されていると評判の参考書だ。顔料に使われる素材それぞれの特性や加工法なんかは別途調べなければいけないものの、最初に全体像を把握しておくのに最適。僕が借りようと思っていた本である。
「返却じゃ……ないよね?」
「ええ、これから読もうかと……」
そこで、僕もその本を借りに来たのだと察したのだろう。主席がニンマリといかにも意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「早い者勝ちですわ。いくら私が寛大とはいえ、ライバルに塩を送るなんて期待はされないほうがモロリーヌさんのためでしてよ」
「ぐぬぬ……」
常識で推し量れない相手を軽んじるほど自分は甘くないぞと、借りた本を僕がジャンプしても届かない頭の上で振ってみせる主席。先日、挑戦状を叩きつけたばかりとあっては、一緒に読ませてくれなんてお願いできるわけもなかった。タルトは興味がないらしく、スリ盗ってくれる気配は微塵も感じられない。
「早くお昼ご飯にするのです。今日はバナナとサクランボのパイなのです」
春のヴィヴィアナ様祭りが終わり、園芸サークルからどっさりと果物が配分された。しばらくは新鮮な果物を使ったお菓子が続くだろう。食いしん坊3歳児は待ちきれないらしく、僕のスカートをバサバサとめくって急かしてくる。
「モロリーヌさん――」
なにを思ったのか、主席が僕の前にしゃがみ込んで瞳をのぞき込んできた。
「――私たち、トモダチですわよね」
主席よ。お前もか……
「今、ライバルって……」
「強敵と書いて『とも』と呼ぶのが私たちの在り方でございませんこと?」
チョークスリーパーに捕らえた僕を締め上げながら、一緒に読みましょうねと微笑みかけてくる主席。目が全然笑ってない。これは獲物を狙う猛禽類の目だ。
「どこでそんな知識を……」
「モチカがリアリィ先生のことを強敵と呼んでいましたわ」
くそっ。不動の主席に挑み続けた万年次席かっ。あの人は侯爵令嬢に何を教えているんだ。
「遊んでないで早くするのです」
用が済んだのならグズグズするな。ノロマは落第にするぞと蜜の精霊を抱っこしたタルトが出口の扉を指差す。人族ルールを理解したうえで精霊だからと無視する3歳児は、権力を濫用することに躊躇いがなかった。
主席と蜜の精霊にモチカさんを加え、シルヒメさんの焼いてくれたバナナとサクランボのパイをいただく。主人がシルキーのところに入り浸っていてはコテージの使用人が自信を失うとお小言を言いながら、ちゃっかり自分もいただいているところがモチカさんらしい。デザートのメロンは主席がご馳走してくれた。
変装を解いて飼育サークルへと足を運び、コケトリスたちに砂浴びをさせるため使っていない馬場に出す。今日は好きに遊ばせておこうと談話スペースに戻ったところで、ソファに腰かけた主席が僕をヒョイと持ち上げ、自分の膝の上に抱っこした。僕の目の前で借りてきた本を開く。
「約束どおり、一緒に読むことにいたしましょう」
うほぅ。確かにふたりで読むにはこれが一番効率いいかもしんないけど、身長差と相まってお母さんに絵本を読んでもらう幼児みたいだ。ちょっと……いや、かなり恥ずかしい。
こら、そこのエロオヤジ。羨ましそうな目でガン見すんな。
「どうしちゃったの主席? 幼児プレイってやつ?」
「よくこうして弟に絵本を読んであげてましたの。なんだか懐かしくなってしまって……」
ロミーオさんに尋ねられた主席が顔を綻ばせながらヨシヨシと身体をゆすってくる。どうやら僕はペロリアス若様の代わりのようだ。この優しかったお姉さんがあんな悪辣なことを考える鬼姉になってしまうなんて、まったくもって不思議としか言いようがない。
主席と一緒に「サルに教える魔法染料」を読み解いていくと、魔法染料の材料は大雑把に溶剤、顔料、保持剤の3つということがわかった。他にも発色をよくする材料や染料を繊維にくっつきやすくする材料もあるのだけど、こちらは追加オプションといった感じだ。プッピー監修の教本は相変わらず不親切で、ただ製法が記載されているのみ。どの材料がどんな機能を果たしているなんて解説はいっさいないから、やはりこの本に目を通しておいて正解だった。
溶剤は水でいいだろう。油を使った染料もあるのだけど、染めた後に油を落とす工程が必要になる。乾くと揮発する溶剤は入手が困難だそうな。顔料は色々あるので後で考えるとして、保持剤というものに着目する。これは調合の際に加えられた魔力を保持するためのもの。僕がいくら魔力をそそぎ込んだところで、それを保持するだけの容量が染料になければ垂れ流すだけになってしまうらしい。
「多量の魔力を保持できる材料ですか。すぐに思いつくのは魔力結晶ですけれど……」
「ゴーレム核用の魔力結晶をすり潰すの? もの凄くお金かかりそうだよ」
購買で売っている乾電池クラスの魔力結晶ですらそれなりの値段はする。ゴーレム核に使うのであれば再利用できるのでひとつ買っておいてもいいかなと思うけど、すり潰して染料に混ぜるとなれば話は別だ。入学した年にクセーラさんが学費を使い果たしたのも、ゴーレム腕用にいくつも購入したせいだった。
「それはさすがに……っ!」
そう口にしたところで、主席が身動きができなくなるほど強く抱きしめてきた。女の子の柔らかい身体の感触と温もりが伝わってくる。
こっ、これはもしかして……でも、僕にはドクロワルさんが……
「まさか、ご自分で採ってこようなんて考えているのではございませんわよね?」
僕の耳にささやかれたのは甘い愛の告白などではなく、地獄の底から響いてくるような冷たい詰問だった。相手の居場所がわかるのをいいことに、騎士団に先んじてラトルジラントを倒しに行くつもりではあるまいなと僕の身体をギュウギュウ締め付けてくる。
「ないからっ、ないからっ。ラトルジラントの相手なんて金輪際まっぴらだからっ」
これまでは上手くいったけど、ラトルジラントの首のすぐ後ろを『ヴィヴィアナロック』で捉えるのは死と隣り合わせの大博打。顎が引っかかるので後ろには抜けられず、首を振り回す余地もないという絶妙の一瞬を見極められると思うほど僕は自信家ではない。そんなことはしないと拘束を緩めてもらう。
「コケトリスで街の外に出るのは、行き先と目的をきちんと伝えてからにしていただきます」
勝手に街の外に出ないと約束させられ、再び「サルに教える魔法染料」を読み進めていく。数ページめくったところに、魔力結晶を保持剤として使う場合の注意点が記載されていた。なんでも、魔力結晶をすり潰して混ぜれば染料自体の保持魔力量は増加するものの、魔力結晶の粉はそのままでは生地に定着しないため、染め上がったものの保持魔力量には寄与しないそうな。
暖めると柔らかくなる糊のようなものを混ぜて、熱しながら染色し冷やして固着させるという解決策が例として取り上げられていたけど、これだと染め上がった生地がパリパリになる。表面が毛羽立つように加工された生地なんかは台無しになってしまうので、魔法染料は染めたものの仕上がりまで考えて調合しましょうと結ばれていた。
「なんかダメそう……」
「肌触りが問題になるものには使えませんわね」
工作の課題で染めるのはハンカチとされている。直接肌に触れるものなので、パリパリの固い生地になってしまっては高評価なんて望めない。とりあえず、すぐ手に入る材料で一度作ってみて、どんな感じに仕上がるのか試してみようということになった。
翌日、再びシルヒメさんのお菓子目当てに主席がコテージにやってくる。本日のメニューはビワとリンゴを砂糖で煮たものをパイ生地で包み、カスタードを乗っけて焼いたお菓子。具の入ったエッグタルトといったところだ。ご馳走になった代わりだと、魔法染料の材料は主席が揃えてくれた。さっそく試作してみようと調合室へ向かう。
「どうしたのこれ?」
調合室は西部派の生徒たちに占拠されていた。カリューア姉妹に脳筋ズ、【皇帝】といった同級生だけでなく、ドヤリンガーさんといった下級生たちの姿まで見える。見たところ、バグジードのように時間稼ぎをしているわけではなく、浪人ギルドに納入するための魔法薬を一斉に作っているようだ。
「あれ、伯爵と主席も調合しに来たの?」
ダメ草の下拵えをしていたクセーラさんが声をかけてきた。ヒョコヒョコ寄ってきたところで急に寄り目になり、なにやらクンクンと匂いを嗅ぎながら僕たちの周りをウロウロし始める。なんだろう。毎日、お風呂に入ってタルトの高級石鹸で洗っているから、そんな変な臭いはしないと思うのだけど……
「な~んかふたりから甘い香りがするな~。はっ。もしかして、これがラ・ヴ・臭っ?」
どうやらお昼に食べたお菓子の残り香を嗅ぎつけたらしいけど、何を勘違いしたのかクセーラさんが唐突にバカなことを言い出した。




