143 帰ってきたヘタレ
今日は春のヴィヴィアナ様祭り。モウヴィヴィアーナの街が観光客で賑わうなか、僕はタルトに連れられて邪教徒の集会を訪れていた。微美穴先生が約束どおりモロネストに赤ちゃんを産ませたか、最新作を確認するためである。
『一時の過ちから身ごもってしまったモロネスト。ヘルニダスとの関係を秘密にしておきたいと思いながらも、その身に宿った小さな命の灯を消してしまうことに罪悪感を覚え苦悩する』
あらすじではこうなのだけど、モロネストが思い悩むストーリーは最初の4ページまで。あとはお腹の大きくなったモロネストがひたすら汁だらけにされるという相変わらずな内容だ。ラストは汁だらけの出産シーン。もう吐き気をもよおさずにはいられない。あの時、ヴィヴィアナ様に助け舟を出してしまった僕は何を血迷っていたのだろう。
「作品なら端女がお部屋までお持ちしましたのに……」
「絶対にやめてください」
コテージまで届けてくれるという微美穴先生。再び過去作品を大量に押し付けられては堪らないので全力でお断りしておく。今度BL本が見つかったりしたら、僕はガチホモの烙印を押された挙句、吊るし斬りにされるに違いない。
「下僕もこんな風に赤ちゃんを産むのですか?」
一番見たくないページを僕の前で開く3歳児。
やめろ。その汚らわしいラストシーンを僕に見せるな。
「タルト。これは作り話だっていったでしょ」
モロネストは創作上の登場人物であって、モロニダスともモロリーヌとも別人なのだと説明する。これが僕であるなんて認めるくらいなら舌を噛む方がマシだ。世界破壊爆弾でこの世の住人すべてを巻き添えに自爆することだって厭わない。
タルトから許可が出たところで微美穴先生が最新作の販売を始めた。さすがは大御所だけあってあっという間に行列ができる。並んでいる人の中には、モロリーヌの涙を描いている「耽美はBLの内」というふざけたペンネームのムチムチお姉さんの姿もあった。
ヴィヴィアナ様の件は忘れてしまえばいいとして、問題はあの僕好みのムチムチお姉さんである。本日発売されたモロリーヌの涙最新作はすでに完売していたけど、販促用のポップやイラストには明らかにゲイマル君とソウナンデス君と思われるふたりが描かれていた。
これはおかしい。いくら何でも情報が早すぎる。
優秀とはいえ、まだ入学して間もないのだ。同学年以外には顔も名前もほとんど知られていないはずなのに、僕と関わりのあるふたりが登場させられるなんて偶然にしては出来過ぎている。飼育サークルの誰かが情報を流しているに違いない。
誰かは知らないが必ず見つけ出して、あのお姉さんの正体を吐かせてやるぞ.
約束を守ったのだからとご褒美を催促する微美穴先生にネクタールを渡し、邪教徒の集会場を後にする。シルヒメさんとブンザイモンさんが待っているマックへと向かい、お昼ご飯にボイルザリガニをいただくことにした。ネクタールを渡したならそれ以上のお供え物は必要ない。その分の予算で食事を贅沢にしろとタルトが譲らなかったためだ。
なんでもできるメイド精霊のシルヒメさんがペンチで手際よく身を取り出し、食べやすいようにほぐしてくれるので僕たちはいただくだけだ。例によってあ~んの構えを取る3歳児の口にホカホカと湯気を立てているザリガニの身を放り込む。
「ムグムグ……この塩加減が絶妙なのです。これなら余計なソースはいらないのです」
わずかに塩を加えた素材の味だけで充分。つけ合わせのソースは味のバランスを壊すだけだと、タルトは相変わらず食通ぶりやがる。もっとも、実際に試してみると確かにソースをつけない方が美味しいので文句は言えない。
ドラゴンのくせにザリガニが大好きなティコアと、今が食べ盛りのヒヨコが僕の脛を突いておかわりを要求してきた。ええい、毒針を僕に向けるんじゃない。
お腹が膨れたところでヴィヴィアナ様公園でお祭りの屋台を冷やかす。カラーバシリスクの屋台で3歳児が足を止めようとするので抱っこして引き剥がし、ザリガニ釣りの屋台に飛び込もうと暴れるティコアを押さえつける。我慢することを知らない困った奴らのせいで、気の休まる暇がない。
問題児を引率する先生の気分だ。
そうこうしているうちに南部派の集団を見つけた。僕に気付いたロミーオさんが手を振ってくる。ドクロワルさんは今年もプロセルピーネ先生と上流階級の祭祀に出かけているので不在。そして、本当に派閥から放り出されてしまったのかクダシーナ君の姿も見当たらなかった。
「や~、あの子たちが球的に夢中になっちゃってね」
なんでも、クゲナンデス先輩とアキマヘン嬢が景品に興味を示したところ、カッコつけたい男どもが球的に群がって動かなくなってしまったらしい。どれどれと見てみたところ、顔を真っ赤にしてボールを投げるゲイマル君やソウナンデス君の姿があった。
落ち着けよ。焦れば焦るほどコントロールは乱れていくぞ……
例の球的屋のおっちゃんはお姫様を落とすゲームをやめて、正方形の的を9つに区切って球が投じられた場所に応じてポイントが付くというゲームに変えていた。的は均等に分けられているのでなく、真ん中が一番面積が広くなっている。上下左右はその半分で、ストライクゾーンの四隅はさらにその半分。真ん中なら1ポイント、上下左右が2ポイント、四隅に決めれば3ポイントだそうな。3回投げて合計ポイントに応じた景品がもらえるらしい。
変化球でお姫様の首を獲るよりは簡単なものの、そのせいか景品がショボくなっている気がする。アキマヘン嬢が興味を示したというニワトリさんのぬいぐるみも、真ん丸のぬいぐるみにニワトリのパーツを縫い付けただけのもの。僕にはニワトリ模様のバスケットボールにしか見えない。もっとも、その真ん丸なところが魔導院に到着したばかりのころのイナホリプルを彷彿とさせるので、そこが気に入ったのだろう。
景品の並べられている棚には7ポイントと掲示されていた。ってことは、最低一球は四隅に放り込まなければならない。あんなにムキになっていてはまず無理だ。
「おっちゃん。なんか、景品がショボくなってない?」
「前のあれは、目玉商品を取られないことが前提だったんだ。誰かさんにポンポン持っていかれたら商売あがったりだよ」
どうやら僕のせいらしい。今度のゲームはたまに9ポイントを叩きだされるくらい織り込み済みで損失はでないという。
なら、遠慮する必要もないな……
「あのぬいぐるみ。イナホリプルに似てるね」
「まだヒヨコだったころのあの子にそっくりなんです。ただ、それを口にしたら……」
男子たちが動かなくなってしまったとアキマヘン嬢がため息を吐く。仕方のない奴らだ。やみくもに繰り返したところで7ポイントには届かないことが理解できないとみえる。
「おっちゃん。もう充分もうけたでしょ」
「ヘヘッ……毎度あり」
大銅貨6枚を渡して球を3個受け取る。一球目は感触を確かめるためにど真ん中へ。残る二球をインコースの高めと低めに決めて7ポイントを達成した。唖然とするゲイマル君とソウナンデス君を尻目に、おっちゃんから受け取ったニワトリさんをアキマヘン嬢に渡す。自分がもらえると思っていたらしいタルトがギィギィと威嚇音を立てて不満を表していたので、ぬいぐるみじゃないヒヨコがいるだろうと言い聞かせておく。
「よろしいのですか?」
「代表を引き受けてくれたお礼だよ」
彼女がいるおかげで、僕は予算管理や飼料などの物品調達といった雑務から解放され、皆の指導に集中できるのだ。アキマヘン家が寄贈してくれた雌鶏も先日到着した。ぬいぐるみのひとつくらい安いものである。素材も縫製もイマイチな安物にもかかわらず、これほどイナホリプルを忠実に再現したぬいぐるみは初めてだと、アキマヘン嬢は咲き誇らんばかりの笑みを浮かべて愛おしそうに頬擦りを始めた。はっきり言ってむっちゃ可愛らしい。
南部派の男どもがカッコつけたくなるわけだ……
続いてクゲナンデス先輩の欲しがっていた芋虫さん抱き枕をゲットしてプレゼントすると、お礼にと僕を抱き上げて頬っぺたにチュウしてくれた。球的に大枚を投じた野郎どもの怒りが膨れ上がる。そして、少し離れた場所から【ヴァイオレンス公爵】を上回る凄まじい殺気が突き刺さってくるのを感じた。
これはヤツだ。ヴィヴィアナ様焼きの屋台の陰に隠れていやがったな……
「クゲナンデス先輩、ヘタレが隠れて見てますよ。いいんですか?」
「御所様は回答を保留されました。のぞき見しているようなヘタレは放っておきましょう」
いつまでも球的屋前を占拠して商売を邪魔しては悪いと、クゲナンデス先輩は南部派の生徒たちを引き連れてヴィヴィアナ様焼きの屋台とは反対方向へ去っていった。僕に突き刺さっていた殺気が悲しみに彩られる。
「そんなところに隠れてないで出て来たらどうなんです?」
「アーレイ。僕が卒業した途端にクゲナンデスまで……」
ヴィヴィアナ様焼きを購入しながら裏側に声をかけると、ヘタレの中のヘタレ。キングオブヘタレのサンダース先輩が姿を現した。偶然を装って声をかけようとしていたのにどうして意地悪するのだと、恨みがましい視線を向けてくる。どうせ声をかけられずに見送るだけなのだから、僕のしたことは意地悪でもなんでもない。
「抱っこしたりチュウしてくれるのは、僕のことを完全に対象外のお子ちゃまだと思ってる証拠ですって……」
異性として意識していないからできるのだと説明すると、サンダース先輩の顔がパッと明るくなった。なんて単純な人なのだろう。サンダース領の先行きは暗いと心の奥にメモっておく。
「いつの間に、魔力で相手が誰かわかるようになったのですか?」
「魔力で特定したわけじゃないよ。反応でわかったのさ」
カスタード入りのヴィヴィアナ焼きをモグモグしながら、魔力で相手を特定できるようになったのかとタルトが尋ねてきた。クゲナンデス先輩にチュウされた時の反応と、コソコソ隠れているところから推測しただけだと説明する。
「サンダース領に帰ったんじゃなかったんですか?」
「ホンマニ公爵様のところで騎士教育をしてもらうことになったんだ」
自領ではどうしても甘くなってしまうので、将来騎士団を率いるような人は他領で修行を積むことが普通らしい。コナカケイル氏なんかもこのクチで、いずれはペドロリアン領に戻る予定。サンダース先輩を鍛える代わりに、北部派有力騎士の子弟をひとり、サンダース領で受け入れたという。
「つまり、トレードに出されたと……」
「戻ること前提だから、そんな捨てられたような言い方はやめてくれ」
ヴィヴィアナ様焼きの入った袋をさし出すと、先輩はひとついただくと言ってモグモグし始めた。後輩から遠慮なくゴチになるなんて、コイツはダメな先輩確定だな。
「回答を保留されているそうですね」
「まだ在学期間が2年もあるというのが理由だけど……」
その間にもっといい話がないか探すつもりなのだろうと先輩がため息を吐く。つまりは保険。キープくんということは理解しているようだ。
「王太子殿下のお相手が決まるまでは手元に置いておきたいでしょうからね」
「やっぱりそうか……同じ南部派だしなぁ……」
僕は貴族同士の駆け引きなんてさっぱりだけど、さすがにこの程度は理解できる。マロナンデス侯爵は南部派のナンバー2なのだから、痺れを切れしたアキマヘン公爵が無理やりにでも結婚させると言い出した時に備えて年頃の娘を用意しておくのも仕事の内だろう。
「そんなことより仕事はいいんですか?」
「僕はまだ騎士従者だからね。騎士の任務には同行させてもらえないんだ」
騎士課程を卒業しても即騎士になれるわけではなく、最初は上級騎士の従者になって交代制の待機任務や緊急招集もある騎士の生活習慣を身につける。次に見習い騎士になって魔導甲冑の習熟訓練を行い、その中から相応しいと認められた者だけが騎士に任じられるそうだ。見習い騎士にならないと任務には同行させてもらえない。先輩はコナカケイル氏の従者なのだけど、ホンマニ公爵様が出席される祭祀に付き添われている間、別のことを頼まれたのだという。
「え~と、『モロリーヌの涙最新作、初版購入特典モロリーヌ抱き枕カバー付き限定版』を入手するよう頼まれてる」
「なんじゃそりゃぁぁぁ――――っ!」
ポケットからメモを取り出した先輩がたどたどしく読み上げる。ずいぶん完売するのが早いと思っていたら、あのムチムチお姉さんは数量限定の特典付きにして速攻で売り切ったようだ。おっとりしてそうに見えて、妙なところに知恵が回りやがる。
「本屋を回っても扱ってないらしくてね。どこで手に入るのか知らないかい?」
「とっくに完売してますよっ!」
そいつは困ったと頭を掻く先輩。この反応から察するに、頼まれ物が邪教の聖典であることは知らされていないのだろう。ということは、依頼主であるコナカケが隠れホモだったに違いない。プッピーにバラしてくれよう。
ホモは改造されてしまえ……




