145 不器用だった主席
「大変だよっ。伯爵と主席がラブってるよっ」
「おっ、お待ちなさいっ」
誰と誰が交際しているという話題が耳目を集めるのは前世もこの世界も変わらないらしい。主席が止める間もなくクセーラさんが盛大に声を上げたため、調合室にいた生徒たちがなんだなんだと集まってきた。モテない男どもの殺意が僕に突き刺さってくる。
「あり得ない……ゴブリンが主席とラブだなんて……」
「まさか、ラブるためにAクラスになったというのか……」
西部派の脳筋男子どもが、この世の終わりでも見たような絶望に彩られた表情で信じられないと口にする。確かに僕はラブのためにAクラスを目指したのだけど、残念ながらお相手は主席ではない。もっとも、アーカン王国に重婚禁止というルールがあるわけではなく、複数のおっぱいと同時にお付き合いするのは倫理の問題。家庭内で嫁戦争が勃発しない限り、ドクロワルさんと主席にリアリィ先生をまとめてお嫁さんにもらうことも法律上は可能だ。
だけど、そんな余裕なんて今の僕にはなかった。とにもかくにも、大本命のドクロワルさんに追いつかないことには始まらないのだ。リアリィ山脈やペドロリ丘陵も魅力的だけど、まず手を尽くすべきはドクロ山の確保。優先順位を間違える僕ではない。
「ふ、ふたりはどこまでいったんだい? もう大人のラブを……」
「死ねよ。このエロオヤジッ」
「何を口走っているのですかっ!」
目を血走らせた【皇帝】が実におっさんらしい下世話なことを尋ねてきたので、右足の小指を力いっぱい踏みつけてやった。突然の痛みに俯いた頭をすかさず主席がホールドし、容赦のない膝蹴りを顔面に叩き込んでエロ親父を調合室の床に沈める。本人を前にしてそんなことを聞き出そうとするなんて、こいつは頭の中までセクハラ親父だったようだ。
「クセーラさんっ。あなたという人はっ」
「待って。話せばわかるからっ」
主席にとっ捕まったクセーラさんが、実際に甘い香りを感じたのだと必死に弁解する。
「それ、お昼に食べたお菓子の残り香だから……」
「なにそれっ。主席にだけシルキーのお菓子をご馳走したのっ。それはもうラブだよっ」
「まだ言いますかっ」
コテージに招いてシルキーのお菓子を振舞うなんて、それはもうラブ以外のなにものでもないと主張するクセーラさん。主席にコブラツイストを仕掛けられ情けない悲鳴を上げる。興味津々で集まってきた野郎どもも、大魔神の怒りに触れるのを恐れて助けようとはしない。
「クセーラ……遊んでいる余裕があるなら……ノルマを倍にするわよ……」
「遊んでるんじゃないよっ。助けて姉さんっ」
そこに次席がやってきた。西部派の生徒たちが調合に励んでいるのは、次席にノルマを科せられているからのようだ。さっさとダメ草をすり潰す作業に戻れと、助けを求める妹の鼻をつまみ上げる。
「西部派はいったい何を始めましたの?」
「アーレイがいるなら隠しても仕方がない……ンギャホレ炉を派閥に買い取らせる……その資金を稼がせているところ……」
「ンギャホレ炉って?」
「あなたの作った炉のこと……名称から原理を推察されることのない……最高にイカしたネーミング……」
ドヤッとおすまし顔で右手の親指を突き上げてみせる次席。どうやら再生鉄を得るための炉を指しているらしい。それなら別にカリューア炉とでも名付ければよかったのではないかと思うものの、不機嫌になられても困るので黙っておくことにした。
「鋼の製錬法目当てに……園芸サークルに参加する不届き者が現れた……農具を修復できるなら……サークルで所有しておかなければならない理由はない……」
栽培技術に興味を示さず、西部派以外にも公開すべしと周囲を扇動するメンバーが増えてきた。サークルの活動内容が栽培から逸れてしまうのは不本意なので、新しい鍛冶場を整備する費用と引き換えに、炉の設置されている鍛冶場を派閥に売り渡すことにしたそうな。
「キリキリ働きなさい……夏までに目標額に達しなければ……魔導院に寄贈するわ……」
あの炉にはリアリィ先生も興味を示していて、寄贈してくれるならデラックスな鍛冶場を用意してくれるという。魔導院のものとなったらこれまでのように鋼を手に入れることはできなくなるぞと次席に脅され、クセーラさんは慌ててダメ草の下拵えを再開した。
「それで……ふたりがラブというのは本当なの……?」
「違いますっ。クサンサさんまで変なことをおっしゃらないでくださいっ」
次席に尋ねられた主席が柳眉をつり上げて否定する。僕には心に決めた相手がいるけど、それでも女の子から対象外だとはっきり口にされるのはちょっと悲しい。このまま一生、被保護者ポジションから抜け出せないのかもしれないと不安になる。
「今はそういうことにしておくわ……ふたりのために調合台を空けてちょうだい……」
西部派の生徒が僕たちのために調合台をひとつ空けてくれた。さっそく魔法染料の調合を始める。もっとも、今回は用意した材料をすり潰して調合用の鍋にぶち込んで調合するだけ。材料も全部購買で手に入るものばかりだ。
「マイフレンド、モロニダス……頼む。助けてくれ」
ゴリゴリと材料をすり潰していたところにヘルネストが声をかけてきた。なんだか頬がこけて、目が死んだ魚みたいになっている。大丈夫かコイツ?
「次席のきついノルマのせいで、もう魔力が……」
連日、調合で魔力を失った後にムジヒダネさんの訓練につき合わされているせいで、もう心身ともにボロボロなのだと涙を流しながら助けを求めてくるヘルネスト。魔力は気力のようなもので、消耗すると倦怠感に襲われ集中力が続かなくなる。そんな状態で訓練なんてやっても怪我が増えるだけでなにも身につかないと思うのだけど、1日訓練を怠れば取り戻すのに3日はかかると許嫁が許してくれなかったらしい。
「仕上げの調合はやっといてあげるから、ソコツダネ先生のところで休んでなよ」
「恩にきる。やっぱ頼りになるのはお前だけだ……」
寮の部屋ではなく保健室で休むよう勧める。ムジヒダネさんが無理やり訓練に連れ出そうとしても、あそこなら魔性レディが止めてくれるだろう。ヘルネストが作っていたのは初級の魔力回復薬。調合鍋に材料をセットすると、おぼつかない足取りで調合室を後にしていった。
「せんばい゛~」
今度は誰かと思えば、ドヤリンガーさんが目をウルウルさせながら僕を見つめていた。彼女も身体能力に優れる反面、魔力の方はそれほどでもないからやっぱり厳しいのだろう。ちなみに、勉強の方もアキマヘン嬢やメルエラと違ってCクラス。留年したバグジードとはクラスメートである。
「あ~。じゃあ、魔法陣は僕が発動させるから鍋をかき混ぜていてくれないかな」
蒸留器での濃縮や濾し布術式を使った裏技を覚える過程で何度も練習させられたから、僕は複数の魔法陣を扱うことに慣れている。さすがに魔導オルガンの演奏は無理だけど、自分の材料をすり潰しながら調合鍋ふたつに魔力を流し続けるくらい造作もない。ドヤリンガーさんにかき混ぜていてくれるようお願いして、鍋に刻まれた魔法陣を起動させた。
「下拵えをしながらふたつ同時に調合するなんて、いつの間にそんな芸当を身につけましたの?」
材料をすり潰す手を止めることなく初級魔法薬ふたつを同時に調合する僕を見て、主席が目を細めていた。くだらないジョークで誤魔化そうものなら命はないぞと彼女の魔力が伝えてくる。
「プロセルピーネ先生はこんなのできて当たり前だって言ってたけど……」
「あの先生の基準は参考になりません」
ものごとをプロセルピーネ基準で語るなとまなじりをつり上げる主席。それは確かにそうだ。
「ソコツダネ先生も魔導甲冑を使いこなすには必須だって言ってた」
「ええっ、これができないとダメなんですか?」
鍋をかき混ぜながら僕たちの会話に耳をそばだてていたらしいドヤリンガーさんが、ひぃぃぃ……と悲鳴を上げた。魔導甲冑に組み込まれたさまざまな魔法陣から必要なものだけを選んで発動させるのだから、調合鍋ふたつ程度では済まないと伝えておく。
「専門課程ではできて当然と考えた方がよさそうですわね」
僕から目を離さないでいたのは正解だった。さすが私と自画自賛する主席。シルヒメさんのお菓子に釣られただけなはずだけど、僕の記憶がおかしくなってしまったのだろうか?
「アーレイ、それが終わったら私の分も……」
「ペッ、やなこった」
ヘルネストとドヤリンガーさんの分を引き受けたせいか、いつの間にか僕の後ろに行列ができていた。どいつもこいつも他人の魔力をあてにするロクでなしどもである。先頭に陣取っていたムジヒダネさんのお願いをきっぱりお断りすると、【ヴァイオレンス公爵】の依頼をあんな風に拒絶するなんてと後ろに並んでいる奴らがどよめいた。
「ぐぬぬ……また私だけ……」
「ムジヒダネさんは魔力に困ってないでしょ」
どうせ訓練のために魔力を温存しておきたい程度のものなのだ。そんなことに手を貸すつもりはこれっぽっちもない。
「ムジヒダネさん。わかっておりますわよね……」
怒りに震えるムジヒダネさんに主席が冷たく声をかける。胸元に掲げられた左腕には蜜の精霊が腰かけていて、この場で暴力沙汰に及ぶつもりなら再びヌトリングミキサーの餌食にするぞと無言の圧力をかけていた。僕が条件を受け入れて教員が承認した試合を除き、僕に対するすべての実力行使は一方的な暴行と見做し鎮圧せよと魔性レディからお達しがでているのである。
「フハハハッ。これが権力というものだよ、ヴァイオレンス君っ」
「うわぁ……。先輩、最っ低……」
「アーレイ君も挑発するようなことをおっしゃらないでくださいましっ」
ドヤリンガーさんには呆れられ、主席には叱られてしまった。キシャーキシャーと威嚇音を発しながら【ヴァイオレンス公爵】が去ってゆくと、後ろに並んでいた生徒たちも散ってゆく。魔法染料を調合する準備が整ったところで、僕の分も自分にやらせてほしいと主席にお願いされた。さっそく、ふたつ同時調合を試したくなったらしい。
平均的な仕上がりがどの程度なのか確認するための調合だから、始めっからBクラス並みのものしかできないとわかっている。多少、品質が落ちようが構うまいと任せたところ、主席は思っていたより不器用だった。意識が向いている方の鍋にドンドン魔力が集中し、もう片方の魔法陣がすぐに停止してしまう。慌てて停止してしまった魔法陣を再起動させるものの、今度はそっちにばかり魔力が流れ込む始末だ。
「ああぁ……いけません。こちらが――ぼぎゃふっ!」
終わりは唐突にやってきた。調合していた鍋がふたつとも爆発したのである。染料を盛大にかぶってしまった主席は何が起きたのか理解できないらしく、目をぱちくりさせながら身動きひとつしない。
「あ~、これはもう全損だね……」
僕の足元に転がってきた調合鍋を手に取ってみると、魔法陣が刻まれていたはずの鍋底に炸裂したような大穴が空いていた。焦りまくった主席にフルパワーでのオンとオフを繰り返された結果、元々くたびれていた機材の劣化が一気に進み破裂したのだろう。
「ゾルビッチは下僕よりぶきっちょなのです」
「ヌトリエッタまで……」
調合中の染料を被って全身が変な色に染まってしまった主席を、タルトと蜜の精霊が指さして笑い転げていた。自分の精霊が足をパタパタさせながらおなかを抱えているところを見て、主席はもう涙目だ。恨めしそうな視線を僕に向けてくる。
「魔力が多い分、微妙なコントロールは難しいはずだから気を落とすことは……」
「これは魔力量ではなく技量の問題です。それを認められないほど私が狭量だとおっしゃるのですか、アーレイ君は?」
僕のひと言は彼女のプライドを刺激してしまったらしい。魔力に優れるロゥリング族にできたことが自分にはできなかったのだ。下手な気休めなんて口にするなと主席が肩を怒らせる。
「騎士には必須とおっしゃいましたわね。魔導騎士はいくつの魔法陣を同時に発動させているのか、それもご存じですの?」
「ムジヒダネ領の騎士団なら最低でも8つ。王国魔導騎士団なら12だって」
「なっ、なんですかそれっ?」
魔性レディから教えてもらっていた任用基準を伝えたところ、隣で出来上がった魔法薬を瓶詰めしていたドヤリンガーさんが悲鳴を上げた。そんな話は聞いていないと、なぜだか僕に詰め寄ってくる。もっとも、これは見習いから正式な騎士として叙任される場合の基準。在学中にそこまで身につける必要はなく、騎士課程の卒業水準は3つだと安心させておく。
「そのお話はお風呂で染料を落とした後、詳しく聞かせていただくことにいたしましょう」
「しゅ、主席とアーレイが一緒のお風呂にっ?」
「誰がそんなことを口にしましたかっ!」
再びおっさん臭い早合点を口にした【皇帝】が、華麗なローリングソバットを顔面に叩き込まれて撃沈させられる。後片付けをお願いしますと言い残して主席はコテージに戻っていき、誰が知らせたのか入れ替わるようにリアリィ先生が調合室にやってきた。調合鍋をふたつもダメにしたことで叱られるのは僕しかいない。
どうして世界は、こんなにも不公平なのだろう……




