140 進路は未だ闇の中
最近、主席の様子がおかしい。というか、あやしい。人目をはばかるようにコソコソとヒポリエッタを連れ出しては、散歩にしてはずいぶん時間が経ってから戻ってくるようになった。
間違いない。彼女はいけないことに手を染めている……
やらせるものかとこっそり後をつけることにした。まだ個人を特定するところまではいかないものの、壁の向こうでお風呂に入っている人数を判別するくらいはできるようになった僕のロゥリングレーダーから逃れる術はない。どうやら、魔導院の北側に広がる採取用の森に入っていくようだ。ルール違反を犯すには格好の場所である。
主席の魔力が動かなくなったので、気付かれないように近づいて様子をうかがったところ、案の定ヒポリエッタに片側の羽だけを開かせる練習をさせていた。
「ごるあぁぁぁっ!」
「ひいぃぃぃっ!」
なにやっとんじゃワレェと主席の背後から襲いかかる。僕の身長では腰にしがみ付くくらいが関の山なのだけど、ビックリさせることには成功したようだ。主席が身体をピンと反らせて情けない悲鳴を上げる。
「おっ、脅かさないでくださいましっ」
「なんかコソコソしてると思ったら。言っとくけど、ヒッポグリフであの技は無理だよ」
どうやら、フラッピングスピンが使えればヒポリエッタでもゲイマル君のヒッポグリフに勝てるのではないかと主席は考えたらしい。彼を含め、僕たち全員の鼻を明かしてやろうとこっそり練習していたそうな。
「どうして、できないって決めつけるんですのっ?」
「あの技術を正しく理解していればそういう結論になるの」
ヒッポグリフとコケトリスでは身体構造が異なる。同じことができるとは限らないのだけど主席は納得できないようだ。僕が意地悪を言っているのではないかと、その瞳は猜疑心に溢れていた。
「身体の向きを変える回転力を生みだすのは翼でも、それをコントロールしているのは尾羽だから。馬の尻尾しかないヒッポグリフでマネしたら人馬転倒の惨事を引き起こすよ」
コケトリスが狙った方向でピタリと回転を止められるのは尾羽があるから。ブレーキを持たないヒッポグリフではコントロール不能に陥るだけなのだと説明すると、主席の顔にありありと落胆の色が浮かんできた。どうやら理解してくれたようだ。
「飾りではなかったのですね……」
「そんなことあるわけないでしょ」
ガックリと肩を落とす主席を尻目に、戻ったらリンゴをあげるから悪いご主人様に教えられたことは全部忘れてしまえとヒポリエッタに言い聞かせる。僕の歩幅に合わせるのは面倒だからとヒポリエッタに乗せられ飼育サークルに戻ったところ、なにやらダエコさんが鉄仮面にお叱りを受けていた。
「貴様のイボナマコが詰まった頭でも理解できる言葉にしてやろう。自分にとって有用かつ使いこなせる術式を構築しろと言っているのだ」
隣で苦笑いをしていたロミーオさんに尋ねたところ、工作の授業で課題とされた幻惑術式に僕たちがこねくり回していた霧の術式を提出しようとしたらしい。それを見たベリノーチ先生がバカ野郎と一喝しお説教を始めてしまったのだという。
「ゴブリンでさえ自分が使いやすいよう目的に合わせたカスタマイズを施せるというのに、貴様は何かを思いつくということができんのかっ?」
もしかして、クセイナーさんが使っていたエルフの秘術をそのまま提出しようとしたのだろうか。ああいった太古の昔から伝わる秘術というものは、往々にして魔力効率が劣悪で使用者の消耗が激しいものと相場が決まっている。タルトに千年前から改善の跡が見られないと言われた術式も例外ではなく、主席クラスの魔力の持ち主でなければとても使い続けられないシロモノだった。
これでは実用性に欠けると、主席、ロミーオさん、ドクロワルさんと僕でワイワイ術式をいじくりまわしている間も特に隠したりしなかったから、元になった術式はダエコさんや【皇帝】も目にしている。僕たちはそれぞれ自分用にカスタマイズしたけど、どうやらダエコさんはカスタマイズの方向性を見いだせなかったらしい。
「使いこなせもしない術式など認めんっ。二年連続で落第したくないなら、使用目的と想定される状況をレポートにまとめてこいっ。この豚に喰わせる価値もない汚物の詰まった肉袋がっ!」
ダエコさんはもう涙目になって震えていた。アキマヘン嬢を始めとする下級生たちも、もしかしたら来年は恐怖の鉄仮面にあたるかもしれないと談話スペースの隅に固まってガクブル状態である。口汚い訓練教官は先生の作っているキャラで、初々しい鉄仮面を知っているのは昨年Cクラスだった僕だけだから仕方がない。
「次の授業が期限だとわかっているなっ。ゴブリンにも劣るウスノロには時間など与えるだけ無駄っ。猶予してもらえるなどとは期待しないことだっ」
思わずギュッして欲しくなるムチムチボディを白いブラウスにスリットの入ったタイトスカートという如何にもな女教師ファッションに身を包んだベリノーチ先生が、鉄仮面を震わせながら言い放つ。僕を見つけて、Bクラスなら今年もゴブリンをイビリ抜けたのにと残念そうに呟きながら教員室へと戻っていった。
「あ、あの先生。ふた言目には生徒を罵倒しないと気が済まないのですか?」
「まあ、そういうキャラだからね」
あれで本当に教師なのかとアキマヘン嬢が尋ねてきた。実際のところ、教師としては優秀なのだと答えておく。クダシーナ君を筆頭にBクラスになった元Cクラスは5人もいるし、僕にしたってベリノーチ先生の補習がなかったらAクラスには上がれなかっただろう。目をかけた後輩が教員一年目にして素晴らしい成果を上げてくれたと、リアリィ先生もおっぱいを弾ませていた。
「いくらなんでも、あれではダエコ先輩がかわいそうではないですか?」
「罵詈雑言は挨拶みたいなものだと思って聞き流せばいいよ。それよりも、先生の指示を聞き逃さないように気を付けた方がいい」
ソウナンデス君まで鬼教師だと憤慨しているものの、あのキャラに騙されてはいけない。口汚く罵りながらも、ちゃんとダエコさんに必要な指示は与えているのだと説明してあげる。
「でも、術式を構築したうえにレポートまでなんて……」
「それ逆だから。レポートを考えながら自分の欲しい術式を見つけろってことだから」
目的と状況をレポートにしろというのも、文章にすることで論理的に考えをまとめさせようという先生なりの配慮だろう。人が頭で考えていることというのは意外に非論理的で矛盾だらけ。読んだ相手に理解してもらえるようにと文章を考えているうちに、「これおかしくね」と気付くことは案外多いのだ。
「個別に課題を出されたってことは、むしろダエコさんに目をかけてるってことだと思う」
昨年も僕にだけ積層型魔法陣を使うことを勧めてきた。ベリノーチ先生は特別厳しく接することで、伸びしろのある生徒を優遇しようとしているのではないだろうか。甘くしたのでは不公平だと文句を言う輩も、厳しくする分には黙ってニヤニヤ笑うだけだ。
もしかして、あの鬼教官キャラはそれをカモフラージュするため……
考えすぎかもしれないけど、そうだとしたらこれはダエコさんにとってチャンス。いつまでもメソメソ泣いていてフイにしてしまうのはもったいない。
「まずはレポートから取りかかるといいよ。主席の術式を参考に考えてみよう」
「アーレイ君っ」
「構わないでしょ。どうせ主席にしか意味のない術式なんだし」
主席がギロリと睨んでくるものの、明かすのは術式の効果だけだし、どうせ最終評価の時間には皆に知られてしまうのだ。ここで秘匿する意味はなく、ダエコさんが主席の術式をベリノーチ先生に提出したところで、またバカ野郎と一喝されるだけである。
「主席のは試合場を覆うくらいの広さで、自分の腰より低い位置に濃霧を発生させて足元を見えなくする術式だよ。この術式の目的を考えてみるといい」
「足元を隠すこと以外に?」
「何のために隠すのかな?」
足元を隠してそれが何になると尋ねたところ、ダエコさんは首を捻ってしまった。そりゃそうだろう。彼女にはその状況を利用する手段がないのだから。だけど、蜜の精霊なら姿を隠して行動できる。自分を囮に蜜の精霊から相手の注意を逸らし、ヌルヌルトラップをそこかしこに設置。相手が守りを固めて動かないようなら昨年作ったテンタクルケージで無理やり動かし、トラップゾーンに追い込むという作戦だ。
「この術式が想定しているのはムジヒダネさんとの試合で、目的は蜜の精霊の動きを隠すことだろうね」
このように、どういう状況で何のために使うのかを明確にすることで、自分に必要な術式が浮かんでくるのだと説明する。ちなみに、ロミーオさんの術式は光を良く反射する霧。青い光を点滅させて雷を、オレンジの光をあてて炎を表現するという舞台演出用の術式だ。ドクロワルさんの術式はその反対に光を吸収して辺りを暗闇で包み込む霧。どちらも実に彼女たちらしい術式といえた。
「舞台演出用って幻惑術式なの?」
「観客を幻惑する術式よ。先生にだって文句は言わせないわ」
なにも戦闘を想定するよう指定されているわけではないのだとロミーオさんは自信満々だ。
「暗闇の術式なら私でも使えそう……」
「それは使用者も真っ暗闇に閉ざされる術式ですわよ。使いこなせるのはドワーフくらいのものですわ」
お前は暗闇の中で動けるのかと主席にツッコまれ、ガックリと肩を落とすダエコさん。いい加減、誰かの術式をマネしようとするのは卒業せいとお叱りを受けている。
「あなたは将来、何になろうと考えておりますの? もうすぐ進路調査がありますわよ」
「それは……」
留年しなければ、来年僕たちは専門課程に進級する。特待生や工師課程は人数に限りがあるので、最終決定までに何度か希望調査が予定されていた。本人の希望する課程に進むことが危ぶまれる生徒に心の準備をさせるためだ。自分の進路は決まっているのかと主席に尋ねられたダエコさんが言葉を濁す。
「騎士というわけでもなし、さりとて工作の授業で落第しているようでは工師も厳しい。まさか、特待生でもないのに術師課程を希望するおつもりではないでしょうね?」
「いけませんの?」
「あなただってご存じでしょう。特待生でない術師課程の生徒は落伍者だと……」
教養課程が成績順でみっつのクラスに分かれているように、専門課程の生徒にもヒエラルキーというものが存在した。トップはもちろん特待生。次いで定員枠にすべり込むことができた工師課程の生徒。その下が騎士課程の生徒で、術師課程の生徒は最下層である。
なぜ術師課程が最下層なのかというと、特待生でない術師課程の生徒には将来性がないからだ。魔物と戦う騎士や彼らを支える工師は、トップクラスでなくとも数が必要とされる。一方、研究職である術師は自分の研究分野でトップランナーになれなければ価値がない。そして、高等研究棟に立ち入れない一般生徒が独学でそこまでの研究を進めた例もなかった。そのため、術師課程は工師課程の選考からあぶれ、騎士になるのも嫌という生徒の逃げ場所と考えられているのである。
「秘匿術式を生みだせない術師が伯爵家で重用されるなんてあり得ませんわよ。そろそろ、ご自身の将来を真剣に考えた方がよろしいんじゃございませんこと」
なりたい自分が明確でないから、誰かと同じでいいと考えて安心する。漠然とエロスロード伯爵に仕えるではなく、主のために自分ができることを考えろ。どの道を選ぼうとも一人前と呼ばれるようになるには時間がかかるのだから、いつまでも迷っていては何ひとつ取り柄のない行かず後家になってしまうぞと主席が諭す。
それはもしかして、僕に言っているのか……
進路を決められずにいるのはダエコさんだけではなかった。僕もまた、どの課程を選べばよいのか見当もついていないのだ。騎士課程はあり得ず、術師課程の特待生になれる目途も立たない。残るは工師課程だけなのだけど、それでは工師になりたいのかと問われれば、そんな風に考えたことなんて一度もなかった。
ダエコさんに向けられているはずの主席の言葉がブスブスと胸に突き刺さってくる。
「ペドロリアン先輩っ。アーレイ先輩が息をしていませんっ」
「はえっ?」
床に倒れてしまい、アキマヘン嬢から「ひっひっふ~、ひっひっふ~」と心臓マッサージを受けている僕を主席が不思議そうな顔でのぞき込んでいた。
「どうやらアーレイも進路が決まってなかったみたいだね」
「あれだけの魔法薬が作れるのですから、工師課程でよろしいではございませんか?」
【皇帝】は僕がひっくり返った原因に思い当たったようだ。主席は工師課程でよかろうと簡単に言ってくれるけど、そうはいかない事情が僕にはあった。
治療士や薬師を目指したのでは、どうあっても彼女に追いつけない……
ドクロワルさんと同じ道を選んだのでは、すでに開いてしまった点差を埋めることはできないだろう。僕は彼女に並びたいのだ。一生、後姿を追いかけ続けるなんて御免である。工師なら魔導甲冑や魔導器といった分野を目指すしかないけど、そっちにはクセーラさんという強敵がいるし、僕を指導してくれそうな先生に心当たりもない。
Aクラスにはなった。まだ追いつくことが可能なところにはいる。だけど、ここからどうやって点差を縮めていけばいいのか。
今の僕は、その方法を見いだせずにいた。




