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道案内の少女  作者: 小睦 博
第5章 王都で過ごす冬

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130 精霊の悪巧み

 カリューア伯爵は必ずしもホンマニ公爵様の味方というわけでもなかったらしい。魔導院が公表しなかった半分。もうひとつの鍵のありかを探るつもりのようだ。タルトから伝えられた術式であるならば、契約者である僕が握っていると睨んでいるのだろう。

 過程はハズレでも、結果はアタリである。


「それは――」

「お前はひとつ勘違いをしているのです」


 公爵様が答えようとしたところでタルトがそれを遮った。周囲の視線が3歳児へと注がれる。


「わたくしは確かにドクロビッチの薬に必要な術式を知っているのです」

「とすると……」


 カリューア伯爵の視線が僕に向けられた。タルトの介入は予想外であったのか、ホンマニ公爵様は苦々し気な表情をしている。だけど、場の主導権はタルトに握られ、無理に黙らせようとすれば秘匿術式を握っているのは僕だと白状するようなものだ。もう成り行きに任せるしかない。


 タルトが差し出した右手に、シルヒメさんがリンゴの発泡酒らしきものの注がれたグラスを握らせる。3歳児は乾杯するかのようにグラスを掲げると――


「ですが、この杯を【神々の女王】に捧げて誓うのです。わたくしはその術式を下僕に授けてはいないのですよ」


 ――誓約を守護する女神に誓って術式を僕に教えていないと宣言し、これ見よがしにグラスを呷ってみせた。


 これは古い言い伝えに出てくる、神に誓って真実を証言するという儀式。偽証した者は杯の中のお酒にあたって死んでしまう。もっとも、嘘を吐いてもお酒にあたるのは30人にひとりという、なんとも微妙な統計結果があった。信憑性に乏しく、かといって自分でやるのはちょっと嫌というあたり、【神々の女王】はこの儀式を流行らせたくないのかもしれない。

 一瞬だけ、あのグラスからイラッとした魔力が放たれた気がする。


 だけど、タルトのおかげで助かった。お菓子のお礼に魔導器を授けた精霊が、その術式なら知っているけど僕には授けていないと言えば、誰だって他の人間に授けたものと思い込むだろう。これで僕がヴィヴィアナ様から魔術書をいただいたことに気が付く者がいるとすれば、そいつは名探偵ではなくただの妄想野郎だ。


「それではいったい――」

「それはお前たちが見つけるのです。見事、正解にたどり着いた者には、このオムツを進呈するのですよ」


 誰にと尋ねようとする次席パパに最後まで言わせず、知りたければ自分で探せと3歳児はローブの袖口から取り出したオムツを振ってみせた。固唾を飲んで答えを待っていた人たちが、一斉に嫌そうな顔をする。


 これが、タルトの言う美学のあるいたずらというやつか……


 自分は僕に術式を教えていないというたったひと言で、あの3歳児は正解を知る者を除いた全員を引っかけてみせた。僕に向けられていた注意が一斉に他に向いたことをロゥリング感覚が伝えてくる。カリューア伯爵もまた、僕を候補から外したようだ。


 タルトが手を貸してくれるとは予想していなかったのか、ホンマニ公爵様だけはホッとしたような苦笑いを浮かべている。公爵様の望んだとおり、秘匿術式を握る協力者は正体不明となった。誰も彼もが存在しない僕でない誰かを探すだろう。


「同士モロリーヌ……君には言い訳にしか聞こえないだろうが……」


 おっぱい王太子がやってきていた。先ほどまで発していた殺気はなりを潜め、なにか伝えたいけど言葉が見つからないといった表情で言葉を濁す。あんな口約束でも破ったと思われることを気に病むとは、思いのほか律儀な性格をしているようだ。


「派閥に利益があると言われては、領主たちの手前あの男を咎めるわけにもいかなかったのでしょう」

「……君を見誤っていたと認めよう。私が考えていた以上に、聡明だ……」


 怒りに任せてお城に討ち入ろうとしたことは黙っておく。王太子は僕の横を通り過ぎるとゼネリクが領主たちに吊し上げられているところに向かった。


「殿下、これはいったい?」

「陛下に南部派の利益を説いたのは貴君らだ。まさか、今になってアキマヘン家が主導したなどと言い出すつもりではあるまいね?」


 どうやら派閥の利益を強調して王様を説得していたらしい。頼まれたから手を貸したのにと恨み言を口にする領主たちに、ゼネリクの企みに同調したのはお前たちでアキマヘン家は協力など求めていないと王太子が冷たく言い放つ。


「ウイリアム、陛下から感謝のお言葉を預かってきているよ。これまでよく,、アキマヘン家に尽くしてくれた……」


 過去形キタコレ……


 どうやら、企みが上手くいかなかった時は切り捨てることが決められていたようだ。言葉を預かってきたということは、この決定は王太子の一存ではないということ。もはや覆ることはないと知ったゼネリクは力なくその場に崩れ落ちた。






 パーティーもたけなわというころ、僕とタルトはリアリィ先生に連れられて小さな応接室を訪れていた。中にいるのはホンマニ公爵様とドクロワルさんに、パーティーの間は姿を消していた密入国者プッピー。給仕をするのは2体のシルキーだ。秘密を知る者たちの集まりである。


「ハラハラさせられたが、上手くやってくれたと言わざるを得ないよ。もう誰も、君がもうひとつの鍵であるとは疑っていないだろう」


 自分でも誤魔化すことはできたけど、秘匿術式を握っているのは僕ではないと思い込ませるには至らない。僕をノーマークにしてしまえたのはタルトだからこそだったと、公爵様が席を進めてくれた。


「邪魔っけな奴らにウロウロされてはゆっくりお昼寝ができないのです」


 ゴロゴロ怠惰に過ごすことの邪魔は許さんと言い放つ3歳児。パーティーでさんざん料理を口にしていたにもかかわらず、シルヒメさんの出してくれたクッキーに手を付ける。


「カリューアの奴も精霊が詐術を用いたなんて思いもよらんだろうな」


 次席パパが割り込んできたのは公爵様が依頼したヤラセ。ただ、秘匿術式の持ち主は教えなかったから、アドリブを付け加えて探ろうとしたらしい。唐突に話を振ってなにがしかの反応を引き出そうとしたのだろうけど、それを逆手に取られるとはいい気味だと公爵様が楽しそうに笑う。


「わたくしは嘘など吐いていないのですよ」


 詐術なんて相手を騙したような言い方をするなと口では不満を漏らすものの、3歳児はニンマリと満足したような笑みを浮かべている。引っかける気マンマンだったことは疑いの余地がない。


「そんなに上手く引っかけたの?」

「鮮やかという他はない手並みでした」


 その場にはいなかったプロセルピーネ先生に、あれでは術式の出所がタルトではないということに思い当たる方がおかしいとドクロワルさんがその時の様子を説明した。話しを聞いたプッピーが、なるほど確かに嘘ではないと笑いだす。


「正解者には景品って、誰にも教えてないが正解だなんて普通考えないわよ……」

「笑い事ではありませんよ。プロセルピーネ先生」


 示し合わせていたわけではない。とっさの機転であれだけのことを考えつくいたずら者が問題児にくっついているなんて、新学期からのことを考えれば頭が痛いとリアリィ先生は顔をしかめていた。魔導院に戻った後、手を焼かされるのは自分たち教師ではないかとブチブチこぼす。


「まあ、そう言うなメルクリア。教え子に頭を悩まされた日々は、苦労が絶えなかったものの楽しかった。いずれお前もそれを懐かしむようになるさ」

「公爵様まで……」


 いつか、それがかけがえのない時間だったと思う時が来る。その時になって後悔しないよう、せいぜい困らされておけと公爵様が笑った。遥か昔に自ら教鞭を取って魔導院を立ち上げた先人には、いかにリアリィ先生とて反論の手立てがない。涙目でスネてみせるのが精一杯だ。


「まっ、これで秘匿術式の持ち主が明らかになるまでは弟子に手を出す輩も現れないでしょ。モウヴィヴィアーナに間者が増えそうだけどね……」

「それはこちらでマークしておく。そのためのモウホンマーニだ」


 スパイが増えて騒がしくなりそうだと漏らしたプロセルピーネ先生に、対策はしておくから研究に集中してくれと公爵様が請け負う。ホンマニ領にも諜報機関はあるので、その人たちに監視させるそうな。


「スパイ組織なんて持ってたんですか?」

「別に珍しい話ではないさ。どこの領にも大なり小なり存在している」


 きちんと組織として活動しているところもあれば、単に汚れ仕事を引き受ける配下がいるだけという領もあるけど、ひとりもスパイを雇っていない領主なんていないという。


「君やプロセルピーネは監視する者の気配を感じ取るかもしれないが、私の手の者という可能性もある。相手が何も仕掛けてこない限り、軽々しく突っかかったりしないでくれ」


 ロゥリング族なんかに追いかけられたらプロの諜報員だって堪ったものではない。素人スパイほど追い詰められると何をしでかすかわからないので、極力気付いていない素振りをしておくようにと公爵様から注意された。


「モロリーヌさん。今度、騎士に戦いを挑むようなマネをしたら……わかっていますね」


 リアリィ先生がギロリと睨みつけてきた。僕が監視者を片っ端から底なし沼で追っかけまわすとでも思っているのだろうか。


「僕は何もしません。ヘルネストをけしかけるだけにします」

「是非そうしてください。彼ならどうせ撒かれて終わりです」


 スパイの目的は情報を探ることなのだから、荒事に及ぶのは追い詰められてどうしようもなくなった時。そんなことができる生徒は限られている。そして、それを実行に移す非常識な問題児はひとりしかいないと、鼻先に人差し指を突き付けられた。






 夜が明けて、魔導院に向けて出立する朝がきた。帰り道は来た時よりさらに日数がかかり、モウホンマーニからモウヴィヴィアーナまで、先頭を行く騎士課程の先輩たちは雪を均して道を作りながらの雪中行軍だそうだ。リアリィ先生曰く、最後のしごきであるらしい。


「卒業したら会いに行くってダーリンに伝えておいて欲しいの」

「ど~んと任せてよっ」


 今年は行けないけど来年の運動会か魔導院祭には顔を出すからバグジードに伝えておいてくれと、見送りに来てくれたヨウクーシャさんに言伝を頼まれた。かつて、「恋の送りバントマン」と呼ばれたこの僕に託したなら、ふたりの仲は間違いなく進展するだろう。田西宿実は学校の七不思議に数えられたことだってあるのだ。

 僕自身はいつも一塁でアウトだったけどな……


「アレ、ヨウクーシャさんが教えちゃったの?」

「さすがに知らないままはかわいそうなの」


 ヒポリエッタを曳いていた主席の方に目を向ければ、マダお兄さんがオムツを穿いて土下座していた。喧嘩を売った相手が北部派侯爵家のご令嬢であることを、ヨウクーシャさんがバラしてしまったらしい。頼むから若様――多分【禁書王】のこと――には内緒にしておいてくれと泣いて縋っている。


「あんなくだらない話を言いふらすつもりなどございませんっ」


 変な噂が立つからあっちへ行けと主席が追っ払おうとするものの、お願いだから謝罪を受け入れてくれと、とうとうマダお兄さんは服従のポーズを取り始めた。様子を眺めていた人たちはドン引きの姿勢だ。


「家柄を盾にこんなことを強要するなんて、あなたは少し倫理観と公衆道徳と社会常識に加えて羞恥心に欠けるところがあるようですわね」


 なぜかエルフお嬢様も見送りに来てくれていた。公共の場で堂々とオムツプレイを繰り広げるふたりを前に、魔導院はクレイジーだと眉をひそめている。


「違いますっ。私がやらせているんじゃございませんわよっ!」

「仲間だと思われたくありません。近寄らないでください」


 同じ学習院の生徒なんだからなんとかしてくれと助けを求めた主席の手を、寄るなこの変態とエルフお嬢様が冷たく払いのける。行き場を失った手を主席が彷徨わせるものの、周りにいたはずの人たちはいつの間にか距離を空けていた。


「次は今回のようにはいかないと伝えに来たのですが――」


 エルフお嬢様がジト目で主席を睨む。


「――やめました。変質者とは関わり合いになりたくありません」

「おっ、お待ちなさいっ。逃げるのですかっ!」


 研究発表会から馬術競技と披露会に狩猟会。勝星の数では魔導院の方が多いはずだけど、まるで勝者の如き高笑いを響かせながらエルフお嬢様が去ってゆく。逃げるな卑怯者と声を荒げる主席の姿は、どこから見ても敗北者そのものだ。


「アレ、教えない方が良かったんじゃない?」

「パクリスギがバカなのはあたしのせいじゃないの」


 自分は情報を流しただけ、その後の行動にまで責任は持てないとヨウクーシャさんが目を逸らす。視線を戻した先では、怒れる大魔神と化した主席がマダお兄さんのお尻にその荒ぶる魂を叩きつけていた。【禁書王】が魔導院に戻ってくるまでに忘れてくれることを祈ろう。


 やがて出発の時間となり、たくさんの人たちに見送られる中、僕たちは魔導院への帰路に就いた。


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